82 父の実家4
「どうすんだよこれは! どうすんだよ!!」
カレンやポポたちは叫び声をあげ、逃げ惑っていた。
侵入した酒蔵の中で、メタルスライムのごとく逃げ惑っていた。
「なんでこんなところに!!」
入ったところは静かな酒蔵だった。酒を貯蔵しておくだけの、酒蔵のはずだった。誰もいないと踏んでティアは侵入したが、なぜか弥生の言っていた『ポチ』がいたのだ。
ポチは、とてつもない魔物だった。
「ティア! これも計画の内なの!? もう隠れていくなんて無理だよ!?」
「ごめん、完全に失敗した! まさかこの酒蔵に魔物がいると思わなかったんだ!! なぜかボクの魔力察知に引っかからなかったんだ!」
ティアとカレン、ポポとクロマルは、洗濯機のダンボールを脱ぎ捨てて酒蔵の中で逃げ惑う。全員バラバラの方向に逃げてしまい、戦うとかそう言った状況ではない。
「くそ! どうしてこんなところに"ドラゴン"がいるんだ!! ティア! なんとかしてよ!」
カレンは酒樽の裏に隠れながら、ティアに向かって叫んだ。
「何とかするのはいいけど、コイツけっこう強いと思うから、魔法の加減間違えて殺しちゃうかも」
ティアも酒樽の裏に隠れ、カレンと会話する。
「それは絶対にダメ!! 誰かが飼ってるドラゴンだと思うから、殺したら私たちは犯罪者だよ!!」
ドラゴンの大きさはゴジラのような巨体ではなかった。大きさで言うとアフリカゾウくらいだ。それでも大きい方だが、高ランクのドラゴンであるのは間違いない。赤い鱗を纏った高位の炎竜で、涎を垂らした口から、火花が飛び散っている。物理でなく魔法で戦うと、面倒くさそうな相手だ。
「グゥオオオオオオオオ!!」
ドラゴンは空気が震えるほどの雄たけびを上げる。耳がキーンとなるような、すごい音量だ。ドラゴンは蛇のような目をギョロリと動かして、逃げたカレンたちを探す。
先ほどと同様、カレンたちはバラバラの場所に身を隠したので、ドラゴンは誰から倒すか考えている。
キョロキョロと長い首を動かし、赤い鱗に覆われた翼を広げ、ドラゴンは天井に狙いを定めた。
なんと、天井の柱には、クロマルが隠れていた。
ドラゴンは空気と魔力を思いっきり腹に溜め込み、得意のブレスを全開で吐き出す。金属がこすりあうような甲高い音を上げながら、竜の息吹は解き放たれる。そのブレスは、ティアが放つプロトンビームとよく似ていて、巨大なレーザー砲のようなブレスだった。
もちろん、クロマルは咄嗟に防御シールドを張ってやりすごすが、威力が強いのか防ぎきれない。簡易的な防御シールドだったこともあるが、天井の柱に隠れていたので、踏ん張ることもできずに天高く吹っ飛んで行った。
まるでお星さまのように、キラキラと吹っ飛んで行った。
「あぁ!! ジークーーー!!」
ジークとはクロマルの本当の名前だ。カレンの愛している男の名だ。
「カレン! クロマルはあの程度のブレスでは死なないよ! ただ飛んでっただけだよ!」
ただ飛んでっただけ。
そんなことを言われても心配なものに変わりはない。なにせドラゴンのブレスなのだ。スライムなら普通、一瞬で蒸発する。
「くそう! ティア! あたしは今武器を持っていない! こうなったらあんたが何とかしてよ!」
「仕方ない! 増援が来る前に倒す!!」
ティアとカレンがわちゃわちゃしていると、ポポがドラゴンの前に飛び出した。
ピョンッと、勢いよく飛び出した!
