第1話 晴海拓海
次の日、拓海が朝登校してくると菱形修治をはじめとしたクラス内ヒエラルキー最上位グループの皆さんが仲良く談笑しているのがまず目に入った。
「・・・おはようございます」
「おっ!おはよーハヨー晴海ぃ!昨日はあんがとなっ!ほらよ、ジュース!!」
そう言って修治はグループの輪から出てきて拓海へぽいっと缶ジュースを投げ渡す。
「わっわっ」
あやうく取り損なうところだったが、何とかキャッチする。そして缶ジュースに書かれていたのは。
「・・・おしるこサイダー?」
「遠慮せずグイッと言ってくれ、グイッと!!ささっ!」
「ええっと・・・これ、飲むの・・・?」
これが我が校の七不思議の一つ、「なぜか誰も買わないのに撤去されることのないおしるこサイダー」。
当然買わない理由は言わずもがなだ。
どうしたものかと拓海が戸惑っていると、
「おいおい修治、何の罰ゲームだよそれ。晴海も飲まなくていいぞ?なんなら俺が飲む!」
そう言ってさきほど修治のいたグループの輪から出てきて拓海に近寄ってきたのは成田圭佑。このクラスのクラス内ヒエラルキー最上位グループのリーダー格にして先生方からの人望も厚い好青年だ。まず見た目からして整った顔立ちに、背はおおよそ170センチ後半くらいだろうか?
拓海が割とクラス内でも身長低めなので余計に大きく感じる。
「成田くん・・・」
派手目のグループの中にいるが、髪の毛を染めてたりはせず、服装もそこまで派手ではない。
この容姿と爽やかさで、女からはモテるにモテて数々のモテ伝説を持ち、それでいて嫌味のない性格からか男子からの人望も厚く、派手目なグループのリーダー格としてやんちゃしないように適度にブレーキをかけている存在でもあった。部活は帰宅部だが、もっぱら放課後はバイトに忙しいらしく、彼女はいない(と前に話してたのを聞いたことがある)。
圭佑はいわば、拓海の憧れでもあった。
というか当然だ。こんなモテモテで、しかも男の拓海から見てもこいつならモテて当然だな、と思えるそんな人物なのだ。憧れない方がどうかしているとさえ思う。
「飲まないならいただきまーすっと」
そんな憧れの成田くんに話しかけられ、内心すごいテンパっている拓海だったが、圭佑は気にした様子もなく拓海からおしるこサイダーを受け取り、プシュッと炭酸の抜ける音が鳴ったかと思うと一気におしるこサイダーを呷った。
そのまま一気に飲み干してしまう圭佑だったが、飲み終わると
「・・・かぁー!!何だよこれ、考えた奴天才かっ!?めっちゃゲロマズじゃねえか!」
そう言いながらもきちんと全部飲み干している圭佑を、クラスのみんなが『あぁまた成田がバカやってる』と笑いながら見ている。
行動一つとってもみんなの視線を独り占めしてしまう、これが本当の人気ものってやつなのだろう。
そして圭佑はこれでいて成績も学年上位だったりする。
拓海は、こういうところも圭佑には敵わないなぁと思っていた。
1年前くらいだろうか。
修治が他校の生徒と喧嘩になり、他校の不良たちが集団で学校まで昼休みに押し寄せてくるという事件があった。昼休みということもあり、教師たちもすぐには来ず、教室でお昼を取っている生徒たちが何事かと窓から校門の方へみんなして覗き見をしていた。
その時、なかなか校舎から出てこない修治にしびれを切らした他校の生徒たちが偶然近くにいた女子生徒に菱形修治を呼んでこい、と言ったのだが、すっかりビビッてしまい体が委縮して動けなくなっている女子生徒にますますイラだった他校の生徒が女子生徒にあげく手をあげようとした。
その時だった。
圭佑がどこからともなく現れて、他校の生徒の手を捻り上げ、その場に引き倒したのだ。
流れるような動きにあっけにとられた他の他校の生徒たちと全校生徒たち。
仲間がやられた!とばかりに圭佑に襲い掛かる他校の生徒達を難なく片づけていってしまう圭佑。
後から知ったのだが、圭佑は近所のボクシングジムや道場に通っており、武術もいけるクチだったのだ。
その時拓海は圭佑の所を『漫画のヒーローみたいだな』と教室の窓から見て思ったのを覚えている。
結局そのあと教師が現場に着いたのはすべてが終わったあとだった。もちろん圭佑も他校の生徒に暴力を振るったとして問題になりかけたが、あれは女子生徒をかばってのことで不可抗力であり、圭佑は悪くないとの全校生徒からの言葉で大きな問題にはならずに1か月程の謹慎処分で済んだ。
また、他校の不良たちも大きなけがはなく、あっても擦り傷だったりちょっとの打撲程度で済んだことも大きかったのだろう。
