6話 「気まぐれな一日(前編)」
それは突然の出来事だった。その日の夜、僕は自分の部屋で本を読んでいた。すると外から強烈な風が吹いてきた。
「うわぁっ!何だ!?」
風が勢いよく窓を開け、思わず僕は椅子から転げ落ちた。幸い頭を打つことはなかったがちょっと背中がひりひりする。何とか立ち上がり、窓を閉めようとすると、今度は大雨が降ってきた。雨が風に流され、部屋に入ってくる。
「ふざけんな!こっち入ってくるな!」
僕は少し乱暴に窓を閉めた。服や顔が濡れてしまい、気分は最悪だった。すぐにタオルを取って顔を拭った。
「全く、夕方までは雲一つない晴れだったってのに・・・。」
僕は不満を漏らしながら、服も着替えた。他の部屋はどうなったのだろうと一瞬思ったが、自分のことで手一杯だったので、すぐ考えるのをやめた。そして、ベッドの上で、本の続きを読むことにした。
翌日、僕は何事も無かったかのように朝食をとっていた。外も昨晩の嵐が嘘のように晴れ渡り、地面も乾いていた。よく思い返してみれば、僕が本の続きを読んでいた間、外から風が吹いている音がしなかったし、雨の音も全然聞こえなかった。僕が本に集中していただけかもしれないが、あれだけ強い風なら、気になるはずなのだが・・・。そんなことを考えていると、いつの間にか全部食べ終わっていた。
しばらくして、僕はアウロラを探したが、どこにもいなかった。まだ王室は覗いていないが、母さんに会うのはあまり気が進まない。母さんの顔を見るだけでも緊張してしまうからだ。しかしこのままだと埒があかないので、思い切って、王室へ行くことにした。
王室の入り口まで来たが、今にも引き返したい気分だった。しかしながら、中にアウロラがいるかもしれないと思うと、この中へ入らずにはいられなかった。そして扉に手をかけた。
「失礼しまーす。」
自分でも少し失礼だと思ったが、緊張してちゃんと言えなかった。中には、母さんが誰かと話をしていた。相手はアウロラだった。
「あのー。」
「おう、おはよう少年。しかし、随分だらしないな。ちゃんと寝たのか?」
「おはようアウロラ。別に好きでこうなった訳じゃないよ。昨日の夜から大変だったんだから。」
アウロラとのやり取りをしていると、母さんも話しかけてきた。
「おはようございます。昨晩は何かありましたか?」
「おはよう、母さん。昨日嵐があったの知らないの?」
母さんはきょとんとしていた。
「昨晩ですか?私は存じ上げませんが・・・。アウロラ、あなたは?」
「ふむ、昨日の夜・・・。いえ、そのようなことはありませんでしたよ。」
なんてこった。じゃああれは僕の思い過ごしか夢だったのか?けれども、確かに雨の感触はあったし、その証拠に僕が顔を拭くのに使ったタオルが今朝、椅子の上に放ってあった。
「そんな!?二人とも本当に覚えていないの?」
二人はそろって身に覚えがないという素振りを見せた。どうやら本当らしい。
「しかし、本当に嵐だったらすぐに気づいているはずだ。ヴィト、お前の記憶違いではないのか?」
「いや、本当だよ。僕の部屋に行けばその証拠があるから。」
アウロラはいまいち信じていないようだったが、
「分かった。お前がそういうなら確かめに行こうではないか。」と言った。
「すみませんが、ちょっと様子を見てきます。まぁ、何事も無ければいいのですが。」
アウロラは母さんにそう言うと、
「分かりました。それに、私たちが気づかなかっただけなのかもしれませんし。」と母さんも言った。
「じゃぁ、とりあえずついてきてよ。」
僕はアウロラの手を引っ張って少し早歩きで歩いた。
「お、おい、慌てるなよ。いきなり引っ張られると危ないだろ。」
早く王室を出たいという気持ちもあり、柄にもなくせっかちになってしまったが、アウロラも抵抗する身振りは見せなかった。
アウロラの手を引っ張って歩いた廊下は少し長い気がした。それに、ちょっと手が疲れた。自分の部屋の前に着くと、僕は息切れをしていた。
