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84 父の実家5

 今から11年前。


 植木家当主、植木一京うえきいっけいは自分の息子にこう言った。


「幸太郎。お前の息子を当主の座に据えたい。だから信を私に預けろ」


 尊大な物言いで、息子の幸太郎に命令した。


「は? 今なんと?」


「私にお前の息子を預けろと言った。お前は足が悪い。このままでは当主にはなれん。私も不本意極まりないが、孫の信を当主に据える」


 幸太郎の足は呪いにかかり、ダンジョンハンター生命を絶たれていた。現状、ダンジョンに潜れない幸太郎は、植木の当主にはなれない。幸太郎にも兄弟がいたが、すでに他界している。その為、直系の血筋で残された男子は、植木信のみ。男子が当主でなければならないという悪習が植木にあったため、信にお鉢が回ってきたのだ。


「幸太郎。出来損ないの信でも、私が鍛えればいっぱしのハンターくらいにはなれる。成人するまで信は私が責任を持って育てよう」


 自分の息子でもないのに、一時的に養育権を渡せと言う一京。まるで子供の命を支配するかのようなその物言いに、幸太郎はカチンときた。


「父さん、信は魔力過多症です。プロハンターにはなれない。分かっているでしょう?」


「そんなものは関係ない。私に任せればうまくいく」


「いい加減にしてください。ふざけるのも大概にしてほしい」


「幸太郎。今、何と言った? ふざけるだと? この私に向かっていったのか幸太郎?」


 すさまじい魔力の奔流が、一京いっけいの体から噴出する。髪が逆立ち、怒髪天を突いている。


「えぇそうです。信は病気で魔法が上手く使えない。心も優しく、とても命のやり取りなど出来る子でない。それに信は愛菜さんという子と一緒に、魔装具士の道を歩もうとしている。彼の夢を潰すことは父さんといえども、私が許さない」


 幸太郎も幸太郎で、すさまじい魔力を体から発する。一京の魔力とぶつかり、突風が巻き起こる。家の中、しかもリビングだというのに、二人は遠慮しない。周りにいた家族も止めに入りたいが、怖くて見ているだけだ。


「考え直せ幸太郎。確かに、信は魔法が使えず無能かもしれん。親類縁者に嫌われているのも確かだ。私も信が当主になるのは正直問題が多いと思っている。だが、このまま行くと、植木の血が絶えるのだぞ?」


「何を言っているか分かりませんね。血は絶えませんし、信は無能でもありません。それに信は、きっと良いお嫁さんを見つける。絶えるのは、植木の"スキル"です」


「それは血が絶えるのと同義だ! 貴様はその重みが分からんのか!!」


 天雷のような怒号が響く。普通の人間ならその声を聞いただけで失禁するほどだ。だが、息子である幸太郎は涼しい顔で受け流し、こう言った。


「信は父さんが怖い、嫌いだと言っていました。絶対に父さんの言うことは聞かないでしょう。なにより、信の将来の為に、父さんへ預けるわけにはいかない」


 そこで、幸太郎と一京の大ゲンカが始まった。魔法まで使った、本当の殴り合いだ。信はそのやりとり隠れて見ていたが、怖くて泣くばかりで何もできない。当時は信の年齢が10歳で、体も弱くいじめられっ子だったのだ。


 その親子ゲンカのせいで家は半壊し建て替える羽目になった。幸太郎も怪我をしたし、信にとって良いことは一つもなく、祖父に対してトラウマが増えるだけとなった。それが、信と祖父の仲を違える、決定的なものだった。


 そして、話はポポのいる現在に戻る。



★★★



 ティアたちが起こした酒蔵騒ぎから1時間後。祖父の一京を囲んで、夕食を食べる信たちの姿があった。


 座敷にある長い座卓の上には、新鮮なニジマス料理が並んでいる。特にニジマスのカルパッチョは絶品で、玉ねぎとアボカドが色とりどりに盛り付けられ、見た目も綺麗だ。高級肉を使ったしゃぶしゃぶなどもあり、さながら高級旅館に出されるような夕食だった。


 もちろん、そこに相席するスライムのポポは、遠慮なく飯を食べまくる。一人でカルパッチョの皿を平らげると、すぐにおかわりを要求。タンポポを揺らしてムッシャムッシャと食べまくる。先ほど暴れていたことはすっかりと忘れ、目の前の食べ物に夢中だ。ティアとクロマルもガツガツ食べているが、ポポには及ばない。


 逆に食べていないのは信とカレンだ。彼らは酒蔵とドラゴンを傷つけたことに対して、どう謝ろうか必死に考えていた。


「どうした信、食べないのか?」


 祖父に声をかけられビクッとする信。


「え、えぇと、その」


「何を遠慮している? うちで養殖している、とっておきのニジマスだぞ。ほら、そこのお嬢さんも食べなさい」 

 

 カレンもお嬢さんと言われて、ビクッと震える。


「は、はい。お気を使って頂いてありがとうございます」


「騒ぎを起こしたことは気にするな。今は食事を楽しみなさい」


「あ、あぁうん。ありがとう、じいちゃん」


 信とカレンは委縮してしまい、どうしていいか分からない。土下座をして謝った方がいいのだが、そういう雰囲気ではないのだ。


「どんどん食べなさい。お代わりはいくらでもあるからな」


 なぜかわからないが、信の祖父、植木一京うえきいっけいはとても親切にしてくれる。昔から信を毛嫌いしていたのに、この態度はなんなのだろうか?


