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57 ポポのアルバイト

 ポポは以前、コンビニ強盗から、コンビニの店長を助けたことがある。


 その時は大変なニュースになったものだが、時がすべてを忘れさせた。なにより、スライムが魔族を倒すなどと前代未聞のニュースだった為、誤報ではないかと囁かれた。あまりにひどい誇大広告だった為、真実だとは捉えられなかったようだ。


 とはいえ、仮想現実と基底現実が発達した今日。ネット社会が普及した現在。この社会で真偽を確かめようとする輩は出てくる。


 増田加奈子ますだかなこ


 若干高校生の彼女は、すでに写真家として、ジャーナリストとしてデビューしている。地方の賞ではあるが、亜人女性の社会進出への記事が評価され、大賞を受賞している。


 彼女の夢は、有名な写真家、ジャーナリストになること。彼女は、今日もスクープを狙って街の中を探索する。彼女のスタイルはポケットの多いミリタリー系の服を着ており、首からは大きめの一眼レフカメラをぶら下げていた。彼女は、本気のジャーナリストだった。


 そんな中、目を付けたのがコンビニ強盗を撃退した地方新聞の記事。全国区のニュースにもなったが、なぜかスライムの活躍は伏せられていた。唯一この街の新聞にはスライムの記事が載っていたが、それもすぐに忘れ去られた。


 その記事の見出しは、スライムの活躍でコンビニ強盗を撃退。


 加奈子のシックスセンスがビビッと来た。これはスクープになるかもしれない。ただ惜しいことに、コンビニ強盗の事件からすでに数か月が経過していた。


 彼女は図書館で過去の新聞記事を漁っていた時に、スライムのコンビニ強盗撃退記事を見つけたのだ。当時は加奈子も賞の受賞を受けた時であり、他の事件を追っていた。この記事は運悪く見つけられなかったのである。


 加奈子はコンビニ強盗から数か月たった今、スライムの記事を見つけて興味が湧いた。不思議に思ったり、疑問に思ったら行動に移す。事件は現地にしかない。彼女は件のコンビニへ向かった。


 すると、驚愕の光景が目の前に広がっていた。


 頭にタンポポを乗せたスライムが、コンビニの中で品出しをしていたからだ。


「え……」


 加奈子は絶句する。


 なぜスライムが商品の品出しをしているのだ。意味が分からない。スライムを観察すると、台車にたくさんの商品を乗せて、そこから触手を使って商品に陳列している。生鮮食品や日配の食品を陳列する時は、きちんと賞味期限を見て廃棄する物を別けている。


「なにこのスライムは……」


 加奈子はスライムの近くに店員がいないか見てみた。


 いない。誰もいない。


 レジで一人だけ、揚げ物を上げている店員がいるが、スライムの近くに店員はいない。完全にスライムへ仕事を任せている状態だ。


 しかも他の客が何人かいるのに、スライムを総スルー。誰も気に留めない。チラ見する客はいるが、スライムが商品を出していることに、なんの興味も示さない。


 一体、どうなっているのだこのコンビニは。なぜ誰もスライムに気付かない。


 ジーッと見つめる加奈子に、そのスライムは気づいた。頭にタンポポを乗せた緑色のスライムは、加奈子に気づいた。


 加奈子と目が合うスライム。


 言葉にならない加奈子。じっとするスライム。


 加奈子は記者としてのサガなのか、無意識に一眼レフカメラに手を伸ばし、スライムにカメラを向けた。


 その瞬間。スライムは台車を持って逃げ出した。


「あ! 待て!」


 加奈子は台車を押して逃げるスライムを追う。ピョンピョン飛び跳ねながら、触手で器用に台車を操る。かなりのスピードで移動し、スライムはバックヤード(倉庫エリア)に消えて行った。


「い、今のは一体? 目の錯覚かしら?」


 加奈子はバックヤードまで入れない。店員以外立ち入り禁止だ。許可なく侵入したら、警察を呼ばれてしまう。


 バックヤードに入るスイング扉の前で茫然とする加奈子。夢か幻か。魔物が商品を陳列するなど前代未聞だ。百歩譲って、一つの商品を同じところにずっと品出しするならまだ分かる。今のスライムは、商品の種類を見極め、しかも賞味期限まで確認して廃棄商品を別けていた。


 人型の魔物であるアラクネなどならまだ分かるが、どうみてもスライム系の魔物だった。完全なゼリー体だったし。


 加奈子は茫然と立ち尽くしていると、スイング扉の隙間からスライムが覗いているのが見えた。扉に隠れつつ、加奈子を見つめているスライムの姿があった。


「あっ、いた」


 幻ではない。本当にスライムがいる。


 加奈子は思った。写真をとりたい。記事にしたい。それよりも、触ってみたい。一体どんな感触なのか。


「おーいポポー。商品の品出しは終わったのかー?」


 そこへ、一人の青年が現れた。


「あれ? 扉の前で何しているんだよ? 品出しも途中じゃないか」


 青年は、加奈子より年上に見えた。とても優しそうで、顔立ちの良い青年だ。誠実そうに見える。


 加奈子はチャンスを逃さなかった。青年を見て、ICレコーダーの録音スイッチを押す。


「あ! あの! あなたはこのコンビニの店員さんですか!? この子は一体なんですか!!」 


 スライムのことをポポと呼んでいた。もしかしたらスライムの主か、このコンビニのオーナーかもしれない。加奈子は一瞬のチャンスを逃さない記者だ。信は退路を塞がれ、加奈子と向かい合う。


