第11話 マオ
とりあえずの指針は決まった。
まずは森を抜けてその先にあるハウリカという滅んだ街へ菱形修治を探しに行く。
拓海達一行が北の森へ向かうことになったのを話の成り行きを聞いていたマオが口を開いた。
「あの、おにいさん・・・ボクも森へ連れていってくれないかな?」
予想通りというか、マオは拓海達と一緒にいきたいと申し出をしてきたのだった。
どうしたものか、と拓海は返答に困る。
拓海だって心の中ではマオのことを応援したい気持ちだった。
そりゃあ会った初日は勢いであんなことを言ってしまったが、本当はマオの力になってやりたい気持ちもあったのだ。というかずっと引っかかっていたのはそこだった。
力になってやりたい自分がいるのに、力になれない、まだヘスティランドにきて日は浅いものの、それでもこの世界にはレベルがあって、それがあげれば強くなれると知ったこの世界で、自分が弱いから力にはなれそうにない、という大前提があったから。
「うーんと・・・マオちゃん、聞いていたと思うんだけど、僕たちは別にゴブリンキングを倒しに森へ向かうわけじゃないんだよ?」
「うん、それは聞いてたよ。ボク、ゴブリンキングを倒したいって気持ちは変わらないんだ。
だけど昨日、おにいさんに言われてボクも考えたんだ。今まではゴブリンキングを倒すんだー!って気持ちでいっぱいだったんだけど、今はそうじゃなくって、お姉ちゃんが無事かどうか、まずそれが知りたい。
ちゃんと生死を確認したい・・・もしも死んじゃってたとしても。
だから、ボクも森へ行ってせめてそれだけでも確かめたいんだ。ゴブリンキングに会ったら・・・ボクもちゃんと逃げるよ。今のボクじゃどうあっても勝てないっていうのはわかってるから」
あまりにも真摯な瞳でそういうマオに拓海はたじろぐ。
昨日も思ったが、マオ___彼女は見た目の幼さとは裏腹になんと成熟しているのだろう、と。
彼女の想いの強さは本物だ。
会ったのは昨日だが、それだけは分かる。3年間、ずっとそのことしか考えてなかったのだろうということも分かる。
「でも・・・そうだ、親御さんはなんていってるの?森に入るのはやっぱり危険だから反対なんじゃないかな」
とっさに思いついたことを言ってみる拓海。だが・・・。
「うーんと、ボク前は東の方に住んでて、それで住んでたところが戦争に巻き込まれて、そのときにお母さんとお父さんは死んじゃったんだ。
それからおねえちゃんと一緒におばあちゃんを頼ってここまで来たんだけど、着いた時にはおばあちゃんも死んじゃってたみたいで・・・それからボクとお姉ちゃんの二人で暮らしてたんだ」
「えっと・・・ご、ごめん・・・何にも知らずに・・・」
「ううん、別にいいよ。戦争ってそういうものなんだーってお姉ちゃんも昔言ってたし・・・でも、だからこそ、たった一人の家族が生きてるのか死んじゃってるのか、それを知りたいの」
つまりマオは、姉が亡くなっていた場合、天涯孤独になってしまうということだった。
こんなに小さいのに、だ。
元々しっかりした子だ、とは思っていた。
だがそれもそうだろう、少なくとも姉が攫われたのが3年前だというのならそれより前に両親を亡くし、その後はここで姉と二人で暮らしてきたというのだ。
「それにボク、ゴブリンキングと戦うのは無理でもゴブリンくらいなら一人でも何とかできるよ」
その言葉に、あの素振りのときの木刀を振るマオの姿を思いだす。あれで本当に戦えるのだろうか?
ふと、そういえばマオのレベルを確認したことがなかったなと思いだす拓海だったが、一応念じてレベルと職業を確認する。
『剣士 LV40』
なんと、マオはきちんと職業へついていた。しかもレベルが拓海より高かった。
どころか40といえば結構すごいのではないだろうか?
昨日会ったときに、おにいさんより強い、と言っていたが、それは当たっていたようだった。
レベルの上り幅というものの相場というか、どのくらいでどのレベルあがるのかとかがわからないのだが、少なくともキングでレベル56、それもここまでくるのに少なくとも10年以上かかった的なことを言っていた。
それを、この歳でレベル40といえばその凄さも伺える。
確か姉が攫われてからというものの毎日木刀を振っていたとは聞いていたが・・・。
そういえばこの世界では魔物を倒すことでレベルが上がるのはわかっているが、マオもこのレベルだということは魔物を倒しているということなのだろうか?
