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88 海よりも深い、ポポの優しさ

 信とポポがホムンクルスたちを倒し、一直線に通路を走り抜ける。


「ポポ、十字路だ! どっちに行ったらいい!?」


 ポポは触手を伸ばして、右へ行けと信に指示した。高い気配察知スキルを使い、敵がいない方へと信を誘導したのだ。


「分かった! 右だな! つかまってろポポ! 魔法を使う!」


 ファクターが緑色の光を発して、魔法が発動。


 信は風の魔法を足に纏うと、空中を蹴って直角に曲がった。通路を右に、直角移動したのだ。さらに追い風も発生し、ロケットスタートのような加速力で通路を走り抜ける。


「ポポ、次はどっちだい!?」


 今度はT字路が見えた。信がポポに右か左か聞くと、ポポは正面を指し示した。


 まっすぐ行くのよ!


「え!? T字路だよ!? まっすぐは行けないよポポ!」


 壊して通り抜ける! その先に千景の気配がある!


 ポポは信に抱きかかえられたまま、前方のコンクリート壁に触手を放つ。高速回転して放たれた触手は、分厚いコンクリートをいともたやすく貫通。大穴が空いて、壁の向こうが見えた。


「相変わらず無茶苦茶だな!」


 信はポポが空けた大穴に、勢いそのまま飛び込んだ。風の魔法で急ブレーキをかけて、足を止める。床が金網状になっていたので、ガシャンガシャンと大きな音が鳴った。


「なんだここは?」


 突入した先は、何かの設備機械がたくさん並んでいる。一番目立つのは、気球のような丸い形をした、大型タンクだ。数十台も横一列に並んでいて、蒸気を上げながら稼働している。なぜか人はいない。


「この丸いのはなんだ? 魔素を貯めるタンクか?」


 時折、ブシューッと、不気味な黒い蒸気を噴き上げている。タンクをよく見ると、圧力解放のバルブがある。漂う黒い煙も、特殊な魔素だ。信はこれらの設備や機械を、魔素圧力タンクと推測した。しかし、機械が古すぎて、一体何をするものなのか分からない。


 信は並んでいるタンクを不思議そうに見ていると、両腕に装着したファクターが突然警報音を鳴らした。


「ビービービー!」と、けたたましい警報音を鳴らしている。


 一体何が起きたと、液晶に表示された警告文を見る。


 そこには、『高濃度魔素注意』と、警告メッセージが表示されていた。


「なに? 高濃度魔素? まさかここって、防護服着用が必須の部屋か?」


 研究施設には、防護服を着用しての作業エリアも多々ある。信が突入したエリアは、まさにその防護服着用エリアだった。


 すぐに不味いと思った信は、ファクターの液晶表示を切り替える。体内魔素量のバイタルを見ると、人間が耐えられる限界を、はるかに上回っていた。


「や、やばいっ!」


 このままでは死ぬ。血を噴き出して、死ぬ。


 信はまたしても命の危機が迫っていた。



★★★


 

 ホムンクルスの千景は、信たちを罠に嵌めたはずだった。


 愛する人を救うため、信とスライムを主に差し出して許してもらう。彼女が助かるにはそれしかなく、信を極寒のアジトに連れてきて、弱ったところを捕まえるつもりだった。


 それがどうだ。


 信はなぜかこの環境に適応し、自分を追ってくる。けしかけた失敗作のホムンクルスも、なんなく倒して突破してくる。


 いくら失敗作でも、戦闘が得意でない人間からすれば、驚異的な強さのはずだ。一発でもホムンクルスの打撃を受ければ、致命傷は避けられない。


 そのはずなのに、信は風の中級魔法を連発し、ホムンクルスをなぎ倒す。魔力過多症を持病に持つ、人間の動きではない。援護しているスライムも、常識はずれの攻撃でホムンクルスを一撃粉砕。


 千景は、信たちの力をまたしても見誤った。


 施設に常駐するホムンクルスもだいぶ数を減らし、主もお怒りになるだろう。罰を受けるのは免れないが、結果よければすべてよし。信たちを捕まれば問題ない。


 千景は転移魔法を使った後で体力がなかったが、頑張って走って移動を続けた。たどり着いたのは、ホムンクルスを精製する為の、魔素を作り出す設備エリア。ここは魔素が濃く、人間が入れば一分と立っていられない。寒さには耐えられたが、酸素に混ざった毒ガスは防御できまい。


