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僕と女騎士さまの物語  作者: アンジェロ
18/20

18話 「親子の和解」

 ある晩、僕とアウロラは、僕の部屋で仲良くおしゃべりをしていた。最近の流行りや他愛もない世間話など、2人だけの時間を満喫していた。そんな中、アウロラは突然僕と母さんとの関係について尋ねてきた。

 「そういえば、なぜお前はアリシア様を避けているんだ?何か理由でもあるなら私でよければ相談に乗るが……。」

 特に深い理由があるわけではないが、しかし話そうとするとアウロラから笑われそうだなと、僕は彼女から目線を逸らした。

 「理由を聞いても笑わない?」

 アウロラは僕を見つめた。

 「何だ。くだらない理由なのか?」

 「いや、くだらなくは無いけど……。」

 僕は咳ばらいをして、辺りをきょろきょろ見ながら話した。

 「理由は色々とあるよ。母さんが構ってくれなかったり、僕に内緒であれこれするし。でも一番の理由は……。」

 その先を言おうとした途端、僕は鳥肌が立った。言うのが恥ずかしい、もし母さんに聞かれていたらといった寒気のようなものを感じた。

 「母さん、僕との“約束”を忘れているんだ。」

 「“約束”とは?」

 「……2人で一緒に外へ出かける約束。」

 僕はこれを“デート”と言いたかったが、家族間でこの言い方はとても恥ずかしくて自分からは言えなかった。これを聞いたアウロラは「ふむ。」と顎をさすった。

 「だがそれは仕方のないことだろう。何せアリシア様にはこの国を治める重要な役割がある。お前1人に時間を割くことはできんぞ。」

 「それが嫌なんだけどね……。」

 僕はぼそっと小声で呟いた。アウロラの言っていることは十分に理解しているし、その忙しい母さんの代わりにアウロラが傍にいてくれているのも分かっている。しかし、先日エリスと一緒に過ごしてから、僕は母さんとの仲を良くしていきたいと思っていた。彼女から聞いた母さんの子供の頃の話、父さんとの出会い。もっと母さんのことを知りたかった。今度は母さんの口から……。

 「そう落ち込むな、少年。実はそんなお前にチャンスがあるんだが、聞きたいか?」

 「ホント!?」

 僕は顔を上げ、アウロラの両手を掴んだ。

 「おいおい落ち着けって。明後日遠征に行っていた分遣隊が帰還する。その日アリシア様は休暇を取られるそうだ。その時にその話をしてみたらどうだろうか?」

 「うーん明後日かぁ。」

 僕は明日にでも行動に出たかったが、その時が一番都合がいいなら待つしかないと思った。

 「でも、母さんと話せるなら大丈夫。明後日まで待つよ!」

 「よし。とりあえず私は明日アリシア様に話をつけよう。それにもう夜も遅いし、私は戻って寝るとしよう。」

 アウロラはそう言うと、僕の頭を抱きかかえて彼女のわき腹にくっつけた。

 「それにしても、アウロラのお腹はエッチだね。肉付きもいいし。」

 「それなりに鍛えてあるからな。だが、もう少しいい褒め言葉は見つからなかったのか?」

 「えー、僕にとってはいい褒め言葉だと思うけど。」

 「そうか。まぁ……。」

 そのあとアウロラは、小声でぶつぶつ言っていたが、全然聞き取れなかった。「何て言ったの?」と聞き返そうかと思ったが、すでに彼女は部屋から出ようとしていた。

 「じゃあ、おやすみ。」

 「うん。明日、よろしくね。」

 アウロラは軽く手を振り出て行った。僕もベッドに寝転がり、明後日を楽しみにしながら眠りについた。



 ついに、その“明後日”がやってきた。アウロラからは「私が来るまで部屋で待て」ということなので、僕はその時まで部屋で待っていることにした。窓から外を眺めると、兵たちが一斉に集まって帰投してきた分遣隊員たちを労っていた。彼らは度々ほかの国に災害や国外の村の防衛などの援助で派遣されている強者ばかりだ。もしかしたらアウロラもその部隊に入っていたのかもしれないと思うと少し寂しいが、恐らく彼女は自分から断るだろう。そんなことを考えているうちに僕の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 「私だ。待たせて済まない。」

