第6話 強い意志
スライム草原を歩いてちょうど一週間程経ったある日のこと。
なんだかんだ人間というのは慣れるもので、最初はこんな草原のど真ん中で眠られるか!!などと思っていた拓海だったが、この生活が続いて2、3日目にはすっかり体が慣れきって熟睡できていた。
ついでに言えば、スライムの味にも慣れきっていて、3日目には「またスライムか・・・」と来る日も来る日も同じメニューで飽きてしまった。
ただキング曰く、
「いいか、スライムはこれを食っておけば万が一、1週間食事が取れなかったとしても生存活動が維持できるくらいに栄養価の高い食べ物だ。スライムの生息していない大陸の東部なんかじゃ高級食材になってたりするんだ。
体にもめちゃくちゃよくて、これ食えば寿命が延びるなんてことさえ言われてる。
だがこれは食ってるから分かるだろうが、栄養価が高すぎる割には腹はそんなにふくらまねえ。
そんなもんをずっと食ってると、運動しなけりゃすぐぶくぶく太っちまう。まあお前さんの場合毎日弓の稽古で体動かしてるから大丈夫だろうがな」
とのことで、体に悪い食べ物ではなく、むしろ人体に良い食べ物らしいのだから驚きである。
そんなこんなで弓の稽古の方も順調に進んでおり、2日目にはまともに矢を飛ばすことができるようになった。そして一週間もたった今となってはスライムと戦闘しながら矢を射り弓矢を命中できるレベルまでになっていた。
命中はするが一撃で倒せることはなく、とどめは必ずキングにさしてもらっていた。
だが、それでも経験値は入るらしく、拓海も脳内で順調に経験値の方も溜まってきているのが分かった。
また、弓がある程度命中するようになってきた頃、キングに「次は足技だ」と言われ、狩人には近接攻撃も覚える必要があるといわれた。もしも敵に接近された際に備えて、大抵の場合ナイフか、それが間に合わない場合には蹴りで応戦し敵との距離を離すらしい。
当然といえば当然だが、狩人という職業は弓を扱う性質上あまり近距離は得意ではない職業だ。
だがパーティーを組んでのチーム戦になった場合に近距離戦がまったくできないのと多少でもできるのとでは大きな差が出てくるのだとキングは言う。
やはりというか、ここもゲーム的な話になってくるのだが、職業ごとで体力などのステータス値も変動してくるようだ。キングの口ぶりから、狩人は基本的に魔物からの攻撃に撃たれ弱いが、魔術師ほどではないという。
なので時には魔術師の盾となり魔術を唱える時間を稼いだりする役目もあるらしい。
そもそもなぜ職業で撃たれ弱かったりするのか等この辺の仕組みがどうなっているのかはわからないが、とりあえずキング曰く、職業によってレベルがあがったときのステータス値が決まっていて、素となるステータスは個人準拠のものが与えられているのだが、ふり幅はある程度職業で固定なのだそうだ。
例えば狩人の場合、レベルが1上がると、体力+1、魔素+1、素早さ+2、器用さ+3と数字にしたらこんな感じなのだが、元のスタートがキングの場合は10からスタートしていたとしたら拓海は20くらいからスタートしているのだという。
これはあくまでキングの例え話であって、実際そんなに分かりやすい数字のようなもので成長度は見れないとのことだが。
ともあれ、上がる値が同じなのだから当然拓海が上位互換のようになるわけだ。
つまり女神からのプレゼントで軒並みステータスが高い状態でのスタートを切っている拓海からしたらどの職業を選んだとしても、たとえ同じレベル100だったとしてもこの世界の住人の同じ職業のレベル100の人よりもステータスに関しては勝るのだということになる。
これもなんだかずるをした気分になって、なんだかあまり居心地の良いものではない。
村についたらまずはキングの言っていたその『レベル屋』とやらに赴きレベルをあげてもらおう、とか考えていたところで前を歩いていたキングが後ろを振り返って後ろを指さし言った。
「よし、着いたぞ。ここがマヒロー村だ」
キングの指す方を見るとそこには日本語で『まひろーむら』と書かれたでっかい木の看板が立っていた。
キングの喋っている言葉が日本語だったから失念していたが、どうやらこちらの世界では文字も日本語で良いようだった。平仮名で書いてあることから平仮名だけ存在している世界なのだろうか?だとしたら今後、漢字は使わない方が良いだろう。
