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悪役令嬢と隠しキャラ令息の共謀  作者: たんとらったった
魔術大会・魔力盗難事件
13/25

婚約者たちの実情に、すいっち おん

 

「ロードラーザ様、また来ていないって」

「ええ?やっぱり変な人ね。いきなり真面目に授業を受けたかと思えば……」

「そういえば授業道具も、指輪を使わずわざわざ手で用意していたらしいわよ」

「まさか!魔力なんて有り余っているでしょうに」

「あなたたち」


 少女たちの肩がピクリと震え、私を恐る恐る振り返る。

「楽しくさえずるのも結構だけれど、魔力が止まっていてよ?」

「すっ、すみません!」

 ビク―ッと慌てに慌てた彼女たちは、すぐに手元に意識を注ぎ始めた。


 魔術大会初日で使う、魔道具に魔力を溜める作業だ。そこまで大きな魔力を注ぐ必要がないからか、生徒の集中は途切れがちである。そんな生徒たちを監督するのは、主に地位も力もある令嬢令息たち。

 私は王子の婚約者という立場のため、先導して取り仕切らねばならないのだ。


「……あのものぐさ変人の言った通りだったわね」

 魔力盗難事件は犯人不明のままぴたりと止まった。今はぴりぴりとした雰囲気もなく、再び校内は大会へ向けての熱気に満ち始めている。もっとも、大会当日はこの事件による被害が一気に増えるらしいので、いわば小休止と呼べるものだろう。

 そう私達に知らせた男は、学外で用事があるらしく登校をやめた。



 本来の作戦は、こうだ。被害が出始めたころ、魔力が無くなった原因を探る体で被害者の元を訪れる。被害者に記憶があれば被害者の証言を集め、この事件が何者かによる(・・・・・・)魔力盗難事件であると教員に報告する。

 教師たちが犯人がいるという線で捜査をしている間に、私達は手分けして犯人を見張り、決定的な証拠をつかむ。大した作戦ではないが、教師たちが捜査していると知れば犯人に焦りが生まれ、犯行にほころびが生まれる可能性を考えた結果である。

 そもそもロードラーザ様の言う物語の内容と、それをもとに事前にキューズロンダ様が調べた犯人個人の情報から、私たちは先に答えを知っているようなものである。犯人を突き止めるというより、何の手がかりもなしにいきなり個人に焦点を絞って調べたキューズロンダ様の行動に不信感を持たせないための作戦だ。

 しかし、被害者と対峙した後、ロードラーザ様は作戦の変更を提案した。

 大会前に捕まえる予定を延ばし、物語通り、大会中に捕えようというのだ。


 当然私は反発した。


「ちょっと!物語通りになんてしたらあの二人があれをしてしまうんでしょう!?」

 あれの具体的内容については口にしたくない。察して欲しい。

「問題ありません。私達が既に被害者と話したので事件にシルカが関わることはありません。それにぴょ、対策もとりましたし」

「対策?」

 私の疑問はスルーされた。

「とにかく、単に証拠を突き付けて捕まえただけでは生温いと感じましたので、私が直接彼を説得・・することにしました。暫く学園を離れて修行してきます。万一にでも大会までに被害が復活しないよう、見張っていてください。では、私はこれで」

 そう一方的に告げると、かすかな魔力の光と共にロードラーザ様は文字通り消えた。


 その場には、数々の言葉にならなかった疑問や突っ込み、そして、額に青筋を浮かべた私と冷気をまとったキューズロンダ様、きょとんとするサゼーナが残されていた。




「……修行って!何なのよ!!」

 思い返して再燃した怒りのままに叫ぶと、先程注意したさえずり少女たちが飛び上がった。

 おっと、いけない。私は淑女私は淑女。

 ターナス様の隣に立つのだから、無闇に怒鳴ってはいけない。表にさえ出さなければ無いのと同じだけれど、流石に声を荒らげたら誤魔化しようがない。ターナス様自身あまり怒らないのだから、私も見習って穏やかな心持ちでいなければ。まあ、あまり怒らないからこそ、代わりに怒っているという面も強いが。

 淑女と言えばしとやかさだ。間違っても怒鳴らないし胸ぐらをつかまないし燃やさないし廊下を走らな……廊下を?


