11話 「二人の出会い(中編)」
あらすじ
女王アリシアを囲む兵と召し使い達の行列は、ある時道端に倒れているどこかの国の軍服を着た女性を見つける。彼らは女性を看病しながら城へ運び込んだ。
女性は目を開けると、目の前に大きな壁があるのが見えた。いや、壁ではなく天井だ、と彼女は目を覚まして分かった。彼女はどこかの部屋のベッドに仰向けになっていた。しかし、なぜ自分がここにいるのか、彼女は思い出せないでいた。
「目が覚めましたか?」
ふとどこからか声がしたので、女性は起き上がろうとするが、体のあちこちが弱っていて思うように起き上がれなかった。
「無理をしなくても大丈夫ですよ。安静にしていてください。」
そして女性の視界に、黒いドレスに白のエプロンの格好をした気品のある女性が現れた。メイド長だ。
「あなたは……。」
女性はメイド長に尋ねた。
「失礼しました。私はこの城の、女王アリシア様のメイド達の長をしております。」
メイド長は続けて女性がここにいる経緯を話した。
「あなた様は道端に倒れていて、それを近衛兵たちが助けてくださいました。あまり覚えていらっしゃらないのですか?」
女性は少し難しい顔をしながらも、何とか思い出そうとした。しかし、彼女はその時意識が朦朧としていたので、誰が助けてくれたかも思い出せないでいた。
「……済まない、どうしても思い出せない……。」
メイド長はベッドの横に置いてあった椅子に腰かけ、こう尋ねた。
「では、そうなった経緯を教えていただけませんか?」
女性は目線を天井に向け、しばらく口を閉ざした。そして、鼻から大きく息を吐いた後、決心がついたのか口を開けた。
「……分かった。だが、あまり細かいところは教えられない。私が言えるのは、事の大筋だけだ。」
「構いません。それを悪用するつもりはございませんから……。」
女性は目線を天井に向けたまま話し始めた。
「……私は、ある街で軍人として雇われていた。いわゆる傭兵というものだ。であるにも関わらず、制服があったり、食事も正規の軍人とほぼ同じように支給されたりと、待遇はよかった。」
「では、なぜあんなに弱っていたのですか?」
女性はゆっくりと目を閉ざし、そのまま話し続けた。
「ある日、私はある任務を仰せつかった。その最中、不幸にも雷雨に遭遇してしまったんだ。」
「雷雨?そういえば、一週間ほど前にありましたね。」
「天気だけだったら問題はなかったんだ。肝心なのは私がいた場所だ。そのとき私は、渓谷との間にかかっている木の橋を渡ろうとしていた。谷底は浅かったが、川はもちろん氾濫していた。私がその橋を渡ろうとしたとき、川から大木が流れてきて、橋脚にぶつかったんだ。勢いが強かったので、そのまま橋が崩れてしまったんだ。」
「避けることは出来なかったのですか?」
女性はため息をついて、メイド長のほうを向き、話をつづけた。
「そのときは視界が悪くて、しかも雨風に気をとられていた。気づくのが遅くなって、私は川に流されてしまったよ。」
メイド長は真剣なまなざしで女性の話を聞いていた。
「そして、どうなったのですか?」
「幸い、私は橋からだいぶ離れた川岸に打ち上げられていたよ。体はほとんど消耗しきっていたが何とか任務を続けようと、痛む体を引きずって目的地に向かったさ。」
「任務は果たしたのですか?」
「ああ、なんとか。しかし、携帯食料といった必需品はほとんど流されてしまって、しかも帰りに意識が朦朧とし始めて道中よく転ぶことがあった。そして最後には……。」
「あそこで倒れてしまっていた、という訳ですね。」
「ああ、自分でも不甲斐なく思うよ。こういったものには慣れていると思っていたのに。」
メイド長は何とか励まそうと考えたが、かける言葉が見つからずに少し戸惑った。そして申し訳ないと思いつつ、また、彼女のことを尋ねた。
「傭兵、とおっしゃっていましたが、他にもこういったことをされてきたのですか?」
「ああ、私は各地を転々としている、いわば流れ者だ。時には村同士の紛争に駆り出されたこともあった。あまり思い出したくはないが……。」
