表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
8/89

8 ギルド長の秘密

 突き当りのギルド長室につくと、木製の扉が見えた。


 扉には魔法陣が描かれている。魔法陣は青く明滅しており、何かの魔法が起動しているようだ。


 香澄が信に小声で聞く。


「お兄ちゃん、あれ何の魔法文字?」


「知らない単語も多くあるけど、古代ガリア語だろう。起源魔法の一つで、とても力がある。多分、この扉には結界魔法が常時発動してる」


 信は魔導学専攻の、学者の卵。魔法言語や魔導機械は詳しい。分かる単語だけだが、描写パターンなどから、信は結界魔法だと推測した。


 信の言葉を聞き逃さなかった、バネッサは感心したように言った。


「古代ガリア語をご存じなのですか? さすが幸太郎様の御子息」


 信は褒められて嬉しくなるが、これだけ厳重な結界はなかなかない。ポポを無事連れて帰れるか不安になる。


 香澄は「へぇ~」と聞くだけで、何の警戒もしていない。香澄は魔法は得意なのだろうが、危機的意識が少し薄い。それだけここのギルドが安全だと知っているからかもしれないが、あまりに無防備だ。


 ギルド長がいくら幸太郎の知り合いでも、信からすれば赤の他人。子供の時以来会っていない人物である。


 もしもの時を考えて、信はいつでも“切り札”を引けるようにしておく。 


 バネッサは扉に軽くノックをして、信達を連れて来たことを報告する。


「来たか。認証用のファクターを通し、入りなさい」


 すると部屋の中から声が響いた。バリトンボイスで、非常に聞きやすい声だ。


 分かりましたと言って、バネッサはドアから一歩下がる。彼女は中指にはめ込んだ指輪を、ドアの前にかざす。


 指輪は、簡素な鉄のリング。信が見たところ、魔鉄鉱で出来たリングだと分かった。


 その指輪は魔力を含むと青色に輝き、ドアの魔法陣と共鳴。明滅が激しくなり、ガチャリとドアから音がする。どうやら鍵が開いたようだ。


「ずいぶん厳重なんですね」


「ええ、ギルド長室ですから」


 バネッサが失礼しますと言って、中に入る。信達もそれに続き、挨拶をして入っていく。


 部屋の中は普通の執務室、いや、事務室である。


 木製の机と本棚があり、コピー機やシュレッダーなどが備え付けられている。ギルド長の執務室というよりは、ただの事務室という感じだ。


 ギルド長は椅子から立ち上がり、笑顔で信達を見ていた。


 ギルド長は片腕が機械式の義手で、背の高い男性だった。整えられた髭が素敵で、シルクハットとステッキを持たせれば、非常に似合う紳士となるだろう。


 部屋の中にはギルド長以外に、一人の女の子がいた。パソコンデスクの前に座り、キーボードを高速で叩いている。


 ジーパンにパーカーという、ラフな格好である。年齢的には香澄と同世代に見える。ギルド長室にいるような女の子ではない。


 彼女は真っ白な髪に、真っ白な肌をしていた。瞳が真っ赤に輝いており、無表情でパソコンを見ていた。部屋に入ってきた信達には見向きもしない。


 そんな無表情の彼女に、信は真っ先に気づく。


 え? あの子って……? まさか?


 信は彼女を見て、大学で習った殺戮兵器を思い出した。


 あの瞳と肌の色、髪の毛、そして魔力……。大学で見たものと同じだ。


 見間違いじゃなければ、あの子。


 人じゃない。


 信は見えた。彼女の瞳に輝く、赤い死者の魔力を。


 信は大学の研究室で見たことがある。彼女と同型ではないが、見たことがある。


 すでに“稼働は停止していた”が、大学で厳重に保管されていた。


「挨拶をしなさい、エヴァ」


 彼女はギルド長の俊也を見て、信を見た。その後に抑揚のない声で挨拶をする。


「こんにちは」


 無機質な顔で、彼女は頭を下げた。ボブカットの白髪が、柔らかに揺れた。


 信は知っている。彼女は歩く死者。戦争時代の遺物。人殺しの殺戮兵器。


 彼女は、ホムンクルスだ。


 なぜこんなところにいるのか。動いているのか。


「ようこそ、信君、香澄ちゃん。待っていたよ。久しぶりだね。小学生の時以来か? 香澄ちゃんは以前にあったけど、信君は本当に久しぶりだ。それと、幸太郎から話は聞いているよ」


「お久しぶりです、俊也さん」


 信と香澄は挨拶をする。香澄はギルド長の前だからか、少し緊張しているようだ。直立不動になっている。信はホムンクルスのエヴァをじっと見ている。


「信君、君の表情から察するに、エヴァの事は気づいたようだね? 後で説明するよ。その前に、幸太郎から言われていたスライムが見たいのだが?」


「あ。失礼しました。今見せます」


「すまないね。わざわざここまで呼びつけて、その上スライムを隠して持ってこさせて。本来なら一階の受付で飼育許可証を発行するんだが、魔物が魔物だ。国の審査もあるが、私が見よう。そのバックの中かね?」


