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僕と女騎士さまの物語  作者: アンジェロ
14/20

14話 「ほんの気晴らし」

 ここ最近の僕は何だか浮かれている。というのはこの短い間に、エリスやサラと言った魅力的な女性と出会えたからだ。もちろん、アウロラのことは忘れてはいない。そんな僕だが、ここのところ自信が持てるようになってきた。いままでネガティブな事しか考えていなかったのだが、今はほとんどしていない。むしろ前向きになってきたと思う。全てはアウロラと出会った事から始まり、そして彼女がいたから今の僕がある。母さんには申し訳ないが、アウロラは僕の育て親と言っても過言ではない。ここ数年ずっと彼女と一緒だったというのもある。何よりも彼女は僕に色々なことを教えてくれた。この城の外の世界、見たことのない景色、人、そしてそれらの魅力。彼女とのかけがえのないひと時の中、僕はこうして自分を変えることができたんだと改めて実感した。僕はどんな大人になるのかまだ想像できなかったが、アウロラのような立派な大人になりたいと僕は願っている。

 だが、そういつも真面目にしていても、気を張るのはやはり疲れる。たまにはのんびり羽を伸ばしてリラックスしたい時もある。自分の部屋の机の上でそう思っていたとき、後ろから声をかけられた。

 「いい天気だ。雲一つないわけではないが、少し雲があったほうが風情がある。」

 僕は驚き、膝を机にぶつけた。そんなに痛くなかったが、鈍い音がうるさく部屋に響いた。

 「アウロラ!?いつの間に!?」

 「驚き過ぎだぞ、ドアが開けっぱなしだったから入ったのだが何をしていたんだ?」

 「ん、考え事をしてたんだよ。大したことではないけど……。」

 しかし、アウロラの反応は薄かった。何か罵倒の一つでも浴びせるかと思ったが、「ふーん。」と無関心だった。

 「それより、たまには2人で散歩でもしないか?最近どうも退屈でな。」

 「それを王女に仕える人間が言っていいの?」

 「構わんよ。アリシア様もそうだが、お前にも仕えているんだ。それにお前も暇そうだったから誘っただけだ。」

 今日のアウロラは一段とテンションが低い。ここ最近彼女も忙しかったから疲れているんだろうと思った。

 「分かったよ。僕も暇だったし、たまには気晴らしに散歩でもしよう。」

 アウロラと2人っきりで出かけるのは久しぶりだ。楽しみではあったが、アウロラのこのテンションではあまり過度な期待はできそうにない。

 「少し支度してくる。馬小屋の前で待っていてくれ。」

 そう言ってアウロラはのろのろと僕の部屋を出て行った。普段はきびきびと動くのだがここまで鈍いと誰かがアウロラに化けているのではないかと疑った。しかし、床に落ちていた彼女の髪の毛を拾うと、色や長さ、そして肌触りに匂い。間違いなく本人のものだった。



 馬小屋の前に着き、アウロラを待っていると、彼女は馬に跨って登場した。だが、鎧を着ているのはまだわかるが、なぜかつばが長い白の麦わら帽子を被っていた。上品で清楚な帽子だったが、その下に戦場で泥などの小汚い感じが似合う鎧姿。違和感と可笑しさに僕は思わず笑いが込み上げた。

 「ぷぷぷっ、その恰好……。」

 「何だ?何か可笑しいのか?」

 「だって、鎧に麦わら帽子って……。」

 「ああ、これか。これはメイドにもらったものだ。あまり被る機会がなかったから被ってみたのだが……。」

 「アウロラはファッションについて勉強した方がいいね。」

 「ふぁっしょん?私にはよくわからんな。」

 僕は皮肉交じりに言ったが、アウロラはいまいちファッションについてピンときていないみたいだった。彼女の経歴を思えば確かに軍服以外のおめかしなんてものとほとんど縁が無かったのかもしれないが、これはそれを通り越して何かの罰ゲームなんじゃないかと思った。しかし、帽子自体のデザインはよく、彼女も気に入っているみたいなのでこれ以上馬鹿にするのはやめて、おとなしく僕も馬に乗り、アウロラの腰に手を添えた。



 散歩とは言え、馬に乗って出かけるといつも僕は過ぎ行く景色や、アウロラの後ろ姿にばかりみとれてしまう。しかし、自分で馬を走らせたいと思ったことは一度もない。自分でもよく分からないが、恐らく僕はアウロラと2人乗りすること自体が好きなんだと思っている。だからといってたくさんおしゃべりしたりする訳ではない。やはりアウロラは黙ったまま馬を走らせている。その光景にはもう慣れているが、ここ最近は彼女のそういった凛々しさも魅力的だと感じるようになってきた。

 「そういえば、これからどこへ行くの?」

 アウロラは少し唸り、またすぐに黙った。

 「聞いてるの?」

 「ああ、聞いてる。」

 少し淡白な返事をしてからアウロラはこう言った。

 「そうだ、ヴィト。サラ、だっけか?あの子とどんな遊びをしていたんだ?」

 僕はサラと初めて出会った記憶をよみがえらせた。楽しいこともあったが、恥ずかしくて思い出したくない記憶もあった。その恥ずかしい記憶のことは話すつもりはなかったが、どうせアウロラにはバレているんだろうなと思った。

