70 信の店2
ティアが信のお店へ開店準備の手伝いにやってきた。
すでに改装作業と清掃の引き渡し作業は終わっている。
今は商品を並べたり、インテリアを置いて飾ったりしている作業だ。
厨房の方ではカレンが料理の練習をしていて、コンロの火加減を確かめている。料理のメニュー作成や、注文の取り方、レジ打ちの仕方などなど、余念がない状態だ。
ポポはカレンの手伝いで、カレーを作っている。無水カレーを作っているようで、ポポは真剣な表情だ。顔はないが、真剣な表情だ。眉間のあたりにシワが寄っている。
手伝いに来たのはエヴァとティアだけではない。素敵なステッキを持った、老紳士のユージーンも一緒だ。
彼らはさっそく店の中に入ると、ぐるりと店内を見て回った。一通り見て回り、ユージーンは言った。
「意外と木が多く使われていて、温かみがある」
「それは違う。この店の壁や床に使われているのは、木ではない。木目調のシート」
エヴァは魔眼で解析したのか、ユージーンに教えてあげた。
「なんと。フェイクだったか。すっかり騙されたよ」
「ちょっとユー君! さすがにズバッと言いすぎじゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ!」
ティアが仲介に入るが、すでに遅い。案外ユージーンは、歯に衣を着せないタイプらしい。ティアも結構ドSなところがあるが、ユージーンも中々ひどかった。信はそれを聞いて何とも言えない気持ちになる。
「ふむ。だが信君。内装は悪くない。アットホームな雰囲気がある」
「ははは。それはどうも」
信は苦笑い。内装や設備に関しては、普通としか言えない。開業資金も思いのほか使っているし、ギルドでもらった報奨金もかなり使った。
「そんなことよりも、ポポとカレンの方から、いい匂いがする」
店の内装や、信が作ったファクターよりも、エヴァとティアは気になったことがある。
スライムが作った、カレーだ。ポポが作っている、無水カレーである。
二人は作っているカレーを食べたいと言って、ポポにおねだり。快諾したポポは、カレーを小皿に取り分けてあげると、エヴァとティアに渡した。
二人は野菜と肉がゴロゴロ入ったカレーを、試食する。
肉は、口に入れただけで溶けた。
「おぉ……。深いコクがある。ポポ。腕をあげた」
「お、おいしい」
彼女たちはポポのカレーを大絶賛。ポポは隠し味にタンポポの花びらを入れたらしく、エリクサー並みの回復力を持つカレーが出来上がっていた。以前、植木家で作られたカレーよりも、さらにおいしく、さらに回復力が高いカレーだ。
「これ、メニューに加えるの?」
ティアが聞いた。ポポは体をL字に折り曲げて、うなづいた。
スライムがカレーを作るなどとんでもないが、作り置きしたカレーならば、誰が作ったか客にはわからない。エリクサーも入っていて、病原菌など一つもない。スライムが作ったとは誰も思わないし、問題ない。
……と、思うようにしている。
ただ、せっかくなので、客が見るメニュー表には『スライムカレー』と書いた。客には意味不明だが、スライムのポポが作ったカレーだから、スライムカレーだ。決してスライムが入っているカレーではない。
「スライムカレー。絶対に売れる」
エヴァは絶賛だ。ユージーンもポポのカレーを食べて、絶賛している。他にもスライムゼリーというポポ特製のゼリーがあり、もはやスライムなのかゼリーなのかわからないものを売ろうとしている。これもとてもおいしいと絶賛であった。
「やるわねポポちゃん。料理まで出来るなんて……。さすがボクのライバル」
「ふむ。どうやらポポちゃんは私たちの思っているスライムのようだな」
ユージーンは何かに感づいたようだ。それが何なのかは分からないが。
「信。それで、私たちは何を手伝えばいい?」
エヴァは袖まくりをして言うが、信はそんなことよりも気になっていることがある。
「手伝ってくれるのはありがたいけど、まず、そこの女性が本当にティアなのかどうか、証明してくれ。その喋り方から、多分ティアだと思うけど、念のため、証拠を見せて欲しい」
信はトレンチコートを着た男装の麗人を指さした。テヘペロしている、うざい女だ。見た目がクールでボーイッシュな女の子なので、舌を出してぶりっ子ぶるのはやめてもらいたい。
「信君! お母さんに教わらなかったの? 人に指をさしちゃダメなんだゾ!」
この喋り方を聞いた瞬間に、ティアと分かったが、一応聞いてみる信。
「すまんな信君。ティアのこの姿は、昔に生きていた、勇者の奥さんの姿でな。人間社会で生きていくために、仕方ないんだ。ほれ、ティア。もとにもどりなさい」
「はーい」
ティアはドロッと溶けて、スライムに戻る。一瞬の早業だ。知らない人が見たら。ホラー映像だ。
「この通り、師匠は人間に化けられる。すごいスライム」
信はティアを見て「マジか」と驚いている。
「ふふーん。どう? すごいでしょ。完全に人間だったでしょ!」
「さすが師匠」
エヴァはなぜかティアのことを師匠と呼んでいる。
「相変わらず信じられないことばかりだが、なんでティアが師匠なんだ?」
「ホムンクルスに詳しく、私の能力を底上げしてくれた。おかげで寿命も延びた。いろいろと教わりたいことがあった。だから弟子入り」
ホムンクルスの寿命は様々だ。長寿のタイプもあれば使い捨てタイプもある。エヴァは兵器として作られたが、戦闘機のような、繰り返し戦えるホムンクルスだ。どの程度の寿命かわからないが、長く生きられるのはうれしいことだ。
「これであと300年は動ける」
「なんだと? ちょっとまて。300年? それはどういうことだ?」
「師匠はホムンクルスの製造にきわめて詳しい。師匠の核を分けてもらって、心臓を強くしてもらった」
ティアの核? スライムの心臓のことか? まさかそんなことをしたらティアは死ぬんじゃないか?
