第5話 狩人の教え
「いいか、体の力を抜いて、楽な姿勢を維持しろ。背骨から頭の先まで真っ直ぐに伸ばして背筋を良く。これが基本の姿勢。そしてそのまま矢筒から矢を取りだし、弓につがえる。そして獲物と矢を平行になるよう肩の位置を調整して引き手の肘を大きく廻り込ませる様に、肘を意識しながら引いていく。そして十分に弓を引き・・・離すッ!!」
そのままキングの放った矢はピュンっと風を切る音がし、ストンっ!と10数メートルほど遠くの木の中央へと綺麗に刺さった。
「まずは何につけてもこれだ。これができねえようじゃ狩人はやってけねえ」
たったままの姿勢で弓を射る。
RPGでいうところの通常攻撃というところだろう。
キングがそれらしいことをしているところを目撃していないためわからないが、通常攻撃を覚えた後に他の技を会得していくのだろう。まずは普通に弓が射れないのでは話にならない。
拓海は近くの村まで行く道中でさっそく狩人の稽古をつけてもらっていた。
キングの言う近くの村、というのがこの草原を1週間程あるいたところにある、と知った時には、近くっていうから1日もかからないで着くのかと・・・と何の根拠もなく考えていた拓海には結構ショックだった。
というのも、まあ現代日本に暮らしていれば当たり前なのかもしれないが、拓海にはこんな草原で夜を明かす、などという経験もなかったし、しかもこの辺りはスライムとはいえ魔物が出るのだ。
スライムとはいえ、なんていったが拓海一人だとまた殺されかねない相手なのだし、キングがいくら凄腕の冒険者でもやはり心配にはなろうというものだ。
「・・・っ!」
キングの見よう見まねで拓海も撃ってみたが思うように矢が飛んでいかない。
木のところまで届かないわけではないのだが、右へ大きく逸れてしまった。もしこれが戦闘だとしたら味方へ当ててしまうところだろう。
「難しいですね・・・」
「いや、1日で的に当てられる方が珍しいさ。中にはいるかもしれないが、たいていの奴はもっと時間がかかるもんだ。的に当てられるまで1週間以上かかる奴だっている。
だがお前さんは基礎能力が軒並み高いように見受けられる。
早ければ明日にくらいにはもうできるようになっているんじゃあないか?」
「そうでしょうか・・・」
何となくだが弓を撃つときにも、どういう感じで撃てばちゃんと飛んでいくのかというのが体で分かる。RPGでいう武器適正的なステータスも異世界転移によっていじられているんじゃないだろうか?と拓海は推測した。
だとしてもそれは女神によるステータス上昇のおかげであり、拓海はなんとも微妙な気分だ。
だがそれがなければ木のところまでまず矢を届かせるのも怪しかっただろうな、と拓海は思った。
拓海は日本にいたころ弓道もアーチェリーもやったことはなかったが、見るからに難しそうだし、かっこいいとは思っていたがまさか自分で弓を扱うことになるとは思っていなかった。こんなことなら部活にはいっておけば良かったと思う。
「よし、この辺で休憩だ。今日はここらで一泊するとしよう」
日が暮れてきたこともあり、稽古も区切りがちょうど良かったのだろう、荷を下ろしキングは言った。
異世界へ来て1日目。
なんだか長いようで短い1日だったようにも思う。
そもそも今日何があったかといえばスライムに殺されかけ、そのまましばらく草原をうろついたのちキングに出会い、少し話し込んで、ちょっとあるいてそこから弓の稽古だ。
濃かったといえば濃かっただろう。
「そういえばキングさんは狩人の免許皆伝だって言ってましたけど・・・免許皆伝って具体的にはどうやってなるんですか?」
ふと疑問に思ったので聞いた。
ここではわからないことだらけだが、一つずつわからないことを確認しておくのは大事だと拓海は思う。
こちらでは常識かもしれない知識が、拓海にはわからないことばかりだし、それが致命傷になりかねない。知らないということはそれだけリスクがあるのだ。
「免許皆伝ってのは職業によっても条件が違うんだが・・・狩人の場合は結構単純でな。龍を一人で討伐する、五つの奥義のうち一つを会得する、レベルを100まで上げる、このどれかを満たせば名乗れるようになる」
「キングさんはドラゴンを倒したんですか?」
「いや、さすがにそれはないさ。俺の場合は奥義を2つ、習得して免許皆伝になったんだ」
「奥義・・・ですか。一体どんなのがあるんですか?」
質問ばかりだが仕方ないだろう。それにキングも気を悪くした様子もなくひとつずつ教えてくれる。
