16話 「幸せのかたち(前編)」
このお話は、前回からの続きとなります。まだ読まれていない方は、前回から読むことをお勧めします。
僕とエリスは正門まで来ていた。そう、ここを通れるかが重要なのだ。当然本来は城の中に無断で入ってきたエリスは通してもらえるわけがない。例え母さんの古い友人だったとしてもだ。
「貴方がアリシア様のご友人ですね。話は伺っております。私めからも坊ちゃんをよろしくお願いします。」
何故か古参の門番2人が親しいことを知っていて、さらにへりくだってエリスに頭を下げた。若い門番も後に続いて「どうも。」と頭を下げた。
「へ?なんでそれを知ってるの?」
門番は頭を上げ、ゆっくり門を開けながら説明した。
「むかし、アリシア様から彼女の話を聞かされてね。その際に、“この城に勝手に出入りする魔女が来たら通してあげてください”と仰せつかっているんだ。」
「まぁ、僕は少し怪しい話だと思っていたんだけどね。でも本当にいたとは驚きだよ。」
「そ、それじゃあ2人はエリスのことを知っていたの?」
エリスは突然背筋を伸ばし、しまったと顔を強ばらせた。
「実はね。でも彼女の魔法も見事なもんさ。それだけでも十分通す価値はあるよ。そうですよね?」
若い門番は朗らかに話すと、古参も「うむ」と頷いた。しかし、エリスにとってはこれはまずいことだったそうだ。
「あの、内緒にしてもらえる?」
彼女はお得意の色気を出して2人を誘惑している。もちろん、本位ではないのは知っている。
「え、ええ、アリシア様のご友人の頼みとあらば何なりと……。」
うふふ、とエリスは笑ったが、門番たちは少し顔を引きつっていた。
「と、とにかく行こう!?せっかく開けてくれたんだし……。」
「そうねぇ。行きましょうか?」
エリスは途端に僕の手を掴み、颯爽と引っ張って行った。慌てて転びそうになったが、彼女が支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。これも計算のうちなのだろうか……。
「お気をつけて!」
門番は僕たちを見送ったが、少し心配そうにこちらを眺めていた。
長い時間エリスと歩き、ようやく彼女の住む小屋に着いた。
「さぁさぁ、上がってぇ~。お姉ちゃんといいコトしましょう~?」
「はいはい……。」
僕は小屋に入るなり、疲れたのでテーブルのそばに座り、一息ついた。
「のど渇いたでしょ~?何飲む?」
「あ、この前淹れてくれた紅茶がいいな。」
「分かったわ。砂糖とミルクは?」
「うん、2つとも入れてほしいな。」
「はいは~い。砂糖とミルクとエッチな気分になる薬ねぇ~。」
「最後のは入れないでいいよ。」
「じゃあミルクは私のおっぱいからぁ~……。」
「“普通のミルク”でお願いします!」
エリスは楽しそうに僕をからかっていた。しかし、やっと本当の意味で2人きりになれたのがよほどうれしかったのか、とてもご機嫌だった。紅茶を淹れるときも呑気に鼻歌を歌い、時々僕の方を向いてはにっこりと笑みを浮かべていた。そうしている間にも、紅茶が出来上がったみたいだ。
「おまたせ~。特製の紅茶よ~。」
「あ、ありがとう。いただきまーす。」
出来上がった紅茶を少しずつ飲み、時々本当に危ないものが入っていないか確かめたが、よく考えてみれば味で分かるのかなと疑問に思った。それにしても、エリスの淹れてくれた紅茶は本当においしい。砂糖のほのかな甘みとミルクのいい匂い、紅茶自体のさっぱりとした飲みごたえ。これを砂糖もミルクも入れずに飲んでみたかったが、苦そうで自信がない。
「どう、おいちい?」
「うん、おいしいよ。」
エリスはにっこりと僕の方をみて、そのままずっと僕を眺めていた。
「ん、どうしたの?」
「ううん、何でもないわ。」
彼女の表情はとても幸せそうだった。僕も、奥さんができたらこんな感じなんだろうなと少し照れながら紅茶を飲んだ。しかし目の前にいるのがアウロラだったら多分怖い目で僕を眺めるんだろうなと想像したら笑いそうになった。
「ごちそうさま。」
「はい、お粗末様でした。」
