Angels wing
片方だけの蒼い瞳も、出せない声も
全部貴方に捧げる
だから
私たちにまた、あの笑顔を見せてくれませんか??
―――Angels wing―――
―――天使の翼―――
空が青い。
ただそれだけなのに胸がキシキシと音を立てて軋む。
空の青さは私にあのヒトを思い出させる。
今現在、隣の国と戦争してるとは思えないほど綺麗な色。
ぽおっと空を見上げていると、ふと目の前に白い羽が見えた。
吃驚して一歩後ろに引いたら、風に靡いて羽はヒラヒラと踊った。
小さくてふわふわしている羽だった。
きっと生まれたてのウェンの羽だろう。
『綺羅・・・??』
声が掛かって振り向くと、真っ黒の髪をした青年が立っていた。
私はこの男を知っている。
私が大きく目を見開いて驚くと、彼は一瞬照れくさそうに目を伏せた。
『やっぱりそうだよな。キラ!』
大声で私の名を呼ぶ彼。
灰色の瞳の大きな目。私は彼の目が眩しく見えて思わず目を逸らした。
彼は小走りで私の近くへ寄って来て、少しだけ微笑んだ。
あのときより、彼は大人っぽくなった。背もずいぶん伸びたみたいだ。
整った顔が嬉しそうに笑った。
ああ、よかった。笑顔は子供の頃のままだ。
『久しぶりだな、三年振り??キラ。
ところで、どうしたんだ。こんな朝早くから・・・』
どうしてこの男は、繰り返し私の名を呼ぶのだろう。
一瞬だけ眉を寄せると彼は目尻を下げて微笑んだ。
『“そっちこそ、なんで??”って顔してるな』
そう言ってから、彼は愉快そうにクックッと笑った。
私は彼の笑顔が好きだ。
彼は蓮・・・私の大切なヒト。
私は“ひさしぶり”の意味を込めて微笑んで見せると、レンは少しだけ目に影を宿した。
『・・・まだ、声治ってないんだな・・・』
私は小さく頷いた。
目を伏せたレンはギュッと乾燥した唇をかんだ。そこからは薄っすらと血が滲んでいる。
『俺は・・・治ったよ・・・右足』
苦しそうに息を吐き出すレン。
よかった・・・レンの足が治って。
私は自分の左目を指差してパクパクと口を動かした。彼は“ああ”と言って頷いた。ちゃんと私の意図に気付いてくれた。
レンは自分の右目に手を当てた。
灰色だった瞳は片目だけ澄んだ青に変わった。
『俺もキラと一緒だ』
彼は満足そうに微笑んだ。
私も釣られて微笑んだ。
オッドアイは忌み子を意味する。
けれど私達はこの目に誇りを持ってる。
『・・・アイツ、喜んでくれてるかな・・・』
レンは自分の右目を閉じて瞼に触れた。
私も自分の左目の瞼にそっと触った。
オッドアイの両眼をそっと閉じて黙祷を捧げる。
アイツ・・・白―――。
私達の目となり大きな翼となってくれた大切な人に。
◇
私達は三年前、事故に遭った。
あの時の私は声が出ていて、両目も黒かった。山という場所にレンと私とビャクの三人で行ったのだ。
私は緑に囲まれてキャーキャー歓喜の声を上げていた。レンもビャクも楽しそうに遊んでいた。
だけど・・・。
胸がまた軋んだ。
『ビャク――レン!!早くっ・・・ウェンが生まれる!!』
私は木の上に上って大きな幹に腰掛けて二人を呼んだ。
二人の少年は少し焦りながらも慎重に上ってきた。私はまた“早くぅ”と言った。
大きな幹が三つ重なった所にウェンという鳥の巣があった。
いくつかの卵からコツコツと規則正しい音がして、たまにピシッと亀裂が入るような音もしていた。もうじきウェンが生まれる合図だ。
二人が少しだけ息を弾ませて巣を覗いた瞬間に、卵が割れた。
一羽が顔を覗かせると、まるで合わせたかのように次々とウェンが生まれた。
ピピピピピとウェン特有の高い鳴き声が碧の山に響きわたった。
三人は顔を見合わせてから、彼等の誕生に感動していた。
『すごかったね・・・私ウェンが生まれる所初めて見た・・・』
私は小さなため息と共に言葉を吐き出した。
木から下りた後、私たちは帰路である岩山を歩いていた。
『ああ・・・マジ感動もんだったよな。俺、ちょっと泣きそうだった』
『ってか、レンちょっとだけ泣いてたよねぇ?』
意地悪そうにビャクが笑った。
『うるせぇ!!』
頬を赤く染めてレンが叫んだ。私とビャクは笑って岩場を走った。
その時だった。
ビャクが足を踏み出した瞬間に彼の足元の岩が崩れた。
あっと叫ぶまもなくビャクは数十メートルは有るであろう岩場を真っさかさまに堕ちた。私とレンは目を見張ってビャクが落ちる瞬間を見た。
刹那ガラガラと音を立てて私とレンが乗っていた岩も落ちた。
『『ッ!!?』』
私はすごい速さで変わっていく景色を見て、頭が真っ白になってそのまま気を失った。
目が覚めた時は白いカーテンがゆらゆらと目の前で揺れていた。
どこだろう、と思って上半身起きあがらそうとしたが体中に鋭い痛みが走って出来なかった。
その瞬間に消毒液の臭いが鼻を掠めて“ああ、病院だ”とわかった。
ミリ単位で体を動かしただけで電流行が走ったかのように痛くて、仕方なく目だけを動かして部屋を見た。
しかし、どうしても左側が見えなくて私は困惑した。
どうしてだろう・・・。
左目・・・包帯が巻かれてる・・・・??
