13話 「愛おしい思い出」
窓から差す光を浴びながら僕は起きた。昨夜机の上で本を読んでいるときにいつの間にか寝てしまっていたみたいだ。机の上にに涎が溜まっていた。慌ててハンカチでふき取り、水拭きもしておかないとと思い洗面所まで走った。
「まいったなぁ、服も昨日のままだ。」
ハンカチを濡らしながら愚痴をこぼしていると、昨夜はいつ寝たのか思い出していた。そういえば時々強烈な睡魔に襲われ、いいところなのにと戦いながら、時々目をほんのちょっと閉ざしてぱっちりとあけるのを繰り返していた。恐らくその途中でついに目を開けられなくてそのまま寝たんだと考えた。やっぱり睡魔とはまともに戦ってはいけないなと実感した。
机の掃除も終わり、そろそろ朝食の時間なのを思い出し食堂に向かうことにした。しかし廊下には人の気配がほとんどせず、メイド達はもちろん、アウロラもいる気配がなかった。食堂にみんな集まっているのかと最初は思ったのだが、いざ食堂に着いても誰もいなかった。テーブルの上に僕の分の朝食と置手紙があるだけだった。不思議に思いながらも、僕は手紙を読んだ。手紙を書いたのはアウロラだった。
「“昨日言い忘れてしまったが、今日は式典があって城には門番と少しの護衛しかいない。昼食は簡単なものだが台所に置いてある。何かあったら兵たちに言え”」
内容は簡単なものだったが、僕を置いていったのには少し腹が立った。今日は特に何も用事は無かったが、本当に暇なのはあまりよくなかった。
「ふん、好きにしろよ。」
僕はふてくされながら、朝食を頬張った。少し冷めていたので、余計に腹が立った。ついに僕は我慢の限界がきて、皿をそのままにして、城を飛び出した。
「みんな勝手にしろよ!僕だって自分のやりたいことをするさ!!」
勢いのまま門の前まで駆け寄ったが、やはり2人の門番が立ちふさがった。しかし、このとき彼らが怖いとは思わなかった。
「坊ちゃん、どこへ行くんだ?用があるなら誰か一緒に付き添わせるぞ。」
「要らないよ!僕1人だけでいい!!」
僕は思いっきり門を開け、そのまま飛び出していった。
「あ、おい、坊ちゃん!!」
門番はしまったという顔をして、慌てて兵たちを呼び、捜索するよう指示した。
ずいぶん遠くまで来ただろうか、見覚えのない景色があたり一面に広がっていた。僕は無事に帰れるだろうかと心配しながらも、戻ったら後でみんなに怒られるだろうと思い、そのまま道を進んだ。見たことがないとはいえ、初めて見る景色はついつい色々なところに目がいってしまう。小鳥のさえずり、近くに川があるのだろうか、水が流れる音など、静かで幻想的な場所だった。しばらく歩いたが少し疲れ、その辺の木陰でゆっくり休憩をとることにした。水が飲みたくなったが、水の音の方まで行くのが面倒だったので、そのまま木に寄りかかって座るだけにした。
「ここまで来れば門番たちも追ってこないだろう……。」
そう言うと、僕はついウトウトしてそのまま寝てしまった。誰かに襲われるかもと知りながらも、今の僕にはその対策を考える余裕がなかった。
……何かいる。僕はその気配に目を覚まし、少し重い瞼をそっと開けた。目の前には人の顔が、これからキスでもするかのようなとても近い距離にあった。
「あ、起きた。」
「うわあぁ!!」
僕は驚きのあまり木に後頭部をぶつけてしまった。どこかで似た経験をしたことがあると思いながらも、それがいつだったかは思い出せなかった。
「あ、ごめん!痛かった?」
目の前の人は心配そうに僕の後頭部をさすった。よく見てみると、その人は見た限り僕と同い年くらいの女の子だった。
「だ、大丈夫……。それより、君はここで何をしているんだ?」
「それはこっちのセリフよ。君こそ見かけない顔だけどここへ何しに来たの?」
「それは……。」
あてもなくただ来たと言いたいところだったが、そんなかっこいい旅人を自負するつもりはなかった。それに、これは単なる家出だ。
「まぁ、見た感じ高級そうな服を着ているみたいだし、どこかの貴族?」
「そうだね、そんな感じ。」
この時僕は不思議に思った。普段初対面の人と話すのは苦手なのだが、彼女の前だと自然に話すことができる。それよりも、とても親しいような感覚があった。
「そういえば自己紹介がまだだったね。あたしはサラ。よろしくー。」
