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鋼鐵の女豹  作者: 月野原行弥
第一章
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食事にしますそれともお風呂?

「さぁ、中へどうぞ」

 斎司郎は女の娘を案内しながら廊下の奥へ「祖父さま、ただいま戻りました」と声をかけた。

「あれっ、いないのかな……?」

 だが返事も返ってこなければ、人の気配もしない。そのまま廊下を進んで茶の間まで歩を進めてみたが、そこも灯りが落ちていた。

「祖父さま、今日の退魔の報酬でさっそく呑みにいったみたいだね……?」

 茶の間の灯りを点けながら、斎司郎は苦々しげに独りごちた。今日の悪魔だと手に余る霊能力者が多かっただろうから祖父さまも報酬は吹っかけたに違いない。

「まったく、なにが病院ならどこにでも一体や二体は憑いてる地縛霊の類いだよ……。人に一杯食わせておいて、自分だけ呑み屋で女の人のお尻を追っかけ回してるんだからいい気なもんだよね……」

 斎司郎に霊感が備わっていないのと反対に、斎司郎の祖父 斎之進(さいのしん)は霊感鋭くその目利きは確かだったが炎や風を起こすとか護符で動きを封じるといった攻撃に類する霊力が欠片も使えなかった。

 なので除霊や退魔の依頼があるとまず斎之進がその物の怪がいかほどのものかを見定めてから仕事の依頼を受けることになっていた。だが報酬に目が眩んだ斎之進は斎司郎の霊力では手に余るような仕事をしょっちゅう引き受けてしまっていた。それに割を食わされるのはいつも斎司郎のほうだった。

「でも、まぁいいか……。今日のところは祖父さまが居なくてよかったかも……」

 小さくため息を吐きつつ、斎司郎はディアンドル姿の女の娘にちらっと横目で視線を送った。

「ところで、晩ご飯とかまだ食べてないですよね? お腹は空いてませんか?」

 ちゃぶ台の前に座布団を出してあげながら斎司郎は女の娘に訊ねた。

「いえ。わたしは補給を受けられないことには慣れていますから」

 和室が初めてだったのか座布団の上にどう座ればいいのかまごついていた女の娘は、斎司郎を見よう見まねで膝を折った。

「外人さんに正座はきついでしょうから、無理しないで膝を崩してくださいね」

 ぴんと背筋を伸ばし雛人形のようにしゃちほこばって正座する女の娘に斎司郎が声をかけたとき、ぐぐぅ~~~っと盛大な音が響いてきた。

「なんだ、やっぱりお腹が空いてるんじゃないですか」

「―――い、いえ、これは……」

 やっぱり女の娘がたしいて親しくもない男にお腹が鳴る音を聞かれてしまったのは恥ずかしかったのかもしれない。女の娘は真っ赤になって俯いてしまった。

「あまりたいしたものはできませんけど、ちょっと待っててくださいね?」

 斎司郎は立ち上がって茶の間の隣の台所へ移ると、手早く夕食の支度に取りかかった。

 ご飯はタイマーをセットして炊いておいたし、みそ汁も温めるだけになっていた。おかずにまぐろの中落ちの漬けを用意してあったが外人さんに生の魚はどうかと思いなおして、朝食用の鮭をせめて洋風っぽくホイルで包み焼きにしてみる。鮭を焼いている間に厚揚げと豚バラを甘辛く煮込んでもう一皿添える。

「お待たせしました」

 まだ律儀に背筋を伸ばしてちゃぶ台の前で正座している女の娘の前にできあがった料理を並べて勧めた。

「なんにもありませんが、よかったら召し上がってください」

 女の娘は口を真一文字に引き結んでしばらくの間ちゃぶ台の上に並んだ料理を見つめていたが、やがて胸ぐりの大きく開いた白いブラウスの襟の上に覗いた喉がごくりと音を立てた。

