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56 信の実験記録3

 アーティファクターとは、“神の魔法道具”としてしばしば用いられる言葉である。物語やその道のプロしか使わない言葉だ。


 逆にプラスティックファクターとは、“人の魔法道具”と、古い言葉で呼ばれる。


 植木信が生きている現代で、プラスティックファクターという言葉は死語であり、研究者等しか使用しない言葉だ。


 信は今、魔族が持っていたとされるアーティファクターを分解しようとしていた。


 ちぎれた魔族の指はギルドに預けたが、指輪型のファクターだけは預けなかった。国の研究機関に預けられるのは分かっていたし、技術が秘密にされることも分かっていた。ポポが偶然拾ってきた品ではあるが、やはり興味はある。信が研究しているのはファクターなのだから。


 自分の手でどのような力か解き明かす。信は机に向かってファクターの中身を確認しようとしたが、なぜかそれが出来ずにいた。


「継ぎ目がない。ねじが無い。どこに魔術回路が埋め込まれているかさっぱりわからない」


 見た目はクラスリングそのもの。クラスリングとは、卒業記念などに贈られる指輪である。台座とその周りに校章や学校名が刻まれている指輪である。センターの台座には、楕円型の大ぶりな宝石が乗っている。


 信はそのクラスリングのようなアーティファクターを見るが、まったくといって継ぎ目がない。大体は台座の下や横に細かな魔術回路が埋め込まれているのだが、その蓋を開けるねじが無い。


「魔法封印式でも施されているのか? でも、封印の開錠キーが何もわからないぞ」


 特定の魔力で蓋が開錠するような仕組みだと、信にはお手上げだ。プロの魔法鍵士に頼むしかない。いくら信が古代語の造詣に詳しいと言っても、封印を解読する技術はない。


 仕方ないので、青紫色に輝く魔石を調べることにした。


 信が持っている解析機は家庭用だ。超小型のMRI装置みたいなものだ。円筒形の筒の中に入れると、機械の輪が動いて対象物をサーチする。


 業務用ではないが、最上位の高級機。かなりの情報量を調べられる。信はその解析機を使用して魔石を調べてみると、「特定不能」と出た。それも調べられるすべての項目が、である。


「まさか。そんなことがあるのか? 魔石の種類さえ分からないのか? そんな馬鹿な」 


 解析機にかけても、何一つ情報が出ない。魔石の名前さえ不明。信も見たことのない魔石だったが、まさか機械でも分からないとは思わなかった。


 信は、アーティファクターとは眉唾物だと思っていた。今までいろんなファクターを見てきた。博物館に行って、伝説だとされる英雄のファクターも見た。それでも、人の手で作られたものだと分かった。技法は不明だが、人の手で作られているファクターだと何となくわかった。


「ははは。今回のはすごいな。この俺がまったく分からない」 


 信は自信家ではないが、ファクターに関しては人より秀でていると自負がある。実際信の技術は一流の魔装具士以上の力がある。その信が分からない。手の着けようがない位に。


「本物だと言うのか? それとも妖精の技術で作られたものか?」


 妖精の器と言われ、妖精たちの生まれ変わりと言われる妖精種。多くはエルフとも呼ばれ、美しい耳の長い種族に生まれ変わることが多い。


 彼らの魔導技術はずば抜けており、危険すぎる技術が多い。人間には少しずつ技術を伝えてくれているようだが、彼らの技術を理解できる人間がいない為、多くの技術はオーパーツ状態。


 信は危険と分かっていたが、未知の技術を見て、試さずにはいられなかった。


 自分の指に、装着してみたい。


 何も起こらなかったらそれでいい。何か起こったら、その時考える。


 まさか自爆魔法などはかかっていないはずだ。いくらアーティファクターと言えど、自爆魔法まで組み込むスペースは無いはずだ。指輪型のファクターは小型の為、一つの能力しか組み込めない。複数の能力を組み込むことは難しいはずだ。


「常識が通用しないからアーティファクターなんだが、やはり危険か? でも試してみたい」


 信は自室にポポを呼び、何かあったら自分の指ごと指輪を破壊することを頼む。今は結界らしき魔法は発動していないので、指輪自体は破壊可能なはずだ。


 ポポはものすごい嫌がっていたが、信が本気だと悟ると諦めた。


「それじゃポポ、今から指輪をはめてみるから、頼むよ」


 ポポは体を二つに折って頷く。怪我でもすれば、すぐに頭のタンポポを使う準備をする。


 信は意を決して指輪を中指に嵌めてみる。



 


 

 すると突然の光が!!!!!






 

 …………起こらない。


 何も起こらない。


「反応なしか」


 ポポは何も起こらなかったことでホッとしたが、信は期待半分がっかり半分だった。


 魔族が使用していたあの絶大なシールドを使用できれば、今後も役に立つと考えていた。やはりそう簡単にはいかない。


「仕方ない。大学の仲間に頼むか。あいつなら信用できるだろ」


 信は数少ない信用できる“友人”に頼むことにした。


 友人は信と同い年の青年なのだが、性格と性癖に問題がある男だった。マゾヒストで、フェミニストなのだ。付き合っていた(・・・・・・・)女もヤバすぎる奴で、異常性癖の持ち主。今は彼女がいないフリーの男だが、自分をいたぶってくれる女を探す変態でもある。


 いろいろと難はあるが、性根は腐っていない。……と思われる。

 

 仕事も確実。魔術言語に詳しい。人間として信用できる男だ。……多分。


 彼は後に信の工房で働くことになる青年であり、信とともに魔装具士として名声を得る男であるが、それは別の話。


「ポポ。助かったよ。それじゃ、俺は大学の研究室に行ってくる」

 

 信は“友人”の元に指輪を預けに行くのだが、この時は誰も気づかなかった。


 アーティファクターの指輪の中で、「カチリ」とムーブメントが動いたことに。何らかの術式が発動したことに。


 この時は、誰も知る由が無かった。

 



今回初めて|《》を使用したルビを使いました。文字の上に点を打つ奴です。分かりやすく強調されるか微妙なところですね。

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