その向こうでは木でできた木造建築の家が何軒か建っている。
村の方からは子供たちが遊んでいる声も聞こえた。
この世界に来て初めて聞くキング以外の人の声だ。聞こえてくる声に耳を澄ませるとちゃんと日本語だった。
「つ、着いた~・・・!」
思わず気の抜けたこえをあげてしまった拓海だったが、今までこんなに長い間歩き続けたことがなかったのだと思うと多めに見てほしい。
度重なる戦闘やあれこれで学校の制服はぼろぼろだった。
「・・・まずはお風呂に入りたい」
人の住んでいるところ!と思うと、まず出た一声がそれだった。
さきほどまでレベル屋のことを考えていたというのに、それよりもなによりもまずは体の汚れを落したい。お風呂は魂の洗濯とも言う。身も心もさっぱりしたい気持ちなのだ。
「風呂か? んー・・・風呂は高いから普段ならあんまり使わねえんだが・・・仕方ない、先に風呂屋へ行くか」
呟いてしまった声を耳ざとく聞いていたキングがそう言うとてくてくと歩きだす。
「お風呂屋さんなんてものがあるんですか・・・?」
「ああ、もともとこの大陸には風呂にはいるっつー文化がなかったんだが・・・今は滅んじまった二つの大陸があるっつー話、前にしたよな?」
「ええ・・・確かこの戦争で二つの大陸が消し飛んだって聞きましたけど・・・」
「その消し飛んだ大陸の一つがフリュースルっつー国のとこだったんだが、そこに風呂の文化があってな。
大陸が消し飛んでもなんとか逃げ延びたフリュースルの奴らが風呂の文化をこの大陸に広めたんだ。
あの大陸にゃ一家に一つ、風呂場があったらしいがさすがにこの大陸だとまだそこまでは浸透してねえんだよな」
ともすれば元々ここには風呂の文化がなかったということか。
それは何とも拓海にとってはありがたい話だった。顔は知らないがフリュースルの国の人々よ、感謝。
それはそれで風呂がなかった時はどうしていたのかを聞きたいものだが、今はとりあえずこの汗と泥とを洗い流したい。
「やあああーっ!!」
「ん?」
風呂屋へ向かう道中、何やら子供のやけに気合の入った声が聞こえたのでそちらへと目を向ける。
「たあーっ!とおーっ!ほあちゃあーー!!!」
声の正体は木刀を振り回す男の子のようだった。
後姿だけだったが服装は半そで短パンで日焼けに焼けた肌は綺麗な小麦色に染まっていた。いかにもわんぱく坊主、という感じだ。髪の毛はあったが。
剣を振る様子に型もなにもあったもんじゃあないが、なるほど、真剣な様子だけは伝わってきた。
掛け声だけはなんだか力の抜ける声だったが・・・。
「ああ、マオの奴か・・・まだやってんだな・・・」
どうやらキングの知っている子みたいだった。
「あの子は・・・?」
気になったので聞いてみる拓海。
「ゴブリン共をぶちのめすために修行してるんだとよ」
「ゴブリンですか・・・?」
スライムに続き、またしてもRPGで聞き覚えのある単語だ。スライムに続いてザコ敵として有名なんじゃないだろうか。
とはいえサファイアスライムの例がある。
先入観で強さを図るのはやめることにしたのだ。何にせよこの1週間で拓海は自分は弱い、とつくづく実感したばかりだ。ゴブリンときいて、真っ先に『ザコ敵』という連想をしてしまう自分を戒めよう。
「あいつの姉ちゃんが3年前、ゴブリン共に攫われちまってな・・・当時村の勇士を募って奪還作戦が立てられたんだが・・・奴らの中には普通のゴブリンじゃねえ個体も混じっていたんだ」
「普通のゴブリンじゃない・・・?」
「ゴブリン族の王・・・通称『ゴブリンキング』ってのが混じってやがってな。当時の村にいた腕利きは全員全滅しちまったらしい。
今はこの村の北の方の森に根城を立ててるらしいが・・・」
「その・・・一つ疑問なんですが、ギルド?でしたっけ。そこにマオくんのお姉さんを救出してもらおうとかって話は」
「その後も何度もマオの姉ちゃんを救出しようって話はあがったんだがギルドに依頼するにも金が要る。
そして奴らの群れにはキングがいるってんで、当然依頼するにも大金が必要になるって話になった。
それでも、と村中の金目のもんを集めて売ったりしたんだが・・・資金がどうしても集まらなくってな、ギルドに頼みこんだりもしてみたらしいが、やはり金を出さないことには救出隊を出すのも難しいと言われちまったらしい。