Guten(いただ) Appetit(きます)!」

 箸が使えるかどうか心配だったがあいにくとナイフやフォークは斎司郎の家には置いていなかった。しかたがないので箸をだしておいたら、女の娘はいわゆる握り箸の持ち手で箸をつかむと一口で茶碗一杯のご飯をぺろりと呑みこんでしまった。そして、ハムスターのように両方の頬っぺたをぷっくりとふくらませて口をもぐもぐしながらおかずを箸で突き刺して次々と口の中へ放りこんでゆく。

「―――あ、あの……。お代わりはいかがですか……?」

 その凄まじい食べっぷりに呆気にとられていた斎司郎は我に返るとご飯のお代わりを勧めてみた。口いっぱいに食べものを頬張ったままの女の娘は首だけをこくこくと縦に振って見せた。

「それじゃ、ちょっと待ってくださいね……?」

 女の娘から空になった茶碗を受け取ると、斎司郎はそれにはご飯をよそわずに台所から大きめの丼を持ってきて山盛りにご飯をよそって女の娘に差しだした。

「ありがとうございます」

 丼を受け取るや否や、その茶碗四~五杯分は入っていそうなご飯を二口、三口でがぁ~っと口の中に掻きこみさらに刺し箸でおかずを手当たりしだいに突き刺しては次々と口の中へ放りこんでゆく。

(こんなにすらっとした身体つきに見えるのにもの凄い食欲だな……)

 女の娘は背こそ高かったものの、あたかも相撲取りかレスラーもかくやの凄まじい食べっぷりには似合わないどちらかといえば華奢な身体つきをしていた。さきほど玄関で図らずも目の当たりにしてしまった脚にもむだな贅肉一つついておらずふくらはぎが描くたおやかな曲線が美しかった。

「もう一杯、食べますか?」

 空になった丼を箸をくわえながらうらめしそうに見つめている女の娘に声をかけてみると、嬉しそうに丼を差し出してきた。斎司郎はおひつに残っていたご飯を掻き集めて丼によそうと女の娘に差しだした。

 その丼飯をまたしても二口、三口でぺろりと平らげてしまう女の娘。それでもまだ食べ足りないようで他になにか食べるものが残っていないかちゃぶ台の上を視線が彷徨(さまよ)っていたが、すでに女の娘の夕食の皿はどれもすっかり食べ尽くされて空っぽになっていた。

「すいません、もうご飯もなくなっちゃって……」

 すまなさそうに斎司郎が空になったおひつを掲げて見せると女の娘は一瞬泣きそうな顔になったが、すぐに表情を引き締め「―――い、いえ……」とわざとらしい咳払いでごまかそうとした。

「よかったらぼくのおかず食べませんか? あんまり食欲がなくて……」

 斎司郎がまだほとんど箸をつけていない自分のおかずを差しだすと、女の娘は「残すのはもったいないですから」と瞬く間に平らげてしまった。

 その食べっぷりを目の当たりにした斎司郎は(明日は、ご飯炊く量を増やさないといけないかな?)と、内心考えていた。

 綺麗さっぱりなくなってしまった夕食の食器を台所へ運んでから、斎司郎は風呂を沸かしに風呂場へと足を運んだ。風呂を沸かしている間にも食器を洗ったり明日の朝食のお米を研いだりと手際がいい。

「お風呂が沸いたから入りませんか?」

「おふろとは、なんなんでしょう?」

 湯加減を見にいって戻ってきた斎司郎が風呂を勧めると、女の娘は不思議そうに首を傾げた。

(そういえば向こうは日本みたいに湿度が高くないから西洋人ってあんまりお風呂には入らないって聞いたことがあったっけ……?)

