12話 「二人の出会い(後編)」
あらすじ
城に運ばれてきた女性は、何とアウロラだった。彼女は雇われの兵としてある任務を遂行していたが、途中事故に巻き込まれ、瀕死だったところを助けてもらったとのこと。そんな彼女のもとにアリシアとその息子ヴィトが挨拶をしに来た。しかしヴィトはアウロラを怖がってしまい、そそくさと離れて行ってしまった。何とかヴィトと和解しようと、アウロラはメイド長にある提案をした……。
ある朝、メイドの1人がアウロラの居る部屋に入ると、アウロラはベッドから起き上がり、ストレッチをしていた。見た限りは、まるで昨日のことが嘘のようにピンピンしていた。
「おはようございます。もう起き上がっても大丈夫何ですか?」
メイドは少し心配そうにアウロラの様子を伺っていた。
「ああ、問題ない。むしろこうして体を動かしていた方が楽なんだ。」
「そうなんですか……。」
メイドは、アウロラが普通の人とは違うと思い、呆気に取られていた。
「さてと、このくらいにして……。それで、朝食の時間か?」
「はい、そうです。アリシア様とヴィト様もご一緒です。」
「そうか……。」
アウロラは先日、ヴィトに怖がられてしまったのを今でも覚えていた。また彼を怖がらせてしまうのではないかと思いつつ、しかしそのあと、メイド長と、ヴィトに何とか懐いてもらおうと決意したので、彼女は恐れることなく食堂へ行く決心をした。
「分かった。丁度私も体を動かしていて腹が減っていたところなんだ。」
そう言って、メイドに案内を頼み、2人は食堂へ向かった。
食堂へ向かう道中、廊下で軍服を着た若い兵士に出会った。
「おはようございます。これから朝食ですか?」
彼はアウロラ達に尋ねた。
「はい、こちらのアウロラ様と一緒に……。」
メイドが兵士にアウロラを紹介すると。アウロラは軽く頭を下げた。
「そうですか。私は丁度終えて、これから訓練があります。ちなみに、食堂にはまだアリシア様とヴィト様もいますので……。」
そう言いながら、彼はアウロラの方を見た。
「ん?私に何かついているのか?」
アウロラはなんのことかわからず、兵士をじっと見た。
「いえ、失礼しました。お元気そうで何よりです。では、私はこれで……。」
そう言って、若い兵士をはきびきびと歩きながら去っていった。結局何がしたかったのかアウロラは分からず、メイドに聞いてみた。
「なぁ、私は何か悪いことでもしたのか?」
メイドはアウロラの問いにひそひそと答えた。
「あの方は倒れていたあなたを真っ先に介抱してくださった方です。メイド長からは当時のことは覚えていないとうかがっていたのですが、彼もあまり気にしていなかったみたいですね。」
「そうだったのか。とても済まないことをしたな。後でまた会ったら礼を言わないと。」
アウロラはそう言いながら、再び食堂へ歩き始めた。まだ昨日のことは完全に思い出せていないが、兵士の顔を見て、確かに見覚えがあるなと少しずつ思い出していった。
この城の食堂はなんて綺麗なんだ。アウロラが入ったとき、自分の今までの環境とは随分違うことにとても驚いた。同時に、こんな自分がここに居て良いのかと不安になった。
「ほぉー、こんなに広いとは。これでは貴方達も掃除や配膳は大変だろう?」
「大丈夫ですよ。実際は平均より少し狭いくらいですから。」
メイドのあっさりとした一言にも彼女は驚いた。今までに見たことのない物を見て、頭から煙が出そうなくらい彼女の頭は混乱している。それでも、表面上ではなんとか冷静を保とうとしていた。
「今日のメニューは何だ?」
「本日はスクランブルエッグとサラダ、ハムとチーズのサンドイッチです。」
豪勢な部屋の模様とはだいぶ変わり、朝食自体はごく普通のメニューであることに、また彼女は少し不思議に思った。
「そうか、意外とシンプルなんだな。」
そう言うと、2人は用意されている席に向かい合う形で座ろうとすると、隣にはアリシアとヴィトがいた。
「おはようございます。昨夜は眠れましたか?」
アリシアはアウロラに挨拶した。その一方で、ヴィトは、サンドイッチを頬張っていた。
「おはようございます。おかげさまで、体の具合も少しずつ快調になってきています。」
「それはよかったです。さ、どうぞ遠慮しないで召し上がってください。」
