9 スライムと魔物たち
セーフフロアにいる魔物たちは種類も様々だが、お互いにうまく共存している。
肉食で危険な魔物たちも多いが、人間に飼い慣らされていた過去がある為、基本人は襲わない。本能が狩りを求めているときは、セーフフロア内にいる動物を狩るようだ。
草食の魔物や、魚を食べる魔物なら、食料は豊富にある。セーフフロア内は、自然が豊富だからだ。ただし、肉を主に食べるグリフォンや、キラーウルフなどは別だ。
彼らには肉を与える必要がある為、ギルド長自ら獲物を用意する。ダンジョンに転移して、大型の魔物を狩ってくるのだ。魔物を救うために魔物を狩るのは本末転倒だが、一応、人に帰依しない魔物を選定して狩っている。
と言っても、その作業をするのはホムンクルスのエヴァであり、ギルド長の俊也は何もしていない。
エヴァが仕留めた獲物は巨大な冷凍室に常備されており、今は食事の時間。
信と俊也、バネッサらは、その冷凍室に移動していた。
冷凍室はただのコンテナだ。貨物船に運ばれてくる、あの大型の鉄箱である。そのコンテナに氷魔石を設置し、食材を凍らせているのだ。
「ギルド長、コンテナがいくつも並んでますけど、一体どうやってここに持ってきたんですか?」
香澄が俊也に聞く。
「その質問に答える前に、香澄ちゃん。ここには知り合いしかいない。バネッサも私の直属の部下だ。気にする必要はない。おじさんか、俊也さんとでも呼びなさい」
「え? でも」
「幸太郎の娘は、私の姪っ子のようなものだ。気にする必要はない。もちろん、信君もだぞ」
「えと。その……。はい。俊也おじさん」
俊也が偉すぎて、接し方がよく分からない。まごまごしつつ、香澄は俊也をおじさんと呼んだ。
英国紳士のような俊也は、香澄の言葉に優しく微笑む。
信はそこら辺を気にせず、俊也に聞いてみる。
「おじさん。このコンテナは?」
「それは転移門を使ったんだよ。ギルドが閉館した深夜に、コンテナを業者に運ばせた。まさに職権乱用という奴だな。はっはっは」
俊也は笑っているが、信は少し引いた。そんなことをしてばれたらどうするんだろう?
「それじゃ、向こうにあるプレハブも?」
「そうだ。土台は私とバネッサ、エヴァで作った。整地したのち、プレハブを業者におかせた」
「その業者っていうのは……」
「大丈夫だぞ。業者は私の友人だ。国に知られることはない。コンテナも、魔導列車から出た、廃棄コンテナだ」
何から何まで徹底している。このエリアはもらったと言っていたが、それは不法占拠と変わりないな。
信たちは冷凍庫となったコンテナに入る。中には解体された魔物肉が所狭しと置いてある。高級食材である、ドラゴン肉まである。
「ここの魔物肉は、凶暴な種が多く、高級な肉だ。討伐したのは残念だが、ここに生きている子たちの糧となってもらっている」
エヴァは「これが一番古い肉。早めに食べるべき」と言って、巨大な肉の塊を持ち上げた。重さ800キロは超える肉塊だ。
「それはべへモスの心臓だね」
「べへ? モス?」
信は一瞬目が点になる。
それは幻獣種最強クラスのお方ではありませんか?
さすがの信でもベヘモスは知っている。地上に現れたら最後、都市は焼け野原になる。それくらいやばいヤツだ。
「四か月前にエヴァが狩ってきたんだ。今や誰も潜らない地下500階層を超えた場所らしい。いやはや、エヴァの戦闘能力にはいつも驚かされる」
「違う。年老いて死にそうだった。だから楽だった」
年老いて死にそうだからと言って、べへモスが倒せるわけがない! 信と香澄は思ったが口にはしなかった。
「さ。みんな焼肉パーティーだ。今日はごちそうだぞ」
「俊也様。お楽しみのところ申し訳ありませんが、会議の時間ですよ」
バネッサが横やりを入れる。
「え? そうなのか? 今日はキャンセルできないか?」
「無理です。市長がいらっしゃいます」
「なんだと。……うーむ、楽しみにしていたんだが。仕方ないなぁ。信君、ポポちゃんに関しては、仮の飼育許可証を今渡そう」
「え。何も書類は書いていませんが」
「大丈夫だ。あとでやっておく。ほら、このドッグタグだ」
「あ、ありがとうございます」
信はポポ用と、二つのドッグタグをもらう。
「仮だから、一か月間しか持たない。有効期限はあるが、きちんとした許可証だ。法律上問題ない。審査が済むまで待っていなさい」
俊也はそれだけ言うと、さっさと戻っていった。
残されたのは、バネッサと信と香澄。エヴァとポポ。魔物たち。
「えっと?」
「食事にしましょう。久しぶりの来客で、魔物たちも大喜びです。あちらの倉庫にバーベキューセットがあります。みんなで用意しましょう」