「うん、僕はヴィト。それよりのどが渇いたな。どこかに水が飲めるところない?」
「もちろんあるよ。ついてきて。」
僕はサラの後について水が飲めるところまで案内してもらった。彼女の服は少し露出度が高く、背中の上半分が丸出しだった。しかし、肉付きがよく、たくましい感じだった。
「ほらここ。すぐ近くでしょ?」
歩いて一分もしないうちに、予想通り川が流れていた。しかし、こんなに近くにあったのは予想外だった。
「ほんとだ。これなら寝る前に飲んどけばよかったかな。」
僕は手で水をすくい、満足するまで飲んだ。
「いい飲みっぷりね。あたしも少しいただこうかな?」
サラも手ですくい、水を飲んだ。
「ふーっ、生き返ったぁ!これで何とか動けそうだ。」
「ふふっ、さっきのと大違い。」
僕はこれからどうしようかと考えたが、行く当ては特になかった。
「君はこれからどうするんだい?」
僕はサラに尋ねると、彼女は伸びをして僕の方を見た。
「ん?君こそどうするの?」
「いや、僕は別に……。」
そう言うと、彼女はクスッと笑い、僕の手をつかんだ。
「じゃあ、一緒に遊ぼうか!ついでにこの辺りも案内してあげるよ!」
彼女は僕の手を引っ張り、あちこちに僕を振り回した。
「もう、君は強引なんだね。」
僕は皮肉交じりに言ったが、彼女には聞こえていなかった。しかし、このまま彼女に振り回されるのも悪くはないと思い、彼女との時間を楽しむことにした。
木に登り、木の実を獲ったり、見たことのない草花を教えてもらったり、川で釣りをしたり飛び込んだり。友達と遊ぶということはこういうことなんだと、彼女と遊ぶのはとても楽しかった。時折見せる彼女のエッチな姿にドキドキしながらも、あまり行き過ぎないように気を付けた。すっかり服もびしょぬれになり風邪を引かないか心配だった。
「けっこう服が濡れちゃったね。君のは高いんでしょ?」
「別に大丈夫だよ。それに楽しいね、こういうのも。」
「あんまりこういう遊びってしないの?友達ととか。」
「うん、僕同い年の友達いないし……。」
言うのをためらったが、つい本音が出てしまった。
「そうなんだ……。実はあたしもいないんだ。よかったら友達になってよ!」
僕はその言葉がとても嬉しかった。同い年の友達は憧れだった。
「うん、こちらこそ!」
そう言ったとき、どこかに足をつまずいてしまった。さらにその勢いでサラを押し倒してしまった。
「ご、ごめん!大丈夫!?」
「う、うん。でも……。」
仰向けになったサラとその上にまたがる僕。僕は変な気分になってしまった。よく見てみると、彼女の服が濡れているせいか、胸の頂上部にぽっつりと乳首が立っていて、更に透けていた。この時僕は強烈な性欲がわいてしまった。サラも、顔を赤くして恍惚とした表情で僕の方を見上げていた。
「あ、あの……。」
僕が話そうとしたとき、サラから思いがけない言葉が出てきた。
「……キス、する?」
僕はその一言で理性が吹っ飛び、息をのんでそのまま彼女の唇に近寄った。彼女の少し荒くなった息、近づくたびにますます興奮してしまう僕。もうだれも止められなかった。もし僕のファーストキスがサラだとアウロラに言ったらどんな顔をするのだろうか?それにアウロラもあの年だからほかの誰かとすでにキスしているに違いない。いや、待てよ。僕は……。僕の頭の中にアウロラがはっきりと浮かんだ。そして僕の動きはサラの唇まであとわずかの所で止まった。
「……どうしたの?」
そうだった。僕にはアウロラがいた。僕は彼女に認めてもらうまではまだキスは出来なかった。
「ごめん、まだ僕には早かったよ……。」
そう言って、彼女の手を取り僕たちは起き上がった。
「そうだよね。まだあたしたちには早いもんね。会って一日も経ってないし。」
僕はうんと静かにうなずき、興奮を冷ますために川まで歩き、顔を洗った。少しやり過ぎたと反省した。
気が付けばすっかり夕方になってしまっていて、僕もそろそろ帰らないと本当にまずいことになりそうだった。でも帰ったらうんと怒られるんだろうなと思い、少し怖かった。
「もう夕方になっちゃったね。」
「そうだね。これからどうするの?」
僕はなぜかこんな質問を彼女にしてみた。別に僕と一緒に居たいとか、そういう返事を待っているわけではないのだが……。
「もちろん、そろそろ帰らないと。この辺夜になると危ない動物が出てきちゃうから。」