紅茶も飲み終わり、一息ついたところで少し眠くなってしまった。昼ご飯はまだ食べていないが、紅茶を飲んだからかそこまで空腹にはなっていなかった。ふと、エリスと母さんは昔どんな関係だったのかというのを思い出し、昼寝しそうになる前に聞くことにした。
「エリスって母さんとどういう関係だったの?」
エリスは台所で、ちょうどカップを洗い終えたところですぐに僕の方へ近づいた。
「聞きたい?」
「うん。すっごく気になる。」
すると、エリスは突然僕の頬にキスをし、笑みを浮かべて僕の方を見た。
「ど、どうしたの急に?」
「ううん、何でもないわ。いいわよ。ボク君のママとの関係ね?」
エリスは一呼吸おいてから口を開けた。
「始めに、ボク君のママはどこで生まれたか聞いたことある?」
僕は首を横に振った。
「彼女はね、もともと私と同じ魔女の家系だったの。」
「えっ!?」
そのままエリスは話を続けた。
「アリシアは魔女の家系に生まれた。私と彼女の住まいはすぐ近くだったの。だから随分と交流があったわ。けれども、私とアリシアは全くの正反対だったの。」
「どういうこと?」
「彼女の家系は魔女たちの間では名門で、とても優秀な魔法使いの家系だったの。私のは逆に全くの無名で、はっきり言えば落ちこぼれの部類だったのよ。でもアリシアは魔法についての才能はかけらもなかった。逆に私の方が才能にあふれていて、一部では“100年に1人の天才”とまで言われたわ。」
「そうだったんだ……。確かに僕は魔法は使えないからね。」
母さんの家族を初めて知った僕だが、一番驚いたのは僕はもしかしたら魔法が使えたかもしれないということだ。もし今でも実は魔法が使えて、しかしそのことに気づいていないだけだったらと思うと少しもやもやした気分になる。
「そんな中、アリシアは魔法が使えないせいで同期や他の親族からいじめを受けていたの。私も何度か救っていたのだけれど……。ある日私が修行で遠出しているとき、彼女はひどい辱めを受けそうになったの。けれどそれを救ってくれた人がいたの。それは……。」
「それって、もしかして……。」
「後にアリシアの夫になり、国王にもなるボク君のパパよ。その時彼はまだ王子で、たまたま彼女の近くを通りかかったの。そのおかげでアリシアは助かったのよ。」
「その、僕の父さんってどんな人だったの?」
「そうねぇ。私もあまり会ったことはないけど、一言で言うなら、“勇猛で怖いもの知らず”かなぁ……。」
そう言われ、僕は父さんに会ってみたいという気持ちが高まってきた。父さんの話は時々母さんからも聞いていた。勇敢で憧れる。母さんはそう言っていた。実際顔は見たことがなかったが、母さん曰く、僕に似ているそうだ。
「それからはアリシアも彼の話で持ちっきりでね、“あのお方は素晴らしい”とか何かとベタ褒めしてたわねぇ。」
「ちなみにどうやって婚約にありつけたの?」
「それは簡単よ。あの子の親の権力を使ったの。でも意外なのは、王子の方は、誰かの力を借りるのではなく、純粋に愛したい人と結ばれたいっていうのが信条だったの。」
「まぁ、父さんの性格からは簡単に予測できるね。」
「それもあって無事に2人はお付き合いできたのよね。」
「それで、さっき母さんも言っていた“約束”って言うのは?」
「ああ、それね……。」
エリスは恥ずかしそうに一瞬そっぽを向いた。僕は何か失礼なことを訊いたんじゃないかと心配したが、彼女は僕の頭を撫で、くすっと笑った。
「私が独り立ちするときに、私とアリシアが次会う時は自分の夢を叶えられていようねっていう約束よ。私は一人前の魔女に、アリシアは王子の立派なお嫁になるって。」
僕は先ほどの王室での2人のやり取りを思い出し、ようやく疑問が晴れた。2人がどれほど仲が良かったかはあまり想像できなかったが、母さんのあの嬉しそうな顔。あんな顔をする母さんは生まれてからあまり見たことがなかった。彼女にとってはエリスは大切な人なんだろうと思った。
「でも、なぜエリスはまだ約束を果たせていないって言ったの。母さんは結婚して僕を産んだし、エリスだって僕からすれば一人前どころか、それだけでお金儲けができるくらいなのに……。」