森には入っていないということからあのスライム平原でひたすらスライムを狩るマオを想像した。
が、どうにもそれでこのレベルというのも腑に落ちない気がする。
だが今確かにマオの頭上にはレベル40と刻まれている。
「あの・・・キングさん・・・」
確かにこれならゴブリンキングと遭遇して___たとえ倒せないにしても、逃げることくらいならできるのでは?と思わせるようなレベルだった。
ただまあ最終判断はキングに決めてもらおう、とTHE・他力本願な拓海であった。
「あー・・・本当はダメだ、って言いたいとこだが・・・。
その様子だと一人でも森へ行きそうな勢いだなあ。お前さんのダチ公が森へ行ったことと俺たちが森へ行くっつったことで今まで我慢してた気持ちが抑えきれなくなっちまったんだろう。
どっちみち危険なことにゃあ変わらねえんだ。だったら俺たちが一緒の方がまだマシか・・・」
物凄く不本意そうにしながらもキングは言った。
キングも普段マオを子供扱いはしているものの、認めているところはあったのだろう。
「それじゃあ・・・!」
「・・・ああ、任せるぜ、リーダー」
「ありがとうございます!キングさん!!」
「おいおい、なんでお前さんが礼を言うんだよ・・・」
とあきれた様子のキングだった。
「え・・・いいの・・・?」
マオも言っては見たものの、また断られると内心思っていたのだろう。驚いた様子だった。
「うん、それじゃあ一緒に行こうか、マオちゃん」
「やったあ!!ありがとう、おにいさん!Kさん!!あと後ろのお姉さんも!!」
と、歳相応な様子ではしゃぐマオだった。
3年の間、森へ入るのをずっと我慢してきたのだ。嬉しさも一塩なのだろう。
拓海自身も昨日からずっと引っかかっていたのだ。どこか他人事と思えないマオのことを。
「いいの?あの子・・・死ぬかもよ?」
「・・・ああ。まああれだ、あいつ・・・マオはそれも覚悟してんだ、たぶん、とっくの昔にな」
「あっそ。いくらアリスちゃんでも一人は守ってあげられても二人は守ってあげらんないからねー」
「その時はあれだ・・・似合わねえけど俺も命張るよ」
はしゃぐマオと拓海の後ろで大人たちはそんな会話を交わしていたのだった。
_______
「だけど、どうやってマオちゃんのお姉さんが生きてるか確認するの?
ゴブリンの巣?っていうか根城?に言って確認するってこと?」
アリスが拓海へ聞いてきた。
なるほど、それはそうだ。と、力になりたいという気持ちが先走ってそこまでのことは考えていなかった拓海だった。
「まあ確かに・・・ゴブリンは攫った相手を巣の奥にある専用の檻に入れて逃げられないようにしてるって話を聞いたことがある。
もしマオの姉の奴が生きてるとしたらそこに捕らえられてる可能性が高けぇだろう。
ただまあ、そうなると少なくともゴブリンの巣の中へはいらねえと確認できねえぞ?」
「・・・そうですよね」
そうなると、できる限りゴブリンキングとの戦闘を避ける、という最初の話と違ってくるだろう。
ゴブリンの本拠地へもぐりこまないといけなくなるのだ。ただ森を抜けるよりかはよっぽどゴブリンキングとの遭遇率も上がるというものだろう。
「万が一、ゴブリンキングと戦闘になったとして・・・このパーティーじゃあやっぱり厳しい・・・ですよね」
「そらそうだ。前にもいったが、ありゃそこらのゴブリンと一緒にできる奴じゃねえ。
レベル50付近でパーティーを組んで戦闘してやっと戦いになるか、ってとこだと俺は思ってる」
「レベル50付近・・・」
ここで今のパーティー編成を見る。
キングはレベル56で、拓海はこの前レベルが上がって6。
そして、新たに仲間に加わったアリスは脅威のレベル80、マオはレベル40。
レベルさはありすぎるものの、アリスのレベルを見るとどうにもゴブリンキングと万が一戦闘になったとしても何とかなりそうな気さえしてくる。
