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悪役令嬢と隠しキャラ令息の共謀  作者: たんとらったった
魔術大会・魔力盗難事件
10/25

自由過ぎるらばーず

本編と関わらないキャラ同士の会話ばかり浮かんでしまう病が治りません。

 

 このところ、学園全体が浮足立っている。というのも、近く我が校で魔術大会が開催されるためである。

 この学園において、魔術の強さや扱いの巧みさは一般教養科目の出来不出来より重視される。必然、この魔術大会が生徒たちにとって重要な学内行事となることは言うまでもない。


 大会は三日間にわたって行われる。いつもは校則で禁じられている攻撃魔法を解禁し、チームごとに技をぶつけ合い勝敗を決める魔法闘技大会が一日目。各々好きな教授のもとで個人、またはグループごとに学習・研究してきた成果を発表する魔術知発表大会が二日目。そして最終日、課外活動をしてきた生徒たちによる舞台発表や教授たちの趣味全開な舞台から屋台まで、最も人気が高く、最も学園全体のタガが外れる宴遊技能大会によって締めくくられる。


 どれも毎年沸き立つような熱気に包まれて行われ、参加者には参加しただけ評価が与えられる。言ってしまえば、参加すれば成績が上がる。中でも優秀者には望む景品が与えられる。さらに大会で魔法に長けているところを見せられれば他の生徒たちから一目置かれ、異性からの注目を集めることさえ出来ることから、むしろ大会に参加しない者の方が稀である。大体は三日のうちどれかに参加するものだが、中には三日全て参加しようという猛者もいる程だ。


 というわけで、生徒たちがどこかそわそわ、というよりギラギラしているのも無理はないのだが。

 そんな明るい周囲の雰囲気とは反対に、私の心には雷をたっぷり含んだ雲が居座っていた。


 それもこれも、あの脳天からつま先までむかつかないところが全くない無精男の余計な情報のせいである。


―――


「まだ、婚約者の方々の徒党は解散されていないそうね」


「残念ながら、そのようです」

 肩を竦めるその様子は、欠片も残念そうには見えない。どうやらそれほど問題視していないらしい。


「先導者が抜ければ解散すると思っていたけれど……貴方はこれで良いの?」

「正直、今の彼女の精神状態は万全とは言えません。直ぐに嫌がらせが消えたら、逆に余計な衝撃を与えてしまうでしょう」

 シルカはとある物語に沿うように現実を曲げようとしている。どうやらその物語でも、彼女は嫌がらせを受けるらしい。その形が突然変わってしまったら確かにどう暴走するか分からない。この男はシルカの暴走による周囲への影響には欠片も興味がなさそうだが、まあ結果的には平穏が保たれているので良しとしよう。


