80 父の実家2
巨大な門をくぐり目に入ったのは、竹、竹、竹。
屋敷の庭は、剣山のように伸びた竹で覆い尽くされていた。頭上には竹の枝葉が重なり、かすかな木漏れ日が信たちを優しく包み込む。
門から庭に入ると、竹林を突っ切って、石畳がまっすぐに伸びていた。風情のある石畳なので、出来ることならゆっくりと竹林を散歩しながら進みたいが、千景がいるのでそうも言っていられない。信は千景をあまり揺らさないように、ゆっくりと車を走らせた。
ポポやクロマルはとても外に出たがり、車の窓にべったりと張り付いたが、なんとか我慢してもらった。
★★
しばらく車を走らせ、信たちは屋敷の前に到着。
屋敷は大正時代にでも作られたのか、ものすごくレトロな見た目をしていた。しかし、朱色に塗られた外壁が神々しさを際立たせ、まったく古さを感じさせない。
信は車を屋敷の玄関近くまで移動させ、全員で降りる。
「信君、この家、すごすぎるよ」
カレンは目の前にそびえ立つ、文化遺産みたいな建物を見て、委縮する。
「なんていうか、歴史があるお寺みたい。私みたいな下級ハンターがお世話になっていいのか心配になるよ」
カレンは言いながら、信と一緒に千景を車から降ろす。ストレッチャーに寝かせたままなので、移動は比較的楽にできる。
車から降りたポポとクロマルはと言うと、屋敷の近くにあった池を眺めていた。赤い橋がかかった、豪華な池だ。新鮮な流水が常に流れており、池の中は透き通っている。しかも池には、巨大なニジマスが何匹も泳いでいた。ポポはよだれを垂らしてニジマスを眺める。焼いて食えば、最高に美味いだろう。
クロマルはポポの横で池の水をがぶ飲みしている。山から引いた天然水だからか、魔力も豊富だ。クロマルはここぞとばかりに池の水を飲んで魔力を補給していた。
信たちが屋敷に入る準備をしていると、インターホンで話していた使用人、植木弥生が現れた。真っ黒いスーツを着て、腰に拳銃を下げている。スレンダーな体をしており、少年に見えるが、女性の使用人だ。
「信さん。すごく、すごーくお久しぶりです。会うのは、何年ぶりですかね? 信さんはこの家を嫌っていたのに、よく来れたですね。私はびっくりですよ」
顔を合わせて早々、嫌味を言われる。彼女は分家の者だが、植木の伝統を大事にしている。
「まぁ、いろいろとありまして。申し訳ありませんが、祖父と会わせてください。早急に」
「今はおりません。夕方お帰りになられますです」
弥生は変な口調でしゃべるが、祖父がいないと聞いて、信はホッとする。
「ならちょうどいい。今ここで無駄な話をしなくて済みます。別棟にある魔法研究所の設備を使わせてもらいますよ」
信の尊大な物言いに弥生は顔を引くつかせるが、スライムたちが近くにいたのでグッとこらえた。
ポポはニジマスを池から取ろうと必死になっており、何度か池ポチャしていた。触手を振り回し、ポポが池の中を荒しまくっていたが、弥生はその行動を無視する。また何かを壊されたらたまらない。
一応、ポポの近くにいたクロマルは、「人んちの池を荒したら怒られるよー。やめなよー」と言っていたが、言うだけでポポを止めようとしなかった。
「良いでしょう。幸太郎様から仰せつかっておりますからね。ですが! 私はあなたを認めていませんし、許した覚えもありませんです。本来、この家の敷居を跨ぐことは出来ません。それを肝に銘じておいてください」
「そうですか。その話はまた後程聞きますよ。今は急ぎますんで、通してもらいますよ」
信はそう言って、弥生との話を打ち切った。カレンはそのやり取りを近くで聞いていたので、かなり気になる。弥生は信に対して、何らかの恨みがあるように喋っていたからだ。すごく気になったが、家族の問題なのでカレンは何も聞かないことにした。
「カレンさん。ポポとクロマルを頼みます」
「え? ポポちゃんまで? いいの?」
「俺は大丈夫ですよ。この家で殺されるなんてことはありえませんからね。問題はポポとクロマルなんで、しっかりと面倒をお願いします」
「面倒を見るのはいいけど、私はこれからどうすれば? 何か手伝う?」
「いえ。あなたはこちらへ。お客様ですので、お部屋にご案内します。何もしなくて結構です」
弥生は丁寧に頭を頭を下げるが、言葉にとげがある。弥生にとっては、カレンも招かれざる客のようだ。
★★★
カレンは信と別れ、別室へ移動する。屋敷の中は想像通り、昭和、いや大正時代の香りがする、レトロな内装だった。ゼンマイ式の時計が壁にかかっているし、間接照明も古い水銀灯だ。水銀灯の製造はかなり前に中止されているが、在庫が残っているのか、この屋敷では現役で稼働している。