「あ、申し訳ありません、気に障りましたか?」
女性は少し微笑んで、心配ないという表情でメイド長の誤解を解いた。
「いや、別に沢山の人が死ぬところを間近で見たとかそういった意味じゃない。人の醜いところを見て、失望したっていうだけだ。」
メイド長は少しほっとして、サイドボードに置いてあったティーポットとカップを取り出し、紅茶をいれた。砂糖も少し加えた。
「少し冷めてしまっているかもしれませんが、飲みますか?」
女性はゆっくり起き上がった、今度は何とか体を起こすことができた。
「ああ、ぜひ頂きたい。少し口が乾いてしまったんでな。」
女性はメイド長からカップを受け取ると、ゆっくり冷ましながら紅茶を飲んだ。
「ところで、もしよろしければ、あなた様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
女性はそう言われ、カップの中の紅茶を一気に飲み、そういえば自分の名前を失礼ながらも言っていなかったなと思った。
「そうだ、済まない。私を助けてくれたのに名前も言わないなんて……。紹介が遅れてしまったが、私の名は“アウロラ”だ。よろしく頼む。」
「“アウロラ”ですか。大変素敵な名前ですね。」
「名前だけはな。実際はこの名前がもったいないほど、立派ではないがな。」
アウロラは少し冗談交じりに言ったが、メイド長はとんでもないと首を横に振った。
「そうか……。名前を褒められるのは案外恥ずかしいな。私はこういうのに慣れていないものでね……。」
「いえいえ、どうか自信を持ってください。そうでした、紅茶のおかわりはいかがですか?」
メイド長はアウロラが持っていたカップを指して言った。
「あ、そうだな。是非淹れてもらえるかな?」
メイド長はカップを受け取り、ティーポットを取り出してカップの中に淹れた。
「砂糖とミルクは要りますか?先ほどは砂糖のみ少々入れていましたが……。」
「いや、今度はそのままでいい。実はそっちの方が好きなんだ。」
そう言って、アウロラはメイド長からカップを受け取り、また冷ましながらゆっくり飲んだ。彼女は「うん、これだ。」と頷きながら小声で呟いた。
しばらくして、この部屋のドアを誰かがノックするのが聞こえた。
「私が出てきますね。」
そう言ってメイド長は椅子から立ち上がり、ドアの方へ行った。外から声が聞こえた。
「アリシアです。女性の具合はどうですか?」
メイド長はゆっくりとドアを開けると、アリシアとメイド数名が立ち並んでいた。中には息子のヴィトの姿もあった。
「アリシア様、彼女は目を覚ましました。体力も万全とは言えませんが徐々に回復しつつあります。あ、中へどうぞ。よろしければベッドの横に椅子もあります。」
メイド長はアリシアにそう促すと、中へ入り、アウロラの様子をうかがいつつ、メイド長が座っていた椅子に腰かけた。メイド達もアリシアのそばに立ち並び、アウロラの様子をうかがった。
「初めまして。私はこの国を治める女王を務めております、アリシアといいます。以後、お見知りおきを。」
アウロラは少しきょとんとしつつ挨拶を返した。そして、アリシアに会釈をしながら、かしこまってお礼を告げた。
「初めまして。このたびは浮浪人の私を救っていただき、感謝いたします。」
「いえいえ、そう堅くならずに、どうぞゆっくりくつろいでください。」
アウロラはそう言われ、ますます緊張した姿勢をとってしまっていた。
「あ、そうでした。ヴィト、あなたも挨拶しなさい。」
ヴィトは恐る恐るメイドたちの陰からこっそり顔をだすと、アウロラの方を見た。
「あ、あの……。」
ヴィトは挨拶しようとアウロラの目を見たが、彼女の目力に圧倒され、すぐさまアリシアの後ろに隠れてしまった。
「ヴィト、大変失礼ですよ。」
しかし、ヴィトは一向にアリシアの後ろにしがみついたまま、アウロラを見ようとしなかった。
「申し訳ございません。私の息子が大変失礼をいたしました。」
「あ、いえ、お気になさらず。私もよく周りから目つきが悪いと言われていましたから。目が悪いという訳ではないのですが……。」