 私は窓の外を二度見した。普段はしとやかさ、穏やかさの象徴のような存在のアルスクーレ様が、必死な顔で廊下を走っていたのだ。

 少しの驚きの後、私はその場を他の生徒に任せて後を追うことにした。

 関係ないかもしれないとはいえ、彼女もシルカの取り巻きの婚約者の一人だ。明らかに取り乱したあの様子に、シルカやターナス様が関わっていないとも限らない。



 後を追うと、そこはなんと救護室だった。そこにあの事件の被害者がいるという噂は割とすぐに広まり始めていた。誰もが事件の情報を求めていた以上、当然のことだろう。感染するものではないと調べがついたからか、面会規制は緩んでいた。


「……っ、カーラ……!」


「アルスクーレ様!」


 アルスクーレ様の目的は先日話を聞いたカーラだったようだ。カーラは数少ない、貴族でない女生徒のうちの一人だ。そういえば、アルスクーレ様は噂を流すために行った集会で、平民に友人がいると言っていた。カーラだったのか、と納得する。

 カーラの顔色は大分良くなっていた。未だ魔力は戻っていないが、一度ショック状態から抜ければ、命にかかわる危険からは遠ざかるとキューズロンダ様が言っていた。おそらくもう彼女は大丈夫だろう。

 だが。


「カーラ……っ、カーラ、あなた、魔力が……」

「……はい、無くなってしまったみたいです」

「……戻るの、よね?」

「……先生にも、分からないらしいです」

「そんな……」


 アルスクーレ様は普段人の良さそうな笑みを湛えるたれ目を大きく開いて、悲痛に歪める。

 カーラは眉を下げ、微かに笑った。


「アルスクーレ様、大丈夫ですよ。アルスクーレ様は先生たちが必ず守ってくれます」

「そんな、そんなことを心配しているんじゃないわ!」

「……私も、大丈夫ですよ。大会が終わるまではここの生徒です。それに、魔力が戻れば戻してくれるって」


 それはすなわち、大会が終われば魔力のないカーラは学園を追われるということだ。平民で、後ろ盾のないカーラは学園で学び続けることが出来ない。この事件は彼女の将来に間違いなく大きな影響を与えるだろう。チェナの懸念は当たったようだ。


「カーラ、私、何もできなくて……もしかしたら、お父様に、頼めば」

「良いんです。こうして来て下さっただけで十分ですよ。そうやってお父様に頼らず生きれるようになりたいって、そのためにこの学園で頑張るって言ってたじゃないですか。私、こんなことでアルスクーレ様の邪魔をしたくないです」

「邪魔なんて!カーラの助けになれるなら、私なんだって」

「アルスクーレ様」

 カーラは、毅然とした声でアルスクーレ様の言葉を遮った。そして、笑う。

「こんなこと言ったらおこがましいかもしれないですけど……もし学園に居られなくなっても、友達でいてくれませんか?そしたら、なによりも助けになるんです、けど……」

「……っ、カーラ!」

 照れたような顔で言ったカーラに、感極まった様子のアルスクーレ様が抱きついた。

「そんなの、当たり前のことよ。ずっと、ずっと一緒よ」

「……ふふっ。はい!」


 私は一部始終を見て、そっと踵を返した。

 美しい友情劇を見たけれど……一歩間違えたら危ういというか、見てはいけないものを見てしまったようなこの後ろめたさは何なのだろう。主に、アルスクーレ様の愛が重いというか。お父様に頼むと言った時の目が怖かった。穏やかでほわほわしている人格者だと思い込んでいたけれど……少し見る目が変わりそうだ。


 なんだか彼女の婚約者であるセルテ・シャードレが可哀想に思えて来た。キューズロンダ様によると、彼が一番初めにシルカの取り巻きになったそうだ。あれを見てしまうと、心の隙間をつかれ、シルカにあっさり操られてしまう気持ちも分からないでもない気がする。

 取り敢えず、今後アルスクーレ様と敵対することはなさそうだということが分かったのは収穫だろう。

 私は救護室を離れ、大会の準備に戻ろうと中庭に足を向けた。




 中庭に差し掛かり、私は思わず足を止めた。思い浮かべていた人物が、珍しくシルカを伴わず友人たちと話していたのだ。


「彼女は本当に素敵な女性だ……!アルスクーレも悪くないが、シルカ嬢の笑顔の神々しいまでの魅力には敵わない」

「……はは」


 内容はシルカの惚気らしい。婚約者と比較して婚約者の方をこき下ろすって……操られているとはいえ、友人が乾いた笑いになるのも分かる。先程の同情心が少し減った。

 慣れているのか大半は軽く流していたが、その中の一人が眉を曇らせた。

「だが、このまま婚約者を優先しないで大丈夫なのか?サーテライン嬢とどうにかなるにしても、早めに正式に婚約破棄でもしてやらないと彼女の婚期も遅れるだろう」

「いや、シルカ嬢とどうにかなるつもりはない。シルカ嬢を汚すわけにはいかないからな。婚約破棄もするつもりはない。シルカ嬢を男の汚い欲望から守る力が必要だ。そのためには、アルスクーレの家の協力を得る必要がある」