「……キューズロンダ様に取り巻きのままの演技をして頂いているのも、そのため?」

「ええ、まだ彼女は支え(・・)を失くすには早いでしょう。私もまだ彼女の信用を完全に勝ち取れているわけではないので。……もう少し、ですが」

 軽く微笑むその顔がどうにもどす黒く感じるのは何故だろう。どんな手段で信用を得ようとしているのかについては考えないことにした。


「でも、やっぱり不安因子は消しておくに限るわよね。いざとなったとき不利な証言をされては困るもの」

「そうですね、いつどういう手段で解消するかは置いておいて、彼女たちの不満や性質については調べておきましょう」

 前回の失敗を踏まえて、ひとまず私たちの意見は一致した。私はチェナに貰ったシルカの取り巻きの名前を書いたメモを確認する。


「ええと、あと残っている取り巻きは、有力商人の息子のトト……」

「ああ、彼なら割とすぐ解決しますよ。少し揺さぶっただけで解けかけていたので。婚約者の女性も知っていますが、彼女がシルカを苛んでいるとしたら理由は単なる嫉妬です」

 なんと。この男にしては仕事が早い。知り合いだろうか。……まさか、友人だろうか。物凄く似合わない。

「なら解くときは今度こそ怪しげな薬作戦で行くわ。前回の反省を生かして、飲んだら最後、溶けて跡形もなくなる無害な錠剤を研究馬鹿娘にでも作らせましょう」

「良いように使いますねえ」

「使わなきゃ損でしょう」

 そうでもしなければ割に合わない。散々被害を受けた私の耳が可哀想だ。

「それで、次に……騎士の彼の名前はなんでしたっけ」

「シャードレ様ね。彼の婚約者はアルスクーレ様だから、シルカに嫌がらせをしている集団には混ざっていないわ。取り敢えず放置で良いでしょう」

 授業で何度か一緒に過ごしたことのあるアルスクーレ様は穏やかな性質だ。嫉妬のあまり苛烈な反応をする姿を想像することが難しい。

「あとは……リーンスルト様。この人もだったのね。確かどこかの貴族の次男だったけれど、この人だけ特別有力な貴族というわけでもないわね」

 リーンスルト様は有名人と言えば有名人だ。かなり整った容姿だが、大層な女好きで口達者。良い噂は聞かない。この間のお茶会で、チェナが彼に言い寄られたと言っていた気がする。

「……リーンスルト……」

 何かに引っかかったように、ロードラーザ様が名前を繰り返す。

 考えるように目を細める彼に、何か思い当たる節があるのか聞こうとした、その時。


「もう!いい加減に離して!」

「……」


 ああ、ずっと聞かないようにしていた声が、この沈黙の合間に聞こえてしまった。

 私は眉間に指を押し当てた。


「キーラぁ、助けて……!この人をどうにかして!」

「……」


「……」

「……」


 涙目でこちらに手を伸ばす研究馬鹿娘ことサゼーナを、三者三様の沈黙でもって見守る。私とロードラーザ様の沈黙は勿論呆れと何かしらの諦念。そして、暴れる彼女を眉ひとつ動かさないまま自らの膝の上(・・・・・・)に固定するキューズロンダ様。


「人前でこんなことして!キーラに恋愛脳の馬鹿な女だと呆れられたらどうするの!」

 サゼーナは頬を真っ赤に染めて思い切り手足を振りながら婚約者に訴える。その心配はない。もうとっくの昔に呆れている。

 キューズロンダ様はそんなサゼーナを暫く無言で観察し、「1」と呟くと綺麗に包装された箱を差し出した。

 サゼーナは訝し気に瞬きをしながら箱を開ける。次の瞬間、突然魔力切れを起こしたかのように静かになった。

 包装の下から現れた箱のラベルには……『シャルルジャン製・どんな危険な実験にも耐えうる!魔力帯びフラスコ』とある。なるほど、シャルルジャンと言えば隣の小国で幅広く活躍している商家だ。ただでさえ技術大国と名高い隣国製の、しかも高品質且つ高額で知られるシャルルジャンのものとなればサゼーナにとってはこの上ない贈り物だろう。目を輝かせてフラスコをめつすがめつするサゼーナを膝に乗せたまま、キューズロンダ様は満足したように一つ頷く。


「……俺の婚約者が騒がせた。気にせず続けてくれ」


 私はてっきりキューズロンダ様は常識人だと思っていたが、もしかするとそんなもの、この世には存在しないのかもしれない。取り敢えず、騒がせる原因となったのはお前だという突っ込みは入れないでおく。

 正常な思考のある状態でシルカに操られるふりをするのが相当堪えているのだろう。私がもし演技とはいえターナス様の前で他の男性に媚を売らねばならない状況に陥ったら、心外のあまり相手の男性をうっかり燃やしかねない。サゼーナに癒しを求めるような姿は婚約者というより飼い主と小型犬だが、本人達がそれで良いなら何も言うまい。彼には同情するし、またバカップルの要らないすれ違いや痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ。仲良くしていてくれるぶんにはまだましだ、と自分に言い聞かせる。


 仲間に引き込む以上隠しても無駄だと思い、彼らには事情をあらかた話した。ロードラーザ様がシルカの為に動くことに猜疑心を隠せないキューズロンダ様だったが、私がターナス様の名誉を守るためだと言ったら心から納得された。何か釈然としない。

