5話 「小さな勇気」
その日は日差しがちょうどいい具合に暖かく、絶好の昼寝日和だった。しかし僕は今、母さんに「メイドたちの手伝いをしなさい」と言われ、庭の花畑で水をまいている。とても退屈で、しかもこの気候、気を許すとついウトウトしてしまいそうだ。一通り水をまくと、疲れたのか、強烈な眠気に襲われ、そのまま草むらに仰向けになった。すると人影らしきものが近づいてきたが、まるで催眠薬でも飲まされたような感じで、目の前がぼやけていた。そしてそのまま、意識が遠くなっていった。
目覚めると、僕は誰かに背負われていた。胸のあたりに固い鉄のようなものが当たっていて、顔のあたりが毛のようなものにくすぐられていた。だんだん意識がはっきりしてくると、言葉では説明できないがいい匂いがして、赤くて長い髪の毛が風になびいているのが見えた。間違いない、アウロラだ。
「ん、ここは?」
何とか目を覚ますことができ、アウロラに話しかけた。
「お、起きたか眠り姫。少し動いただけで疲れるとは、まだまだ未熟だな。」
僕はムスッとした。
「だって急に眠くなったんだもの。睡魔は誰にも勝てないよ。」
アウロラはそれを聞き、
「まぁ、ヴィトの昼寝好きは昔からだしな。」と言った。それにしても、さっきから股間に違和感があり、少しむずむずしていた。興奮して落ち着かなかったので、僕は少し腰を振り動かすと彼女は、
「おいおい、あまり動くな。お前の大事なものが当たっててくすぐったい。」と言った。
「う、ごめん。はしたなくて。」
「まぁいいさ。お前ぐらいの年頃はそういうのに敏感だからな。」
表面では平気そうにしているが、彼女も少し興奮しているのは声を聴けば分かった。でも僕は別に、アウロラにやましいことをさせるつもりはなかった。
「それより、今どこに向かっているんだ?」
「そうだな。一言でいえば、お前が嫌いなところだ。」
アウロラがそう言うと、僕は彼女がどこに向かっているのか分かった。僕の嫌いなところ・・・。それはあまり裕福ではない人々が暮らす寂れた町だ。
その町はあまりいい雰囲気ではなかった。経営がうまくいかず、つぶれた商店。人が住んでいるのかどうか怪しいごみ屋敷。建物の中から何か腐ったような臭い。そして、元気が感じられない人たち。正直、この活気のない町には足を踏み入れたくはなかった。
「よし、もう歩けるか?」
「うん、もういいよ。」
アウロラは僕を背中から降ろした。もう少しおぶってほしかったが、彼女にばかり世話されたままなのも格好がつかないと思った。
「でも、なんでこんなところに来たの?」
僕はアウロラに尋ねる。
「ある仕事の依頼だ。私一人で行くつもりだったが、別に危険な仕事ではないし、お前にもこういうことを経験させたほうがいいと思ってな。もちろん、アリシア様に許可はもらっている。」
「はぁ・・・。」
僕はため息交じりに返事した。しかし、こんな怪しい雰囲気にも、アウロラは堂々としていた。
「それで、その仕事っていうのは?」
「ああ、そうだな。ある者に伝言と届け物をしに行くだけだ。」
アウロラがそう言うと、僕は彼女のある所に目が移った。腰に剣を2本携えている。そして普段は身に着けていない護身用の短剣も太ももに巻きつけてあった。
「まさか、誰か殺しに行くの?」
僕は彼女に尋ねるが、彼女は黙ったまま歩いた。
「ねぇ、アウロラ!」
つい僕は大声を出してしまった。すると彼女は突然僕の頭を片手で耳を塞ぐように抱えた。
「うわっ!」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。しかし、周りを見てみると人がたくさんいた。そしてこっちを見ていた。まるで、僕を恨んでいるかのような目つきで。そして人々はこそこそ話し始める。
「ねぇ、あの子って・・・。」
「ああそうだよ。この国の王子だよ。あんなにいい身なりしてうらやましいな。俺たちにも分けてもらいたいぜ。」
「本当にそうだよ。ああいう連中ばっか、好き放題やって。こっちなんか10歳になる前から汗水流して働いてかろうじて暮らしていけてるってのに・・・。」