 千景は信が追ってくるのを確認し、ガスタンクの裏手に隠れて待った。



★★★


 

 信は魔素圧力タンクが並ぶ部屋に、突入した。


 しかし、部屋の魔素濃度が高すぎて、信のファクターから警報音が鳴りやまない。


 肺に高濃度の魔素を吸い込んでしまった信は、体に異常を来たし、膝をついて咳き込んだ。

 

「ぐっ、ゴホゴホ! 最悪だ! ここは高濃度魔素エリアか!!」


 信は激しく咳き込み始め、体が魔素に侵され始めた。このままでは、すぐにでも意識を失いそうだ。


 信はこの研究所に転移させられてからというもの、かっこ悪いところばかりポポに見られてきた。いいところがほとんどなく、ポポに頼り切りで心苦しい。しかし、何の装備もしてきていない人間の信では、当然の結果と言えた。ここは、ダンジョンの奥深くにある、秘密の研究所なのだから。


「くそっ! なんて俺は無力なんだ! ポポっ! すまない! なんとかしてくれ!」


 がってんしょうち! 任せるのよ!


 ポポはこうなることが最初から分かっていたのか、すでに信を助ける準備をしていた。


 ポポは頭に生えているタンポポの花を一枚ちぎると、ぎゅっと握りつぶして、花の汁を出す。ポポはその花から出た液体を飲み込み、自分の体液とシェイク。


 シャカシャカ体を振って、ぺっぺっ! 


 光り輝くエメラルドグリーンの液体を、触手の上にぺっと吐き出した。


 これで、万能回復薬、『ポポじる』の完成だ。


 信は意味不明な行動をするポポを見ていたが、急に口を開かされ、『ポポじる』を数滴ほど飲ませられた。


「んが!? むぐ!?」


 信はポポが作り出した液体、ポポ汁を飲み込む。すると、信の体内の魔素濃度が急激に下がり、正常値に戻っていく。ファクターの警報音が、鳴りやむ。


「うお、うおぉぉ。これまたすごいな。どんどんファクターの数値が下がっていく。体の不調も嘘のように消えたぞ。さすがポポさん。こんなことまで出来るようになっていたのか」


 ポポのあまりの万能さに驚く。いつの間にこんなことが出来るようになっていたのか。信ですら信じられない状況だ。


 私だってちゃんと自分の力を研究してたのよ! すごいでしょ! 食っちゃ寝するだけのスライムじゃなのよ!


 ポポは高速で飛び跳ねて自分の力を自慢する。


「あぁ。君の力は疑ってなんかないよ。ありがとうポポ。君は命の恩人だ。感謝してもしきれないよ!」


 信は感動のあまり、ポポの頭に何度もキスをした。ポポはキスされた恥ずかしさからか、赤緑に体色を変化させた。


 信とポポは感極まったのか、場所もわきまえずイチャイチャ。ここが敵地だということも忘れ、二人の空間を作りだす。


 ガスタンクの裏手に隠れ、信とポポを見ていた千景は、計画が破たんしたことを悟り、全てをあきらめた。体力と魔力も限界に達しており、彼女はその場にどうっと倒れた。


「くっ。こんなことが」


 まるでコントのような信とポポの対応力に、千景は敗北した。


「あっ! 千景! お前!! そこにいたのか! よくもやってくれたな!」


 信は倒れた千景を見つけ、近寄る。彼女は息を荒げて信を見上げている。体力と魔力をごっそり失って、抵抗する気力が無い。憎々しげに信とポポを見ている。


「ふ、ふざけないで。一体なんなのそのスライムは。次から次へと信じられないことばかり」


「当たり前だ。俺のポポを甘く見るな」


 信はなぜか誇らしげ。


 千景の計画は見事、ポポに破壊された。信の力もあったが、ほとんどポポの手柄だった。


「化け物スライムめ」


 千景はポポを見て化け物呼ばわり。ポポは自分が化け物ではないと怒り、ピョンピョン飛び跳ねて抗議。


「千景。お前が首謀者じゃないのは分かってる。ここで千景を殺しても解決しない。お前の主人のところに連れていけ。こうなったら、そいつ倒して、ここをぶっ壊してから家に帰ることにする」