「ボクは心臓が10個あるんだよ。しかも再生するから、死なないよ」
マスタースライムともなると、心臓が10個あるようだ。もはや化け物と言っても過言ではない。
「信君。ティアの人化した姿だが、誰にも言わんでくれ。幻惑の魔法で人化しなくても何とかなるが、レベルの高い相手には、幻惑魔法が通用しないのでね。ギルドには人化した姿で行く必要があるんだよ」
「こんなこと、誰にも言えませんよ。言ったところで信じてもらえない」
いろいろと突っ込みたいことはあるが、信は納得した。せざるを得なかった。なにせ、スライムのティアが目の前にいるのだから。
「それで、みなさん。お手伝いに来て頂いたというのは……」
「あぁ。そうだったね。エヴァとティアは肉体労働だよ。重い荷物などは彼女たちに任せると良い。私は信君と話し合いに来た。出資するための話し合いだよ。パトロンになるといっただろう?」
ユージーンのパトロン発言は本当だった。
「信君は個人事業主かね? 株式ではないんだろう? となると、出資ではなく融資かな?」
「ええまぁ。個人で開業届を提出していますが、本当に融資していただけるんですか?」
「当たり前だ。逆に聞くが、信君は誰にも融資を受けるつもりはなかったのかね?」
「回転資金の蓄えは、ギルドでもらった報奨金があります。カレンさんの分も合わせると、最低でも3年は店を維持できます」
「3年か?」
「成功するために店を出すのですが、あくまで実験的なものです。最初からうまくいくと思ってませんよ」
「そうか。ふうむ。それでは宣伝費に金をかけられないだろう?」
「ホームページの製作はプロの業者に任せましたよ」
「それだけではない。ラジオや動画サイトの広告費、新聞、雑誌、フリーペーパーの広告、チラシ配布。それらの宣伝費だよ」
「いや、さすがにそんなには無理です」
「信君の人生は急ぐ旅かね? それとも、ゆっくりした旅かね?」
旅? 何のことだ?
「もしも急ぐなら、金は必要じゃないか? 旅の目的地にすぐ辿り着く金が、必要じゃないか?」
ユージーンの瞳に強い力を感じる。普段はとぼけているが、やるときはやる老人だ。なにせ勇者の末裔だ。
「目的地にすぐ着くお金?」
「君には目標があるんだろう? 金を使わず辿り着ける場所なのかね?」
言っていることには感銘を受けるが、信はユージーンをいぶかしむ。無名の大学生に金を融資してくれるのはありがたいが、だからこそ怖い。何を考えているかわからない。
「ユージーンさん、あなたは一体? 失礼を承知で聞きますが、突然現れて、何が目的なんですか?」
信は不敵に笑うユージーンに聞いたが、返答はなかった。代わりに答えたのは、スライムのティアだ。
「大丈夫! ボクたちはポポちゃんの味方だよ~ん。信君たちへの協力、そこには何の見返りも求めてないよ!」
「見返りがない?」
「だって、ボク達は勇者に使える従者だからね!」
ゲームじゃないんだぞ。そんなバカな話があるか? なら、ポポはどう思っているんだ?
信はカレーを作っているポポを見ると、ポポはわかっていた。ポポは信を見ると念話を飛ばしてきた。
『ティア、ナカマ、だよ』
ポポは信を見て頷いた。ティアを信じて大丈夫だと。
ポポ。そうなのか? ティアを信じていいのか?
よくわからないが、ポポが良いと言うなら、大丈夫なんだろう。信はポポに全幅の信頼を寄せている。ポポの言うことなら信じられる。信は、ティアとユージーンは仲間だと、信じてみることにした。
「ユージーンさん。わかりました。お願いします。力を貸してください」
自分の名前は信だ。人間、疑うというこも必要だが、親にもらった名前に恥じぬよう、人を信じる心を忘れないようにしたい。
「ははは。いいだろう。いくらでも貸そうじゃないか!」
信とユージーンは力強く握手した。
一応言っておくが、クロマルは店の奥で、モップを振り回して遊んでいた。二重の極みの練習もしていた。それは秘密だ。
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