彼女はそう言って立ち上がり、僕に手を差し伸べた。僕も彼女の手をつかんで立ち上がった。この時も僕は彼女を意識してしまい、やっぱりあの時キスしておけばよかったかなと少し後悔していた。
「じゃあそろそろ……。」
僕が話しかけたとき、後ろから聞き覚えのある声がした。
「やれやれ、こんなところまで来ていたとはな。」
僕はとっさに振り向くと、きれいな赤い髪の女性が凛々しく立っていた。そう、アウロラだ。
「わっ!!びっくりした!!でもよくここが分かったね。」
アウロラは少し呆れていた。家出したかと思えば見たことのない女の子とイチャイチャしていたのだから。
「“よくわかったね?”じゃない。随分と皆を困らせたそうじゃないか?」
「あはは……。」
僕は苦笑いすると、しかしアウロラはやはり怒っていた。一つは僕が家出をしたこと。もう一つは……。
「早く帰るぞ、皆お前を待っている。」
僕はアウロラに手を引っ張られ、されるがままにサラと引き離された。
「あの、あたしは……。」
サラが話しかけたとき、アウロラは彼女の方を向き、微笑んだ。
「君がこいつの相手をしてくれたのか?」
サラは少し緊張しながらもアウロラに返事した。
「う、うん……。」
「そうか。ありがとう、付き合ってくれて。こんな奴だが、これからもよろしく頼む。」
「こ、こちらこそ……。」
「それと、紹介が遅れて済まない。私はアウロラ。こいつの警護をしている。とはいえ今回は力及ばずだったが……。」
「そんなことはないですよ。あ、あたしはサラ、です……。」
緊張のあまりカタコトになっていたが、単に僕と同じように人見知りなのかと僕は思った。
「敬語でなくてもいいぞ。こいつも生意気にタメ口だからな。それじゃあ、また。」
僕もサラの方を向いて少し照れながらあいさつした。
「また遊ぼうね!今日は楽しかったよ!!」
「う、うん!またね!」
サラは少し表情の緊張が解け、僕と遊んでいたときのように元気になった。そしてそのまま木々の中に去っていった。それを僕とアウロラは静かに見守った。
「また、会えるよね?」
僕は心配そうにアウロラに尋ねた。
「ああ、また会えるさ。友達なんだろ?」
「まあね。一線を越えそうだったけど……。」
アウロラはくすっと鼻で笑い、僕の頭をぽんぽん叩いた。
「何だよ急に!?」
「お前も随分変わったな。前はびびりだったのに……。」
「うるさいなあ、いろいろとあったんだよ、色々と……。」
僕はアウロラに色々弁解をしたが、やはりアウロラには敵わず、全て見透かされていた。けれども、キスをしそうになったことと、アウロラのためにしなかったことは決して自分からは話さなかった。
城に戻ると母さんやメイド長にこっぴどく怒られた。門番も少しお叱りを受けたみたいで、色々な人に迷惑をかけていたんだと改めて反省した。しかし、今日僕は初めて同い年の友達ができたことが何よりも嬉しくて、怒られたことを根に持つことは無かった。次はいつ会えるかわからなかったが、また2人で遊びたいと思っていた。でもこのことをエリスに話したら恐らく嫉妬するだろうな……。気づけば僕の周りには魅力的な女性ばかりが集まっていた。これもアウロラのおかげなのかもしれない……。
ご覧頂いてありがとうございます。今回は少し駆け足になっていしまいましたので間違いなど沢山あるかと思います。ありましたら遠慮なくご指摘ください。
さて、この作品も13話まできました。まだ続きますが、本来は20話程で完結しようと思っていました。このままもっと続くかと思いましたが、本来自分が思っている通り、20話で完結にしようと考えています。あまり同じことを長々と繰り返すのも飽きてきてしまうと思いますし、数少ない登場人物で毎回違う話を展開するスキルを残念ながら持っていないというのが本音です。ただ、この作品の持ち味を生かしつつ、これからも引き続き執筆していく次第です。どうか応援よろしくお願いします。
ちなみに今回登場した「サラ」ですが、次回以降登場するかは分かりません。展開次第では再登場も考えていますが……。次回以降にご期待ください。
※引き続きtwitterにて更新のお知らせを掲載しています。諸事情のため告知が大幅に遅れてしまう時もありますが、投稿後3日以内には告知するよう努めますので、こちらも併せてどうぞよろしくお願いします。