「ふふふっ。ボク君は優しいねぇ。でも私からすれば、全然ダメダメなの。実はボク君にあげた本に書いてある術、あのほとんどは私は出来ないの。」
「え、じゃあエリスが使える魔術って……?」
エリスは立ち上がり、ベッドのそばの本棚から一冊分厚い本を手に取った。焦げ茶色の表紙で、その厚さはまるで辞書のような存在感だった。
「これはね、ある魔女が“復讐”を果たすために発案した魔術書なの。私は子供のころからこの本に書いてある術しか勉強していなかったのよ。」
「“復讐”って……?」
「この本の著者には弟がいたの。でもその弟は戦争で命を落とした。人々の争いに加担できない魔法使いたちは彼女も含め、黙って見ているしかなかった。でも著者は弟を失った悲しみと怒りからそういった災いを根絶するためにこの本を書いて、弟の敵討ちをとろうとしたの。この本にはとても危険な魔法しか載っていないのよね。」
エリスは僕に本を差し出し、僕も中身が気になったのでほんの少しページをめくって見ていった。中には難しい用語や、たびたび出てくる変に恐ろしい、棒人間が串刺しになって焼かれている絵などがあり、僕はあまり見ていられなかった。
「ごめんね。ボク君には過激だったわよね?」
「でもどうしてこの本で修行していたの?」
「それはね、最後のページのあとがきを読めばわかるわ。」
僕は言われた通り、あとがきを探した。見つけると1ページ分くらいしか書いていなかったが、そこにはとても重要なメッセージが綴られていた。
『人はどうしても争う生き物です。そしてそれには、人々の不安、貧しさ、そういった負の感情がいつも自身を蝕んでいきます。私はこれらの術を発明し、実際に使っていて分かったことはただ一つ。人は無意識の中で暴虐や蹂躙を望んでいるということです。それはどのような聖人でも必ずあります。本当の意味で平和を望んでいる人間はいるのでしょうか?誰しもが、1番になりたい、人の上に立ちたい、と考えていると思います。しかしそれらはやがて悪い方向に流れていき、結果本当の意味ではない“強いもの”だけしか生きることを許されない残酷な世界が生まれるのです。もしこの本を手に取った方は、強くなることの“責任”を十分に理解し、そして本当の意味で人類を明るい世界に導いてください。私は自分のことしかできませんでしたが、いつか私の願いを叶えてくれる人たちが現れることを信じています。』
僕はあとがきを読み終え、本をゆっくりと閉じた。恐らく彼女は復讐を果たすことはできたが、後には何も残らなかったのだろう……。このメッセージには、著者の悲しみが鮮明に見て取れた。
「私は才能に優れている。でも、それをどのように使うかは子供のころは分からなかった。その本を読んで私は思ったの。“誰もやらないのなら私がやる。そして私は、大切なものを守れるようになりたい”って……。」
エリスのその一言は今までの彼女の印象とはだいぶかけ離れていた。彼女の大きな夢、そしてなぜ彼女はその本を手に修行を続けるのか。その心意気、真摯さはまるで、いや、彼女はもう1人の“アウロラ”なのかもしれない……。僕はアウロラが教えてくれたことを思い出しながらエリスの話を聴いていた。
だいぶ夜も更けて眠りにつこうかと思っていたとき、僕はあることに気が付いた。
「あれ、僕はどこで寝ればいいの?」
エリスは自分のベッドをポンポン叩き、いかにも“私の隣よ”と言わんばかりにこっちを見ている。しかも枕も2つある。
「やっぱりそうなるのか……。」
「うふふふ、お姉ちゃんとおねんねしまちょうね~?」
僕は仕方なくベッドに寝転がると、突然エリスが抱きついてきた。しかも体を密着させていて動きにくくなった。
「ちょっと、寝れないって。」
「ふふふふ~ん、今夜は寝かさないゾ!」
その夜はエリスが僕に抱きついては時々もぞもぞさせていて寝付けなかった。時々唇以外にキスしては耳をしゃぶったりと彼女が怖かった。僕もやり返そうかと思ったが、その後の展開が間違いなくアウロラに怒られそうなので、おとなしく寝ることにした。今も十分怒られそうだが……。