 アウロラの声だった。僕は急いでドアを開けると、アウロラの後ろには、なんと母さんがいた。

 「あれ?母さんも来たの?」

 「何だその言いぐさは。はるばる出向いてきてくれたんだぞ。」

 アウロラは少しムッとして僕を叱った。僕も軽率だったと反省した。

 「いいんですよ。それに私からもヴィトに直接会って話したいことがありましたし。」

 母さんは僕に近づき、机の方まで行くように手で指し示した。

 「えっと僕はどこに……?」

 「楽にして大丈夫ですよ。貴方の部屋ですもの。」

 母さんは僕の机の椅子に腰かけた。一方僕は椅子がもう部屋に無かったので、とりあえずベッドに腰かけることにした。

 「アウロラ、お願いがあるのですが。」

 「はい、何なりと。」

 「私とヴィトの2人だけにしてもらえませんか?貴女が居ては迷惑という訳ではありませんが……。」

 「承知しました。何かありましたらいつでもお呼びください。」

 アウロラは部屋を出ていく前に僕の方に近づいた。

 「頑張れよ。」

 僕の耳元でそうつぶやき、彼女は出て行った。部屋には僕と母さんの2人だけになった。

 「えっと、何から話そうかな?その……。」

 僕はあまりに緊張し、うまく話せる自信がなかった。

 「ふふっ、いいんですよ。そんなに固くならずにリラックスしてください。」

 ますます調子が狂ってしまいそうだった。

 「では私から話しましょう。」

 母さんはにっこりと笑って話し始めた。

 「先日エリスと一緒に暮らしてどうでしたか?」

 「うん、すごく楽しかったよ。今までしたことのない経験をいっぱいさせてもらったよ。」

 「それはよかったです。できたら私が直接させてあげられたらと思っていたのですが……。」

 母さんは話を一旦休めた。

 「アウロラだけでなく、エリスにもお礼を言わないといけませんね。」

 「ふふっ、アウロラはともかく、エリスは何かお礼を要求してきそうだけどね。」

 僕は少しづつ調子を取り戻し、ようやくリラックスして母さんと話せるようになった。そのついでに僕はあの期間、何があったのか母さんに話した。そして母さんは、エリスとの話にも出てきた父さんについての話を詳しく聞かせてくれた。

 「あの人は私が貴方を産む前、とても不安そうにしていました。立派に育てられるだろうか、親として何を残せるだろうかって。私も一緒になって考えていました。そしてあなたが生まれた後、あの人は自信満々になって“いつか俺を超える立派な人間になる”って貴方を褒めていましたよ。」

 「僕が生まれるまでの間に何があったの?」

 「ふふふっ、内緒です。あの人から秘密にしてと言われているので。」

 「そうか、残念。」

 いつの間にか僕も母さんも夢中になって話し込んでいた。いつもこれができればと思っていたが、話していくうちにだんだん母さんの務めが重要なもので、しかし母さんもこのように僕と一緒にいる時間を過ごしたいんだという気持ちが本当にあるんだなと思うようになってきた。お互いが誤解していたせいで、遠ざけ合ってしまっていたが、今僕は母さんのことをようやく理解し、今までの態度を反省しなければならないと自分を戒めた。母さんもそう思っているに違いない。僕にとってはそれだけでも、こうして母さんとゆっくり過ごせてよかったと思っている。