「えーっと。その。あ、あなたは?」


「私は増田加奈子と申します! 第一高校の生徒で、ジャーナリストを目指してます! このスライムのことを聞かせてください!!」


 加奈子は、猛烈な勢いで頭を下げた。


「え、えーと。ちょっと待ってください。俺、臨時のバイトなんで。あ、俺は植木信っていいます。このスライムのマスターです」


 加奈子と信は、ここで出会った。出会ってしまった。


 ポポは、カメラを向ける加奈子に若干の恐怖を抱いたが、何事もなく商品の品出しを再開した。


 

★★★



 結論から言おう。

 

 ポポのことを記事にすることは拒否された。パパラッチのように盗撮されたら別だが、正規の取材は一切受けられないと、信から言われたのだ。


 どうやらお国の事情が絡んでいるらしく、たとえ加奈子が記事にして新聞社に持って行っても、国に揉み消されるだろうとのことだ。

 

「あなたのジャーナリスト生命にも関わるでしょう。国に目を付けられたくなければやめた方がいいですよ。宗教、薬、政治関連の話は記事にすると批判を食らいますよ」


 加奈子は信のその言葉で我に返る。


 このスライムは、ヤバい奴だと。何らかのプロテクトがかかっている。私のようなミジンコクラスのアマチュアジャーナリストでは、存在自体消されてしまう。


 魔族のコンビニ強盗事件。スライムが活躍して捕まる。これは全国区で取り上げるべき事件のはずなのに、目立たずに終息した。それには理由があったのだ。宗教や文化の問題があるのだろう。


 ポポのことを記事にするのはすぐに辞めることにした。


 ただし、スライムの優位性に関しては記事にしていいはずだ。スライム自体は教科書にも載っている魔物だ。スライムのことを記事にしても批判は喰らわないはず。


 それに、加奈子はポポの能力の高さに絶句したのだ。なぜスライムが品出しできるのか不思議でならない。スライムは知能の低い魔物ではなかったのか? ポポを見てから、加奈子の固定観念が崩壊した瞬間であった。


 加奈子はそれから店のオーナーと信に承諾を得て、ポポに密着取材することにした。記事にするのはスライムのことであり、ポポのことは直接書かない。そういう約束で、取材することにした。


 品出しを終えたポポは、次にしたこと。それはレジ打ちだ。


 信じられない、と思うだろうが、ポポはバーコードをスキャンして、レジを操作。商品を袋に包んで客に渡す。


 小さな子供が来たときは自分で用意していた飴玉を渡し、触手を振って客にサービス。客がポポを触りたがれば一切拒否はしない。もちろん、脂ぎって髭も伸び放題の不潔な客は拒否するが、基本的にポポは触られても嫌がらない。


 加奈子も触らせてもらったが、至福の感触であった。まるで大福もちみたいな感触である。


「信さん。どうしてポポちゃんはこんなことが出来るんですか? 信さんは天才テイマーですよね?」


 信は加奈子の問いに、言葉が詰まる。信のテイマーとしての才能は皆無と言っていい。これはポポが天才なだけであって、断じて信の才能ではない。


「す、すみません。テイマーのことに関してはノーコメントで。俺には答えられません」


「そうですか。残念です。スライムの扱いやすさが分かれば、みんなスライムをテイムするんですけど」


 加奈子は残念がったが、それは止めた方がいい。ポポのようなスライムが珍しいだけだ。野生のスライムであるスノーも、どうやら通常のスライムではないようだ。オーギュスト曰く、「神聖水」だけを飲んで生きたスライムは、非常に温厚に育つようだ。能力も高く、知能も高い。懐きやすいスライムだが、「神聖水」など、まさに伝説級の品。そう簡単に手に入るものではない。


 普通のスライムは危険。テイムは止めた方がいい。魔物保険も一切聞かないし。税金も高い。医療は全額負担だ。


 信は加奈子に伝えられることだけを伝え、スライムは危険だと教えた。


 最後に、加奈子は信の家にお邪魔することになった。


 そこで見た、二匹目のスライム。


 加奈子は真っ白いスライムである、スノーがいたく気に入ったようだ。クロマルは残念ながらお眼鏡に適わなかったようだが、スノーはすごい気に入ったようだ。


 ポポは別の意味で可愛いが、どう見ても信の彼女を気取っている。何かにつけて信にキスするし、彼女のように接している。スライムらしさが無いので、可愛いけどなんとなく肌に合わない。そんな感じがした。


 ポポは信の靴ひもがほどけていれば紐を結んであげるし、髪が乱れていればセットし直してくれる。トイレも一緒について行こうとして、用を足したお尻まで拭こうとするらしい。下の世話までしてくれる優秀なスライムである。もはや彼女というより、母親? そんなレベルである。

 

 逆にスノーは無邪気で、赤ちゃんみたいな感じを受ける。加奈子は白いスライムをお持ち帰りしたいと言いたくなった。


「加奈子さん。よければ良いハンターを紹介しますよ。お金はかかりますが、良いスライムを捕獲してくれますよ」


「え!? 本当ですか!? 私も可愛くて強い魔物が欲しかったんです! ジャーナリストって、危険な場所にもいかなければならないんで、私を守ってくれるパートナーが、いつか欲しいと思ってたんです!!」


 加奈子は、この一件でスライムマニアの第一歩を踏み出してしまった。


 すべてはポポの所為であるが、彼女は気にしない。


 のちに亜人女性の社会的優位性とスライムの記事で大絶賛を浴び、「人道ビザドール賞」という賞を受賞するのだが、それはまた別の話。



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