しーふと魔力と止まらない暴走
サブタイトルは常にネタ切れ状態
とりあえず、事件が起こったと思われる現場に向かう。チェナのくれた情報とロードラーザ様の言う物語の内容が一致してしまった。
まずいことだ。思わず舌打ちが漏れる。
一番の問題はシルカとターナス様の間になんらかの進展が起こってしまうことだが、勿論それだけではない。
もし現実が例の物語の通りになってしまえば。
怪我人……下手をすれば、死人が出る。
物語では細かく描写されていなかったらしいが、少なくとも数名の犠牲者が居たらしい。
魔力というものは、殆どの場合、生まれ持った能力の一つである。発現する時期に差はあれど、元々その人間に備わっているいわば体の一部。人より頭の回転が速いだとか、人より身体能力が優れているだとか、そういったものの一種だ。
それが突然予期しない形で無理やりに奪われるというのは、当然その人物に多大な負担を強いる。
勿論、封印ならばまだしも、奪うということ自体至極困難なことだ。当然だ。体を流れる血や肉、神経の中から、魔力を生成し操る部分のみを選り分けるなど、そうそう簡単なことではない。だがしかし、この事件ではそれを可能にしてしまう。
ロードラーザ様の話が正しければ、一連の出来事はとある男子生徒による魔力盗難事件。初めから容疑者と原因が絞れているのは僥倖だった。
被害が広がる前に止めなければ。
現場に残っているものは殆ど無かった。場所自体に原因があることを想定してか、一角に柵が設けられ、生徒たちは怖々と遠巻きに眺めながら通り過ぎている。
確か彼は入学してまだ一年目。まずは先輩としての力を使って教室から呼び出そう。
階段を下り、彼のいるであろうクラスへと続く廊下を曲がろうとすると。
「……カルバーナ嬢」
「あら、キューズロンダ様。どうしてここに?」
何故か曲がり角の向こうにキューズロンダ様がいた。どことなく騒がしいのが気になっていたが、彼のせいだったのか。彼はただでさえ有名だし、今はさらに疑惑の人となっている。本人の前で口にすることはないにしても、不自然にざわめいてしまうのは当たり前と言えば当たり前だ。
彼は息を吐いて眉間に拳を当てた。
「どうしても何も。一人で何をするつもりだ?」
「何って。貴方も聞いているでしょう。事件が起きてしまったようだから犯人を締め上げに行くのよ」
「…………お前たちは、思っている以上に行動派だな」
失礼な言い方だ。まるで私が考えなしみたいじゃないか。
「……って、お前たち?」
キューズロンダ様が無言で背後に目を向け、何かを引っ張る。
低い唸り声と共に地響きが鳴り響き、高いはずの廊下の天井ぎりぎりまで届く大きな影が角の向こうから現れた。
「……」
絶句。
鋭い牙を上下に食い合わせ、全身は毛に覆われ、ぎょろりと大きな目に、横に突き出した尖った長い耳を持つ、巨大な獣――魔獣、の上でロードラーザ様が読書していた。
意味がわからない。何だこの光景。
「ろ、ロードラーザ様……?その魔獣は一体……」
恐る恐る尋ねると、ロードラーザ様は面倒そうに本から目をあげた。
「魔界からいらっしゃった使者のようですが、手違いでうっかり使役してしまい、魔界へ帰そうにも使役獣として大きさを変えようにも私の魔力が彼に馴染むまではどうしようもないようなので、かれこれ数時間ほど読書がてら魔力を注いでいるところです」
「理解不能かつ分かり易い説明をありがとう」
経緯は把握出来るのに出来事自体がそれぞれ規格外過ぎて何一つ理解できた気がしない。
というか、ざわめきの正体は明らかにこっちだ。
キューズロンダ様は奴を追求することは諦めたようだった。魔獣の首に付けられた制御鎖(サゼーナ作らしい)を握り直し、私の方に向き直る。
「……とにかく、無闇な個人行動はよせ。特にカルバーナ嬢。君に無茶をされたら困る」
キューズロンダ様が少し眉を寄せた。彼の表情を変えさせる理由は大体が研究馬鹿娘にあるから、大方私が個人行動をするとあの子が煩いのだろう。私は肩をすくめてとりあえず頷いておいた。