『気がついた??』
聞きなれた声が聞こえて、反射的にそちらに顔を向けた。否、向けようとした。しかし、首と頭と左目に鋭い痛みが走ってそこに立っているだろう人を認識出来なかった。
・・・ビャク??
私は声を出そうとしたけど、空気の漏れる音しか出なかった。
『ねえ、キラ。これから話すこと・・・信じてくれない??』
優しい声色のビャクの声。
私は心の中で“うん”と頷いた。彼は分かってくれたみたいで、話し出した。
『キラ。僕はね・・・。遠いところに行かないといけないみたいなんだ。キラにもレンにも・・・誰の目にも見えない所。』
・・・どこに行くの??
だめ。行かないで!!ずっと私達のそばにいてよ!!
『大丈夫だよ・・・僕はずっと二人の傍にいるよ。二人の目となって・・・。二人の見たもの、感じたもの。僕も一緒に感じて見守ってるから。二人は・・・キラとレンは精一杯生きていて・・・??』
内容が衝撃的過ぎて頭に入ってこなかった。
それ以上に、“ずっと生きていて”のところが妙に引っかかる。
ビャク??ねえ、そんな寂しいこと言わないで・・・ずっと三人でいようよ!!・・・ねえ!?
『・・・ごめんね・・・僕は、もう一緒にいられない。もう、行かないとダメみたい・・・。ごめんね。あの時僕がふざけていなければ・・・。』
手を伸ばして彼にさわった。激痛が伴ったが今はそれ所ではなかった。
ビャクが・・・・・・遠い所へ言ってしまう。私達と一緒にいてくれない。
とても冷たくて柔らかい物に手が当たった。それは私の手を握ってきた。
ビャクの手なのだろう。一度だけ強く握って“ごめんね・・・今までありがとう”と言って離れた。
『・・・い・・・・・びゃ・・・・・く・・・いかな・・・・・・・おい・・・・・て・・・いで』
【いや・・・ビャク・・・行かないで、置いてかないで】
必死に掠れた音と共に声を絞り出す。暖かい液体が頬を伝った。
一度離れた柔らかい手がもう一度傍に置かれた。一瞬迷ったように動いたみたいだけど、私には触れなかった。
変わりにとても柔らかい声がした。少し震える、優しい声。
『僕は・・・キラとレンの翼になるんだ。だから・・・・・・二人でこれからの未来に行って。僕の代わりに・・・生きて。お願いだから』
“僕の希望をのせて・・・そして、できたら僕を忘れないで”
彼は私の左目にそっとキスを落とした。その瞬間風が吹いて――――ビャクの気配は消えた。
いやあああああああ!!!
私は出ない声で叫んだ。
◇
『おいッキラ!!』
肩を激しく揺さぶられて我に返った。
あの時と同じ生暖かい液体が頬を伝っていた。
レンは心配そうに私の目を見詰めてから“大丈夫か??”と問いかけてきた。
私は微笑んで頷くとレンの手をとった。
後で医者に聞いた話だけど。
救急隊員が駆けつけたときビャクは虫の息で、私とレンは気を失っていたらしい。
しかも私は左目の眼球を傷つけ失明し、喉も瞑れて声が出にくくなっていた。同じくレンは右目の眼球と右足の怪我。
臓器をひどく破損してもう助からないと宣告されたビャクは薄れる意識の中で医者に私達に目を移植するように頼んだらしい。
“片目だけじゃ色々と不便だから・・・”
最後に私達を見て微笑んで彼は静かに息を引き取った。
私のところにきた動けないはずのビャクは、最後だということを報告しに着てくれた・・・みたいだ。
だから・・・私達は生きてみせる。
ビャクのくれたチャンスと目と翼を活かして・・・・・・・。
『行くか・・・ビャクのところへ』
私が握った手を離すことなどせず、レンはゆっくりと歩き出した。私は大きく頷いた。
私達の向かう場所はビャクの眠るあの場所。
私達が揃って踏み出した瞬間にウェンが飛び立って新しい羽を落とした。その小さな羽は私達の歩く道を先立つかのようにヒラヒラと前に散っていった。
『ビャク・・・・・』
小さな白い花束を彼に手向ける。その隣ではレンが手を組んで跪いた。私もそれを真似て隣で手を組んだ。
『ビャク、キラ・・・あのな。俺――――』
目を瞑ったままレンは話し出した。私はそれに相槌を打つことも、話を遮ることもなかった。
『俺、医者になるよ。ビャクがくれたチャンスをいかして・・・。戦争で傷ついた兵士や、そのほかの沢山の人々。助けを求めてる命を助けたいんだ』
一粒だけ涙を流して彼は立ち上がった。
『俺、限界まで行ってみるよ。絶対ビャクの代わりに生き抜いて見せるからな』
そういって笑った。
ビャク・・・私は特に何も決まっていないの。
だけど、だけどね??
私、最後にあなたと話せて嬉しかった。私に“生きろ”って言ってくれて有り難う。
そうじゃなかったら私もしかしたらあの後自殺してたかもしれないもの。
『――あ――りが・・・と―――びゃ――く』
ありがとう。ビャク
私、生き抜いて見せるからね。
絶対に。
私の翼。きっと、天使のように白い翼なんだろうね。
だって天使のようなあなたがくれた翼なんだもの。