「あいつらのせいでどれだけの人が苦しんでいると思っているんだ。」
「いっそ道連れにしてやりたいぜ。」
「いつか引きずりおろしてやる。あの女王もろとも。」
「あの隣の女も、あんな奴さっさと斬り殺しちまえばいいのに。」
とても聞くに堪えないことばかりだった。みんな不満を抱えている。けれども、僕だって好きで王子になったわけではないし、誰も悪くはない。それなのにこんなことを言われ、自分が何で生きているのか分からなくなった。今にも苦しくて吐きそうだった。しかし、アウロラは僕にそっとささやいた。
「心配するな。お前は私が守る。他人を平気で傷つけるような奴らに私は屈しない。」
彼女がよく僕に言うセリフだ。しかし、僕はその彼女の言葉にとても助けられていた。
「・・・ありがとう、アウロラ。」
僕は少し涙ぐみながら言った。
「怖かったな。でも、もう大丈夫だ。」
「うん。大好き、アウロラ。」
つい本音が出てしまったが、彼女は「もう知っている」というような態度で、僕の頭を撫でた。その手には優しさと勇気がつまっていた。
目的の家に着くと、彼女はドアをノックした。奥から返事が聞こえた。
「はい?」
出てきたのは、少し若い女性だった。
「突然ですまない。貴女の知り合いから頼まれてきた。」
アウロラは少し殺伐としていた。
「ねぇ、殺さないで。」
僕はアウロラにささやくと、彼女は心配ないと手で合図した。
「それで、何のようです?」
アウロラは何かを持って、若い女性に手を伸ばした。僕は息をのんだ。
「貴女の旦那に伝言と渡すものがある。まずはこれを。」
そう言うと、アウロラは女性に何かを渡した。なんの変哲もない小包だった。
「伝言は、<借りは返してね>だそうだ。」
そう言うと、若い女性は何のことか分かったようで、
「ありがとうございます。助かりました。」と言った。僕には最初から最後までちんぷんかんぷんだった。しかし、彼女はとても嬉しそうだった。
「では、私たちはこれで・・・。」
アウロラは少し恥ずかしそうに言い、ささっと歩いて行った。僕も会釈をして、アウロラの後についていった。
「それで、あの小包の中身は何だったの?」
僕はアウロラに聞いてみた。
「ああ、あれか。なんてことはない、小銭だ。」
「小銭?いくらぐらい入っていたの?」
「・・・馬一頭買えるくらいだ。」
「えっ!?」
僕は冗談抜きで驚いた。そんなに大金を持ち歩いていたのか。
「少し武器を多く持っていたのは、勘のいい盗人どもから守るためだ。」
彼女はそう言うと、僕は納得し、ほっとした。
「そうだったんだ。でも、あの時黙ったのは何で?」
「ああ、あの時か。あれは、お前が聞きたくないであろうことが周りから聞こえたからだ。」
やはり、アウロラは只者じゃなかった。地獄耳とも言うべき注意力、どうすればそんなに強くなるのか、弟子入りしたいくらいだった。
「まぁ、結果的に誤解させてしまって悪かったな。」
「ううん、いいよ。無事に済んだし。」
そう言うと、一気に疲れが出てきてまた眠くなった。僕は今日一日、とても動いたような気がする。母さんの手伝いに、アウロラの手伝い。こんなに疲れるとは思わなかったが、いろいろなことがあった。それに、今日はアウロラから少しだけ勇気をもらった。彼女の強さは別格だ。僕に真似できるか分からないが、この小さな勇気を振り絞って、僕も誰かを守れるような人になりたいと、帰りにアウロラにおんぶされながら誓った。
少し遅くなりましたが、5話をお送りしました。途中、不快なシーンも入っていますが、初期設定を忘れてしまうと、物語の雰囲気が薄れてしまうと思い、このようにしました。気分を悪くされてしまったら申し訳ありません。
今後も一話完結をメインに展開していきますが、あまり同じことを長々と続けてもきりがないので、そんなに話数は積み上げないで、サクッとお手軽に読めることをモットーに、これからも執筆していくつもりです。要望があればちょっとした裏設定集のようなものも作ろうかなと考えています。
ではまた、次回もよろしくお願いします。
*誤字、脱字、間違った語句等あれば遠慮なくご指摘ください。