75 作戦開始
会議は終了した。ティアの爆弾発言でどうなることかと思ったが、結局は信の力が必要だった。
ティアの心臓には限りがあるし、何個も何個も使っていたら、ティアの能力が落ちる。心臓が再生するには、最低でも一か月以上はかかる。ティアの心臓移植は、これで打ち止めとした。
会議も終了し、作戦は分担制となった。
「では幸太郎、この死んでいたホムンクルスは、こちらで押収する。証拠品としてこちらが手続きをしておく」
「頼みます俊也」
「それじゃ父さん。あたしと母さんは今まで通りでいいのね?」
「香澄はギルドで仕事をしないように。ボディガードにギルドから雷光という男が派遣されますが、彼に変な気を起こさないように」
「変な気って、そんなの起こさないけど、分かったわ」
「あら? 私はそのままでいいの?」
「構いません。香奈は私が守ります」
「まぁアナタ。ありがとう♡」
香奈は幸太郎に抱き着き、いちゃいちゃする。みんながいるのにお熱い夫婦である。
「では、幸太郎様。私とエヴァは俊也の護衛につきますが、それでよろしいのですか?」
バネッサが前に出て聞いてくる。
「そうですね。お願いします。ティアと信がホムンクルスを復活させたのち、証拠を押さえ、クランルームに突入します」
その言葉に、全員が返事をした。ばらばらの受け答えだったが、作戦は開始された。
★★★
ティアと信、ポポは、地下室の研究部屋に残り、作業をすることになった。どこで知識を得たのか、ティアはクロマルやポポ以上に魔装具に詳しい。そのうえ錬金術、魔法、科学に詳しい。
ホムンクルスの造詣も深く、製造すらしたことすらある雰囲気だ。これからどんな施術を施すのかと、黙ってティアを見ていた信は、度肝を抜かれた。
ティアは体内からビー玉のようなものを取り出すと、「ボクの心臓~!」と叫んだのだ。
取り出された心臓を見ると、とても臓器には見えない。良く言えば真珠、悪く言えばただのビー玉だ。それが生きている心臓とは誰も思わないが、これがティアの核、心臓なのだという。
これをホムンクルスにどう移植するのかと聞いたら、ただの力技だった。ティアは寝ている千景の胸をはだけさせる。現在、千景はシャツにレギンスという、どこにでもいる女子の格好だったので、服を破くのは簡単だった。
胸を露出させると、心臓のある部分に、触手をブッスリと差し込む。完全に殺害現場だ。
「ちょ! ティアさん!?」
信は目の前で行われた凶行に驚く。
「大丈夫大丈夫。これで弱った心臓を強くできる。ホムンクルスの寿命が延びるよーん」
ティアは千景の心臓に自分の核を打ち込んだ。なにやら魔法を唱え、移植させている。
「心臓の全交換ではない?」
「そんなこと出来ないよ。拒絶反応が出て即死する。だから、ボクの心臓を、このホムンクルスの心臓にくっつけてるの。いわゆる、寄生ってやつかな?」
「え?」
「スライムって、分裂して仲間を増やすのよ。ボクも分裂できるけど、自己増殖しないように自分で自分を管理してるの。それで、余った心臓がいくつかあって、切り離したの」
「それって、新しいティアが生まれるんじゃないの? 分裂させたってことだよね? この子は体を乗っ取られないの?」
「そうしないように、魔法をかけてこのホムンクルスに寄生させたの。宿主なしじゃ生きられないように、自分自身の核に命じたの。血液型も合うように変異させたし」
「そ、そうだったのか」
簡単に言うと、ホムンクルスの体に、スライムを寄生させたということだ。 治療と言っていいのか分からないが、これがティアの行ったことだった。
「あ。なんか疑ってる? ボクの施術に使った魔法、ものすごい高度なんだよ? 生きた心臓に寄生させて、共生させるには、ものすごい高度な魔法が必要なんだから! 拒絶反応が出ないようにする魔法も使っているし、簡単じゃないの!」