★★★
ポポはまず、べへモスの心臓を食べやすい大きさにカットした。
触手に魔力を込めて、高振動させると、冷凍の肉でもサクッと切れる。それからは触手を10本以上出して、次々とサイコロ状にカットしていく。
エヴァはそんなポポを見て、一言。
「やる」
エヴァはポポにとてつもない強さを感じ取る。もし敵として遭遇した場合、苦戦は免れない。ポポを要注意魔物として指定する。
信と香澄は初めて見るポポの一面に、ただただ驚愕。
お前、そんなことも出来たのかよ。という感じで見ている。
ポポが肉を切り終わるころ、バネッサはバーベキューコンロと炭の用意が出来ていた。
他の魔物たちは炭に炎魔法を噴射しており、火をつけている。
グリフォンは口から炎を吐き、キラーウルフは目から怪光線を出して炭に火をつけている。
大ミミズは燃える酸を吐き出し、スレイプニールがその酸に火をつけている。燃えた酸に、サイクロプスなどが炭を投入して火を大きくしていた。
べへモスの肉だけでは足りないということで、キマイラやサラマンダーが木の実などを取りに行く。
あっという間にバーベキューの準備が整い、食事が始まった。
魔物達用の大型コンロもあり、バネッサはそこで肉を魔物たちにふるまっている。信達はポポが切り落としたサイコロステーキを食べており、そのおいしさに感動している。
「なにこれ!! 口の中でとろけるんですけど!!」
香澄がべへモスの心臓にたっぷりステーキソースをつけ、ガツガツと食べている。
「ああ。これは100グラム3万円、いや10万円は下らない。超高級肉だ」
信は涙を流しながら肉を頬張る。いくら金持ちの幸太郎でも、ここまでの肉は食わせてくれない。というよりも、庶民にこんな肉は滅多に出回らない。
魔物たちもバネッサから肉をもらっていっぱい食べている。そんな魔物たちに交じって、一匹だけ異質な魔物がいる。
ポポだ。
ポポはソースが入った紙皿を、器用に触手で持っている。まるで人間のように、紙皿を持っている。
もう一本生やした触手の先は、フォークのように三つ又に分かれている。ポポはその触手を使って、焼いた肉を刺して食べている。もちろん、紙皿に入ったソースをたっぷりつけてから、体に取り込んで食べている。
エヴァはまたそんなポポを見て、「こいつは出来る奴」と、勝手にライバル心を燃やしている。
信は一人で黙々と食べるエヴァを見て、声をかけてみた。
「エヴァさんは、どこで俊也おじさんと?」
「エヴァでいい」
「あ、うん。エヴァ」
「出会ったのは、工場だった」
工場? 信は首をかしげる。
「私は、ホムンクルスの最終ロットだった。戦争が終わってから作られた、最後の戦闘ホムンクルスだった」
「え、あ。うん。それで?」
「本当は破棄されるはずだった。仲間も破棄されていたし、私も順番が回ってくるはずだった」
破棄。それは殺処分の事だろうか。信はおいしい肉を食べていたが、切ない気分になる。
「破棄には年単位での時間がかかる。ホムンクルスの肉体はとても頑丈だから、粉砕機などでは壊れない。長い時間をかけて、溶かして処分する。中には脳を抜かれて、標本として博物館などに行ったりした」
信はますます気の毒になる。大学で見たホムンクルスは、そういう経緯があったのだ。
「仲間が全員破棄されて、私の記憶を抹消される順番になった。そこで俊也が来た。国の許可はもらった。最後の子だけでももらっていくと言った。最後の子というのが、私だった」
俊也はホムンクルスも気にかけていたのだ。魔物と同じくらいに。
「俊也には感謝している。私は戦闘用だけど、生きる意味を教えてくれたから」
エヴァはステーキソースを口から垂らしながら、もぐもぐと肉を食べている。見れば普通の女の子に見える。外見はアルビノで真っ白いが、それだけだ。妖精のような美少女だし、何も処分する必要などないのではないか。
「ホムンクルスの骨や動力は、とても高価な魔石を使用している。国はリサイクルしたがっている」
エヴァは付け加えて教えてくれる。作るのに金がかかっているなら、再利用するべきだ。それがどんな形であれ。
信はエヴァにも色々な歴史があるのだと思った。ここの魔物たちもそうである。
「そうか。つらいことがあったんだね。どれだけつらかったか俺には感じられないけど、こうして出会えた。俺は嬉しいよ。ポポの事もあるから、ちょくちょくギルドには来ると思う。これからよろしく頼むよ」
「うむ。よろしく」
リスのように肉を頬張りながら、エヴァは言った。信の出会えて嬉しいという言葉に、心なしか笑っているように見えた。