「はい、いただきます。」
アウロラは椅子に座り、雰囲気になじめずぎこちなく食べ始めた。同時に、メイドも慎ましく食べ始めた。
「ヴィト、2人に挨拶しなさい。」
ヴィトはそう言われ、頬張っていたサンドイッチを飲み込み、少し怖気づきながら2人に挨拶した。
「お、おはよう、ございます……。」
彼は挨拶すると、すぐさま目線をそらした。そして、まだサラダが残っているにもかかわらず、席を立った。
「ごちそうさま……。」
そしてそのまま食堂から小走りで出て行ってしまった。
「……すみません。ついこの間までは礼儀正しい子だったのですが、ここ最近はああなってしまって……。」
「いえ、お構いなく。それに、私の方にも何か問題があるかもしれませんし……。」
アウロラも、やっぱり駄目かと少し残念ながらも、ヴィトと仲良くしたいという気持ちは変わらなかった。
「そんな、とんでもございません。貴女様は何も悪くありません。」
「そう言っていただけると有り難いです。」
アウロラは朝食を早く済ませ、ヴィトの後を追うように食堂を後にした。その直後、アリシアのもとにメイド長が近寄り、昨夜のアウロラとのやり取りの件を話した。
「そうですか、あの方が。本来は私の役目なのですが……。」
「アリシア様は国を治める王です。そしてヴィト様を育て上げるのは私たちの務め、申し訳がないのは私たちの方です。それでもあの方は自ら手伝おうとしてくれました。あの方なら……。」
メイド長は心配そうにしながらも、アウロラに期待していた。彼女には、自身にないものを持っていると感じていた。
「信じてみましょう。あの方に……。」
アリシアは不甲斐なく感じながらも、メイド長同様にアウロラを信じてみることにした。そしてそれが、どのような結果になろうと、ヴィトが成長するきっかけになってくれればと思っていた。
木陰でのんびり、本を読んでいたのはヴィトだった。彼は1人でいるのを好み、誰にも邪魔されない自由な時間を満喫していた。読んでいる本も内容はやや大人向けと、いかにも思春期真っ只中な少年像そのものだった。しかしそんな彼は、なぜかいつも憂鬱だった。彼の悩みの種は、本当に自分を理解してくれている人がいないことだった。本当は自分が生きているのは無駄なんじゃないか、要らない存在なのだろうか。そんなネガティブな考えばかりがいつもよぎっていた。そして空想の世界だけが本当の世界だと今の彼は本気で思い込んでいた。その世界に亀裂を入れたのは1人の女性だった。
「隣、座ってもいいか?」
ヴィトは目線をあげると、そこには綺麗な赤い髪の女性がかがんでいた。アウロラだ。しかし、初めて見た時とは印象が随分違い、彼女の背中から差す陽の光と相まって、まるで優しくて暖かい光に包まれた天使のように彼は見えた。
「は、はい。どうぞ……。」
ヴィトは少し横にずれて、アウロラが座るスペースを作った。しかしながら、彼にとっては不思議な感覚だった。今までこういったことはメイド達はもちろん、実の母のアリシアでさえなかったのだ。今隣にいるのは、つい先日、ここへ来た、お客なのだから。それなのに、彼はアウロラのことが気になってしょうがなかった。
「身体の具合は、大丈夫なんですか?」
ヴィトはかなり小さい声で話した。あまりに小さかったので、アウロラには聞こえていないのではと思ったが、彼女にはちゃんと聞こえていた。
「ああ、いろいろと不運が重なってしまってな。だがここへ来たのは本当に奇跡だったよ。あともうすこしで死ぬところだった。」
「そうですか。僕は……。」
ヴィトは何かを言いかけると、そのまま固まったように口を閉ざした。
「ん?何かあるのか?」
「い、いえ!何も……。」
恥ずかしくなり、顔を本で隠したが、アウロラの目線を感じて落ち着かなかった。
「あの、本の続き、読んでも……?」
「あ、ああ。済まない……。」
2人ともぎこちなくなり、だんまりとしてしまった。しばらく静寂が続いたが、最初に口を開いたのはアウロラだった。
「その本は何の本なんだ?」
突然のことで驚いたのか、ヴィトはぴゃんと飛び上がり、目線をそらしながら返事をした。
「えーっと、その……。」
緊張しながらも、アウロラに教えるのが恥ずかしくて言えなかったが、思い切って教えた。