「俺が会得したのは『流れ星』と『落陽』つーのだ。流れ星は、簡単に言っちまえば相手を追尾する矢を放つ奥義で、落陽は空へ向かって矢を放って相手へ光の矢が何本も降り注ぐっつー奥義だな。光の矢、って表現しちゃいるが原理的にはただの魔素でできた矢だ」
「なるほど・・・勉強になります」
「まあいまんとこまだまだ奥義うんぬんっつーのは先の話だな。まだ普通に矢を射ることすらできねえ段階だしな」
キングはおろしたリュックから毛布を取りだすと拓海へよこした。自分も毛布を取りだし、マッチ棒のようなものを取りだすとランタンに火をくべた。
この草原は暑くもなければ寒くもない。毛布をかぶれば眠れるくらいにはちょうどいい気温だった。
スライムは見た目的にはじめじめしたところとか好きそうなものだが、この草原はそんな感じでもない。
キングは昼間にスライムの死骸から何か採取していたと思わしきぶよぶよした物体を取りだす。
「サファイアスライムはそのままじゃあ決して食えたもんじゃねえが・・・いいか、これは狩人の教えその1だ。この世界の魔物は焼いて塩と胡椒をかけりゃたいがいのもんは食える」
「ええっ・・・これを食べるんですか・・・?」
「ああ。生きるためには食ってかなきゃなんねえ。そして俺たち狩人はその名の通り、こうして日々の食料は自分で確保することが多い」
キングはぶよぶよした物体をランタンの火であぶると塩コショウをかけ、そのまま口へ運んだ。
「んー、こりこりしててうめえ。お前さんも、ほら」
「・・・ごくり」
意を消して受け取ったそれをマネをして火であぶって口へひょいっと放り込む拓海。
もぐもぐと口を動かす拓海。
「・・・あ、これ」
不思議な食感だった。
だが途中で妙な既視感を覚える。これは日本でも食べたことのある食べ物に酷似している。
「・・・ホルモンみたいだな」
そう、焼肉のホルモンみたいな食感だった。塩コショウもつけてあるし、まんまホルモンだこれ。
「どうだ、案外いけるだろ?」
「はい!おいしいです!」
そして何気に今日は朝学校を出るまえに食べた朝食以来の食事だったと気付く。いろいろあって空腹を忘れていたが。
空腹は最高のスパイスだ、なんていうが本当だ。体中が喜びの叫び声をあげているのが分かる。
夢中になってスライムにかぶりつく拓海。
「ほら、水だ」
「あ、ありがとうございます!!」
リュックから水筒を取りだし拓海へ渡してくるキング。
そしてそのまま一気に水筒の中の水を呷る拓海。
生き返るような気持ちだった。
至れり尽せりでなんだか涙まで出てきてしまった。
「うう・・・」
「おいおい、泣くこたあねえだろ。そんなに腹減ってたのか?だったら言ってくれりゃあ早めに稽古やめてたのによ」
「うぐっ・・・ぐすっ・・・いいえ、そうじゃない、そうじゃないんです。 あの、僕今日は本当に色々あって・・・魔王に会うって意気込んではいたけども・・・気づいたら知らない土地だしスライムに殺されかけたり、それで初めて会うはずなのに、キングさんすっごく優しくて・・・それで僕・・・ほんどにありがどうございまず・・・!!」
拓海は心からキングに感謝をした。
異世界へ来て、最初に会った人物がキングでなかったとしたら、拓海はそう考えると今のこの状況に感謝しかなかった。
思えば、こんなに人に親切にしてもらえたのは初めてなのではないだろうか。
情緒不安定みたいだが仕方なかろう、出したくて出るわけではないのだ、涙は。
「不安だったろ。なあに、こんなのはお互いさまだ。狩人の教えその2だ。
人間助け合い、ってな。また今度俺が困ってたらお前さんが俺を助けてくれりゃそれでいい」
「ううう・・・キングさああああああん!!!」
耐えきれず号泣してしまう拓海だった。
こんな風に泣くのは一体いつ以来だっただろうか。
日本での拓海は、どこか自分自身もまわりの世界のことも色あせて見えていた。だから感情が揺り動くことなどなかった。
だが、ここに来て人のやさしさに触れて、拓海の凍っていた心は熱を取り戻したように思える。
「おいおい、ったくしゃあねえな・・・」
「ぐすっ・・・ぼ、ぼぐ・・・ぎんぐざんにあえでっ・・・ほんどによがっだぁ・・・!」
「ははっ、まあ今は泣け。気づいたらなんも記憶がねえ、しかも辺りは魔物の出る草原じゃあ心細かったろう。男が泣くもんじゃないというが俺は逆に涙を流すほど人は強くなれると思ってる。だから泣きたいときは泣け」
なんだかどこかの歌の歌詞みたいなことを言うな、と思ったけど異世界の住人のキングがその歌を知っているわけもない。
その日、拓海は子供のように泣きはらした。
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