71 植木幸太郎の実力
植木幸太郎は一級魔法建築士だ。魔法技術を応用した建物を設計する。
魔法建築士は、土地の基礎に魔術式を埋め込み、地震や液状化現象に強い家を設計する。間取りや部屋の数によって、基礎に埋め込む術式の数や公式が変わってくる。幸太郎はその計算、設計を行う。
高い魔法技術と建築の技術が無いと出来ない。デザインよりも設備重視で造る幸太郎の家は、100年経っても劣化は軽微と言われる。
「あなた。コーヒーよ」
「あぁ。ありがとう」
そして、幸太郎には妻の香奈がいて、息子と娘がいる。昔はハンター家業をしていたが、今はハンター家業をしていない。昔の仲間、クランとのつながりはあるが、現在は普通のサラリーマンだ。
「今日はどうするの? 久しぶりにどこかへ出かける?」
「そうですねぇ。久しぶりに海を見にドライブにでも行きますか?」
「海? なら、釣り道具を持っていきましょうよ! ポポちゃんたちの為に、お魚を釣ってくるの!」
香奈は子供のようなはしゃぎっぷりで、幸太郎に笑いかける。
「釣りですか? そういえば、以前、香奈が海で溺れて、助けるのに苦労しましたよ? なにせこっちは車いすですからね」
幸太郎はコーヒーを啜りながら笑う。
「えぇ? だってあれは大物がかかったんだもの」
「そうですね。確か50センチの真鯛でしたか? あれはすごかったですね。私が魔法を使わなかったら、竿と釣った魚を回収できませんでしたね」
二人は思い出話に花を咲かせている。
「なら、釣り道具を用意するわ。まだあったでしょ?」
「ええ? 本当に行くんですか? ライフジャケットは捨てたんじゃなかったですか?」
「なら行きがけの釣具屋で買って? もちろん、一番いいやつよ!」
香奈はなぜか親指を立てて、幸太郎にウインク。
「ははは。これは大変なことになりそうだ」
★★★
幸太郎と香奈は海釣りの用意をし始める。信やカレンはお店の準備でいないし、香澄はギルドに行っている。ちょうど休日なので、久しぶりに二人きりのデートだ。
友達のように仲の良い幸太郎と香奈は、夫婦という感じはあまりしない。もっと、深い絆で結ばれた仲間のように見える。
釣りに出かける準備をしていると、オカメインコのクッキーが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「クエ! クエ!」
クッキーはテーブルの上に着地すると、翼を広げて不思議なダンス。何かを伝えようとしているのはわかるが、意味が分からない。
「どうしたの? ごはん?」
香奈はクッキーに好物のリンゴを与えると、クッキーは少し大人しくなる。
「クエーッピ! クエー、ピピピピ!」
リンゴの汁を嘴から飛ばし、クッキーは何かを警告している。窓の方に向かって翼を指し示し、何かが近づいていると、警告している。
「ふむ。香奈。釣りの用意をしていてもらえますか? すぐに戻りますから、お願いします」
「え? うん。すぐに帰って来てね」
幸太郎はクッキーを膝に乗せると、クッキーが指し示す場所に向かってみる。車いすを操作して、スイーッと移動する。パワフルなモーターを内蔵しているのか、人が走るよりも早い。
幸太郎が家の前に出ると、それはすぐ近くの道路にいた。数人の人影が見えたのだ。
「クエ! クエ!」
人影は、まっすぐこちらに向かってくる。
「ピッピッピ! クエ!」
クッキーが呼んだのか、道路の電線には大量のカラスや鳩たちがいて、うんこをばら撒いている。もちろん、ただの近所迷惑にしかなっていない。
「クッキーが見つけたのはあの人たちですか。主人のクロマルがいなかったので、私に伝えてくれたんですね? ありがとうございます」
クロマルは信の店にいる。ポポもいるし、カレンもいる。カラスたちから情報は逐一飛んでくるし、よっぽどのことが無い限り大丈夫だ。クッキーは、植木家の上空を旋回して見回りしていた。そこへ、不審な人物が近づいてきたのだ。
「ほう? 魔力や殺気を隠そうともしない」
近づいてくるのは、無表情な子供たち。瞬きひとつせずに、家に近づいてくる。
