52 クランと工房設立へ向けて
本当は閑話を挟む予定でしたが、別の話で閑話を入れます。物語上の時間が急激に加速していますが、無駄なストーリーを省いたためです。ポポとのギャグストーリーは別に用意しています。
信とカレンは今、新しい生活へ向けて、新居を探していた。
ポポ。カレンやクロマル、クッキーとの新しい生活が始まる。いつまでも父の脛をかじっていられない。
魔物暴走や指輪修理の報酬が、それなりの金額になったこともある。いろいろとギルドビルの器物を損壊させたが、それを差し引いても、信たちの行った功績は大きい。報酬は少なくない額になったのだ。
故に、その報酬を元手に新居を探していた。自宅でカレンと一緒に生活するのも一つの手だが、家族にいらぬ迷惑をかけるかもしれない。
信は自身の夢に向けて動き、カレンは旦那の命を奪った魔族を倒すこと。
ギルドでのパーティー登録「クラン」の結成。
それには拠点となる、住居兼工房が必要だ。
「ねぇ信君? ここの物件なんてどう? 駅に近くて、人通りも多いよ? お店にファクター並べるだけで売れるんじゃない? 信君のファクター、最高だし」
「無名魔装具士の作品は、なかなか売れませんよ? 俺が働いているバイト先でも、修理やカスタムが専門ですし。今は一流のメーカーがファクターを大量に売り出してます。無名職人のカスタムファクターは、売れにくいです」
「そうかなぁ? 信君の作ったファクターは、一流メーカーにも負けないほど、コスパ最高なんだけど」
カレンと信は、不動産屋の前にある張り紙を見ていた。それはテナント募集の広告だ。住居にもなり、工房にもなる、ベストな物件を探していた。
不動産屋をはしごして、できる限り良い物件を探していたのだ。
まずは目先の生活が優先である。信の仕事を手伝いつつ、カレンはギルドで報酬を得ること。それが拠点の維持費、生活費になる。
信もまだ大学がある。中退をするつもりは今のところない。大学からもそれほど遠くない物件が必要だった。
「一応、中に入って不動産屋さんに聞いてみよっか? もしかしたらいい物件が他にあるかもしれないし」
「そうですね。もう不動産屋も五件目ですが、聞いてみますか」
「そうそう。動かなきゃ始まらないよ!」
信とカレンは新婚夫婦のような感じで、不動産屋の自動ドアをくぐるのだった。
★★★
連日テレビやニュースで話題になっていた魔物暴走。それも二週間たてば鳴りを潜めてきた。
魔物暴走について、ハンターや職員の事情聴取はあった。信たちも事情聴取は受けたが、俊也が用意したシナリオを説明して、オーギュストのことは喋らなかった。
その後マスコミに対しての記者会見が開かれたが、そこに出席したのはギルドマスターの俊也と、ホムンクルスのエヴァだけだ。信やカレンは出席していない。
今回はエヴァの功績により暴走は収まったとマスコミに伝えられた。活躍したのはエヴァだけと、情報操作された。信たちは今回の戦いに含まれていない。エヴァが倒したということになり、エヴァと俊也は世論の矢面に立たされるが、それには理由がある。
本来なら信やポポ、クロマルの活躍もマスコミに流す必要があるが、今回は伏せられた。
なぜかと言うと、今回の事件に「魔族」が関わっているからだ。
信たちが住んでいる日本そして欧米諸国。これらの国々は、魔族や妖精にひどく敏感だ。今までの歴史を紐解くと、魔族と人間と妖精の、「宗教戦争」が関係してくる。
妖精は人間の守護者であり、流転の神。
ハンターのランクに星の名前が使われることは、妖精たちをリスペクトしてのこと。
ハンター等級一位シリウスは、おおいぬ座。等級二位カノープスは、シリウスの次に輝く星だ。ハンターの等級は、星の輝きによるものである。それは妖精たちが星神の生まれ変わりという伝説から来ている。
星々の輝きは神たちの強さを顕し、ハンターのランクを証明する物だ。信たちの世界ではそうなっている。
妖精と魔族は古くから相性が悪い。戦争を絶え間なく行っていた。