「……恋愛、小説です。それもマイナーな作品です……。」
ぼそぼそと話しながら、馬鹿にされたと思った。
「そうか。結構ロマンチストなんだな。いい趣味じゃないか。他にもどんな本を読むんだ?」
アウロラの返答にヴィトは目を輝かせ、ついにと思いあれこれ話し始めた。
「ふつうは図鑑とかあと勉強のための本とかなんですが、物思いにふけたいときとかこの本を読みます。それと……。」
ヴィトが本の話に夢中になっているのを見て、アウロラは少しほっとした。今までは自分を避けてきていたのに、今ではこんなに色々話してくれる。アウロラにとってもこれはとてもうれしいことだった。ただし、夢中になりすぎて周りが見えていなかった。まるで引きこもりの典型的な例だ。
「あ、ごめんなさい、つい夢中になっちゃって……。」
「いや、大丈夫だ。それより、何でそういった話をメイド達やアリシア様にしないんだ?」
「それは……。」
少しうつむいて先ほどまでの元気がなくなったように彼はしぼんだ。何かあるようだとアウロラはすぐに察した。そして彼はまた話し始めた。
「あまり付き合ってくれないんです。みんな忙しそうにしてて、僕が声をかけてもすぐにどこか行ってしまうんです。それから……。」
彼がなぜ懐いてくれないのか、アウロラはヴィトの話を聴いて理解した。それはヴィトが懐いてくれないのではなく、彼に相談役がいないことだ。いつも彼のそばにいてくれる人がこの城にはいないことだった。だから大人たちも、懐いてくれないのだと勘違いをしているのだった。ヴィトにはそういった人が必要だ。そして彼もその人を欲している。アウロラはそれがようやく分かった。なぜなら彼女も幼いとき、彼と似たような境遇だったからだ。そして彼女は、自分と似た境遇を持つヴィトに興味を持った。
「そうだったのか。それなら私が君のそばに居るというのはどうだ?」
「ええ!?」
ヴィトは思わず変な声が出て、寄りかかっていた気に後頭部をぶつけた。
「お、おい大丈夫か?」
「大丈夫です。ごめんなさい、驚かせてしまって。」
ヴィトは後頭部をさすりながらそう言うが、とても痛そうに時々血が出ていないか手のひらを見ていた。アウロラも彼がぶつけた所を見たが、特に何もなかった。
「こちらこそ悪かった。そんなに驚くとは……。」
思い切っていったものの、実際はアリシアに認めてもらえるか不安だった。放っておけなかったという理由だけで通るとは到底思えなかった。しかし、思いもよらない救いの手が彼女の目の前に現れた。それはアリシアにこのことを伝えたときだった。
「ですがそれは……。」
アリシアは戸惑っていた。もちろん、ヴィトのそばに居てくれるのは嬉しいことだったが、アウロラにそこまでさせるという考えは無かった。それに自分の本来の役目を押し付けるのには抵抗があった。
「分かっています。ですが、彼のことを放っておけないのです。私でしたら……。」
その言葉を遮るようにヴィトが割って入った。
「僕からもお願いします!僕もこの人と一緒に居たいんだ!それから……」
ヴィトは懸命にアリシアを説得した。こんなに優しい少年なんだと、アウロラは身をもって感じた。さすがのアリシアも、彼の懸命さには折れるしかなかった。
「分かりました。こんなわがままな息子ですが、どうかよろしくお願いします。」
「ありがとうございます。お任せください。」
ヴィトも嬉しそうにアウロラとお辞儀をした。しかし心の中では、これで毎日アウロラと一緒にいられると浮かれていた。
「それから、ついでで申し訳ありませんが、この子を守ってやってください。私もいざというとき心配でたまらないのです。」
「はい、お任せを。」
アウロラは自信満々に答えた。ヴィトも久しぶりににっこりと笑った。
「ん?今笑わなかったか?」
「い、いや!別に……。」
ヴィトはそっぽを向いて少し照れていた。その表情が何とも愛くるしいとアウロラは思った。
こうして、アウロラはアリシアの下でヴィトの護衛として務めることとなった。彼女が元居た所には怪我のため脱退するという書類を送った。新たな生活の中で、そして今までよりも充実した生活を、アウロラは送っていた。戦うだけでなく、平穏に生きる。彼女の願いがかなった瞬間だった。




