作戦会議うぃず気の置けすぎる男
長ったらしい説明回。~これでも一応削りました、という言い訳を添えて~
「いいか、キーラ。お前は王子の婚約者となった。このまま彼と共に居たいと望むならば、それにふさわしい人間にならねばならない」
「ターナス様にふさわしい人……」
「そうだ。お前が彼の隣に居て似合うと思うのはどんな人間だ?」
「似合う……ターナス様はお優しくて立派だから、そんな人です」
「そうか。ではお前はそういう人間を目指しなさい」
「はい」
お父様は私に頷いてみせて、そのあとにこう付け足した。
「だがなキーラ……もし心の底から大切にしたいものが出来て、それを守りたいと思ったら。そのためならば、必要とあれば優しさや立派さは捨てて良い。後悔しないように、どんな手を使ってでも守り抜け。法やモラルを気にする必要はない。物事には優先順位がある。くだらん法などを大事に守って大切なものを蔑ろにするなどという愚かなことだけはするな。……要は、露見しなければ良いのだ」
そう言って笑ったその顔。思い出した今ならばわかる。それは成長するにつれ徐々に分かってきた、家族や家を守るために暗躍するお父様の『裏の姿』を彷彿とさせる、魔王のような笑みだった。
───
何はともあれまずは時期を伺おうと、取り敢えず様子を見ることにした。すぐに魔法を解いてしまうのは私にとってもロードラーザ様にとっても都合が悪い。なんだかんだ言って、これから私達がしようとしていることは犯罪の隠蔽である。慎重に進め過ぎるくらいが丁度良いだろう。
しかしそうこうしている間にも、ターナス様とシルカ・サーテラインとの距離はどんどん縮まっていった。
魔法のせいだとわかっていても、見ていて気分の良いものではない。
「面白い程素直にかかってますね、殿下は」
「全く面白くないわ」
ロードラーザ様はここの所毎日学校に来ているようだ。周りの騒ぎようと言ったらないが、特に彼の担任教師は自分の受け持つ優秀すぎる生徒の出席に悲喜こもごもといった風情である。性格の捻くれた天才ほど扱いづらい生徒もいないだろう。振り回される教師も可哀想なものである。
「……まあ、確かに。あまり面白い光景ではありませんね」
少し不機嫌そうに同意され、少し驚く。その視線は相変わらずいちゃつくターナス様とシルカ・サーテラインに注がれている。
私は、引っかかっていたことを恐る恐る尋ねる。あまり聞きたくないが、聞かなければ聞かないで厄介なことになるかもしれないので仕方がない。
「……ねえ。ずっとまさかとは思っていたのだけれど……」
「まあ、おそらくそのまさかは当たりでしょうね。というか、それ以外にどんな理由があって動いているというんです」
さらっと、出来れば知りたくなかった真実を告げるロードラーザ様。どうしてこの男は重大なことをなんでもないことのように言うのだろうか。もしかして癖なのだろうか。心の準備が出来ないこちらの身ににもなってもらいたい。
「いえ、だって、あなた、あのシルカ・サーテラインよ?いったいどうして」
「そうですね……うまく説明し辛いのですが、強いて言えば」
馬鹿な子程可愛らしいとはよく言ったものですね。
そう言ってロードラーザ様は、とてもいい笑顔を浮かべた。
私は何か得体のしれないものを感じ、ほんの少しシルカ・サーテラインを哀れに思い始めたのだった。
「殿下とは普通に会話をしているのですよね?」
昼休み。出会った……待ち伏せられていたというべきか、ともかく例の空き教室にて作戦会議である。変に防音の魔法を使えば何かあると宣伝しているようなものなので、気配察知の能力を上げる薬を飲む他は何もしていない。
人気の少ない教室に男女が二人きりという、話の内容が知られずとも大分不味い状況だが、かといって手紙の交換や学園外で個別に会うのも尚更不味い。というわけでロードラーザ様は万が一誰かがここに来た場合片っ端から記憶を消していくという力業な作戦を立てた。きれいさっぱり記憶を消し去れるという彼の魔法においての才能の恐ろしさもさることながら、そもそも王室に許可を取った限られた者しか使えないことになっている魔法のはずだ。
面倒くさいのでという理由で軽々と法を破るこの男、最早自重する気などさらさらないらしい。
私は規格外な目の前の男とこの国の未来に拭い去れない不安を感じつつ、ロードラーザ様の言葉に頷いた。
「ええ。シルカといない時のターナス様は至っていつも通りよ」
「では、貴女を疎むようなそぶりもありませんね?」