幸太郎は魔力探知の魔法を打ち出し、敵の人数を探る。家を取り囲まれているなら、香奈も危ない。近づく前に処理する。そして、リーダーが誰のなのか、探る。
「一人だけ動いていない人物がいますね。多分、こいつが黒幕でしょうか? ここから300メートル先の公園にいるようですが」
潜水艦のソナーのように探知できる幸太郎の魔法は、超高性能だ。周囲500メートル以上の魔力探知が出来る。
「クッキーにお願いなんですが、ここから一番遠い敵さんを倒してもらえませんか? 私は車いすなので、あまり早く動けないんですよ。正面からくる敵は私が倒しますので」
「クエ!!」
クッキーは片方の翼を上げて返事をする。幸太郎も、クッキーの正体は知っている。強いのはわかっているのだ。
「ではお願いします」
言うと、幸太郎は車いすを走らせた。敵がいるのは、家の周り50メートル以内。四方に囲まれているので、近い敵から始末する。一番近いのは、玄関から出て、15メートル前。住宅街の電柱の陰に隠れるようにして、一人の少年が立っている。陰になってわかりづらいが、ナイフを手に持っている。
「この感じ、ただの子供ではないですね。生気が感じられないが、まさか?」
幸太郎は相手を分析していると、子供が電柱から飛び出してきた。レインコートを着た子供で、フードを頭にかぶっている。中学生くらいの年齢で、性別は男の子。右手にはナイフがあり、幸太郎を殺そうとしている。
「私を狙っているのですか? いや、それとも」
ナイフを持って突っ込んでくる。周りに人がいないことを確認し、幸太郎はその子供に向けて手をかざす。
「すみませんね」
一瞬、幸太郎の手から光の筋が見えた。その光は向かってくる子供の頭に当たると、音を立てて爆ぜた。
突っ込んできた子供は、白目をむき、鼻血を出して倒れる。
風と雷の複合魔法で、音のない雷撃という魔法だ。幸太郎オリジナルの魔法である。
「ふむ。魔法抵抗値は高いようですが、複合魔法は通用しますね」
近づくと、目を開けたまま動かない。息もしていない。一瞬、殺したかと錯覚したが、子供はすでに死んでいた。最初から、死んでいた。
「アンデッドですか? こんな白昼堂々と?」
倒れた子供を見るが、フランケンシュタインのように継ぎはぎだらけだ。
「しかし、アンデッドにしては死臭がしない。この体、合成の人造人間? いや、ホムンクルス? しかし、この子は最初から死んでいるように見えますが……」
幸太郎はひとまず、倒した子供を収納魔法で収納する。本来は収納魔法を使用することは禁止されているが、幸太郎は黙って使用した。
「あと三人いますね。クッキーの方は問題みたいですし、こちらこちらで、狩りを始めますか」
幸太郎は居場所を特定すると、隠れもせず車いすを走らせた。彼は現役を退いたハンターだが、その強さは健在であった。
★★★
「馬鹿な! ホムンクルスが倒された!?」
公園のベンチで、近藤は驚愕していた。
近藤はタブレットを持って、ホムンクルス達に命令を出していた。ロボットと変わらないホムンクルス達は、近藤の操作一つで自由に動く。千景の思念波を使用して動くが、タブレットを介して命令できるので、近藤は遠くからホムンクルスを操っていた。
タブレットには周辺の地図と、ホムンクルス達が見ている、ライブ映像が映っている。地図には赤い点がいくつかあり、それはホムンクルスが機能停止した色だった。
「8体もいたんだぞ! クソ! 魔法耐性も物理耐性も高いホムンクルスが、こんな短時間でやられるなんて、ありえねぇ! 誰がやりやがった!!」
「私ですよ」
「な!?」
「あぁいや、私以外にクッキーという鳥がいるのですが、その鳥もホムンクルスを排除したみたいです」
「ふ、ふざけるな! 鳥だと!?」
「そうです」
幸太郎はわずか5分でホムンクルス4体を倒し、近藤がいる公園にやってきた。
「あなたが黒幕ですか? こんな公園で堂々と人殺しを命令するとは、なかなかの悪党ですね」
「人殺しだと? 違う! 俺が殺したいのは信の野郎だけだ! 俺はまだ誰も殺しちゃいねぇ!」
「信を殺す?」
「あぁそうだ!」
「人を巻き込みそうな公園にいるにもかかわらず、殺したいのは信だけだと?」
「う、うるせぇ!」