人間は妖精の味方だが、魔族との戦争はかなり前に終結している。今は一部の部族を除いて、魔族も人間たちとの共存の道を歩んでいる。
それでも魔族が関わっている今回の事件は、マスコミにとっていいネタである。信たちが魔族を撃退したともなれば、大変な大ごとになる。いずれはばれるだろうが、出来るだけ後の方がいい。今、民衆がパニックになられても困る。
国は情報を操作し、俊也のギルドには聖騎士が常駐した。
翌日の新聞の見出しはこうだ。
『原因不明の魔物暴走!? ホムンクルスと無名のハンターたちによる活躍で、事態は収束』
一般のメディアにはそう報じられた。
★★★
季節は少しずつ流れ、冬から春へ。
枯れていた桜の木に、緑が生い茂ってきた。花が咲くにはまだ早いが、暖かな春の風が吹き始めた。
信とカレンが連日不動産屋に足を運び、物件も見つかった。契約の方も済んで、改装工事も終わった。信徒カレンは今、引っ越しの準備に追われている。
信とカレンが忙しく動く中、ポポとクロマル、クッキーは、お互いを高める修行を行っていた。植木家の庭で。
ポポは魔法の訓練を。クロマルはさらなる大魔法の訓練を。クッキーはクロマルとの連携魔法の強化を。
新しい戦いに備え、スライムたちは全力で訓練に取り組んでいた。
スライムのクロマルは、カレンと一緒に行動し、いつでもどこでも護衛をしたいところだが、そうもいかない。クロマルの正式なドッグタグの発行が遅れていたからだ。ならばポポが信と一緒に行けばいいと思うが、それは信が断った。
普段の生活にそこまでの危険はない。街を歩くだけで後ろから魔族に刺されるというのなら、日本の安全神話は崩壊している。
とにかく一人にならないように行動すれば、魔族に襲われる確率は下がるだろう。ギルドでの一件以来、魔族の姿が見えないが、信はいつでも戦える準備を整え、外出をしている。いざとなったらポポに魔力通信で連絡をする。一応対策は取ったうえで行動をしているのだ。
ポポたちは庭でゴムボールのように飛び跳ね、魔法訓練をしている。遊んでいるのか修行しているのかよく分からない光景だが、頑張って魔法訓練している。
時間は午後の三時。家事をしている主婦、植木香奈は訓練しているスライムたちにおやつを作っていた。
ホットケーキだ。
スライムたちはたくさん食べる。雑食ではあるが、味は理解しているようだ。
香奈は庭で飛び跳ねるスライムたちに声をかけた。
「みんなー? おやつが出来たわよー! リビングに来てー」
香奈が声をかけると、スライムたちは気づいたようだ。ポポに至ってはホットケーキの匂いに気付いたのだろう。高速でリビングに移動した。
シュタッ!! ←ポポが移動した音。
スライムたちは並んでソファに座ると、ナイフとフォークを渡された。
ポポとクロマルは触手でナイフとフォークを掴むと、心の中で「いただきます」。
もぐもぐと食べ始めた。
まるで人間の子供みたいなスライムである。
「相変わらず可愛いわねぇ?」
香奈は猫好きだが、スライムの可愛さにも目覚め始めている。テーブルに頬杖をついて、スライムたちを優しい目で眺める。
バターとシロップたっぷりのホットケーキ。
スライムたちがモグモグとホットケーキを食べていると、玄関のチャイムが「ピンポン」と鳴った。
どうやら客が来たようだ。
「あら? お客様? となりの奥さんかしら?」
香奈は立ち上がって玄関に行こうとするが、クロマルとクッキーはいち早く察知した。
玄関に来た客が持つ、“巨大な魔力”に。
人間とは思えぬほどの魔力を有した“何か”が、植木家の玄関前に来た。
すぐにナイフとフォークを置いて、クロマルは玄関に急ぐ。もしも魔族やそれに類する敵ならば、速攻でケリを付ける。魔力を圧縮したレーザーをお見舞いしてやる。
クロマルは玄関扉の前で、魔力を圧縮してスタンバイする。
「ちょっとクロちゃん! 何する気!? 体が光っているけど、お客様に変なことしないでね!?」
ただの宅配便かもしれない。
