犬も喰わない修羅場
サブタイトル一部英語縛り挫折しました。
閲覧ありがとうございます。見て頂けるだけで嬉しい。露出狂の気分。
いつもよりは少し短めです。
端的に言って、修羅場だ。
両腕を胸の下で組み、豊かな胸を強調するようにやや体を反らして立つのは、アミアーゼ・ベルクルド。その鋭い視線は顔を引きつらせる自身の婚約者に注がれている。
私は取り敢えず美容液の瓶を持ったまま、じりじりと後ろに下がった。よく考えなくとも、地面に座り込んだまま男性と話すのはあまり褒められたことではなかった。
沈黙と刺すような視線に耐えかねたのか、カナーラが口火を切る。
「……なに」
予想に反して、その口から出た言葉は強気だった。対するベルクルド様は、びく、と傷ついたように肩を竦めた。しかし、すぐに強気に取り繕う。
「なにって?そんなことも分からない程馬鹿になったの?そんなところで押し売りして、カルバーナ様に失礼じゃないの」
「……ああ、そうかもね。失礼いたしました、カルバーナ嬢。……で?それ、君に関係ある?」
「……っ、あなたが!ご令嬢に恥をかかせたなんて知れたら、婚約者のあたくしが恥をかくじゃないの!」
「恥?かかないでしょ。どうせすぐこの婚約もなくなる」
「ふ、ふざけないで!どうしたのよ急に、勝手なことばかりして!あなたは……あなたは、そんな人じゃ……。もっと……!」
「もっと、自分の言うことを聞いてくれる扱いやすい奴だったって?」
「っ!」
ベルクルド様が唇を噛み締めた。睨み合い、そのままの状態で場が固まる。
一見刺し合っているようだが、その実、お互いが自分の発した言葉に自分で傷ついているような、妙な会話だった。本気でそう思っていないことは、ベルクルド様の顔に浮かぶ後悔と、カナーラの自嘲したような口元から明らかだ。
取り敢えず静観していた私だったが、この二人の関係はロードラーザ様の言った通りであるらしい。今まではベルクルド様の発言にカナーラが引くことで取れていた均衡が、彼にかけられた魔法による歪みによって崩れてしまったようだ。
ともあれ、あまりこの状態にしておくのは良くない。止めに入ろうすると。
シルカだ。
ふわふわした能天気そうな笑顔でやって来たシルカは、ごく自然な仕草で二人の間に割って入る。
「だめですよー喧嘩は。もう、トトくんったら、婚約者さんに失礼なこと言っちゃいけません!」
びし、とわざとらしくその鼻先に細い指をつきつける。途端、カナーラの顔があからさまに崩れた。
「……うん、ごめんね」
にやけた婚約者の笑顔に、ベルクルド様は青ざめる。
きっと、こういったやり取りを何度も見せられたのだろう。衝撃を受けつつも、驚きはないようだった。
ぎゅ、と握りしめられた拳に、我ながら珍しく心が痛む。
と、シルカの視線が、こちらに向いた。
私と目が合った瞬間、そのゆるい笑顔が剥がれ落ちる。
怒り、憎しみ、怯え、そして……哀願、だろうか。
刹那よぎったその複雑な感情の正確な意味は読み取れなかったが、その人間らしい歪みの部分を目にしてやっと、ロードラーザ様の言う言葉の意味が分かったような気がした。
しかしそんな彼女の心のようなものは直ぐに表情から消えた。
「……あれ?キーラちゃん、でしたっけ?どうしたんですか、ターナスさまは?」
……キーラ、ちゃん?
そう言えば、まともに話すのは初めてかもしれない。いつも一定以上離れたところから睨み合う程度だった。
あまりの無礼に口から火が出そうなところを、慌てて押しとどめる。
どうでもいいけれど、軽率な発言は控えてもらいたい。後で庇い辛くなる。
「……殿下の事でしたら、貴女の方がよくお知りなのではないかしら?」
おっと、嫌味が出てしまった。まあ許容範囲よね。
軽く首を傾げると、シルカは無邪気に笑う。
「えー、知らないんですか?婚約者なのに?」
……この女、燃やしていいかしら?