「……まるでターナス様がこれから私を疎むようになるような言い方ね」
一体この男は何を知っているというのだろうか。私は少し顎を上げ、じっとりと睨むように見る。ロードラーザ様は軽く眉を上げ、ついでに肩も軽く上げた。いちいち行動が人を馬鹿にしているように感じるのは何故なのだろうか。
「シルカ嬢の魔力を観察している限りでは、どうも随分と派手に消耗しているように感じましてね。単なる魅了というよりも、やはり精神操作……洗脳に近いでしょうか。思考を完全に支配するようなものを使っているように思いますので」
たった数秒の間にとんでもない情報が大量にもたらされてしまった。
「……少し待っていただけるかしら」
私はすう、と息を吸った。
「魔力を観察!?そんなことが人間に出来るものなの、貴方は人間ではないの!?魔力の消耗量を細かく把握って、なんだか変態染みて……いえ、薄々分かっていたわ。貴方は変態だったものね。そこまではまだ良いわ。貴方の規格外さに関してはもう諦めたもの。それよりシルカよ……洗脳!?犯罪どころか国家反逆罪じゃないの!一生徒の手に負える話ではないわ!そこまでやらかしているシルカを未だ裁かない方向で考えている貴方はなんなの?馬鹿なの!?天才の皮をかぶった愚か者なの!?」
「馬鹿と天才は紙一重とよく言いますしね」
駄目だ。どうしよう。私と似ていると勘違いしていたけれど違ったようだ。微塵も焦った様子のない目の前のこの男の考えることが全く分からない。
頭を抱えようとして、はたと気付く。
「……貴方もしかして、本当に反逆を考えていないでしょうね」
魔力の強い王族のターナス様すら洗脳してしまえるほどのシルカの魔力。加えて、そんなシルカの魔力量を観測してしまえるほどの彼自身の力。それこそ、二人だけで国家を崩してしまえるほどのものである。
私は、先程の比ではない眼光で目の前の男を睨めつける。
しばし落ちる沈黙。
ロードラーザ様はため息をついた。
「……面倒な確かめ方は止めて頂けませんか。貴女にこの話を持ち掛けた時点で分かっているでしょうに」
心底面倒そうな顔でため息を吐かれ、私は視線を緩めた。まあ、それはそうだろう。私がそんな話に協力するわけがないし、少しでもそんな素振りがあれば徹底的に邪魔をする。その場合、私を仲間に引き込むメリットがないのだ。
反対に、私を引き込んだのには反逆を疑われた場合の保険という理由もあるのだろう。ターナス様の婚約者である私に国家に逆らう理由も利益もない。私個人の素行や思想については婚約者に選ばれた時点でとっくに国に調べられていることだ。
「念のためよ。私は貴方の噂しか知らなかったのですもの。実は考えなしの大馬鹿者だったりするかもしれないでしょう?」
協力者というものは信頼できて然るべきだろうが、この男の場合、決して信頼しきらないことが重要な気がする。
……ところで、自分で言っておいてなんだが、シルカ・サーテラインに関することにおいてはこの男、考えなしの大馬鹿者という評価にあながち間違いがないように思えてきた。実に不安だ。
私の言葉にロードラーザ様は軽く肩をすくめ、話を戻す。
「話を進めましょうか。シルカ嬢の様子から言って、彼女は大分追い詰められています。他の者は婚約者にも冷たく当たっているようですが、殿下は比較的魔力量も多く、他人の魔力が入りこみ辛いようで、シルカ嬢の目の届かないところでは操りきれないのが現状なようです。カルバーナ嬢に良い顔をする殿下を彼女がこのままにしておく筈がありません。近いうちに、更にこめる魔力を強めるでしょう」
「なるほどね……本当に、シルカの行動は理解に苦しむわね。魔法で操った好意なんて、もらって楽しいのかしら」
そもそも国家反逆レベルの、酷く魔力を消耗する魔法である。単に異性からちやほやされるためだけに使うなんて前代未聞である。……ああ、いや、面倒だからというさらに酷い理由で同程度の魔法を使う予定の男がいたのだった。常識とは一体何だったのだろうか。
その前代未聞男はというと、「楽しくないから無理にでも楽しいと思い込むために魔法を使って、袋小路に陥っているのでしょうね。進んで自滅しようとするのですから、本当に可愛らしいことです」とわけの分からない言語を喋ってにやついていた。変態の言葉は早々に忘れるのが最善である。
「趣味の悪すぎる感想はともかくとして、一つ質問があるのだけれど、良いかしら」