そうこうしているうちに3年が経った。当時からわんぱくなガキだったみたいだが、皆が行かないなら自分がいく!っつって言いだしてな。それからゴブリンを倒すために修行だっつって毎日木刀を振ってるんだとよ」
「3年・・・ですか・・・」
「・・・十中八九マオの姉はもう助かっちゃいねえだろう。ゴブリンってのは個体を増やすために人間の娘を攫って集団で犯すんだ。そして孕ませる。
んで、子供を生ませて用済みになったらそのあとはだいたいそのまま死ぬまでゴブリンを生ませる道具にされる。捕まったのが3年も前って話じゃあな・・・」
キングの話を聞いて拓海はゴブリンと聞いてザコ敵だ、なんて一瞬でも思ってしまった自分を恥じた。
なんて凶悪な魔物なのだろう。
こうして実際に被害にあっている話を聞いてから危険度を再設定する自分に、やはりどこか拓海はまだ日本にいたころの感覚が抜けきっていないと感じた。
「・・・ゴブリンっていうのはすごく凶暴なんですね。それで、ゴブリンキングっていうのはどれくらい強いんですか?」
「ゴブリンってのは一体ずつならたいしたことはねえ。集団でこられるとやっかいなのはあるが、それでも10人程度なら束で来たって俺一人で何とかなるくらいの強さだ。
だがな、ゴブリンキングはダメだ。あれだけは相手をしてはダメだ。
あれはゴブリンって名前を冠しちゃいるが、まったくの別物だな。まず、ゴブリンってのは基本的に棍棒だとかナイフだとか近接武器を持ってることが多い。
使ってきても弓とかで攻撃してくる個体もいるが、まあそんなもんだ。武器での攻撃をしてきて知恵も回るから集団で来ると少しばかりやっかいな相手だ。
だがまあそれでも対処法はある。だが、ゴブリンキングはその辺のゴブリンよりも一回りでかい体格にでかい槍をもっていて、ここがキングのやばいところなんだが・・・上級魔術を使ってくるらしい」
「魔物でも魔術を使えるんですか?」
「個体によるがな。だが魔術を、それも上級のものをつかえる魔物なんざめったにいねえ。それこそ魔王軍の幹部だとか・・・四天王の奴らとかそんなもんだ。人間でもそう多くはいねえ。
上級魔術ってのはこの前に職業の話をしたが、魔術師になってレベルを・・・そうだな、50か?くらい積まねえと習得はできねえもんなんだ。
しかもただ魔術を使ってくるだけじゃなく、槍さばきも並みの戦士では太刀打ちできねえレベルだっつーんだ。
さっきギルドに依頼も出したが大きい金がいるっていう理由がこれだ。並の奴らじゃ束になっても一網打尽だ。せめてレベル50の・・・俺と同じレベルの奴らか、それより上のレベルで組んだパーティーじゃねえと危険だ」
つまりキング一人で行っても勝てる相手ではない・・・と言うことか。
そうなるとますますマオのお姉さんを助けることの難しさが分かる。
助ける、というのも、生きていたら、という前提条件付きだが。
「どうしようもできない・・・ですよね」
「まあな・・・俺だってマオは知らない仲じゃない、助けに行きたい気持ちがないわけじゃねえ。
ただなあ・・・相手が悪すぎる。
ゴブリンキングを相手にする上、その助ける相手も高確率で手遅れな可能性が高けえんだ。どうしようもねえわな」
ここでもか、と拓海は自分の無力さを痛感する。
別に誰でも彼でも救いたいわけじゃあない。英雄になりたいわけでもない。
だが仮にあの子が拓海の知り合いだったとしても、拓海には現実としてあの子を、あの子のお姉さんがまだ無事であり、まだゴブリンの巣窟で助けを待っているのだとしてもそれを救える力がない。
結局神殺しだ魔王を倒して世界を救えなんだと渡されて異世界へ飛ばされてきても、拓海のできることは限られているのだ。
ここに来て何度も自分の無力さを痛感することの多かった拓海だが、キングほどの強さを持ったものでもあの子お姉さんを救うのは難しいと知り、自分のことでもないのに打ちひしがれる。
それに拓海にはマオという子の境遇___即ち、姉を救いたいという気持ちと、だけど自分では何もできないもどかしさというものが少しでもわかってしまう気持ちがあるから。
「はああああああ!!・・・あっ!」
すると、木刀を振っていたマオという少年は木刀を振り上げた勢いで後ろへすっぽ抜かしてしまい、勢いよく木刀がこちらへ飛んできた。
「すみません!けがはないですかー!」
少年がこちらへ駆けてくる。
少年の顔がどんどん近づいてくると、拓海は自らの思い違いに気づく。