「ポポちゃん!?」
カレンは悲壮な叫び声を上げる。ポポもお星さまになってしまう。信に面倒を見るように言われたのに、ポポまで飛んで行っては、目も当てられない。
ポポはドラゴンの前に立つと、シャドウボクシングをして、やる気満々だ。
ドラゴンは目の前に立つ矮小なるスライムを見て、フンッと鼻息を鳴らす。
『底辺の代表格、スライムが我に勝とうなど、おこがましいにも程がある!』
頭にタンポポを生やした馬鹿そうなポポを見て、ドラゴンは雄たけびを上げる。
鋭い足の爪を持ってして、すぐさまポポを踏みつぶそうとしたが、反復横跳びでポポはその攻撃を避ける。避けたと同時に、触手を伸ばしてカウンター。孫悟空の如意棒のごとく触手が伸び、ドラゴンの顎に直撃。すさまじい破壊音が響き、牙が一つポキンと折れた。
「グァオォォオオ!!」
雄たけびを上げつつ、ドタバタとその場で暴れるドラゴン。折れた自分の牙を見て、驚愕の表情をする。
『まさかスライムが我の牙を!? ミスリル並みの硬度と靱性を誇る、我の牙を!?』
ドラゴンはポポの強さに驚く。完全に体重差を無視した、強力な一撃だった。スライムの力ではなかった。
『馬鹿な!!』
ドラゴンが驚いているが、ポポは相変わらずシャドウボクシング。触手でグローブを作り、ワンツーパンチ。いつでもかかってこいと言っている。
カレンはポポの強さを見て、何回驚いたか分からない。
ドラゴンとタイマンを張れるスライムなど、見たことが無い。しかも完全な腕力勝負だ。スライムが持つ消化液とか、毒液とかを使った攻撃ではない。
完全なる物理攻撃だ。
「おっ。ポポちゃんならボクと違ってちょうどいいスパーリング相手になるね」
「スパーリングって、ボクシングじゃないんだけど……」
ティアは物理よりも魔法寄りのスライムだ。触手で敵を倒すこともあるが、魔法で敵を倒すことの方が得意だ。ゆえに、魔法攻撃の威力を少しでも間違うと、簡単に相手を殺してしまう。今回のドラゴン戦に至っては、物理強化を得意としているポポが一番の適任なのだ。
そんなポポは素早い動きでピョンピョンと跳ね、ドラゴンを翻弄し続けている。
ドラゴンは牙が折れたことが信じられず、雄たけびを上げながら突進。再度踏みつけ攻撃。ポポはまた素早く避けて、カウンターで触手パンチ。
食らえ! ゴムゴムのピスト〇!!
ぎゅいーんとポポの触手は伸びて、ドラゴンの顎に再度カウンターが炸裂。大砲でもぶつかった時のような音がして、口内の牙が数本折れてしまう。しかも意識を飛ばすほどの衝撃だったのか、ドラゴンはゆっくりと後ろに倒れていく。
『そんな馬鹿な……。この我が……。炎竜王の子孫であるこの我が……。あぁ、この酒蔵は護りきれなかった。許せ主よ……』
ズズーン、という音を立て、酒樽をなぎ倒して気絶するドラゴン。
侵入者を排除しようとして戦った炎竜、ポチは、スライムに倒されてあっけなく終わった。
喧嘩に勝ったことがうれしいのか、ピョンピョン跳ねまくるポポ。最後に倒れたドラゴンのお腹に乗っかって、いつものポーズ。
ふんぞり返って、どやぁ。
触手を天高く上げて、勝ち誇る。
「なんてことだ……。もう終わりだ。私たちは警察に突き出される運命なんだわ」
カレンがぐちゃぐちゃになった酒蔵と、泡を吹いて倒れるドラゴンを見て、全てをあきらめたような表情をした。最初からティアに付いていったのが間違いだったのだ。
カレンの体から魂が抜け、白い灰になろうとしていたら、後ろから声がかけられた。
「これは一体何の騒ぎかな?」
顔に傷がある白髪の老人が、いつの間にかカレンの後ろに立っていた。その老人は紋付の羽織袴を着ており、昔の武士のような恰好をしている。そして、老人の付き人と思われる黒スーツの男性が、クロマルを抱きかかえて立っている。飛んで行ったはずのクロマルを、なぜか抱いている。
クロマルはカレンに触手を伸ばすとこう言った。
『やぁカレン! 無事に帰ってきたよ! この人が信のお爺さんなんだって! さっきそこで会ったんだ!』
クロマルは朗らかに念話を飛ばした。
カレンはその念話を聞いて、目を開けたまま気絶した。