趣味が悪い認定に何故かむっとしたロードラーザ様だったが、気を取り直したのか聞く態勢になった。
「彼女の使った魔法が本当に洗脳の類だった場合、操られていたときの記憶は残るのかしら」
私の疑問に、記憶を探るように斜め上を見て、軽く親指を人差し指ではじく。
「私の知る限りでは、操られていた間の記憶が残っていた例は殆どありませんね。意志の強さによっては残ることもあるようですが、ごくごく稀なことです。その場合、意識のあるまま意に沿わないないことをさせられていたストレスで大抵悲惨な末路を辿っています」
……何か恐ろしいことを聞いてしまった。
しかし取り敢えずのところ、ターナス様には操られている間の記憶はないとみて良いだろう。記憶が残るのは本当に稀らしいし、もし記憶が残っていれば、シルカと離れ魔法が緩められている間に何かしら行動を起こしている筈だ。
私は唇の隙間からほっと安堵の息を漏らした。
もし記憶が残るのであれば、真面目なターナス様はきっと自分を辛く責めるだろう。ひょっとすると王位継承権を返上してしまうかもしれない。彼には自分の失点を隠して何事もなかったかのように振舞うことは出来ない。仮に隠したままに王となったとしても、これは失態としていつまでも彼の心に重くのしかかるだろう。私を婚約者として大切に扱ってくれていたからこそ、私を傷つけるような真似をした彼自身を、彼は許せなくなってしまうと思う。
どんなにターナス様は悪くないと言っても、彼にとってはきっと気休めにもならない。私は彼に重い十字架を背負わせたままにしたくはない。私自身のためにも、彼には幸せになってもらわないと困るのだ。まあ、王位については私としてはターナス様が大変そうなのでそこまで望んではいないのだが、私たちの婚約は政略的なものであるので、彼が王位継承権を返上した場合婚約も破棄される可能性が高い。それだけは何としてでも回避しなければならない。
ともあれ、いつシルカがターナス様に私を疎む仕草をさせるかが分からない以上、覚悟だけはしておいた方が良さそうだ。
「それで、シルカの罪を無かったことにすることでターナス様が操られているという事実ごと握りつぶすという事になったわけだけれど。何かいい案はあるのかしら」
「そうですね。一番の問題点は、シルカ嬢と取り巻きの方々の仲が既に学園中で周知されていることでしょうか。学園の教師陣に関して言えば、魔術以外興味のない浮世離れした方々ばかりで基本的に生徒の問題に興味がないようですから、今のところ気付いていないようですが」
「まあ、生徒の間で話題と言っても、そこまで大っぴらに噂できるような身分でない者ばかりだものね。シルカ個人を貶める発言はともかくとして、他の方々に関しては直接見ない限り周囲の大人たちに知られることはなさそうね」
と、すると。今のところ目立ってシルカを厭い、排除しようと動いている生徒は取り巻きとされてしまった令息たちの婚約者たちだろう。
学園内は割と特殊な環境と言え、実は決められた婚約者がいても自由恋愛を楽しもうとするものもいる。貴族社会の常識から一度離れ、純粋に個人として魔法や勉学の成績においてのみ評価される、限られ閉ざされた世界。そんな学園には学園内でのみ適用される独自のルールや常識があって、ここにいる間のみ恋愛に開放的になってもきつく責められないというのもその一つだ。操られていることや身分を除けば、シルカが婚約者のいる男たちを侍らせていること自体を正面から否定出来る者は少ない。後ろめたいことがある者はもちろん、そうでないものも暗黙のうちに多くの者がやっていることと了解しているため、わざわざ指摘して波風を立てようと思わないからだ。
とはいうものの、シルカが隠すべきものを公の場で行なっていることや、身分差を全く考慮に入れていないことついては良く思わない者が大半だ。勿論平民にも魔力を持つものはいるし、貴族より上の成績をとっても罰されることはない。貴族と平民の友人関係もこの学園内では成り立つ。けれど、それでも魔力を持つ平民は少なく、いくら身分を気にしないと言っても多少なりとも遠慮をするのが普通だ。
あからさまに有能で身分の高い者たちばかりを侍らせるシルカは悪い意味で特別なのである。
そんなシルカを不快に思いつつ放置する者が多い中、あからさまに排除しようと動いているのは当然のことながら取り巻き令息たちの婚約者である。こっそり自由恋愛を楽しむのならば見ないふりをするが、公然と、しかも複数人となれば話は別だ。彼女ら自身のプライドを傷つけられたようなものなので、むしろここで動かない方がプライドはないのかと噂される。