 「えーっと、木の実を集めたり、釣りをしたり、あと川で泳いだり、いろいろとしたなぁ……。」

 「そうか……。」

 アウロラは少し難しい顔をして、また口を閉ざした。馬に乗っているときは相変わらず話が途切れやすい。

 「ちょうどこの辺りに池がある。少し休憩していこう。」

 アウロラがそう言うと、けもの道を外れ、近くの池までゆっくりと馬を歩かせた。池はすぐに見つかり、あの謎の湖と比べるとあまりにも小さかったが、太陽の光が反射していて綺麗だった。僕たちは馬から降り、手綱を木に結んだ。一息つこうとすると、アウロラは辺りをきょろきょろ見回した。

 「どうかしたの?」

 「なに、大したことじゃない。お、あれは良さそうだ……。」

 何のことかさっぱり分からなかったが、彼女は目線の方向へ歩き始めた。そして、何やら細長い木の棒を2本拾い上げた。

 「木の棒?何に使うの?」

 「ああ、せっかくだから釣りでもしようかと。お前もやるか?」

 「いいけど、木の棒だけじゃ釣りはできないよ?」

 「もちろん分かっている。糸は持ってきてある。」

 アウロラは馬にかけてあった鞄から糸を取り出し、僕に渡した。頑丈そうだったが、少し短かった。さらに近くにあった木の実を獲って細かく砕き、糸に巻きつけ餌にした。本で釣り道具の作り方は学んでいたので、アウロラに手伝ってもらうことなく自力で作れた。しかし彼女は手伝いたかったのか、少し残念そうな顔をしていた。

 「どっちが早く釣れるか勝負しよう!」

 「まぁ落ち着け。釣りは勝負事じゃない。ゆっくり釣れるのを待つのが醍醐味だ。」

 「アウロラ、何か年寄りみたいなことを言うね?」

 「……いずれ分かるさ。」

 アウロラの言ったことの意味はまだよく分からなかったが、いざ始めて、しばらくしてもつれそうな気配がしなかった時。ようやくその言葉の意味が分かったような気がした。

 「……釣れないね。」

 「ああ。だが風が気持ちいいな。」

 僕はアウロラの方を見ると、僕みたいに少しいらいらした表情ではなく、むしろこの時間を楽しみにしているようだった。そして、ここへ来る前は馬鹿にしていた彼女の格好も、次第に美しく、神秘的に見えた。ただ帽子が似合っているだけでなく、アウロラの凛々しさに清楚な雰囲気が加わって新鮮だった。つい注意がアウロラに集中していたその時、竿が突然重くなり、池に目を向けると、何かが引っ掛かったようだった。

 「お、ようやく来たか。」

 僕は必死に竿を持ち上げ、踏ん張った。その一方でアウロラは余裕そうに僕を眺めていた。

 「ちょっと、見てないでアウロラも手伝ってよ!!」

 「仕方ないな……。」

 いかにもめんどくさそうに僕の手首をつかんだアウロラだが、つかんだ時僕の二の腕と背中に彼女の胸が当たり、緊張のあまり僕は逆に力が入らななくなってしまっていた。

 「どうした、もう力が入らないのか?」

 少し情けなかったが、この状況では別の所に力が集中して全く役に立たなかった。そこで僕は思い切って彼女にこう叫んだ。

 「アウロラ!僕ごと引っ張って!!」

 「それは構わないが、立派なテントを晒すことになるぞ?」

 「ちょっと、こんな時に冗談はよせよ!いいから引っ張って!!」

 それにしても、これだけ苦戦するということは恐らく大物だろうと思った。アウロラに手伝ってもらって正解だった。この際自分の尊厳なんてどうでもいい。どうせアウロラ以外に付近に誰もいないだろうし。それに彼女に見られるのはある意味望んでいたことだった。

 「ほらよっと。」

 アウロラは僕を軽々と持ち上げたが、そのまま投げ飛ばそうというくらいの勢いだった。さすがに投げ飛ばすことは無かったが、いろんな意味で怖いアトラクションだった。さらに僕の盛り上がったものは堂々と陽の光を浴びていた。その時はどうにでもなれと思っていたが、後々になって恥ずかしくなってきた。

 


 釣れたのはやや大きめの魚だった。何の種類かは分からなかったが、色や形からして美味しそうだった。

 「で、これをどうするの?」

 「まぁ持ち帰ってもいいが、ここは池に戻してやろう。」

 アウロラは魚をもちあげ、そのまま池に返した。魚はアウロラに怖気づいたのか、素早く池の深くまで泳いでいった。

 「アウロラ、その……。」

 「言いたいことは分かるが、お前も男だ。さっきは済まない。刺激が強すぎたな。」

 「いや、いいんだ。それに……。」

 「ん?何だ?」

 「いや、何でもない!もう十分休んだし、そろそろ行こう?」

 僕はこの先、言いたいことがあったが、とても恥ずかしいので、言わないことにした。そしてせっせと手綱を解き、アウロラを馬に乗るように手招きをした。

 「全く、スケベな坊やだ。」

 僕らは馬に乗り、池を後にした。それから、しばらく馬を走らせていたが、特に寄るところもなく、本当に散歩だけして終わりだった。唯一の特徴は帽子姿のアウロラが素敵だったということだった。もちろん、僕にとってはそれだけで十分だ。

 

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