 国の混乱を防ぐため、未来の王の器を守るためという理由ならば、とキューズロンダ様もシルカの所業の隠蔽に加担することになった。清廉潔白な方だと思っていたけれど、と嫌味交じりに言えば、サゼーナが乗り気だからな、と事もなく言ってのけた。もうこの研究馬鹿娘バカ(・・・・・・・)のことを二度と常識人だなどと思わない。


「シルカ・サーテラインの行動の指針となっている物語の概要を知るのはこの場でお前しかいないのだろう。リーンスルトがどうかしたのか」

 私が回想している間にキューズロンダ様が話を進めようとする。ロードラーザ様は眉根を寄せた。

「彼のことより先に……今の光景を見ていて、嫌なことを思い出しました」

「何よ」

 何となく、この男にとっての嫌なことは私にとっても同じような気がする。つられて眉間にしわを寄せる。



「……物語では、今年の魔術大会で、シルカと殿下が口付けを交わします」


 シュボォッ


 気づけば私が触れていた目の前のテーブルがごうごうと燃えさかっていた。驚いた。こんな事もあるのね。


「ある事件が起き、それを解決する内に急速に距離が縮まるのですが……」


 ロードラーザ様が手の甲で軽く撫でると、編み込んだ糸がほどけるように炎が消され、机は新調したように刹那の間輝いた。

 そして勢い余って机まで解けるように消えた。後には消し残した火の粉と闇の魔力を含んだ煙が漂う。


「……」

「……」


「……お前達は何をしているんだ?」

 一部始終を黙って見ていたキューズロンダ様が至極冷静に問うた。


「机に焦げ目がついた方が洒落ているのではないかと思ったのよ」

「火事になってはいけないので火を消しました」

「ちょっとやり過ぎたわね?ふふふふふ」

「ええ、ほんの少しばかり。ははははは」



 その時の私達は少し危ない目つきをしていたと、後にキューズロンダ様は語った。


―――


 あの男曰く、本来その物語には複数の筋書きが用意されているらしい。主人公であるシルカを中心に相手役の男性が複数いて、誰を相手役とするかで筋書きも変わる恋愛物語だそうだ。実際のシルカは特定の誰かを相手にしたいわけではないのでその筋書きの中からどの話を選ぶかは分からないが、反対に、どの話にも共通して出てくる出来事もあるらしい。それが今回の魔術大会であり、並びにターナス様と不貞行為に及ぶことなようだ。

 なんだその物語は、胸糞が悪いというか趣味が悪い。大体、ターナス様以外との恋愛物語を選んでもターナス様といちゃつこうなど、意地汚いにも程がある。この世の全ての男が束になろうとターナス様の魅力には勝てないのだ、そもそもその物語に他の男など要らないだろう。いや、シルカとターナス様が結ばれる物語自体要らないのだが。

 憤懣ふんまんやるかたなし。

 眉間に深い谷間を作る私に、そういった展開になるまでの経緯を冷ややかな目のまま薄ら笑いを浮かべて語ったロードラーザ様。だが、物語と現実は違う。シルカがそう仕向けずとも似通った部分はあるにはあるらしいが、現実には全く違う部分も勿論ある。

 だから、シルカが事件を起こさない限り、物語に出てきた事件が実際に起こるとは限らないという。

 念のため事件の概要と犯人とその後の展開を聞き、起きた場合の対策は立てた。

 そして魔術大会中はターナス様の側を離れないと宣言すると、ロードラーザ様もシルカの側にいるという。一番の対策はそれだろう。しかし、だとしても阻止に成功するかは半々だ。

ロードラーザ様の話では、シルカが何もしなくとも何か大きな力のために事件が起こる可能性があるらしい。勝手に無神論者だと思っていたが、神が強制的に世界を物語に沿って動かす可能性もあると聞いて少し意外に思った。

