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58 プロローグ1

バランスボール並みに大きいティアと、主人のユージーンは、主人公信の家を訪問しました。そこでユージーンとティアは信やカレン、クロマルたちに出会い、家の中に招かれることになりました。そこからのスタートです。

「君の名前はティア(涙)だ。スライムが涙を流すなんて、初めて見たからね」


 そう言って、ティアの頭を撫でた勇者は、慈しむような微笑みをたたえていた。


 頭を撫でられた巨大スライムティアは、照れたのか真っ赤になる。体が水色から朱色に変化する。バランスボールのように巨大なティアは、ブルブルと震えだした。恥ずかしいようだ。


「ははは。君はスライムなのに感情が豊かだねぇ。それじゃぁ、僕は魔王を倒してくるよ。君は僕の帰りを待っていてね。ここから動いちゃだめだからね」


 マグマが吹き出るダンジョンの最下層で、勇者はにこやかに言う。まるでコンビニに行ってジュースでも買ってくるような、そんな軽い足取りで、ティアの元を離れていく。


 スキップすらしていく勇者を見て、驚愕したが、納得もしていた。あれほど強い人間は、妖精の加護を受けた勇者だ。誰にも負けるわけがない。最強のスライムにさえ、負けない。


 ティアは初めて人間に敗北した。当然、殺されるものと思ったが、ティアは殺されなかった。死ぬことが怖くて涙を流したスライムに、勇者は何かを見出したようだ。ティアと名前を名付け、自分の獣魔にすることを誓う。もちろん、魔王の呪縛を受けているティアを救うには、魔王を倒すしかない。勇者は、ティアを救うと言った。


「なんでボクを助けてくれるの? いっぱい人殺したよ?」


「さぁね。人を殺したのは良くないけど、償えば許してもらえるさ」


「誰に償うの?」


「さぁ。神様かな?」


「神様なんていない」


「いるさ。いっぱいいる。僕は妖精神を信じているよ。きっとティアも会えるさ」


「本当に?」


「本当さ。だから僕と一緒に行こう」


「いじめないよね? 人を殺せなんて命令しないよね?」


「そんなことはしない。一緒に冒険しに行こう」


「冒険? ……うん。行く」


 人外のスライムが、人の暖かさを知ってしまった。初めて、涙も流した。


 一体いつのころからだろう? ダンジョンにいたのは。ここで人間を殺し続けてきたのは。

 

 ティアは魔王の守護モンスターだ。ダンジョン最下層で、何百年も戦い続けてきた。様々な種族を倒し、魔王を守り続けたが、突如現れた人間の子供に負けた。それは伝説の勇者と呼ぶにふさわしい力を持っていた。そして、王のように大きく、優しかった。


『君の名前はティアだ』


 名前で言われたことがなかったティアは、得も言われぬ快感に酔いしれ、勇者とともに歩んだ。それが、誰にも知られぬティアだけの秘密だ。



★★



「と、いうことなんだよ。うん。ボクはそうやってここまで来たんだ! 勇者の末裔、ユージーンに仕えて、ここまで生きてきたの! みんな、理解したかな! わかった人は手を上げて!」


 ティアは丸い体を揺らしながら、みんなを見て言った。

 

 言われて手を上げたのは、ポポとクロマル、カレン、信の母親である香菜だ。聞いていた妹の香澄と信は、呆れて物が言えない。そんなおとぎ話のような話がある分けがない。


 リビングで紅茶を飲みながら、スライムの英雄譚を聞かされる植木家とカレンたち。主人のユージーンはクロマルを観察するので忙しいのか、話を聞いていない。


「まず、スライムが喋るのは百歩譲って良しとしよう。だけど、勇者っていうのが信じられない。それはいつの話だい? 歴史上、英雄はいても勇者はいないよ? 魔王を倒す、正義の味方なんて、一人もいない」


 この世界は政争から始まる戦争ばかりだ。魔王という分かりやすい敵は存在しない。悪は確かにいるが、それは万人から言われる魔王のような悪ではない。必ずなにかの利権があって悪行をなしている。


「信くん! ボクは本当の話しか言わないよ! 大丈夫だよ! きっと信じる! だって、信くんは勇者だもの!」


「勇者? 冗談はよしてくれよ。俺はただの大学生だ。なにも成し遂げられない、ただの人間さ」


 そうさ。まだあいつとの約束を一つも守れてやいないんだ。そう、目の前にいるポポ(愛菜)との約束が果たされていないんだ。


 信はすまないと思いつつ、緑色のスライム、ポポを見る。


 ポポは紅茶をがぶ飲みして、どら焼きを食べていた。パクパクモグモグと、一生懸命食べている。約束のことなど頭にないような感じだ。


 一瞬で、シリアスになっていた信の空気が壊れていく。


「だいじょうぶ! だって信君はもう成し遂げたよ! だってほら! そこにタンポポ生やしたスライムがきてくれたでしょ? 信君はポポちゃんの思いを背負ってここにいるんだよ!」


「え? ポポの思い?」


 ティアに言われたポポは、相変わらずテーブルの上でどら焼きを貪っている。途中からティアの話を全く聞いていない。しかもカレンや香澄、香菜は、優雅なティータイムである。そこには老紳士のユージーンもいて、クロマルをじっくりと観察している。この場所に、ポポの思いはなさそうに見える。あるのはどら焼きへの愛だけだ。


「と、いうわけで! ボクは来た! ここに来た! オーギュストに言われて信君たちのことを知ったけど、ボクにはわかっていたの! ここに勇者がいるって!」


 これ以上話をするのは面倒なのか、ティアは急に話を切り上げる。


 ティアはボヨンボヨン飛び跳ねると、その勢いで信に抱きついた。リビングのソファに座っていた信は、ティアにのしかかられて後ろにひっくり返る。


「ボクの勇者様~! ここにいたのね~!」


 ティアは信に覆いかぶさるが、ポポはそれを見て怒り心頭。信は私のものだと言わんばかりに、ティアを追い払おうとする。


「ポポちゃん! どら焼きを食べながら近寄らないで! あんこが垂れてるわよ!」

 

 ティアに言われるが、ポポはお構いなしだ。ティアを引っぺがそうと必死である。対して信は、ティアに顔を塞がれて息ができない。青ざめて死にそうだ。


「はっはっは。醜いスライムの争いだなぁ」


 ユージーンは、クロマルから出る汗を小瓶に収め、満足そうな顔をしていた。 




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