 信は正義の味方らしい、実にすがすがしいセリフを言った。しかし、千景がそのセリフを打ち砕く。


「は? 私の主人を倒して、ここをぶっ壊す? はははっ! 笑わせないで、ここにはたくさんの人間たちがいる。避難もさせずにこの設備を壊す気?」


「人間たちだと?」


「ホムンクルスの材料よ。私のようなね」


 信はその言葉を聞いて、「まさか」と驚く。今まで倒してきた大量のホムンクルスは、元人間だったのか? いや、千景がホムンクルスにされているのだから、ベースは人間だ。なぜ気づかなった? いや、俺は気づかないふりをしていたのか? 本当は薄々分かっていたはずだ。


 知らなかったとはいえ、信は人を殺してしまい、気分が悪くなる。さっきまでのような明るい雰囲気は一切ない。


 信は人間を殺したというひどい罪悪感からか、胃液が込み上げてきて、吐きそうになる。ポポはすぐに信の背中をさすって慰める。


「いまさら嘆いても遅いよ。もう、あんたたちも殺人者なんだ。それにここには生命魔力転換炉ライフターミナルリアクターがある。戦争時代の設備が残っているのも、解体できないリアクターがあるからよ。もしも無理に壊したら、リアクターが臨界点を超える。原爆並みの爆発が起きて、地上の街は消滅するよ」


「な、なんだと?」


 信は生命魔力転換炉ライフターミナルリアクターと聞いて、驚愕する。それは、戦争時代に使っていた。恐ろしい魔力炉のことだ。信が装着しているファクターにも、小型の魔力炉が搭載されているが、生命魔力転換炉とは規模が違う。かの魔力炉は、原子炉と同じ規模だ。しかも生命魔力転換炉は技術が確立しておらず、作ることは出来ても、解体することは出来ない。なにせ、炉心を動かしているのは、古いダンジョンコアだと言われている。


「信君、私を助けたのは、間違いよ。もう、私は後戻りできないの。ホムンクルスに改造されちゃったし、人間としては生きていけない。あの人だってもう、ホムンクルスにさせられてる。私には、こうするしかなかったんだ……」 


 犯罪の片棒を担がされ、たくさんの人を傷つけてしまった。今も奴隷となった人々がホムンクルスに転生させられている。自分のパートナーを止められなかったのも、私の責任だ。

 

 千景は激しい自責の念に駆られ、後悔の涙を流したが、ポポがその涙をぬぐった。


 一本の柔らかい触手を伸ばして、優しくその涙をぬぐってあげた。


「え?」


 ポポは、千景のことを本気で怒っていなかった。信を傷つけようとしたのは許せないが、結局、ポポの敵にはなりえない。本当の敵はもっと別にいる。ポポは千景を赦すと、彼女の頭を、ナデナデしてあげた。


「ど、どうして?」


 ポポに優しくされて驚く千景。何度もひどいことをしたのに、なぜ涙をぬぐってくれるのか? 大切な主人である植木信を、何度も手にかけようとした。ポポも冷凍保存して捕まえようとしていたのに、なぜ優しくしてくれるのか。


 信はピョンピョン飛び跳ね出したポポを見て、「ああそうか、そうだよな」と言った。


 信はポポと念話で会話したのち、ニコッと笑い、こう言った。


「千景、ポポに感謝しろよ」


「え? え? どういうこと?」


「ポポはライフターミナルリアクターを止められるってさ。悪いやつを全部倒して、お前の大切な人も助けてやるってさ」


 ポポは自信たっぷり。千景にいつのものふんぞり返ったポーズを披露した。


 



 

 

 


 

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[一言] 追いついた。 ブックウォーカーの読み放題で1巻を読み2巻を購入しようと思いましたが、なかったのでなろうに来ました。 商業版とは大分構成等が違うようですが、こちらも楽しく拝読させていただきまし…
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