74 みんなで会議
幸太郎は現在、植木家の地下室にいた。地下室には幸太郎の書斎と、研究施設がある。信がファクター開発に使う機材も多々置いてある。特に研究部屋は真っ白で統一されていて、すごく清潔感のある部屋だ。ここは幸太郎の引きこもり部屋でもあるのだが、今は違った。
幸太郎はその地下室の研究部屋で、一人のホムンクルスを見ていた。
ホムンクルスはストレッチャーと言う移動式寝台に乗せてあり、特殊な薬剤が入った点滴を投与していた。
ホムンクルスは、近藤を慕っていた、千景と言う個体だ。今は息をしているが、こん睡状態で、命の危険がある。呼吸も早く、心拍数が高い。このままでは死んでしまう。
幸太郎はどのように対応するか考えていると、一人の男が幸太郎に声をかけた。
「先に言っておくぞ、幸太郎。このホムンクルスは、多分目覚めないぞ」
ストレッチャーを挟んで、幸太郎の向かいに立っていた男性は、メガネをクイッと上げる。
「ニコラ。君の力でも無理ですか?」
白衣を着た長身の男性、ニコラは、千景の血液が入った試験管を手でつまむ。試験管を振って中の状態を見せるが、ドロドロになっていて色も黒い。
「幸太郎。これがこのホムンクルスの血液だ。ひどくドス黒いだろう? なぜこんなに色が黒いのか。どうしてこんなに瘴気を出しているか、分かるか?」
試験管の中にあるのは、もはや泥水。血液と呼べるものではなかった。重度の魔素切れだ。
幸太郎はその試験管を見て、すぐに理解した。
「魔力欠乏症ですか?」
「その通り。血中の魔力濃度が下がり、このような色になった。本来はここまでになることはないが、このホムンクルスは不完全体だった。人間の脳みそと心臓を使い、無理やりホムンクルスにしたんだ。どのような製造過程かは知らないが、不完全の状態で大魔法を連発した。ゆえに、機能を停止した」
ニコラは試験管を戻すと、今度はフラスコに入った千景の細胞を指さした。
「この細胞、もはや限界だ。こいつはもうすぐ死ぬ。ホムンクルスの寿命だよ。短命だったんだ」
ニコラは完全に匙を投げている。幸太郎も、ポポのタンポポを使用すれば治るのではと考えたが、処方の仕方が分からない。もしも霊薬として作り上げ、処方することができても、それが話せるレベルまで回復するかは分からない。
「私の知る限り、ニコラほどの錬金術師はいません。どうにかこの子を助けられませんか? 話を聞きたいのです」
ニコラはホムンクルスのことを知り尽くした錬金術師だ。白衣を着て、メガネをかけた、インテリ系の研究者だ。彼は高い魔法素養と錬金術を会得していて、幸太郎のクランに所属していた、かつてのメンバーだ。
「どうにかなりませんか?」
「はっきり言おう。無理だ。心臓を取り換えて血液を浄化するしかない。ここには代わりとなる心臓も無いし、今から心臓を作るには時間もない。こいつはじきに脳死する」
治せないものを治そうとしても無駄なだけだ。自然に身を任せる方が良い。ニコラは医者でもなんでもないし、ただの研究者だ。命を救えなくても仕方ないと割り切っている。
ただ、ニコラは選択肢を用意していた。
「俺ではこいつを治せない。だが、治せそうな奴に一人だけ心当たりがある」
「ニコラで治せないのに、他に治せる錬金術師が?」
「錬金術じゃない。ファクターだ。魔装具士だよ」
ニコラはメガネをクイッと上げる。
「魔装具士? それは誰ですか? 紹介してください。一刻も早くこの子の治療が必要だ」
幸太郎はニコラに問うが、ニコラが返した言葉は意外なものだった。
「なんだ。身近にいるのに知らないのか? 植木信。お前の息子だよ。俺は彼ほどの魔装具士は知らん。こと、魔力欠乏症にかけては、天才だ。救えるなら、信か、すぐに使える心臓を持った奴だけだ」
「信……っ!」
幸太郎はニコラの言葉で我に返った。そうだ。息子がいた。戦うことが得意ではなくて、ハンターに向いていない息子。ハンターの才能が無いと、祖父や親せきから毛嫌いされている、信だ。
信は、魔物を討伐したり、運動したりするのは苦手だが、唯一の才能がある。ファクターを作ることだ。
魔力欠乏症を治す、ファクターを作ることだ。
自分の血を分けた息子の力を、幸太郎は忘れていた。
「幸太郎がそんなことに気付かないなんてな。現役を退いて耄碌したか? それとも、生まれつきの落ちこぼれだと、息子のことは眼中になかったか?」
ニコラは信の才能を相当買っている。どこで信のことを知ったのか分からないが、ニコラは信を優秀な魔装具士だと思っている。
「ははは。人を褒めないあなたが、うちの息子を褒めてくれるとはね。なんだかうれしいですよ」
「まったく。俺は研究があるんだ。こんなことで呼び出すな。まずは家族の力を頼れ。お前の悪い癖だぞ」
幸太郎は家族に心配をかけまいと、昔の仲間を頼った。修羅場を何度もくぐり、命すら預けてきた、仲間を頼ったのだ。それはそれで悪くない手だが、最善の策ではなかったのだ。
「ありがとうございます。また助けを借りるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「今度はもっと面白い案件をもってこい。賢者の石を見つけたとか、そんな話だ。ホムンクルスなど見たくない」
「ははは。すみませんね。あなたの興味が引く話ではなくて」
「まったくだ」
ニコラは白衣を翻すと、「じゃぁな」と言って、地下室への階段を上って行った。