「…………婚約者とはいえ、何もかも知っているわけではないでしょう?」
かなりの忍耐力をもって、やっとのことで返事をする。
駄目だ、私にはターナス様のようにさらりとかわす度量がない。
「あ、そうですよね!ごめんなさい、婚約してても、仲良しな人ばっかりとは限らないですもんね……」
……丸焼き。身ぐるみ剥がして丸焼きが良いわ。
ぴくぴくと頬を引きつらせる。煽っているとしか思えない……と思いかけて、気付いた。
シルカの瞳の奥に、怯えのような色が依然として揺らめいていることに。
多分、煽っているのだ。単に優越感に浸りたいとか、そういうわけではなく。怒らせたいのか、怒って欲しいのか。本人にも、何がしたいのかわかっていないのかもしれない。
少し、気分が冷える。彼女のこれは、本質とは限らない。
この子を好いているというあの趣味の悪い変態と話していなければ、こうして頭を冷やすことなどなく彼女と対立していただろうと思えば、不思議な気分になった。
私が何も言わずにじっと見ていると、シルカは不思議そうな顔になった。
「……どうしたんですか?」
「いえ……ほどほどに、ね」
「……」
シルカは驚いたように目を丸くする。それから黙り込んだその顔は、どこか泣きそうに見えた。
分かり合えるのかもしれない。そう思った自分に驚く。ターナス様のことだけを考えていた自分はその他の人間を許すことなど考えたこともなかった。
今回の事は、予想以上に私に衝撃を与えていたようだ。痛みを知って分かることも、おそらくあるのだろう。
私達の会話に困惑している様子のカナーラとベルクルド様を回収して、ひとまずその場を辞そうと口を開きかけた―――
―――その、すぐ後のことだった。
ぐらりと目が眩むような感覚。
思わず閉じた目を開けると、異様な違和感に襲われる。
その正体を見つける前に、目の前のシルカの様子が変わった。
「……あ……あ、あ……」
血の気を失った唇がぶるぶると震え、そのままその場にへたり込む。
「!?」
突然のことに驚いていると、さっと彼女の傍に寄るものがあった。
トト・カナーラが、その震える肩を支える。
「シルカ!?どうしたの、何を……されたの?」
妙にうつろな瞳が、こちらを向く。まるで全ての元凶が私であるかのような、敵意に満ちた瞳。
そこからは、ベルクルド様に向けていたような複雑な葛藤がすっかり抜け落ちていた。
またシルカが操っているのか、と彼女を見る。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ちがう、わたしは、ちがうの……ごめんなさい」
何もかもを拒絶するように耳を塞ぐシルカ。くり返し何かに謝り、首を振り怯える様子は尋常ではない。自分の事に手いっぱいで、私に敵意を向けさせる余裕など欠片もなさそうだ。
―――一体、何が起こっているの?
眉をひそめているうちに、周りに人が集まって来た。シルカの異様な様子とこの場にいる面々から、興味を引かれた様子の野次馬が次々に加わっていく。
事態がどんどんまずい方向に向かっている。半ば混乱しつつも、それだけは分かった。
「サーテラインさん!?」
不意に人垣の中から、少女が飛び出してきた。
見覚えはない。彼女はカナーラを押しのけて、シルカの両肩にそっと手をあてる。
「なに?どうなさったの、サーテラインさん、何があったの?どうしてそんなに怯えているの?」
「……ごめんなさい……わたしがわるいの……わたしが、わたしがいなければ」
少女が必死に呼びかけるが、シルカは自分の世界に閉じこもってしまったかのようにぶつぶつと何事かを呟き続ける。
サーテラインさん、という呼び方から、そこまで踏み込んだ仲ではなさそうだった。しかし、心底から心配する様子からして、彼女の方はシルカを悪く思ってはいなさそうだ。以前あの男が言っていた「シルカに声をかけている女性」が彼女なのかもしれない。
彼女はおろおろしながらシルカを見ていたが、やがて、二人を観察していた私に気がつき、振り向く。
目が合った。
……これは、いよいよもって、まずいかもしれない。
相変わらず静かな敵意をもって私を睨みつけるカナーラと、いつの間にか私のやや後ろあたりに立つベルクルド様、震えるシルカ、その場にただ立っている私を一通り見まわした少女は、やがて震える声で、言った。
「……カルバーナ様……、サーテラインさんに、何を、なさったのですか?」