「少し頭に血が上ったけれど、まぁ、当初の予定通りに進めれば良いのよね」
正直、作戦の存在をすっかり忘れていた。
現時点ではロードラーザ様の荒唐無稽としか思えない証言しかないわけだから、当然証拠集めから始めなければならない。
「犯人より先に、被害者だ。行こう」
どうやら被害者は学園内の救護室の一角を隔離したところにいるらしい。本来は面会を禁じられているが、キューズロンダ様は許可を得るあてがあるらしい。
鎖を持ったまま移動しようとするキューズロンダ様を、慌てて止める。
「ちょ、ちょっと、この巨体を連れたまま行くつもり?不安定な被害者の方々の心臓が衝撃のあまり止まってしまったらどうするの」
キューズロンダ様は、ああ、と頷いた。あまり疑問に思っていなかったあたり、ロードラーザ様に毒され過ぎている。
ロードラーザ様は魔力を魔物に注いでいる最中なので、キューズロンダ様が姿隠しの魔法を使うことになった。
「……彼の姿、闇に溶け、彼の姿、光に消ゆ。空を歪めよ、地を留めよ。彼は此処に在りながら、誰も彼も認めること能わず失せ隠る……」
あ、きちんと詠唱してる。
詠唱することに安堵してしまうあたり、私もなかなかに毒されているようだ。
青い水のような流れが、相変わらずどこ吹く風で本を読み続けるロードラーザ様と鎖を繋いだ首輪を痒そうに足で掻く魔物とを包み込む。
「彼を認め得る者、アークス・キューズロンダ及びキーラ・カルバーナ、……サゼーナ・ウェルニーの三名のみ」
さらっと私を巻き込みやがった。というか、自分の婚約者は巻き込むのに若干躊躇したな。もしもの時、制御鎖の作り手には見えていた方が当然良いだろうに。
「……見えなければ知らぬ存ぜぬで通せたのに」
「見えないところでロードラーザに好き勝手される方が好みか」
そう言われてしまうと見えていた方がまだマシに感じてしまう。
ともあれ、魔力盗難事件の現状を把握しに、私達は救護室へ向かった。
―――
頭の中ではずっと叫び声が反響している。
魔女だ。
醜い顔を醜く引きつらせて、魔女は母を殺した。
銅の塊を爪で引っ掻いたような金切り声が響き渡っているのに、家の者は誰も来ない。
暗い暗い小さな部屋の中、魔女の浮かべる炎だけが目の前の光景を照らしている。
魔女は魔法で丈夫な鍵を壊した。
魔女は魔法で明るい暖炉の火を消した。
魔女は魔法で暖かい使用人たちを操った。
魔女は魔法で母を。
魔法で、魔法で魔女は、魔法、魔女、魔女は魔法で、魔法、魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法魔法が。
ぐわんと反響して膨らんだ悲鳴が、喉の奥に詰まっている。
―――
「……分からないんです」
被害に遭った中で唯一話をできる状態の女生徒、カーラが憔悴しきった声で呟いた。
「突然、頭の先から血が引き抜かれるような感覚があって……あとは痛みと、何故だかどうしようもなく怖いのとで頭が一杯になったきり、気を失ってしまって。目が覚めたら、このベッドの上でした」
「そう……」
まぁ、仕方がない。被害者の証言があれば一番良かったが、無い記憶を無理に出させるわけにもいかない。他の証拠を集めるしかない。
「無理をさせてすまない。あとは楽にしてくれ」
「いえ……あ、でも」
カーラが気になるところで言葉を止めたことで、私達は浮かせかけた腰を再び沈めた。
ちなみにロードラーザ様はずっと背中を魔獣に沈めている。魔獣の方はのんびり眠っている。何度見ても、何だこの光景。
「床に倒れる前、真っ青な布みたいなものが視界の端に……それから、誰かの走る音が聞こえたような」
「……フラグ回収」
ぽつりと、ロードラーザ様が呟いた。
意味がわからないのでそれには構わず、私は身を乗り出す。
「他に、気づいたことは?」
「あ、あの。いえ、それ以上は……今言ったことも、もしかしたら私の間違いかもしれないし……」
「そう……いえ、充分よ。ゆっくりお休みなさい」
これ以上話せることはないと判断した私は、彼女の額に手を当てた。
「彼の者に憩いを」