「あれ・・・この子、女の子・・・?」
「おう、そうだぞ、マオはれっきとした女の子だ。 よおマオ、元気か?」
マオ___少年だと思っていた少女は恰好こそ男の子のようだったが、ベリーショートの日焼けのよく似合う女の子だった。
顔立ちはむしろ整っており、鼻もすらっと高く、成長すればきっと村でも一番のモテ女になるだろう、と将来が楽しみになるような顔立ちだ。
短パンから覗く健康的な太ももが目に眩しい。歳は十から十二歳くらいだろうか?背は決して高くないものの、胸は少し膨らんでいた。
こんな小さな体でも一人前の『女』になるための成長が始まっているようだ。
「どーも、Kさん!ボクは元気っ!だよ! えーと・・・そっちのおにいさんはだれ?Kさんの弟子?」
と、マオが拓海のことを指をさして聞いてきた。
「こいつは・・・まあそうだな、弟子・・・みてえなもんか。こいつは拓海、ハルミタクミっつーんだ。そこの草原で拾ってきた」
「ええー!スライム草原で?じゃあこのひと、スライムなの?」
「おお、そうかもしれねえな!」
「いや、僕は人間だよ」
と、このままではスライムにされかねないので訂正する拓海。
するとマオはクリクリした瞳でこちらを下から眺めてくる。
ああ、なんて澄んだ真っ直ぐな瞳なのだろう、と拓海はそう思ってしまった。
それとキングに弟子だといわれてなんだか照れくさくなってしまった拓海であった。
「そうなんだー!人間でもスライム草原に落ちてることってあるんだねー。ボクはマオ。おにいさんもよろしくね!」
「どうも、拓海です。よろしく。・・・マオちゃんは毎日素振りをしているの?」
「うん!つよくなって、いつかぜったいゴブリンキングなんかやっつけてお姉ちゃんを助け出すんだ!でも今はボクよわっちいから・・・だから早く、強くならなきゃ」
その瞳はどこまでも真っ直ぐで____今の拓海にはそれがとても眩しく見えた。
「・・・どうかな、マオちゃんじゃ無理じゃないかな?」
「え?」
だからこそ、つい、口が滑ってしまっていた。
「キングさん・・・Kさんですら、一人じゃ倒すのは難しいっていう相手だって聞いてる。
マオちゃんがいくら頑張ったところで、ゴブリンキングは倒せないとおもうよ。
それにお姉さんだってもう・・・助からない可能性の方が高いって皆も思ってる」
「おい、お前さん・・・!」
言わずにいられなかったのだ。
無力だと、全てが無駄なのだと、自分で悟って知ってしまう前に。
せめてここでだれかが教えてあげるべきなのだと。
救いたいという思いだけでは___力が伴わない想いほど、虚しいものはないのだということを。
「・・・」
黙りこくるマオ。
つい言いすぎてしまった。
純粋無垢に頑張っているマオをみて、現実を大人げなく叩きつける自分に言ってから嫌気がさす拓海。
当事者でもなんでもないくせに、いきなりやってきてそんなことを言う自分は一体何様なのだ、と。
・・・だが。
「うーんと・・・おにいさんがボクを心配してくれてるのは分かったよ。ありがとうね。
でもボクはどうしてもあいつを倒したい。だれかがやらないならボクがこの手でやっつけたい。
こんなことやってても全然、つよくなれないかもしれない。でもボクはこれしか知らないから。
お姉ちゃんが無事じゃない可能性だって・・・死んじゃってる可能性だってボクも考えてる。
ううん、むしろ生きてる可能性の方が低いんだーっていうのもわかってるんだ。
わかってる、全部わかった上で・・・それでもボクはゴブリンキングをやっつけて、お姉ちゃんを助けたい。死んじゃってるとしたら骨を持ち帰ってあげてお墓に埋めてあげたいんだ。
そうじゃないと、人は死んだら死んじゃったままだから。くよう?してあげるんだっておばあちゃんが言ってた」
なんということだろう。
この子は拓海の言葉に心が折れるどころか___むしろ、現実を受け止めた上で、それでもゴブリンキングとの戦いを望んでいたのだ。
この子は拓海の思っていた遥か上を行っていた。この歳で、全てを分かった上で。
「それにこれでもたぶん、おにいさんよりはつよいよ?ボク」
マオはにっこりと笑ってそう言った。
そろそろ他の主人公くんたちや、他の転移した子たちどーなったの?って気になってくるころかもですが、もうちょっとだけ拓海君の話が続きます。そしたら他の子の話もやりますので・・・