カレンが案内された部屋は20畳程度の和室で、窓から美しい竹林の庭が見えた。この和室には囲炉裏が備え付けられており、スモークされた干し肉が土産にと置かれている。見たところ、ここは完全にゲストルームだ。
「夕食は七時からです。何か入用があればすぐに用意します。そちらの黒電話から申し付けていただければすぐに係りものが参ります。ではごゆっくり」
弥生はそれだけ言うと、部屋を出ていく。ガチャリとドアノブから音が聞こえたので、外からカギをかけたようだ。カレンはドアノブをひねるが、案の定閉じ込められていた。スマホも圏外になり、外界と隔絶される。
「うーむ。なんなんだろこの家。すごく素敵だけど、閉鎖的というか、息苦しいというか。本当に信君のおじいさんの家なのかな? 幸太郎さんはものすごく開放的だけど、この家は違うみたいだ」
カレンは持ってきた部屋着に着替えると、置かれていた茶葉で緑茶を作り、飲んで時間を潰す。
ポポは旅館のような部屋に来てものすごくはしゃいでいたが、それは最初の五分だけだった。冷蔵庫にあった茶菓子とジュース、土産用の干し肉を食い尽くすと、すぐに飽きて外に出て行こうとする。
クロマルもこの屋敷の内部に興味があるのか、ドアのロックを解除しようと何やら魔法陣をドアに描いている。
「こらあんたたち。勝手に動くと怪我するよ。ここは信君のおじいさんの家だけど、私たちは敵扱いされているんだ。信君が戻ってくるまで動かないこと!」
カレンはポポとクロマルに言い聞かせるが、黙って言うことを聞くわけがない。
ドアが開かないので、ポポは窓を開けて飛び出ようとしたが、なんと窓が開かなかった。ここにも鍵がかかっていたのだ。
「鍵穴がないから、多分魔法鍵ね。ポポちゃん。あきらめて寝たら? 七時になったらご飯だっていうし」
ポポはぶんぶんと左右に体を振る。カレンには理解できない行動だったが、ポポは信に会いたいようだ。
クロマルは一時間ほどドアロックの魔法陣を描いていたが、どうにも埒が明かない。かなり手の込んだ魔法鍵のようで、クロマルの技術をもってしても開けられなかった。ドアを破壊するのは簡単だが、これ以上物を壊すと信に迷惑がかかる。それは避けたい。
ポポも空調の穴から移動できないかなど色々と試したが、どうにも外に出られない。完全に密室になっていて、出られないポポは頭に来て跳ねまくる。ピンボールのようにバンバン跳ねる。
「ちょっとポポちゃん! 静かにしなさい!」
クロマルはというと、最終手段、トイレから流されるという方法を考えていた。行きつく先はうんこがまみれる下水なので、さすがのクロマルもそれは避けたい。どうにかスマートに部屋を抜け出せないか考えていると、ドアをノックされた。
ゼンマイ式の壁時計を見るが、まだ夕方の五時だ。千景の看護を終えて、信が戻ってきたのだろうか? ご丁寧に魔力遮断の結界まで張られているので、ドアの向こうに誰がいるか想像がつかない。
しつこいくらいにドアを叩かれたので、カレンは返事をした。
「誰ですか? 鍵をかけられたんで、中からは開けられないんです」
カレンがドアの前で言うと、ガチャガチャと何かやっている音が聞こえた。ドアのカギを開けているらしい。
数秒してガチャガチャ音が消え、ドアがゆっくりと開かれた。
この屋敷の使用人か、それとも信か。何か用事があってこの部屋に来たんだろうと思ったが、ドアの向こうにいたのは予想を超えた人物だった。
「テッテレー♪ ドッキリ大成功! ティアだよーん」
ドアの向こうには、巨大な水色スライムがいました。どうやって潜入したか分かりませんが、そこには伝説のマスタースライムがいたのです。
「ちょっとティア!! どうしてここに!?」
カレンは大声を出して驚くが、ティアはすぐにカレンの口をふさぐ。
「そこまで大声出したらバレルでしょ? せっかくメタルギア〇リッドのように、ダンボールかぶって潜入してきたんだから」
ティアは二層式洗濯機のダンボールをカレンに見せた。どうやらこのダンボールをかぶってここまで来たらしい。
「二層式って、よくそんなダンボール見つけたね……」
カレンはティアの行動にあきれ果てる。
「さ! みんな行くよ! この屋敷を探検だ!」
ティアはエイエイオーと、触手を上げた。ポポとクロマルも、ティアと一緒に触手を上げる。三色のスライムたちはノリノリである。
「はぁ。この子達って、自由すぎるわ」
カレンがため息をついて、二層式洗濯機のダンボールをかぶった。すぐに見つかるかと思ったが、ティアの偽装魔法で全然ばれなかった。