軽い睡眠誘導魔法だ。頑固な不眠症を患う者には効かないが、これだけ困憊しているカーラには充分だろう。
案の定、カーラはすぐに眠りに落ちた。
私は手首をひらひらさせる。
「で、どうしようかしら。今のだと犯人がいることは証明できるかもしれないけれど、犯人が彼だとは証明出来ないわよ」
「調べたところ、やはり動機も手段も充分にあるようだ。あとは証拠のみだが……」
流石に早い。だが、これから国の中枢になろうというキューズロンダ様だ。目星さえつけば調べるのは容易なのだろう。
「光魔法……ふむ」
またロードラーザ様がぽつりと呟く。
先程から何なのだと怒鳴ろうとしたその時。
ぶわ、と闇が渦を巻いて、深い藍を纏って小さくなった。
後には、仔犬ほどの大きさになった魔獣とそれを抱えるロードラーザ様が残った。
私達が呆気にとられる中、ロードラーザ様はぱちん、と親指で人差し指を弾く。
瞬間、彼らを取り囲んでいた青い流れが弾けて消える。
「ぐっ、」
キューズロンダ様が小さく呻いた。……ちょっと待って、今のって姿隠しの魔法を強制的に解除したということかしら。
「大丈夫です。それほど負担にならない方法で解除しましたので」
「……それでも少しは負担になる方法を使ったのね」
姿隠しの魔法よりはるかに難しい魅了を解いた時はキューズロンダ様は呻いたりはしなかったはずだ。
ロードラーザ様は私の言葉を丸ごと無視して、とある生徒のいるカーテンの方へ向かった。
確かあそこには、とりわけ重症で何とか今朝一命を取り留めたという男子生徒がいるはず。
シャッと勢いよく開く。
「光魔法はそこまで得意では無いんですよね……」
軽く人差し指と親指をつけたり離したりを繰り返し、ぎゅ、と力を込める。
……何か、嫌な予感がする。具体的に言えば、力押しの予感が。
止めようと口を開いた、その時。
「待たせたわね!!!!」
ガチャッと勢いよく救護室の扉が開く。
突然の闖入者は、眠るカーラや生徒達をカーテンの隙間から目に止めて、慌てて片手で口を押さえた。
その手には……何かしらの機械が握られている。
何かしら。見たこともなく複雑怪奇な形をしているため、それ以外に表現しようがない。語彙力の限界にぶつかっている。
「ふふふふん。やってみれば、実験も開発も案外楽しいものね。研究とはまた違う新たな楽しみを見つけたわ。ありがとう、ロードラーザ様」
「思っていたよりかかりましたね。危うく自力でやってしまうところでしたよ」
「まあ!面白い冗談。貴方の力は少し強すぎて、弱ってる子には毒だって言ってたのは貴方よ?」
楽しそうに通じ合っている二人。
あの謎の機械を頼んだのはロードラーザ様だったようだ。というかやっぱり力押ししようとしてたのか。
いや、それより……。
無言のキューズロンダ様が怖い。顔を見たらいつも通りの無表情なところが更に怖い。
良く見ると瞬きをしていない。目が、目が乾くわよ。
ロードラーザ様への嫌がらせが再発しそうな勢いの凝視具合だ。
……奴はどんな陰険な嫌がらせをされるんだろう。大変だ、少しわくわくしてしまう。
そんな私達を放置して、魔法馬鹿と研究馬鹿は謎の機械を生徒の頭に取り付けた。
えっ、大丈夫なのかしらそれ。
「始動っ!」
かち、とサゼーナが丸い出っ張りを押すと、キュイィイと奇妙な音が鳴り響く。耳に障る甲高い音だ。
「むっ……。音に関しては、まだまだ改善の余地がありそうね……」
サゼーナが耳を押さえながらぼそっと呟いた。
その今初めて知りました感は大丈夫なのか。試運転はしていないのか。青ざめた男子生徒の顔が機械が音を立てるごとに白くなっていくのは大丈夫なのか。
不安要素が満ちる中、私達はただ耳を押さえることしか出来なかった。
ふ、と音が止む。
一拍おいて、男子生徒の目がゆっくりと開いた。
「やった!大成功よ!」
サゼーナが拳を掲げて喜ぶ。その頭を、キューズロンダ様が撫でた。
やっぱり愛玩犬と飼い主……いや、やめておこう。
とりあえず顔には赤みが戻っているようだが、他は大丈夫だろうか。
近寄ろうと足を踏み出すより先に、ロードラーザ様が前に出た。
「気分はどうです?」