 何言ってんだこいつ。

 婚約者の家の権力を利用してシルカを守るって?幼い頃耳にした下町言葉が出てしまうほど頓珍漢な台詞だ。周りの友人の顔にも似たような言葉が書いてある。


「……いや、お前、確か近衛騎士にと打診されているんだろう?実力も認められているし、そのために殿下と同じ授業を受けているんじゃないか。今更彼女の家の協力が必要なのか?」


 暗に『解放してやれ』と言う友人その2。頭がぱっぱらぱあ状態のシャードレと違い、彼の友人たちは比較的常識人なようだ。


「ああ、そんなのは意味がない。どうせあれ(・・)は王の器じゃないんだ。せめてそのまま第二王子の下に就ければいいが……万が一ということもあるしな」



「……は?」

 先程の数万倍は理解しがたい発言が耳に届き、思わず声が漏れる。

 その小さな声は、少し離れた場所に立つ男たちには聞こえなかったようだ。



「お前……!そんなこと言って、どうなるか」

「はっ、喩え聞かれてもどうにもならんさ。いつも通りへらへら笑って、威厳の欠片もない言葉を吐いて終わりだ。そもそも、俺は王の器を守るために騎士になったんだ。あんな腰抜けを守るためじゃない」

「おい、やめろって」

「ならお前らは何とも思っていないのか?確かに成績は良いらしいが、それだって授業を休んでばかりのやつに負けている。何を言われても笑って、あんなので政治を任せられるのか?他国と渡り合えるのか?」

「……」

 べらべらと言葉を重ねる男を依然止める者もいたが、中には黙り込む者もいた。


「あれは陛下にじき、切り捨てられる。それまでせいぜい腕を磨くさ」



「……何の話だ?」


 吹き出しかけた怒りの感情が、その声で静められる。

 これまた、珍しくシルカを伴わないターナス様だ。

 学園で一人で行動する彼を見たのは、ロードラーザ様に姿隠しと口鍵の魔法をかけられた時以来だ。


 ターナス様は特に怒りをあらわにすることなく、穏やかな表情で軽く首を傾げている。

 男の友人たちは一様に顔色を変えて、慌てて畏まる。

「でっ、殿下!」

「これは、その……っ」

 ターナス様は仕方なさそうに笑って手をひらひらとさせた。

「ああ、良い。公の場ならともかく、ここは私的な場だ。その上まだ学生。色々堪え切れないところもあるだろう。その代わり、二度はない。学園は社会に出るための鍛錬場だからな。あまり気を抜きすぎるなよ」

 まるで教師のようなことを言う。そしてこちらに顔を向けた。私の存在に気付いていたようだ。目が合うと、こちらに向かって来る。

 ふわりと優しい笑顔になった彼に、うっかり絆されかけ……我に返る。

「っちょ、ターナス様、今ので終わりですか!?」

「キーラ、学園内で顔を合わせるのは随分久しぶりな気がするな」

「ええそうですね……って、話を聞いてください!今のでは生温すぎますよ!もっと言うべきことがあるでしょう!」

 きょとんとするターナス様の両肩を掴み、がくがくと揺すぶっていると。


「―――やっぱり言った通りじゃないか」


 私とターナス様の会話に、不快な雑音が混じる。

 止めようとする友人らを無視して、蔑むような笑いと共に男が近寄って来る。


「ろくに言い返さず、何の沙汰も下さない。腰抜けだ」

「そうだな。君にそう思わせてしまったのは不甲斐ない僕の責任だ。学園にいるうちにその自覚が出来て良かったよ。学ばせてもらった」

 ターナス様はあくまで学生という立場を強調し、この男を罪から逃がそうとする。

「はっ、お前がその学びとやらを生かせる場は生涯来ないだろうよ」

「はは、君には悪いが、そうならないように努力するよ」

 ターナス様は穏やかに受け流し、私を促してその場を離れようとする。

 そんな態度に苛立ったのか、男が叫んだ。


「せいぜいあがけばいい。俺がお前を守る未来なんてない。民からも直ぐに見放されるだろう。お前のような、なんの気苦労も知らない甲斐性なしなぞ!」



 目の前が、燃えた。


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