どうやら最近、彼女たちは一つの派閥としてまとまってシルカに嫌がらせをしているようだ。
「でもねぇ。ああも堂々とやられては、怒らない方がおかしいでしょう。記憶を消すにも違和感が残るでしょうし、シルカの強すぎる印象を彼女たちから消して、無かったことにするなんて出来るのかしら」
「無かったことに、といっても、消すべきは彼女の罪だけで、行動すべて消す必要はありませんよ」
「……罪、ね。行動は残して、罪だけ……ああ、なるほど」
「そう。つまり、『故意』ではなく、『無意識』にしてしまいましょうというわけです」
「確かに、平民の彼女なら魔法の制御に関する知識が欠けていてもおかしくはないわね。見ている限りでは故意に使っているようにしか見えないけれど、内心はいくらでも捏造できるもの。でも、どうするのかしら。内心は捏造できるぶん、証明するのが難しいわよ?」
「そうですね、証明に関しては王に事の次第を語るまでに材料を揃えておくとして、今の時点ではある程度の説得力のある物語さえつくれば、勝手に流れていくでしょう。今最も注目を集める彼女です。彼女に関する情報ならあっという間に広がると思いますよ」
「物語をつくるなら、少し大げさに悲劇的にした方が注目と同情が集まりそうね……ん、まって。王に語る!?陛下に謁見して説明するつもり!?」
私は目を剥いて目の前の男を見やる。ロードラーザ様は変わらず読めない笑顔を浮かべるばかりだ。
「……カルバーナ嬢。この事件の根底には、どんな問題があると思います?」
「……!貴方、まさか……」
この事件。なぜ起こったかと言えば、シルカが規格外な魔法を駆使し、外聞も憚らず馬鹿なことをやらかしているからであるが、しかし。根底と言えば、そもそも『簡単に魔法を使われてしまう状況』にある。
我が国にあるような魔法学園は他国にもある。けれど、他国の学園は入学の段階で魔力に制限をかけたり、法に反する魔法を使わないよう契約させたり、無暗に魔法を使わせないような制度が整っている。それが、この国にはない。
理由については変人揃いの王族たちと他国と我が国との関わりのせい、という点が挙げられるが、長くなるので割愛する。
ともかく、学園制度に問題があるのは確かなのだ。
つまりこの男、その学園、ひいては国側の問題を引き合いに出して王に交渉を仕掛けようというのである。手段を選ばないにもほどがある。
「本当なら殿下にもご協力頂けたら完璧なのですが……止めておきましょうか」
冗談じゃない。ターナス様を巻き込めば親の脛を食いちぎってでもその首をはね飛ばしてやる。
……あら、つい淑女らしくない思考が。おほほ。口に出さなければはじめから無かったことと同じよね。
「……まあ、貴方が国に食って掛かるのは、周囲のシルカに対する悪感情を解き、罪を消し去ってから勝手にやれば良いわ。それで、周囲には『シルカの悲劇』を広げるとして、婚約者のご令嬢方はどうするつもり?」
「……意志が強い方々は面倒ですね。まとめて別の方に好意を抱かせましょうか」
「看過できないわ!」
面倒になるとひとまとめにして魔法の力押しで済ませようとするのは止めて欲しい。
「……はぁ。幸い、シルカが目を付けて取り巻きにした方はそれほど多くないわ。婚約者のご令嬢方には、ひとりひとり対応しましょう。色恋沙汰を適当に扱うと後々痛い目に遭うわよ。それに、皆が皆婚約者に恋心を抱いているわけでもないもの。わざわざ別の方をあてがわずとも、少し説得すればシルカから意識を逸らしてくれる方もいるかもしれないわ」
ロードラーザ様は、少し微笑んだ口元を全く崩さないまま、全身から『面倒くさい』オーラを発した。器用な男だ。
「シルカに嫌がらせを仕掛けている派閥を率いているのは、サゼーナ・ウェルニー様らしいわ。明日あたり噂を流しがてら少し情報を集めてくるから、貴方も少しは協力なさい」
「シルカ嬢に嫌がらせをしている時点で社会的に抹殺したくてたまらないのですが」
「言っておくけど、元々の非はシルカにあるのよ?やり方は少し問題があるけれど、ウェルニー様はほとんど被害者じゃないの」
「関係ありません。シルカ嬢の笑顔であろうが苦痛にゆがむ顔であろうが独り占めしようと企てる時点で敵です」
…………私はこの変態を一生信頼しないと心に決めた。
それが一般に理解される主義でなくとも、何が何でも貫き通す。それが悪役。