・・・が、それは拓海がみんなのレベルが分かるからで、キングにはそれがわからないのだから言っても仕方ないだろう。
「・・・アリスさんはどう思う?」
「ん?私?」
話を振られると思ってなかったのか、すっかり傍観者モードみたいな感じだったアリスに聞いてみる。
少なくとも彼女は自分のレベルを把握しているだろう。
だったらゴブリンキングと戦った時のことを客観的に見れるだろうと思った。
「んー・・・雑魚さえいなければ割となんとかなりそうだけど、できればアリスちゃんも『アレ』とは戦いたくないかなー」
「アリスさんでもやっぱりゴブリンキングは難しい相手なんですね・・・」
だがあの言い方から察するに、ようは一匹相手ならやれないこともない、というような口ぶりだった。
やっぱりレベル80もあれば相手取る事自体は十分に可能な相手のようだ。
だがやはりベストなのはゴブリンキングと遭遇しないことだろう。
「例えば・・・ゴブリンキングが絶対に巣にいない時間とかが分かれば、それも可能なんでしょうけど・・・」
とりあえずで言ってみる拓海だが、そんなもの分かるはずがなく・・・。
「ゴブリンキングが巣にいない時間、1日貰えるんなら調べてあげてもいいわよ?」
と、そこで口を開けたのはアリスだった。
「占いってそんなことまでわかるんですか?」
「ええ。お姉さんに任せなさい!」
ドンっと、無い胸を叩くアリス。思わず胸に目が行ってしまったがマオと比べても同じくらい平べったかった。
というかアリスは本当は占い師ではないはずだから、いかにもゴブリンキングのいない時間を占うかのような答え方だったがその実どうやって調べるつもりなのだろうか。
まあそれは別にいいだろう。本人が任せろというのだから。
できれば修治たちに追いつきたいので早いとこ森を抜けたい思いもあるので1日かかるというのが少し痛いが、この際背に腹は代えられないだろう。
「それじゃあアリスさん、頼みます」
「ええ、大船に乗ったつもりでいなさい。それじゃあ明後日、宿屋に集合ね。すぐに取り掛かるから」
そう言ってアリスはそのまま軽い足取りでどこかへ消えてしまった。
「なんつうか・・・色々と謎の多い女だなあ、ありゃ・・・」
「ええ・・・」
と、そこで拓海はアリスがいなくなったのでちょうどキングに話したかったことがあったのを思いだす。
「あの、キングさん、言えなかったことが・・・」
「ありがとうっおにいさんっ!!」
「うわっ」
キングへ話しかけようとした所、ちょうどマオが突然拓海へ抱きついてきた。
ぷよんっ
まだ膨らみかけの小さな双つの丘が拓海へ当たる。
うすうす皆さんならお気づきのことかと思う。
拓海はとりわけ自分より年齢的に小さい子が大好きなのだ。
そんな大好きな小さい子・・・マオに抱きつかれたのだ。
拓海はここにきて初めて、この世界に来て良かった、と思ったかもしれなかった。
もちろんキングとの出会いも素晴らしいものだが、これはそれとはまた別の感動だ。
人が、いや、男が男として生まれてきたことの意味。それがここにはあった。
あったのだ____Fin
「・・・いやいや、フィン!じゃなくて・・・」
「?」
独り言をいう拓海をどうしたのおにいさん?と上目遣いに覗き込むマオ。
ああ、なんとあどけない仕草なのだろう。
「えっと・・・マオちゃん。離れてくれないかな・・・?おにいさん、ちょっと自我を保てそうにないんだ」
「じが・・・? うん、離れるね・・・」
そっと、だが残念そうに離れるマオ。その仕草にまた拓海は萌えた。
「ボクね、本当に嬉しかったんだ。連れてってくれるって言ってくれて。
言葉でお礼するだけじゃ足りないくらいうれしかった。
ほんと、本当ね、ありがとう、おにいさん!」
満面の笑みを浮かべるマオの姿を見て、拓海はこう思った。
「・・・マオちゃん、必ず、お姉さんと会わせてあげるからね」
この中では一番レベルが低くて弱っちいけれども。
この子の力になってあげたい、と強く思ったのだった。