「お風呂というのは、身体を洗って綺麗にするところのことで―――」

「えっ、洗車をしていただけるのですか!?」

 風呂と聞いてもぴんとこない様子だったのをそういう理由だと思った斎司郎が説明を始めると、女の娘は斎司郎の言葉を遮るように身を乗りだしてきて目を輝かせた。

「それじゃお風呂へ案内しますから、こちらへどうぞ」

 女の娘が風呂がどういうところかわかったようだったので、斎司郎が先に立って板張りの長い廊下を歩いて案内した。

「そのドレスは洗濯しておきますからこちらの籠に入れておいてください。後で着替えとタオルを用意しておきます。それと、―――し、し、下着は替えがないんで申し訳ありませんが今着ているのをそのまま着ておいてもらえないでしょうか……?」

 脱衣所で洗濯籠を引っ張りだしながら、途中で急に斎司郎はどもり始めてしまった。まぁ、確かに女物の下着がどうこうという話は女性にはあまり縁のない斎司郎には難易度の高すぎる話題だったかもしれない。

(しばらく家に泊まってもらうことになったら、下着とかなんとかしなくちゃならないけど。でも、さすがに下着はぼくじゃどうにもならないよね……?)

 下着の着替えをどう調達しようかと悩みながら洗濯籠を女の娘に差しだそうとして振り返った斎司郎は、そこで凍りついたように動きが止まってしまった。

「―――――な、な、な、なんて格好してるんですかぁぁぁぁぁ~~~~~っっっっっ!?」

 斎司郎の目に飛びこんできたのはすでににディアンドルもエプロンも脱ぎ捨てた女の娘が前屈みになってパンツに指をかけている姿だった。

「なんて格好といわれましても、こうしないと洗車できないではありませんか?」

「確かに服を脱がなきゃ身体は洗えませんけど、それはぼくがいなくなってからにしてくださいよ……」

 真っ赤になってうろたえた斎司郎は慌てて女の娘に背を向け思わず手にしていた洗濯籠を頭から被ってしまっていた。

「わかりません。服を脱がなければ、あなたがわたしのことを洗車できないではありませんか?」

「―――ちょ、ちょっと待ってください!? ぼくに身体を洗ってもらうつもりだったんですか……?」

 思ってもみなかった言葉に斎司郎が振り返って恐る恐る洗濯籠の縁から目を覗かせると、きょとんとした表情でこちらをじっと見つめている女の娘と目が合った。

「―――な、な、な、なんでぼくがあなたの身体を洗わないとならないんですかっ!?」

 パンツ一枚だけの姿で惜しみなくその白い裸身をさらしているのが目に入って、斎司郎はまた洗濯籠を被りなおして女の娘に背を向けた。

「やはり、わたしのような役立たずの手入れはしたくないのですね……?」

「えっ……!?」

 女の娘がぽつりと呟いた言葉にまるでなにかに必死ですがりつくような響きを感じて斎司郎はまた振り返ってしまった。そこに斎司郎が見たのは、道端に捨てられた犬や猫が段ボール箱の中から救いを求めて通りかった人を見上げているのと同じ訴えかけるような瞳だった。

(―――そ、そんな目で見られたら無下にできないよ……)

 ここで、いい歳こいてお風呂くらい一人で入ってくださいと突き放してしまえばこの女の娘の心のどこかを取り返しがつかないくらい傷つけてしまうような気がする。

「はぁ…………」

 斎司郎は重いため息を一つ吐くと女の娘の裸を見ないよう目を逸らしながら続けた。

「しかたがないので、今日のところはぼくが背中くらいは流してあげます」

「ほんとうですか!?」

 不安そうに揺れていた女の娘の瞳に輝きが戻ってきた。

「でも、気が落ち着いてきたら自分の身の回りのことくらいは自分でできるようになってくださいね? 西洋ではどうか知らないけど、ここは日本なんですから」

「わかりました。今度こそお役に立てるように身を粉にして戦果を上げてみせます!」

 話がどうも噛み合っていないような気がするが、これからこんな西洋人形のように整った容姿の女の娘の身体を洗ってあげなくてはならないという困難なミッションを前にした斎司郎にはそんなことに気づけるような余裕はなかった。

(深夜アニメでよくあるようなシーンになるのだけは避けないと……)

 脱衣所にあった手拭いで目を覆って固く縛りながら斎司郎は決意も固くした。

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