 信は「はいそうです」と言って、ドラムバックからポポを出した。


 窮屈なドラムバックで息苦しかったのか、ポポは勢いよく外に出た。ポポは周りキョロキョロと確認すると、ギルド長へ触手で挨拶した。


 こんちゃっす。


 非常にフランクで、スライムとは思えない。相変わらずのポポクオリティーである。


 スライムに挨拶され、俊也は感動。


「おぉ!! 挨拶まで! 君がそうか!! スライムか! よく来てくれた!!」


 俊也はまるでポポを人間であるかのように接する。


 まったく邪気が感じられないギルド長、俊也。子供の用に目を輝かせてスライムを見ている。


 ポポもそんな俊也の心を感じ取ったらしい。怯えや恐れなどがない。俊也を見てピョンピョン跳ねている。


「初めまして。君が幸太郎の言っていた、ポポ君だね? 私は佐々木俊也。ギルド長をしている。よろしく」


 俊也はポポがスライムだというのに、まったく物怖じしない。非常に友好的に接する。俊也はなんとスライムに握手を求めはじめた。


 ポポもポポで、握手がなんなのか理解している。俊也の左手を握り、ぶんぶん振った。


「おお、おお! まさかとは思っていたが! 素晴らしいよポポ君!」


 何やら俊也とポポは気が合うようだ。


 一緒に部屋へ入ったバネッサは信達の後ろに控えていたが、驚きを隠せない。


 まさかスライムが? 本当に? と言った表情をしている。バネッサは野生のスライムを見たことがあるのだろう。彼女が知っているスライムと、目の前にいるポポが違いすぎるようだ。


「にわかには信じられませんが……まさかスライムが」


 信もそれは同意する。魔物知識が浅い信ですら、理解できる。ポポは奇跡のような存在だ。


「信君、エヴァの事もある。許可証を出すのはもちろん構わないが、まずは見てもらいたいものがある。私についてきてなさい。香澄ちゃんも来ると言い、もしかしたら君に懐く子がいるかもしれない」


「なつく子?」


 香澄と信は理解が出来ないが、俊也の後をついていく。


「少し狭いが、ここから行くんだ。我慢してくれ」


 執務室の角には小さなエレベーターがあり、信達はぎゅうぎゅうになって乗り込む。


 エレベーターでさらに地下へ降りると、そこには面白い世界が広がっていた。


 地平線が見えるような、大草原が広がっていた。


 森や湖もあり、沼地もある。空はどうやったのか、人工的な太陽が昇っている。


 信と香澄は唖然とする。人工的な立体映像だろうか? 信はしゃがみ込んで草や土に触れるが、本物だった。


「信君。ここはダンジョンのセーフフロアさ」


 セーフフロア?


「安全地帯ってところさ。私が偶然見つけてね。空間が拡張されていたんだ」


 ギルドの下にはダンジョンが広がっている。


 ハンターがダンジョンで狩りをするためだ。


 ダンジョンは国が管理しており、民間企業のギルドに委託されている。魔物の発生はギルドが抑制し、ハンターが駆除する。ハンターはダンジョンで出る鉱物や魔物の素材や食材、宝を得ることが出来る。


 信はギルドの下にダンジョンが広がっていることは知っていたが、こんな裏口があることは知らなかった。しかもセーフフロアなる場所まで存在することは、全く知らなかった。


「ここはね、私がもらったんだ。ここのフロアが私には宝だったからね」


「宝ですか?」


「ああ、今呼ぶよ。みんなー!!」


 俊也が叫び、ファクターで火の玉を打ち上げる。すると、空、地上、地中。水生成物以外の魔物が、集まってくる。


 一体どこにこれだけいたんだというくらい、集まってくる。


 信と香澄は圧倒される。集まってくるのは、強力な魔物たちばかり。人間に懐かないと言われる種も多くいる。


 グリフォンが初めに到着し、次はスレイプニール、サラマンダーや、大ミミズ。サイクロプスやキマイラまでいる。


 強い魔力を持つ魔物が多く集まり、ポポも大興奮。ポポのジャンプが一メートルを超えている。


「幸太郎から聞いているか分からないが、私はテイマーだ。そしてここにいる子たちは、私の従魔たちだ」


 従魔。ここにいるすべてが。すごい。もしかして、この空間をスライムのポポに見せたかったのか? だから初めて来たのにここを見せたのか?


「大丈夫だ。ここにいる子たちは皆優しい。危害は加えない。ただ、知らない人間は彼らも怖いんだ。彼らは、捨てられた子たちだから」


「え? 捨てられたとは?」


 信が聞くと、それは後ろに控えていたバネッサが答えてくれた。


「ここにいる魔物は、ハンターが従魔を残して先に死んだり、虐待されていた子たちです。ここの子たちは、人間に慣れていて、ダンジョンには戻れなくなった子たちなんです」


 え?


