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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第一章
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V号戦車パンテル

「わたしは、Sd(ゾンター).Kfz(クラフトファールツォイク).171。所属は―――だ、第24装甲師団です……」

 九十九神は途中でいい淀んだがなにをいっているのかすらさっぱりわからず斎之進と斎司郎は思わず顔を見合わせた。自分のいったことが理解できていないようだとわかったようで、九十九神は言葉をいい換えた。

「こういったほうがわかりやすいでしょうか? Ⅴ(5)号戦車 Panther(パンテル)と」

「戦車じゃと……? 九十九神さまの発音は外人さんっぽ過ぎて聞き取れんわい」

(ペー)(アー)(エン)(テー)(ハー)(エー)(エル)Panther(パンテル)です」

 スペルアウトしてくれたようだがアルファベットの発音もどうやら英語とは違うようでさっぱり聞き取れない。そうでなくても二人とも外国語は大の苦手で戦中の産まれで進駐軍相手の「ギブ・ミー・チョコレート」くらいしか英語を知らなかった斎之進と、「This is a pen」が「ディス・イズ・ア・ペン」と荒井注のギャグにしか聞こえないような酷い発音の斎司郎にはもうお手上げだった。

「聞き取れぬのであれば書いてもらったほうがいいかのぅ?」

 ぽんと手を打ちながら独りごちた斎之進は茶の間からふらりとでてゆくと、やがてノートパソコンを手にして戻ってきた。斎之進はパソコンを立ち上げてからブラウザを起動させGoogleのトップ画面を呼びだすと、キーボードを九十九神のほうへ向けて押し遣った。

「ここに、九十九神さまの名前を打ちこんでみてはくれんかのぅ?」

「―――こ、これは……? Enigma(エニグマ)暗号機ですか……?」

 パソコンを興味深そうに眺めながら九十九神はキーボードに恐る恐る指を伸ばした。

 ちなみにEnigma(エニグマ)とは大戦中にドイツ軍が使用していた有名な暗号機で、これの解読に手を焼いた連合軍は拿捕したUボートからEnigma(エニグマ)を回収するなどあらゆる手段を講じなければならなかったくらいだ。

「どれどれ?」

 斎之進は九十九神が検索語の入力欄に打鍵した『panther』の後に『戦車』の文字を加えてから検索ボタンをクリックした。ずらっと表示された検索結果の中からそれらしきものを選んで画面に表示してみる。

「九十九神さまの正体はこの戦車で間違えないかのぅ?」

 パソコンの向きをずらし九十九神にモニターに表示されていた戦車の写真を見せて確認してみる。

「確かにこれがわたしたちです。もっとも、この写真は最新のG型(Ausfuehrung G)でわたしはA型(Ausfuehrung A)なのですが」

「ふぅ~む、なるほどのぅ……」

 パソコンの画面を自分のほうへ向けなおし斎之進はⅤ号戦車Pantherの解説をざっと斜め読みしていった。

「第二次大戦後期のドイツ軍の主力戦車、75mm砲Kw.K.42一門とMG34機銃二門搭載、重量44.8トンか……」

 ネットに掲載されていた戦車のスペック表を読んでいた斎之進が重量をぼそっと読み上げたとき九十九神は射殺せそうな鋭い視線で睨んでいたが、腕を組んで考えに耽っていた斎之進はそれに気づかなかった。

(やっぱり、九十九神でも自分の体重は気になるのかな……?)

 一瞬だけだったが九十九神の目にこめられていた殺意を垣間見て、思わず斎司郎は背筋が寒くなるのを感じていた。

(どうりで上がり框の床板を踏み抜いちゃっうわけだよ……)

 ちなみにここだけの話だが、重量が44.8トンなのはG型でA型は45.5トンもある。

「―――ど、どうぞ……」

 新しいビールの栓を抜きそっと九十九神の方へ差しだす。

「ありがとうございます」

 九十九神は斎司郎に軽く会釈して見せるとビール瓶に手を伸ばした。そして、ビールをぐびぐびとラッパ呑みしながらなんとなくうずうずした顔つきでちらちらとちゃぶ台の上のパソコンに視線を送っていた。

「祖父さま、それじゃこの娘は大戦中のドイツ軍の戦車が九十九神化したってことで間違いないの?」

「幽かじゃが霊気も感じおるし、たぶん間違えないじゃろう」

「でも、大戦後期っていったらもう七十年以上昔のことでしょ? それがなんで今ごろになって九十九神化したのかな? 蚤の市で売られてたってことはその部品が大事にされていたってわけでもなさそうだし……?」