 そのうえ大事な酒蔵が半壊し、大切なドラゴンが怪我をしたというのに、少しも動じていない。本来なら怒り狂って半殺しにされてもおかしくないレベルだ。


「あ、あのさ。じいちゃん、気にするなと言ったけど、怒ってないの?」


「何についてだ?」


「これまでのこともあるけど、じいちゃんの大切な酒蔵を吹き飛ばしたじゃないか。じいちゃんの竜も傷つけたし」


「なんだそのことか。怒っていないと言えば嘘になるが……」


 一京は手元の焼酎を一杯飲むと、信をじっくりと見た。


「ドラゴンのポチを傷つけ、私の酒蔵を壊し、そのうえ門にある妖精像を粉々に砕いたことは、特に気にしていないぞ? 気にするな」


 とてもそうは見えない言い方である。いちいち起こったことを全て言うあたり、かなり怒っていると見える。


「は、ははは。ご、ごめんなさい。じいちゃん。こんなことをするつもりはなかったんだ。ははは……」


 半笑いで謝る信。目の前で料理を爆食いしているポポを見ると、反省の色を出すとか言う状況ではない。土下座で謝ったとしても、ポポがいる限りすべてがぶち壊しだ。


「信。今回のことは大目に見てやろう。だから気にせず、食事を楽しみなさい」


 一京はそれ以外は何も言わず、ニジマスの刺身を酒のあてにして、一人で晩酌を始めた。信は祖父の落ち着いた態度が逆に怖すぎる。


 一京の表情を見ると、年齢相応の深いしわが顔に刻まれているが、特に怒っている感じではない。目を細めて、ポポやクロマル、ティアを見てニコニコしている。カレンに対しても優しく、普通の好好爺と言った感じだ。


 とにかく、何も言って来ないのが逆に怖い。


 一京は魚をつまみながら、おちょこに酒を注いで、晩酌を楽しんでいる。信はどうしたものかと思っていると、ポポが酒の入っている『とっくり』を触手で掴んだ。


「え!?」


 まさかポポも酒を飲むのかと思ったら、違った。


 一京の飲んでいるおちょこに向かって、酒を注ごうとしているのだ。スライムの癖に、お酌をしようというのだ。 


 カレンはその行動を見て、しまったと思った。自分が先にやろうとしていたのに、スライムに先を越されたのだ。


「ほう。さすが話が分かる方だ」


 一京はスライムであるポポに、お酌をしてもらう。トクトクと、おちょこに酒がなみなみと注がれる。それを一京は、一息に飲み干す。


「ありがとうございます」


 一京はなぜかポポに敬語で話す。ポポもポポで「気にするな」という感じで振る舞っている。


 …………なんだこの光景は。


 明らかに信の祖父、一京は何かを知っている。酒蔵を壊されても怒らないのは、ポポやクロマル、ティアが理由だろうか?


 信は怪しみながら飯を食べ始める。カレンも信が料理を食べ始めたので、仕方なしに食べることにする。


 あまりに緊張した雰囲気なので、ポポのように飯を楽しむ余裕が無い。まるで砂か何かを食べているような感じだ。


 もそもそと食事を始めると、一京は酒を煽りながら、信に聞いてきた。


「信。聞きたいことがある」


「な、なに?」


「食事の席で話すことではないと思うが、聞かせてくれ」


「だ、だから、なに?」


「最近、ギルドで事件があっただろう。アシッドスライムの暴走事件だ」


「んぐっ」


 いきなり核心を突いた質問に、信は煮物をのどに詰まらせた。今食べていたのは、里芋の煮つけだ。


「ギルドで起きた事件は私の管轄だ。勝手に悪いとは思ったが、少し、最近のお前を調べさせてもらった」


「んぐっんぐ」


 余計に芋をのどに詰まらせる信。突っ込まれることがありすぎて、怖すぎる。もう少し前置きを置いてから、その話を持ってきてほしい。


「それで調べているうち分かったことある。そこにいるスライム様だが、もしかして妖精の使者様か? 私のファクターも反応しているのだが、違うか?」


「ブーーーーッ!!」


 その話を聞いて、信は里芋を吐き出す。


「おい! 急に食べ物を吐き出すな! 行儀が悪いぞ!」


 一京は信に対して怒るが、信はそれどころではない。


「な、なんのことだよ。それは。し、知らないよ。なんでじいちゃんがそんな話を?」


 一応、知らないふりをする信。すでに手遅れに見えるが、知らないふりをしておく。


「信、私を甘く見るな。そこにいるのはスライムのティア殿だろう? イギリスのギルドでユージーン殿のことは知っている。伝説のスライムマイスターということも、調べが付いているんだ。それに何より、部下からの報告を聞いているし、私のファクターが反応している」


「そ、そうなのか。ユージーンさんや、ティアを知っていたのか。でも、ファクターが反応するって何のこと?」


「……悪いが私のファクターに関しては話せん。お前が当主になるというのなら、話してやってもいいが、当主になるのか?」


「…………」


 当主だって? なんで当主にならなければファクターのことを話せないんだ? 父さんはこのことを知っているのか?