「私はね、魔物を保護しているんだ。ハンターが魔物を狩るのに、魔物を守ろうとするギルドマスター。ははは。矛盾しているだろ? でもね。私はテイマーだ。魔物の味方だ」


 香澄もギルドマスターの言葉に驚いている。ハンターを募集し、魔物を駆除するギルドが、魔物を守ろうとしている。そんなことがあっていいのか。


 香澄は何かを言おうとしたが、一匹の魔物が香澄の足もとに寄ってきた。


 片目を失った、大型のキラーウルフだった。


 キラーウルフは香澄の匂いを気に入ったのか、しきりに香澄の足にすり寄っている。


「え? ちょっと」


「おや? どうやら気に入られたようだね」


「え? そんな、気に入られただなんて」


 香澄は慌てるが、キラーウルフは尻尾をパタパタさせている。


「言っただろう? なつく子がいるかもしれないと。みんな、愛されることに貪欲なんだ。ここはセーフフロアと言ったが、特に何もないさびしいところだ。食べ物はあるが、楽しいことなどない。一度従魔になった魔物は、虐待されても人間が好きなんだよ」


 香澄は片目を失ったキラーウルフを見る。真っ黒で、モフモフな狼だ。片目の深い傷を見ると、過酷な環境で生きてきたことがわかる。


 香澄はキラーウルフを撫でると、グルルルとウルフは唸った。気持ちいいらしい。


「でも、私はキラーウルフなんて上級の魔物、従魔になんてできませんよ?」


「別に従魔にしなくてもいいさ。ペットでもいいし、無理ならここに遊びに来てくれるだけでもいい。そうすればウルフに限らず、みんな喜ぶ」


 グリフォンや、スレイプニール、たくさんの魔物が香澄を見つめていた。みんな、楽しいことをしたくてうずうずしている。ハンターと冒険に出かけられる日を待っているようだ。


「そうですか。ギルド長がそういうなら」 


 香澄はウルフをモフり続ける。


 ポポは香澄とウルフの事を見ていると、我慢できなくなったらしい。信の頭に飛び乗ると、触手を伸ばして信をグルグル巻きにする。


「うわ! なんだ。ポポ、やめろ。動けないじゃないか!」


 ポポは触手で信の体を撫でさする。ポポの精一杯の愛情表現だった。


 俊也はポポと戯れる信を見て、終始笑顔だ。


「私はね、彼らを保護し、研究している。どうやれば人と魔物が暮らしていけるかをね。犬や猫ですら殺処分される世の中だ。魔物ならなおさらだ。戦争が終結して長い。魔物との付き合い方も考えなくてはいけない。我々人間がね」


 俊也はポポを見た。そして、無表情のホムンクルス、エヴァも。


 エヴァは、人間に作り出されたが、彼女も従魔契約が可能だ。人に使役されるために生み出されたのだから。


 俊也は、スライムであるポポに、新しい可能性を見出していた。


「信君。ここに招いたのはほかでもない。私の右腕として働いてもらいたい。もちろん、ポポ君も一緒だ。香澄君も、よければ私の力になってくれ。キラーウルフも、君を気にいったようだ。従魔契約も無料で行おう。どうかな?」


 信は俊也にいきなり言われ、困惑。こんな秘密のエリアに誘われた事自体、すごいことなのだ。今ここで答えを出せるような問題ではない。将来すら左右する一大事だ。


「分かっている。今すぐにとは言わないさ。後で構わない。そうだな。まずはポポ君を少し調べさせてくれ。もちろん、危ないことは一切ない。MRI写真や、採血などをするくらいだ。それから飼育許可証を出そう」


 信はポポに触手でグルグル巻きにされ、一瞬悩んだが、「お願いします」と答えた。


「ありがとう。私を信じてくれて。決して悪いようにはしない」


 俊也は重ねて言った。


「エヴァやここにいる魔物たちと仲良くしてほしい。もしかしたら君にもテイマーの素質があるかもしれない」


「僕にテイマーの素質が?」


「すでに君はスライムの第一人者だよ? テイマーの素質は少なからずあるだろう。ここの魔物たちも一緒に可愛がってあげてくれ」


 俊也はニコニコと微笑み、近くに寄ってきたグリフォンの頭を撫でていた。


「わかりました。それでいいかポポ?」


 ポポは信に聞かれ、シュパッと一本の触手を上げた。意味の分からない行動に見えるが、信には分かった。


「大丈夫みたいです」


「そうか。よかったよ」


 俊也は、スライムに懐かれる信を見て思った。  


 スライムがなつけば、危険な魔物がまた減る。愛くるしいスライムが人間に懐けば、人に対してのイメージアップになる。


 俊也はポポに可能性を感じた。 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