「そうじゃのう……」

 斎司郎が疑問に思ったのももっともで、九十九神とは器物や建造物、果ては大自然の山河までもが長い間大切に扱われたことにより魂を宿した存在とされている。つまり、ばらばらの部品の一つが九十九神として変化するということは普通に考えれば有り得ない。

 だが、現実に目の前に戦車の九十九神が存在していることは紛れもない事実だ。斎之進はなんで有り得ないことが起こってしまったのか目を瞑り腕を組んでその理由に考えを巡らしていた。

「つまり、こういうことじゃったのではなかろうかのぅ」

 目を見開いた斎之進がおもむろに口を開いた。

「おそらく、この女子は戦車だったときにもうすでに九十九神化しておったのよ」

「どういうこと……?」

「兵器の調子のよしあしは前線では文字通り命にかかわる問題じゃ。じゃから、この女子に乗っておった戦車兵たちは戦のなかったときにはそれこそ実の子のように大切に整備しておったのじゃろうな」

「それだけ大切にされていたから、普通はなん十年、なん百年かかるのがたった数年で九十九神化しちゃったってことなの?」

「おそらくはな」

「なるほどね……」

 斎之進の推測を聞かされ斎司郎は顎に手を当てて考えてみた。だがそれなら、確かに納得できそうな話だった。

「じゃが、それは戦争中のことじゃ。なにが起きるかはわからん。戦車じゃったその女子は敵軍に撃破されてしまったのであろうのぅ……」

「そうか、その撃破されてしまったときの記憶が部品の持ち主に悪夢として見えていたってことなんだね?」

『―――そ、そこ、そこがいいのぉぉぉ~~~っ!!』

「うむ。そして撃破した敵軍が勝利の記念に持ち帰ったのか、それとも生き残りの戦車兵が形見代わりに持ち帰ったのかはわからんが、九十九神化した戦車の部品が人の手を転々とすることになったのじゃろうよ」

『―――じ、焦らさないでもっと深く突いてぇぇぇ~~~っ!!』

「そして、ばらばらの部品となって顕現できんようになっておったものが、ご本社さまのご神域の霊気の助けによって再び九十九神として人の姿形を取れるようになったのであろうな」

『イクぅ~~~!! イっちゃうのぉぉぉ~~~!!』

「うるさいわいっ!? 人が真面目な話をしているのに妙な嬌声を上げておるのはどこのどいつじゃ!?」

 斎之進と斎司郎が嬌声が聞こえてきたほうへ目を向けてみると、そこにはパソコンの画面の前でマウスを握ったままきょとんとした顔をした九十九神の姿があった。パソコンからは『あへあへ、ひぃひぃ―――――』と鼻にかかったような喘ぎ声が虚しく響いている。どうやら二人が話しこんでいるうちに、パソコンに興味津々だった九十九神がこっそりあちこちいじくっているうちに、斎之進がブックマークしていたエロ動画サイトかハードディスクに保存してあったエロ動画にアクセスしてしまったようだ。

「九十九神さま、それ消しちゃってください」

「こうすればよいのでしょうか?」

 九十九神は目の前のパソコンの上に躊躇うことなく握り拳を振り下ろした。


 がしゃん!!


 おつむの軽そうな女の娘がくぱぁっと大股を開く姿が映し出されていたモニターがキーボード側に叩きつけられ砕け散る。その勢いでキーボードの下のハードディスクなどの部品も粉々に弾け飛んだ。斎司郎はデータをデリートするという意味で『消しちゃってください』という言葉を使ったのだが、パソコンなどというものを初めて見た九十九神は文字通り物理的に存在を『消す』行為に出たようだ。

「―――ぎゃぁぁぁぁぁ~~~~~っ!! な、なんということを……!?」

 ムンクの叫びのような表情で阿鼻叫喚の叫び声を上げたかと思うと、腰が抜けたようにがっくりと畳にへたりこみ弾け飛んだパソコンの欠片を震える手で拾い上げる斎之進。

「わしがなん年もかけてこつこつと集めてきたお宝画像や動画のコレクションが……。まだバックアップも取っておらんかったというのに……」

 欠片を握ったまま口惜しそうに何度も畳を叩く斎之進の手の甲にぽたりと涙の滴が滴った。

「さて、話しはこれくらいにして今日はもう休みましょう。お部屋までお送りします」

「はい」

 魂が抜けでてしまったように呆けた斎之進をほっておいて斎司郎は九十九神を部屋まで案内してから自分の部屋へ戻るとさっさと床に就いてしまった。おとなしそうに見えて案外と薄情な孫だった。

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