 「それで、母さん。その、僕との“約束”は覚えてる?」

 母さんは僕の方を向いた。

 「ええ、もちろんです。実はそのことでどうしても謝りたかったんです。貴方の気持ちを裏切るようなことをして、ごめんなさい。」

 母さんはそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。

 「そんな、いいよ頭を下げなくても。」

 僕は突然母さんに今までの態度の悪さを謝りたくてしょうがなくなった。もちろん、今謝らなければ後悔するだろうと思っていた。

 「それに、僕の方こそ今まで反抗的ですみませんでした。母さんの気持ちも分からないで。」

 「いいんですよ、貴方は謝らなくて。全て私のせいですから。」

 僕は本当に誤解をしていた。母さんは僕が幼いころと全く変わっていなかった。今までの冷たい態度は恐らく母さんは公私混同してはいけないと思い、ついああなってしまったんだと振り返ってみた。母さんも僕と同じで不器用な人。そう思うと不思議な親近感がわいてきた。そんな母さんだが、突然改まってもじもじしていた。

 「その、一つお願いしてもいいですか?」

 「うん、何でも言っていいよ。」

 母さんは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。こうしてみると、つい母さんが可愛いと思ってしまう。

 「もう一度、私を誘ってくれませんか?実は“約束”をしたとき、貴方を意識してしまって……。」

 そう言われ、僕の心臓は急にドキドキし始めた。僕は初めて母さんに恋をしてしまった。

 「う、あ……。」

 一瞬言葉が詰まって唸ってしまったが、僕はいつものように深呼吸してついに決意した。“僕の本音”を母さんに言うだけだ。

 「うん、分かったよ。」

 僕は拳をぎゅっと握った。

 「その、僕と、“デート”してください!!」

 母さんは元気な笑顔を見せた。

 「はい、喜んで!貴方の行きたいところに私も連れて行ってください……!」

 僕は母さんの胸に飛びつき、気が付いたら思わず泣いていた。久しぶりの母さんのぬくもりを感じ、まるで赤ん坊のように母さんに甘えていた。母さんも僕の頭を撫で、しっかりと抱きしめてくれた。僕と母さんは今日ようやく和解できた。そのことが何よりもうれしかった。僕は部屋の外で、アウロラが嬉しそうにこっそり涙を流しているのを知る由もなく、母さんに抱かれてしばらく泣き続けていた。



 僕と母さんが部屋を出ると、外にはアウロラが立っていた。彼女は嬉しそうに笑っていた。

 「これから何処へ?」

 アウロラは分かり切っているはずのことを何故か訊いてきた。もちろんわざとだ。

 「母さんと“デート”に行くんだ。」

 「そうか、よかったな。」

 「それで、その……。」

 アウロラは「ん?」と首をかしげる。

 「アウロラも一緒に来ない?」

 僕は母さんの方を振り返る。

 「ねぇ、良いよね?母さん。」

 母さんは微笑んで「ええ。」と答えてくれた。

 「良いのか?私なんかが付いてきて。」

 「うん。アウロラは特別だし、何よりも“僕のお嫁さん”だからね。」

 アウロラは恥ずかしそうに照れた。言った僕も実は緊張していた。

 「ありがとう。今までで一番うれしいよ。」

 僕は母さんとアウロラの手を握り、呑気に鼻歌を歌いながら廊下を歩いた。気が付くと、今までの反抗的だった僕はいつの間にかいなくなり、まるで無垢な子供のようになっていた。そんな年になって恥ずかしいとか思われるかもしれないが、僕はもう大人のふりをするつもりは毛ほども無かった。こうして好きな人と一緒に居られる。それだけで僕は幸せだった。もし父さんが生きていたら、今の僕たちをどう思うだろうか?父さんのことだからきっと祝福してくれるに違いない。僕は父さん、母さん、そして、アウロラやエリス。みんなのおかげで今こうして生きている。与えられたものはたくさんあるが、いつか今度は僕がみんなにそれらを返す時が来るだろう。僕はその時までどんな困難があろうと生き抜いて見せる。それが、今の僕にできる最高の恩返しだと信じて……。

 

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