アウロラはそう言ったものの、ヴィトに嫌われてしまったのではないかと少し心配をした。ヴィトはアリシアの後ろにまだしがみついている。小声で何かつぶやいていたが、アリシアも何を言っているのかよく聞き取れていなかった。
「すみません。ヴィトが戻りたがっているので、私はそろそろ失礼します。この子には叱っておきますので……。」
「いえ、どうか勘弁してやってください。私からも、彼に怖がらせてしまって申し訳ないとお伝えください。」
「ありがとうございます。落ち着くまで、ゆっくりなさってください。何かあったらすぐ対応できるよう、メイドを1人そばにいさせますので、気兼ねなくお申し付けください。」
「分かりました。私からも、助けていただいただけでも十分有り難いのに気遣っていただいてありがとうございます。」
アリシアはにっこり笑って部屋を後にした。ヴィトは小走りで退散するように部屋を出た。まだ怖がっているんだなとアウロラは感付いたが、子供を怖がらせたことがとてもショックだった。部屋にはメイド長がそのまま残り、アリシアに付き添っていたメイドたちはそのままアリシアと一緒に部屋を出た。
「あのヴィトという少年は人見知りなのか?」
アウロラは少し失礼だと思いつつも、メイド長に尋ねた。
「実をいうと、彼はあまり外へ出かけたり、人と会ったりということがほとんどないのです。友人もできず、いつも1人ぼっちで、私どもも何とか1人にしないように付き添ってはいるのですが……。」
メイド長は少し声を詰まらせた。
「……あまり懐いてくれないとか?」
「ええ、恥ずかしながらおっしゃる通りでございます。彼が何を求めているのかさえ分かればなんてことはない話なのですが、私たちにもあまり口を開かないのです。」
「いろいろと苦労しているんだな。」
アウロラはメイド長を労いながら、しかし自分もこのままではアリシアたちに恩返しができないと思いつつ、ある提案をした。
「もしよかったら、私の体調が万全になるまで、彼の面倒を見させてはもらえないだろうか?」
メイド長は驚き、思わず大声で「えっ!?」とアウロラを疑った。
「い、いえ、大変失礼しました……。ですが、あなた様にまでそのようなことをさせるわけにはいきません。私たち王国に仕える者たちの役目です。身内の問題には自分たちで……。」
メイド長がそう言いかけたとき、アウロラは遮るように自身の考えを述べた。
「だが、私も助けてもらってばかりでは申し訳がたたない。かと言って、沢山の金や物品を持っているわけでもない。私のような流れ者ができるとしたら、あなたたちの手伝いくらいだ。頼む、やらせてくれ。」
メイド長は少し悩んだが、アウロラの意思を尊重し、申し訳なくも承諾した。
「分かりました。私からも、手伝っていただけるというのであれば歓迎いたします。どうか、非力な私たちにも力添えいただければと……。」
「ああ、とは言え、私もこのようなことは初めてなので、至らぬ点あると思うが、是非その際はご教授願いたい。」
アウロラとメイド長は握手をして、ヴィトに何とか懐いてもらおうとすることになった。メイド長は、彼がどういった性格で、好物は何か、また、してはいけないことなど、必要なことはもれなくアウロラに話した。アウロラも、覚えるのは大変だったが、最低限必要なことは忘れないように、メイド長の言葉を聞き逃さなかった。
一方、ヴィトは自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。あの後、アリシアに叱られたが、彼が気にしていたのは、むしろアウロラのことだった。
「あの人、怖い目をしていたけど、きれいな人だったなぁ……。でも、あんな態度をとって、嫌われたんじゃないかなぁ?」
ヴィトもアウロラに嫌われたのかと心配していた。
「あーあ。つくづく自分が嫌になる。何でこうなっちゃったんだろう……。」
ヴィトは後悔しながらも、またアウロラに会えないかなと、機会をうかがっていた。