ティアはプンスカ怒っている。心臓にブッスリと触手を打ち込んでいるが、かなり繊細な魔法のようだ。
「そ、そうなのか?」
「いいから、信君はこの子の属性に合うように、作ったファクターを取り付けて! 血液を浄化させるには、信君のファクターが必要なの! ボクの魔法でも出来るけど、一時的な効果だから、信君のファクターを取り付けて!」
「は、はい」
信はティアに言われ、せっせとファクターの準備をする。採取した血液を分析し、魔法属性を探る。風属性なら、風属性の魔石を使用したファクターが必要だ。店で用意していたファクターを改造するだけなので、そこまで手間がかかるわけではない。オーダーメイドで造ってもよいが、今は間に合わせで事足りる。ティアの力があるので、信のファクターは補助的な役割で大丈夫だ。完璧なものでなくても良い。
ティアと信が忙しそうにしている中、ポポは何をしているかと言うと、カレーを用意していた。
カセットコンロをわざわざ持ってきて、店で作ったエリクサー入りカレーを温めている。ギャグなのかと突っ込みたくなるが、これはティアの指示だ。エリクサー入りカレーで、回復効果もかなり期待できるので、カレーを温めている。千景が起きたら、無理やりにでも食べさせる。食べなければ、カレーをミキサーにかけ、飲み物にしてでも飲ませる。
ポポはお玉を持って、カレーの鍋をグルグルかき混ぜている。地下の研究部屋に、カレーの匂いが充満している。
「信君。この子ってさ、肌を紫外線で焼いているけど、本当は違う色だよ。顔の化粧も落とせば、素顔が分かる」
「それは、身元が分かるってこと?」
「うん。この子、頭を切り取られて、ホムンクルスの体に移植されているね。神経や臓器とかも移植しているみたいだけど、ホムンクルスの骨格に、無理やり改造されているね」
「そうか」
信は、むごいことをすると心の中でつぶやく。ホムンクルスを見ると、スーパーで会った時同様、ヤマンバギャルのような風貌をしている。しかし、信はどこかで見たことがあると思っていた。
「そういえば、この子の名前、千景って言ってたけど、まさかな」
昔のクラスメイトに、雨宮千景という女子がいたことを思い出す。近藤と同様に、中学生の時のクラスメイトだ。かなり美人で、学校でのアイドル的存在だと記憶していた。まさかヤマンバギャルのような化粧をして、ホムンクルスに堕ちているとは夢にも思わない。
「この子の肌だけど、元に戻せるよ」
「え?」
「簡単だよ。人間だと別だけど、ホムンクルスの細胞は魔素に強いからね。新陳代謝を魔法で加速させて、ビタミンCを大量に投与すれば、古い細胞が自然と剥がれ落ちて戻るよ。無理やりだけど、身体強化魔法をかけて、元の姿に戻せるよ。どうする?」
「弱った体でそんなことをして大丈夫なの?」
「ボクの心臓が定着すれば、問題ないよ。ポポちゃんのカレーもあるし」
ポポは闇の魔法使いのごとく、鍋をグルグルかき混ぜている。
「じゃぁ、心臓の施術が終わったら、肌の色をもとに戻してくれよ」
「りょうかい~」
ティアは施術を続けた。
★★★
それから数時間後。
「そろそろ終わるよ。信君の方はどう?」
「俺のはもう少し時間がかかる」
「どのくらい?」
「半日はかかるよ」
「ふーん。仕方ないか機械を作ってるしね。まぁ、命に別状はなくなったし、何とかなるか」
千景はストレッチャーに寝たままだが、心拍も呼吸も安定している。血圧が高いのが問題だが、なんとかなるだろう。
「信君、頑張ってね」
ティアに応援され、ポポにカレーをもらい、信は作業を頑張った。
さらに丸一日が経過し、信のファクターも応急ではあるが完成。装着も完了した。