『……神の意志というものが存在するならば、そしてそれが物語に沿った形で現実を歪めようとするならば、その時は……』

 くく、と嗤いながら呟いたロードラーザ様の瞳の奥に固く凍りついた憎悪が見えた気がして、正直少し引いた。


 苛々した気持ちがあの男の顔を思い出したことでドン引きに変わり、少し落ちついていたところに。

 ふと気づけば隣にチェナが座っていた。

「ちょ、チェ、チェナ!?貴女いつからここに!?」

「ふふ、成功したかしら。キーラがものすこく険しい顔からだんだんうんざりした顔になるまでを見ていたわ。気配くらい消せないと情報収集に不便だもの、叔父様に教わったのよ」

「貴女の叔父様って諜報員だったかしら……」

 私は呆れた。チェナはそんな事より、とさらりと話題を変える。彼女の叔父の正体は謎のままだ。

「キーラ、貴女の噂がたってるわよ」

「私の噂?」

 噂というものは、本人をすり抜けて勝手に流れるものだ。まして私は基本的にそういうものに疎い。首をかしげると、チェナは声を潜めた。

「曰く、『昨日シルカが魔法道具倉庫に閉じ込められていたところを助け出された。目撃者によれば犯人はキーラ』らしいわよ」

「……あら、いつの間にやっていたかしら?」

 無意識って恐ろしいわね、と言えばチェナが笑った。

「いかにもやりそうよね。貴女の場合こそこそしたりせず堂々と権力で威圧して押し切りそうだけど」

「彼女とは身分差があるのだから隠す意味は全くないわね。それで、シルカ自身も私が犯人だと言っているの?」

「それが、後ろから倉庫の中へ突き飛ばされたところを閉められたから、犯人を見ていないそうよ」

「ふぅん」

 私は眉をあげる。勿論犯人は私ではない。その証言からいって、シルカが『物語』に沿うように私を苛めの加害者に仕立てようとしたわけでもないようだ。

 と、すると。シルカ以外にも私を意図的に貶めようとしている人間が居るのかもしれない。恐らくそれが犯人か。

 暫く考えてから、私は肩を竦めた。

 私を恨む人間なんて居るところには幾らでも居るだろう。『物語』に関係するわけでもなさそうだし、特に考えるべきことはない。

「思い当たる節は?」

「さあ。放っておけばそのうち真犯人でも見つかるでしょう。別に私が犯人にされたところでどうなるわけでもないし」

「貴女って……」

 チェナは呆れたようにため息をついた。

「良いわ。貴女はなにもする気は無いのね。私が勝手に動くけれど、問題はないわね?」

「……何もわざわざチェナが動く必要はないんじゃない?」

 眉をひそめると、チェナの目が三角になった。

「問・題・な・い・わ・ね?」

 今までにない威圧感に圧倒されながらも、私はこくこくと頷いた。

 この友人は本当に人が良い。抜け目なく情報を集める癖に、こうやって友人のために力を尽くそうとするのだから。情報収集の中で危うい場面に出会った時に私のことを切り捨てられなさそうで心配だ。

 チェナは私の同意に満足したように一つ頷いて、話を変えた。

「そういえば、もう直ぐ魔術大会だけれど、問題が起こりそうよ」

「問題?」

 ふと嫌な予感が過り、私は居住まいを正してチェナに視線を送る。

「まだごく一部にしか知られていない情報だけどね。突然魔法が使えなくなった生徒が数人いるらしいわ」

「……!」

 私は目を見開いた。

「原因は不明。生徒たちは大会に参加できないわけだから、学園も成績に関する特例を作ったり原因を探ったりで大変らしいわ。今は生徒たちの熱気で目立たないけれどそのうち大騒ぎになるでしょうね……私やキーラは立場が揺らぐことはないでしょうけど、平民出身の方々は大変でしょうし……」

 チェナはまだ何かを言っていたが、耳に届かなかった。




 ―――ロードラーザ様の言う『事件』が、起こってしまったのだ。








どうでもいいことですが、法律的にはキスは不貞行為にあたらないそうですね。

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