そしてそれ以来、期せずして助けられた形になった修治はめでたく圭佑の取りまきみたいな位置___つまりいまにあたるわけだ。
「やれやれ・・・今日も道化は踊る・・・か。しかし、この世に完璧な人間など存在しない。故に彼はとても歪だ。出来すぎている、胡散臭いくらいに、ね。嫌いだな」
と、拓海に急に後ろから話しかけてきた声に振り向くと、そこには童顔の中性的な顔立ちをした小学生くらいの背丈の男の子?が立っていた。
「小田部くん・・・。そんなことないよ、成田くんは良い人だし」
「・・・ふぅ、君と僕とは相容れない存在なのかもしれない。だからこそ、惹かれ合うのかもな」
そう、どっかのギアス使いそうな王子のしそうなポーズをしながら言う目の前のショタは小田部龍翔。龍翔、なんてかっこいい名前に反して見た目は小学生だが、これでも歴とした拓海の同級生である。
一部のマニア受けしそうな見た目だがこんな残念な言動のせいで友達も拓海以外にいなく、このクラスで唯一拓海が気兼ねなく話せる男子の一人でもあった。それでも勇気のあるそういう趣味のお姉さん方が龍翔に告白してくることもままあるのだが、龍翔はあっさりと「晴海といる方が楽しい」と言って結構ざっくり断っているらしいのだ。
それを聞いた拓海がある日「女子と付き合う気はないのか」と聞いたところ、
「代わりの女はいくらでもいるけど、君の代わりはいないからね、ソウルメイト」
などと半分愛の告白まがいのことを言うもんだから、それをうっかりクラスの女子に聞かれてしまったことがあった。
「キャッ!また小田部くんと晴海くんが二人きりの世界に!あんなに顔近づけちゃって・・・やっぱり噂は本当だったのね・・・」
などと教室の端の方から聞こえた気がするが、最近拓海と龍翔がアブナイ関係なんじゃないかと噂されているのは龍翔はまだ気づいていない。
キンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、もうすぐ朝のホームルームの時間だと教室に告げる。
「おっと、もうこんな時間か。やれやれ、君との語らいは時間を忘れさせるね」
いそいそと自分の席へと戻っていく龍翔。さて、自分もいい加減席につくか、と鞄を手に席へ向かうと。
ガラガラ
教室の前のドアが開き、いつものようにようお前ら席につけーと担任が顔をのぞかせる・・・かと思いきやドアは開いたものの、一向に担任が入ってくる気配がない。
皆もチャイムが鳴ったことで当然おのおの急いで席についていた、あるいはつこうとしてしていたが担任が入ってこない様子に首をかしげる。
そして数秒が経つと____それは急に訪れた。
「な、なんだなんだ!?なんか光りだしたぞ!!」
そう叫んだのは、たぶん菱形修治だったと思う。
教室の前の入り口が光りだしたと思うと、突然光が広がったかのように___今度は教室全体を眩い光が包み込んだ。
「・・・ハッ!?寝すぎた!?ってなんだ!?この光ッ!!??」
いつも教室に朝早く来てそのままホームルームが始まるまで机で突っ伏して寝ていることの多い鷹野京太郎も教室の異変に今気づいたようだった。
「_____っ!?」
________
そして気づいた時には、何もない空間にいた。
周りは一面、真っ暗な世界。ただ前方・・・前方だと思われる方向には一筋の光。
自分の意識すらもあやふやな感じがする、現に今自分の肉体がどうなっているのかすらも認識ができない感じだった。
「___えますか?」
どこかから声がする。
「き___えますか?」
徐々に鮮明になっていく声。なんだか懐かしい感じのする声。どこかで聞いたことがあるような・・・そんな。
「聞こえますか?晴海拓海。魔王を倒す、勇者よ」
今度ははっきり聞こえた。
声のする方になんとなく顔を向ける、というか意識を集中すると。
どうやら前方の光とは別方向から聞こえているみたいだった。
そちらに意識を集中していくと。
「ああ、やっとチャンネルが繋がった。 おはようございます、晴海拓海」
そこには天使?様がいた。
顔ははっきりとは見えないが、なんか天使の羽っぽいものと天使の輪っかみたいなものが見える・・・気がする。
「天使・・・さま?」
「いいえ、晴海拓海。私は天使ではありません。・・・そうですね、あなた方の言葉で言うなら、『女神様』といったところでしょうか?いいでしょう、これから私は女神と名乗ることにします」
自分を女神と名乗るその人は、いや人といっていいのか・・・その神は僕にこう告げたのだ。
「あなたはこれから異世界へ召喚され、魔王を倒し、世界を救っていただきます」
じゃんじゃんいきます