千景の肌の色も急激に変化し、垢となって古い細胞が剥がれていく。現在、千景は裸にされており、ポポがタオルを絞って体を拭いてあげている。
信は千景の体を見るのはあまりよろしくないということで、部屋の隅の方に追いやられている。
「まったく。父さんも容赦がないな。もともと助けるつもりなら、こんなになるまで追い詰めなくてもよかっただろうに」
信は千景の状態を見て、ぼやく。幸太郎も、まさかこのような状態になるとは思っていなかったらしく、仕方ないとは思うが、これはひどかった。
ポポが必死になって体を拭いてあげていると、横にいたティアが千景の寝言を聞き取った。うなされているらしく、かなりはっきりとした言葉でしゃべった。
「だ、だれか、た、たすけて」
その言葉は、部屋の隅にいた信も聞き取った。ティアと信の力が効いたのか、寝言でも言葉をしゃべれるまでに回復している。
目覚めるのは時間の問題だ。目覚めたら、なぜ襲ったのかその真相を聞かなければならない。信はそう思っていたが、千景の口から予想外の言葉が飛び出した。
「しんくん……ごめんなさい」
千景そう言った後、一粒、涙をこぼした。
「え? しんくん? 今、信君って言った?」
ティアは千景の言葉に疑問符を浮かべる。
信はその言葉を聞いて、「やっぱりそうなのか」とため息をついた。自分の予想が外れていてほしかった。昔のことなど、思い出したくもなかった。前を向いて頑張っているのに、いまさら過去のトラウマと向き合いたくなかった。
「信君? このホムンクルスと面識があるの?」
「まぁ、そうだね」
千景は近藤と一緒に、信をいじめていた主犯格だ。学校でアイドルだなんだと言われていても、陰湿な性格をしていたのだ。
「へぇ。縁ってすごいね。やっぱり、ポポちゃんが引き寄せるのかな? この縁は」
「ははは。そうかもしれない。妖精の導きってやつかな?」
ポポが来てから、いろいろなことが起きている。確かにこれは、ポポが導いてくれているのかもしれない。
「それで? この子とはどんな関係なの?」
「いや、知り合い程度だよ。名前も忘れるくらいのね」
信は嘘をついた。過去のトラウマはそう簡単に消えるものではない。
千景と近藤にいじめられたといっても、信は愛菜のおかげで立ち直っている。ポポが生まれ変わる前の、愛菜に助けられ、いじめも乗り越えている。
たまに出るビビりな性格や、暴力的なことはいまだに好きではないが、信はいじめを乗り越えている。
「なんだか、たすけてって、言ってたようだけど?」
そんなことを言われても信にとってはどうでもいい。ましてや、自分をいじめていた奴を助ける気になんてならない。命を助けてやっただけでも感謝して欲しいくらいだ。
これ以上はもういいだろう。あとは父親に任せるべきだ。自分には店の準備がある。
そう思っていたが、ふと、タオルを絞っていたポポが視界に入った。洗面器に入った水で、タオルをギュッギュと絞っている。
「ポポ。俺はどうすればいいかな?」
ポポは絞ったタオルで千景の体を拭くと、念話でこう言った。
『ここで助けないなら、信じゃない』
その言葉を聞いて、信は笑った。
信は、魔力欠乏症を治すためのファクターを作っているのだ。大勢の人を救おうとしているのに、嫌いだからと言って、一人だけ救わないのはおかしい。
「そうだな。ポポ、俺が間違っていた。いつも通りに力を貸してくれ」
ポポはシュバッと触手を上げて返事をした。
「あ! ボクもいるから! なんだか分からないけど! ボクもいるから!」
ティアもボヨヨヨンっと飛び跳ねる。
「分かった。ティア。出会ったばかりだけど、力を貸してくれ」
「了解!」
ボヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨン。




