6 スライムと猫
植木家は朝食を済ませたのち、自由行動になった。特に家族でどこに行くとか予定はなかったので、みんな好きなことをし始める。
植木家の大黒柱は工房での研究もあったが、妻である香奈と買い物に出かけた。休日のデートというやつだ。子供が大きくなってもアツアツで、二人は仲が良かった。
長女の香澄は友達と約束があるということで、外に遊びに行った。
一人取り残された信は、スライムのポポがいる為、外出は禁止となった。明日、ギルドに行くことになり、そこで魔物の飼育許可証をもらう。そうしないと、万が一の時に言い訳が立たない。
故に、信はポポと一緒にお留守番となった。
信も信で、ファクター(魔装具)の研究がある。
大学では魔導学を専攻している信。魔導学の中で、ファクターは重要な一分野である。
現代社会において、ファクターは魔法発動媒体である。今やスマホと同じくらい社会に浸透している物で、生活の必需品である。魔物と出会った時の護身用の武器にもなるし、生体認証も兼ねているので、幼稚園児でも身に着けることが義務とされている。
そして信は、ファクターの性能をよりあげることに執念を燃やしている。
信はアニマ(魔力源)は持っているが、それを扱うルート(魔力航路)を持っていない。圧倒的大多数の人が信と同じで、ファクターなしでは魔法の起動は不可能である。
信はアニマは大量に持っているので、何とかそれをファクターで完全制御したかった。現代科学が進み、マイクロチップの制御でファクターの性能は劇的に向上した。それでも最低深度の魔法しか扱えないのである。
ファクターには魔石が必要不可欠で、魔石は高価である。信は質の良い魔石が購入したくて、アルバイトをしているのである。
「ポポ。魔石って食べるか?」
信はポポに魔石を渡してみる。ひび割れた魔石で、魔石としての価値はほぼない。多少の属性魔力が宿っている程度だ。
触手を伸ばして魔石を受け取るポポ。
ポポは小石程度の魔石を受け取ると、何やら震えだした。
与えた魔石は青色だったが、見る見るうちに灰色になり、ただの石ころになってしまう。
用がなくなった魔石をポポは触手で砕く。予想より力があったのか、粉々になってしまう。
「うお。意外と力があるんだな」
砕いた魔石をロボット掃除機に吸わせ、ポポはご満悦。
もう一度くず魔石をポポに与え、同じことをさせる。やはり魔石はただの石ころになった。
どうやら魔石から魔力を吸い取っているらしい。ポポはファクターと同じことが出来ると判明した。
「石は食べないが、魔力は食べるのか」
信は何気ない行動で、スライムの新たな一面を発見した。
信は二階の自室でファクターの回路図を書いていたのだが、ポポは暇になったのかドアから出ていこうとする。
「あ! まだ一緒じゃないとだめだぞ」
信は暇になったポポの為、家の中を回ることにした。ポポは体を伸び縮みさせ、床を這うように移動する。
へぇ。飛び跳ねるだけじゃなく、こんな移動方法もあるのか。信は感心し、ポポの後ろをついて歩く。
ポポは家の中を這いまわり、部屋を次々と開けていく。和室や洋室、トイレや洗面台。一個一個確認し、どこに何があるか把握していく。遊ぶのはいつでもできるからか、ポポは部屋を開けて中を確認するだけだ。
二階で開かなかった部屋が一つだけある。長女香澄の部屋である。
「香澄はカギをかけるんだ。家にいるときはかけないけどね」
信は違う部屋に行こうとポポに言ったが、ポポは言うことを聞かなかった。何をするかと思ったら、ポポは触手を伸ばして鍵穴に差し込んだ。触手をより細く、細かな形状にして、鍵穴に差し込んだのだ。
「え!?」
信は驚くも、ポポは黙々と鍵穴をいじくる。カチャカチャと音がして、なんと1分もかからずに解錠させる。
「す、すごいな。香澄の部屋は並の魔法鍵よりは高価な鍵らしいんだけどな。簡単に開けるんだな」
信はポポの能力に感心する。
ポポはドアを開けると、中を確認。
香澄の部屋は散らかっているかと思ったが、驚くほどきれいで、整理整頓されていた。香澄は綺麗好きで、真面目な女の子なのだ。