「もう一度聞くが、そこの方々は、妖精の使者様か? ティア殿は別としても、ただの高レベルスライムなのか?」


「そ、それは俺にも分からないよ。これは嘘じゃない。だけど、ポポやクロマルは、俺とカレンさんの大切な人だ。そしてティアは、ユージーンさんの大切なパートナーだ」


「スライムなのに、人なのか?」


「そうだよ」


 信の顔は真剣そのものだ。カレンは当然だが、スライムであるポポやクロマルも、本当に大切な家族なのだ。


「あい分かった。これ以上は聞かん。雰囲気が重くなって酒がまずくなるからな。すまなかった、食事を続けてくれ」


 ポポは一京からそういわれると、またカツガツとニジマスを食べ始めた。このスライムには遠慮と言う言葉が全くない。


 途中で話を切られた信とカレンにとっては、モヤモヤしかない。そこまで言ったなら最後まで言ってくれと言いたかったが、信は一京が怖かったのでこれ以上は言えなかった。カレンも同様だ。にじみ出る一京の強さに、圧倒されている。


 一京は再び魚をつまみながら酒を飲み始める。結局、重苦しいは雰囲気は変わらない。スライムたちはまったく気にしていないようだが、信とカレンは気まずくてしょうがない。


 嫌々ながらも食事を一緒にしているが、そこでまた一京が爆弾を投じてくる。


「あぁそうだ。お嬢さんはカレンさんと言ったかな?」


「え? は、はい。そうです。さっき信君が言いましたけど、そこの黒いスライムが私のパートナーです」


 クロマルはニジマスの刺身を食べながら、ニョロッと触手を上げてみせる。


「ほうほう。そうかそうか! スライムが急に空から降ってきた時は驚いたが、あなたもそうか!」


 クロマルとカレンを見て、すごく喜んでいる一京。何が楽しいのか分からないが、ぐびぐびと酒を煽る。


「それでカレンさん。あなたは亜人のようだが、腕は立つのかね?」


「腕ですか? 一応プロハンターですが、私はまだまだ下の方で……」


 カレンは遠慮がちに言うが、一京は気にしない。


「いやいや、気にすることはない。あなたもプロハンターなら、信の未来も明るい!」


「え? 信君の未来? どういうことですか?」


「ん? 違うのかね? カレンさんは信と結婚するのではないのか? 信を調べていた部下から聞いたのだが、あなたは信と一緒に店を立ち上げているんだろう? 信の恋人だと思ったのだが?」


「ぶーーーーーー!!!」


 今度はポポが飯を吐き出した。


 食べていたニジマスのカルパッチョをテーブルに吐き戻す。ポポの体液と一緒に、吐き戻される。それと同時に、頭のタンポポがテーブルにポトリと落ちる。


 カレンと信が結婚するというセリフを聞いて、タンポポが干からびて落ちてしまった。


「うわ! 何やってんだポポ!! っていうか、頭のタンポポがもげたぞ! 大丈夫なのか!?」


 ポポは激しく咳き込んでいる。というか、スライムが咳き込むのだろうか? とにかくポポは咳をしている。


「ごめんじいちゃん。すぐに片づけるから!」


「いやいい。おい! お前たち。ここを片付けて新しい料理を持ってきなさい」


「はっ!」


 部屋の外に控えていた使用人がスッと現れ、ポポの吐いたカルパッチョをすぐに片づける。ポポの緑色の体液が料理に付着していたが、顔色一つ変えずに片付ける。プロである。


「気にするな。少し食べすぎたんだろう。しかしこのようなスライムと契約するとは、さすが私の孫だ。病気だなんだと罵って、本当にすまなかった。やはり植木の血脈はきちんと受け継がれている」


 一京は激しく勘違いしている。信が優秀なのはファクター技術だけであって、ハンターとして強いわけではない。


 信はこの場で頼りになりそうなティアを見るが、ティアは何もしゃべらない。ただ黙々と飯を食べ続けている。自分が喋れることを隠すつもりのようだ。


「ははは。すまないな信。お前が私を苦手なのは知っている。過去のわだかまりもあるだろうが、ここは食事を楽しんでほしい」


 とにかく、一京は大喜びだ。普通に孫の門出を祝ってくれている。非常に強面のジジイだが、孫はやはり可愛いらしい。やはり一京も人の子だったのだ。腹に何かを隠しているのは間違いないが、信を心から嫌っているわけではなかったのだ。


 信は喜ぶ祖父を怒らせるのは得策ではないと感じ、この場は何も言わずはいはい言うことを聞いた。今はホムンクルスの千景の方が心配だからだ。信は酒を飲ませまくってシラを切ることにした。




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