ここは小さな公園だ。遊具が一つ二つある程度の、住宅街の公園だ。今、この公園に子供たちはいないが、ここで騒ぎを起こすのはまずい。いつ人が来るか分からない。
「まだあなたの隣に一体いますね。少し他のホムンクルスとは毛色が違うようですが?」
「ち、千景は関係ねぇ! ちくしょうが! こんな化け物、相手にしたらこっちがやられる! 逃げるぞ千景!」
近藤はベンチから立って、ホムンクルスの手を取るが、幸太郎が逃がすわけがない。
「動かないでください。下手をすれば死にますよ」
手を近藤に向けてかざす。音のない雷撃を放つつもりだ。
「千景! 転移だ!」
ヤマンバギャルの風体をした千景は、無表情で返事もしないが、言われて魔法を発動させる。近藤の足元に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「転移? 転移魔法ですか?」
幸太郎は少し驚いたが、大したことはなかった。すぐにフィンガースナップ(指パッチン)で指を鳴らす。すると、転移の魔法陣が一瞬で掻き消えた。
「なに! 転移がキャンセルされた!?」
近藤は驚愕しているが、何のことはない。一級魔法建築士である幸太郎は、建物に転移禁止の術式を施すのが常だ。国の法律でもあるので、転移魔法禁止の術式は、幸太郎の十八番だ。
「逃がしませんよ」
「し、信じられねぇ。何もんだてめぇは。信の仲間か?」
「信の仲間? 違いますよ。父親です」
「父親だと……」
幸太郎は近藤に近寄るが、千景が割って入った。
「逃げ……て……」
今まで一言も喋らなかった千景が、急に喋った。近藤を守ろうとしている。
「千景!? おまっ……!」
「バイ……バイ」
近藤は何か喋っていたが、千景の転移魔法で消え去った。近藤は運よく逃げることが出来たのだ。
「ほう? 瞬間転移ですか?」
瞬間転移は、転移系でも上位に値する魔法だ。幸太郎が魔法をキャンセルするよりも早く、相手を転移させることができる。
「まさか、ホムンクルスがこんな高度な魔法を使えるとは思いもしませんでしたよ。失敗しました。ですが、あなたは逃がしませんよ。すでに転移不能の結界を公園に張りました」
「…………」
千景と幸太郎は向かい合うが、実は千景の魔力が尽きていた。
ホムンクルスへの命令も千景の思念波を介して行っていたし、転移魔法を立て続けに使用したので、魔力が限界だった。彼女は意識を失うと、その場に倒れこんだ。
「あれ? 終わりですか? ふうむ」
倒れた千景は動かない。近寄っても、完全に動きを止めている。幸太郎は彼女を見て思うことがあったが、とりあえずホッと一息。
公園や近所に、人が歩いたり遊んでいないことが幸いした。こんな住宅街で大魔法を使われて、いつ何があってもおかしくなかった。
「そろそろ本気でまずいかもしれませんね」
幸太郎は倒れた千景を収納魔法で収納すると、クッキーと話し合い、その後自宅に帰った。
★★★
「あなた? クッキーちゃんは?」
香奈は釣竿を持って待っていた。
「クッキーならクロマルの所に行きましたよ」
「クロマルちゃんのところ?」
「えぇ。なにやら報告があるみたいです」
「そうなの? 何かあったの?」
「何もありませんよ。ちょっとしたカラスたちの集会に招かれただけです」
「カラスの集会?」
「クロマルのお友達です」
幸太郎はごまかすが、香奈は腑に落ちない顔をしている。
「今日はドライブと釣りはやめる?」
「大丈夫ですよ。行きましょう。せっかくの休日です」
「そうなの? 本当に? 無理はしないでね?」
幸太郎は大丈夫だと言って、釣り竿を持ってあげる。
「ポポちゃんに大物を取ってきましょう」
幸太郎は香奈を安心させるため、ドライブに向かう。ホムンクルスの一件は、すでに幸太郎の仲間に連絡してある。回収したホムンクルスも引き取りに来る手はずだ。唯一千景だけは生きていたので、あとで幸太郎が尋問するつもりだ。とりあえず収納魔法で監禁状態なので、問題ない。
「では、久しぶりにドライブに行きましょうか」
幸太郎は香奈の手を握ると、心配させないように笑いかけた。
25日の投稿に失敗しました。