香澄の部屋に不法侵入すると、部屋を確認する。部屋の中に大きな三面鏡と化粧台が置いてあり、ポポはその前に移動する。
ポポが何をするのか気になり、後ろから観察する信。
ポポは化粧台の三面鏡を開くと、香澄の化粧道具をいじり始める。ファンデーションを体に塗ったり、化粧水をつけて見たり。最初からどんな道具か知っているような動きである。
ポポは一体何者なんだ? 信はポポの底知れない能力に驚愕する。
信はポポを観察していると、新品に近い化粧品も開け始める。
おいおい。それ以上はまずいんじゃないか? 元に戻せないと、ばれたとき殺されるぞ。
ポポは香澄のリップグロスを見つけると、自分の体に塗った。三面鏡を見ながら器用にリップグロスを塗る。その姿は、ポポを女の子だと思わせるに十分な姿である。
唇をイメージしたらしく、スライムの体に口が描かれていた。リップグロスの色はピンクで、緑色の体によく映えた。
満足したのかリップグロスを元に戻し、三面鏡を閉じる。勢いよく信にふり返ると、触手を二本伸ばし左右に広げた。
ポポは「ジャジャーン!」とでも言いたげな雰囲気だ。
「うん。すごく可愛いよ。でもポポ。香澄が帰ってくる前に化粧を落とそうな。ばれたら殺されるぞ」
ポポは「了解です」とでも言いたげに、敬礼のポーズを取った。
信は思った。ポポは普通じゃない。スライムがおめかしなどありえない。以前の飼い主が教え込んだのかもしれない。信はポポの新たな一面を垣間見た。
信とポポは香澄の部屋を出る。当然、ポポにはカギをかけなおさせてから移動する。もしバレでもしたら、信は香澄に瞬獄殺を食らってしまう。
香澄の部屋を出て、三階には上がらず一階に降りる。
リビングに来ると、ソファーでくつろいでいる猫たちを発見した。クロとミケだ。
クロは12歳の老猫で、ミケはまだ3歳の若猫だ。どっちも美人だが、両方ともオスだ。
クロとミケはスライムを見てもまったく動じない。危険な生物と認識していないようだ。ポポは猫たちに近づくと、触手を伸ばし始める。
信は「まさか猫を食わないよな?」と、恐れて見ていたが、それは杞憂だった。
ポポは触手で優しく猫たちを撫でて、可愛がっていた。自分が可愛がられる立場だというのに、猫たちを可愛がる心を持っていた。
ミャーミャー鳴く猫たちを優しくなでるポポ。信はその光景を見ていて、いろいろな疲れが吹き飛ぶ。
みんなこんな風に優しくなれたらいいのにな。
魔物も動物も人間も、みんな手を取り合えれば優しい世界になるんだけどな。
信はソファーに座るとポポを眺めていた。
その後、信とポポは猫たちに餌を与える。カリカリを器に入れ、水も用意しておく。猫たちがいつでも食べられるようにしておいた。
もちろんポポはキャットフードのカリカリを一緒になって食べていた。どうやら猫の餌はポポの好物らしい。
ポポはいっぱい食べるようだし、キャットフードのカリカリで済むなら、そっちを与えよう。信は後日バイト先のホームセンターに買いに行こうと思った。
猫とスライムと戯れ、信は幸せいっぱいになっていた。そこへ香澄が帰宅。
外出して数時間で帰ってきたので、もう遊び終わったのかと思ったら、どうやら友達に用事が出来たようだ。香澄が残念そうに言っていた。
香澄はそのまま自室に引っ込むと、静かになる。どうやらばれなかったようだな。信はホッとしていたが、香澄が大声を上げてリビングに降りてきた。
「お兄ちゃん!! あたしの部屋に入ったろ!!」
え!? なぜばれた!? 使ったものは元の場所に戻したぞ! ポポの使用量も極わずかだ! ばれる量は使っていない! なぜだ!
「侵入された時のために、シャープペンの芯をドアに噛ませてんだよ! 部屋に入ったら折れるようになってる! 今、家にはお兄ちゃんしかいない! 入ったろ!!」
マジかよ! シャープペンの芯をドアに噛ませただと!? どんだけ用心深いんだよ! こいつは誰かに狙われてんのか!?
信はそのあと白状し、しこたま怒られた。ポポは全く怒られず、信だけが起こられた。
解せぬ。