「焦る気持ちは分かるが、そんなに急ぐことでもないだろ?」
「そ、そうだけど・・・。」
息切れしていて、これ以上はうまく話せそうになかった。
「とりあえず入ってよ・・・。」
そう言って、僕はアウロラを部屋へ入れた。いや、入れようとしたとき、僕のベットの上にに見覚えのあるシルエットがあった。
「あああっ!!」
ベットの上にいたのは、魔女のエリスだった。枕に顔をうずめていたようだった。
「きゃっ、入るときはノックしなさいよぉー。びっくりしてそのまま気持ちよくなっちゃいそうだったわぁ。」
エリスは恍惚とした顔でこちらを振り向いた。すると、アウロラが突然僕の前に躍り出た。
「ノックしなさい、じゃない。貴様ここで何をしている。城に無断で入るということは重罪だぞ。今度は本当に始末されたいのか?」
アウロラはエリスに言う。しかし、アウロラも少し興奮していたみたいだ。
「あらぁ~、物騒ね。お土産をもってきただけよぉ。それに、無断じゃないわよ。」
「ほう。では誰に許可をもらったというのだ?」
アウロラはエリスに尋ねると、エリスは自信満々にこう言った。
「それはもちろん、そこにいるボク君よ。」
「へ!?」
正直僕は身に覚えがなかった。
「い、いつ取ったの?初めて会ったとき?」
慌てて僕はエリスに聞くと、
「ううん、昨日の夜よ。覚えているでしょ?」と言った。
昨日の夜。もしかして・・・。
「まさか、あの嵐って・・・。」
「そうよ、ちょっとわかりづらかったと思うけど、あの時君はちゃんと、イイよって合図してくれたじゃない?」
どこでそんな合図をしたのか分からなかった。
「ちなみに、聞いておくけど、ノーだったらどうすればよかったの?」
エリスにそう尋ねると、彼女は少し首をかしげて、
「ん?今日私はここに来てないけど。」
「そうじゃなくて、どの合図がノーでどの合図がイエスなのかってことだよ。」
「ああ、そういうことね。ノーだったら、ボク君はそのまま本を読んでぐっすりおねんねしていたはずよ。でもあの時、君は窓を開けてくれた・・・♡ それがイエスの合図よ。」
「いや、あれは風が勝手に開けたのであって・・・。」
そう言いかけたとき、彼女は知らん顔をした。あまりに理不尽すぎる。
「一体どういうことだ。まさか貴様、ヴィトに変な魔術をかけたのではあるまいな?」
アウロラはエリスにそう訊くと、なぜかエリスはしまったという顔をして黙り込んだ。
「図星か・・・。」
アウロラは全てを察し、携えていた剣を抜きだそうとした。
「ちょっとストーップ!!やめて!!そんな大層なことはしてないって!!」
エリスは悲鳴ともいうべき声でアウロラを制止した。
「そ、そうだよ!まずエリスの言い訳を聞いてからにしようよ。というか、アウロラ、落ち着いて!!」
アウロラは真顔で剣を抜こうとしていた。僕とエリスの二人がかりで何とか抑えようとしたが、彼女の力が強すぎて全く歯が立たなかった。すると彼女は突然、我に返ったように剣を抜くのをやめた。
「あ、あれ・・・?」
僕はそのまま流れるようにアウロラの太ももに顔がうずくまり、エリスはそのまま、胸から床に転んだ。
「それもそうだな。術者を殺しても解けなかったらまずいし・・・。」
そう言って、アウロラは自身の足元を見た。
「ん、何やっているんだ、変態少年。私の太ももは美味しくないぞ。」
「んんー、ひがふんがお(違うんだよ)!はっへにはおれはんがお(勝手に倒れたんだよ)!!」
顔が太ももにうずくまって、うまく話せない。
「分かったから、私の太ももに向かってしゃべるな。くすぐったい。」
彼女は少し悶えたように話した。ちょっと色っぽかった。
「んぅ~、いたぁ~い。」
エリスも胸を支えて起き上がった。しかしこの光景は少し地獄なような気がした。女騎士の太ももにうずくまる少年。満更でもない女騎士。胸を支え、四つん這いになる魔女。他の人が見たら、非常に卑猥で不健全だ。これも、魔女の仕業、いや、おかげなのかもしれない・・・。