残された幸太郎は、ストレッチャーに乗ったホムンクルス、千景を見るとこう言った。
「信の力、借りさせてもらいます」
★★★
エリーナとクロマル事件のせいで、信とカレンが一時的に機能を停止した。
魅了魔法の後遺症が出て、数日は安静にしなければならなくなったのだ。後遺症と言っても、頭痛、吐き気、眩暈に倦怠感といったものだ。すべて軽い症状ではあるが、しばらく信たちはベッドとお友達になった。
このせいで、クロマルはしこたま怒られ、隠していたエロ本を没収された。
アラクネのエリーナも、信たちには悪いことをしたと反省していた。今後はユージーン同様、信たちをサポートすると言ってくれた。エリーナが出した糸も無料で分けてくれることになり、店の経営が盤石なものになっていく。
ユージーンの家を訪問してから、信たちが回復したのが三日後。その回復したタイミングで、会議が行われることになった。
植木家全員とユージーンにティア、カレンとクロマルを混ぜた、大がかりな会議である。もちろん、そこには円形脱毛症になったギルドマスター、俊也もいた。エヴァとバネッサも同席している。
ギルドも巻き込んだ会議だ。
今回の議題は、襲ってきたホムンクルスへの対応である。会議のメンバーを全員、植木家に召集させると、幸太郎は地下室の研究部屋に案内した。
そこでユージーンが声をあげた。
「素晴らしい。普通の一戸建てに見えたが、地下にはこのような施設があったとは。すごいぞ。まさに男のロマン。秘密基地ではないか」
「こらユー君! 勝手に触ったらダメでしょ!?」
ティアがユージーンの後頭部を叩く。その様子を、ギルマスの俊也とエヴァ、バネッサが見ていた。
そして、地下の研究部屋に全員を集める。クッキーや幸太郎が倒したホムンクルスが並べられた、地下の研究部屋だ。大量にホムンクルスの死体が並べられているので、死体安置所のように見える。
「みなさん、こちらに集まってください。話を始めたいと思います」
幸太郎は全員に呼びかける。研究部屋には大きなテーブルがないので、全員パイプ椅子に座ってもらう。研究器具を壁際に避けて、パイプ椅子を並べる。大きなホワイトボードも用意して、準備は完了だ。
信とポポだが、あまり目立たないように、隅っこの方に座った。カレンとクロマルもその隣に座る。
「まずはユージーンさん。信たちの力になってくれるということで、本当にありがとうございます。あなたの噂は聞いたことがありましたが、私が幼少時の頃で、記録もあまり残っていませんでした。こうして本物に会えるとは光栄です」
「いやいや。幸太郎殿の話もオーギュストから伺っている。今はオーギュストは別件でここにいないが、あなたには相当感謝していたよ」
「そうですか。そういってもらえると嬉しいです」
幸太郎とユージーンがゴマをすりあって話していると、娘の香澄が突っ込んだ。
「父さん。話しているところ悪いけど、ギルマスまで集めて、何をしようっての? それに、このベッドに乗っている人たちは誰よ?」
香澄は動かなくなったホムンクルスたちと、まだ息がある千景を指さす。
「そうねあなた。きちんと説明してもらいたいわ。家に死体があるなんて知らなかったわよ?」
「それについては申し訳ありません。いろいろと話すことがありますが、今回の主役は信です」
「え? 俺?」
信は突然声をかけられてびっくり。ポポは信の膝の上でせんべいを食っていたが、みんなに見られたので、ポポもびっくり。
「はい。信に、ホムンクルスを助けてほしいのです。魔力欠乏症を治すファクターを使って!」
信はその言葉を聞いて、ポカンとしてしまう。一瞬、父親が何を言っているか理解できなかった。
「え? それってどういうこと? ホムンクルスは俺の管轄じゃないけど?」
「それには理由があってですね、今から説明します。あなたの技術力がカギになるんです。では……」
幸太郎が集まったみんなを見て、喋ろうとしたその時。
「あ! ティアなら一発だよ! ティアの心臓を分け与えれば、きっと治るよ!!」
ティアは勢いよく触手を上げた。小学一年生が、先生に向かって手を挙げるみたいに、触手を上げた。
「え? 今なんと? 治ると言いましたか?」
「治るよ!」
ボヨヨヨン。
「ちょっと待ってください。心臓を分け与えるとは?」
幸太郎が聞くが、その場にいたエヴァが補足した。
「ティアは伝説のマスタースライム。心臓も10個ある。その心臓をホムンクルスに移植すれば、すぐに治る」
「え?」
幸太郎は意味が分からない。幸太郎は伝説のハンターと呼ばれていたが、そんなバカげたスライムは知らない。ポポも十分おかしいが、ティアはそれを凌ぐレベルだ。ティアの正体も、幸太郎はまだ知らない。ユージーンと幸太郎は、先ほど会ったばかりだからだ。
「ちょっと待ってください。それは本当ですか?」
「本当。私もティアの心臓で強くなった」
「大丈夫! ボクなら出来るよ!!」
「え……。今までの計画が……」
頭の切れる幸太郎も、予想をはるかに上回る状態となった。
ティアの力は、幸太郎が考えていたレベルの、遥か先にあった。
ギルマスの俊也を見ると、首を横に振って、「諦めろ幸太郎、このスライムたちには常識が通用しない」と目で訴えている。
信には天才的な才能があると、ニコラから言われていたのに、ティアの登場でその才能が無に帰った。
「父さん。結局、俺ってなにするの?」
信は幸太郎に聞いたが、さすがの幸太郎も黙り込むのだった。