「あ……おれ……なに…………が、っ!」
ぼんやりしていた目が突然光を取り戻す。
「俺、あいつに……!」
ついで、恐怖……いや、怒り、だろうか。眉間に皺が刻まれる。
この生徒は重大なことを知っているらしい。
「少し話を聞かせて貰えるでしょうか?」
ロードラーザ様はにっこりと笑って話しかけた。
―――
「絶対何か知ってるわよねぇ」
サゼーナが機械を抱えてがちゃがちゃ鳴らしながら呟く。指輪にしまわないのか聞いたが、自分で持ちたいらしい。貴族令嬢……と思ったが面倒なので放っておくことにした。
とは言えサゼーナがぶつぶつと呟く気持ちは分かる。
あの男子生徒は、私達を認識した瞬間、「何も覚えていない」と言ったきり黙ってしまったのだ。
ただ、ロードラーザ様に動揺が見られないところを見ると、これは筋書き通りなようだ。
「ねぇ。『物語』にはサゼーナは出てこないのでしょう?どうして機械を作らせたの?」
わざわざ登場しないサゼーナに頼むより、本来のやり方を試す方が早いはずだ。
少し大きめの狼程度の大きさにした魔獣の上に乗るロードラーザ様(自分で歩け)に質問すると、いつものごとく面倒そうな口調で答えが返ってきた。
「この事件をきっかけに殿下とシルカ嬢の仲が深まると言ったでしょう。本来、あの場には殿下の権限でシルカと殿下、それと好感度の高い攻略対象……取り巻きの中の誰かが来るのです。そして、カーラの話を聞いた後、取り巻きの誰かがあの彼の様子がおかしいことに気づく。闇魔法が絡みついた状態であることに気づいた殿下が得意の光魔法で直す……というのが一連の流れです。私は光魔法に対応した魔力はありますが、光魔法の操作はそこまで得意ではありませんので」
そこまで一方的にだらだらと言い、あとは黙ってしまった。
確かにターナス様の得意な魔法は光魔法だ。あの光の権化、太陽の化身のような輝かしいターナス様らしい魔法だと思う。
しかし、そんな細かなところまで同じとは、物語の信憑性が上がるばかりでつくづく恐ろしい。
「この『闇魔法特化対策機』で解析したところ、あの方に絡みついていた闇魔法自体の量はそこまで多くないわ。ただ……電気エネルギーを使って増幅、調整をしているようね。他にも複雑なエネルギーが混じり合って、彼の体で生成した魔法を自動的に体外に発散させるようになっているわ。発散された魔力は場に留まってはいないようだから、どこかに集められているのかもしれないわね」
でんきえねるぎー。でんき……は聞いたことがある。魔力持ちが滅多に生まれない隣国では環境の機械化が進んでいて、灯をともすのに使うそうだ。こちらで言う炎魔法や光魔法に近いだろうか。
それより、闇魔法特化対策機って何だろう。聞く限り、とても高性能な予感はひしひしとしているが。
「確か闇魔法の中に、外に逃がすことで魔力の暴走を鎮める効果のある魔法があったな。それを化学的に増幅させて生徒から魔力を奪っていたということか」
「それで光魔法で闇魔法を打ち消すのね。元をゼロにしてしまえばいくら増幅させてもゼロのままというわけかしら」
「まぁ、そうは言っても体中にぴったり巻き付くようになっていたから、相当な技術を持つ光魔法使いか、この『闇魔法特化対策機』位にしか治すことは難しいのよ!」
サゼーナはふふんと胸を張る。が、その頼みの対策機とやらは彼に使ったきり壊れてしまったはずだ。
不意に、ずっと黙って何事か考え込んでいたロードラーザ様が、私達の前を塞ぐように魔獣を進めた。
必然、向き合う形となる。ロードラーザ様は静かに口を開いた。
「……物語通りに進めば、本格的に事件が起こるのは魔法大会当日です。それまではぴたりと被害が止むはず。ウェルニー嬢にはしばらく機械の改良に努めて頂くとして、……作戦を、変えましょう」
そう言うロードラーザ様の表情はいつになく固く真剣で、私達は少し驚いたのだった。
詠唱を書きながら、天の神!地の神!!油の神よ!!!がずっと頭に浮かんでいました(分かる人には分かる)油へポーン!
科学知識はゼロどころかマイナスに差し掛かっています。