植木家には当たり前のように、カメラ付きのインターホンがある。香奈はまず、インターホンのカメラを使って、どんな人が来たか見てみる。
見ると、コートを着た、老紳士が立っていた。眼鏡をかけた優しそうなおじさんだ。某フライドチキンのカーネルおじさんに見える。どうやら宅配便ではなさそうだ。
「すみません。どちら様ですか?」
インターホン越しに聞いてみる。
「こちらは植木信殿が住むお宅ですかな? 私はオーギュストという者からの紹介で来ました。名前はユージーン・ホリー・ジュニアと申します。信殿はご在宅ですかな?」
ユージーン・ホリー・ジュニア。日本人ではないが、日本語をペラペラしゃべっている。自動翻訳魔法を使っているようだ。カレンのように日本に帰化した亜人ではない。純粋な白人男性だ。
「えっと、信は今出かけていて、いません。ユージーンさんは信と、そのどういう関係ですか?」
香奈はユージーンなど知らない。信からは一言も聞いていない。オーギュストのことも聞いていない。
「ははは。これは失敬。私はスライム研究をしていて、とある男より信殿に会うように言われたのです。決して怪しい者ではありません。ご在宅ではないのなら、日を改めてまた来ましょう」
そう言ってユージーンは去って行こうとしたが、香奈が呼び止めた。
「あ! 信はすぐに帰ってきます。近くに出かけただけですし、三時くらいには帰ると言っていましたので。中でお待ちください」
香奈はユージーンを家の中に招き入れることにした。よく分からないが、物腰が柔らかいし、常識人に見える。ポポとクロマルたちもいるし、家の中では許可した者しか魔法は使えない。招き入れても大丈夫だと判断した。
「ああいや、お気遣い結構。近いうちにまた来ます」
そう言って去って行こうとする。香奈は無理に引き留めるのもあれなので、後で信に伝えることにしたが……。
クロマルが気になった。
玄関前で魔力レーザーを放とうとスタンバイするクロマルが、その老紳士に違和感を感じたのだ。
なんだか玄関向こうにいる“巨大な魔力”が、この老紳士からは感じない。ならば、別の存在がもう一人いるはずだ。カメラには映っていないが、確実に老紳士のそばに控えている。
クロマルは考える。
敵でなければ誰だ? ユージーン? なんだか聞いたことがあるな。ジークとしてハンターをしていた時に、聞いたことのある名前だ。インターホンで言っていた、「スライム博士」というのも気になる。
ホットケーキを食べ終わったポポとクッキーも玄関に来たところで、クロマルが意を決した。
玄関を開けたのだ。
ユージーンは、ちょうど玄関に背を向けて去っていくところだった。
素敵なステッキを持って、去っていくところだった。
そこでクロマル達は見た。巨大な魔力の正体を。
正体はユージーンという老人ではなく、その隣にいた、巨大なスライムだった。
バランスボールより二回りも大きいスライム。クロマルの大きさはサッカーボールより少し大きい程度。目の前にいるスライムは、クロマルやポポと比べると、あまりに巨大だった。
ぽよんぽよんと揺れるその巨大スライムの色は、水色。まさに王道スライム。
香奈はユージーンの横に控えていたスライムを見て、腰を抜かす。
「え? なにこれ? お、大きい。とても、大きいです」
香奈が変なことを口走っているが、実際に大きい。アシッドスライムとは大きさが全く違うが、魔力量においては目の前のスライムの方が上。このスライムは相当な年月を生きた固体と思われる。でなければ、大量の魔石を短期間に食べたスライムか、王種か。いずれにせよ、最強クラスの魔物が目の前にいる。
クロマルもポポも怯えている。実際に見ると、明らかな戦闘能力の差が感じられる。戦っても勝てない。
クロマルたちはぷるぷる震えて、怯え始める。アシッドスライムと対峙した時よりも絶望感がする。
「ん? お? このスライムたちは! なんだ!? このスライムは!!」
ユージーンは開かれた玄関を見ると、震えているクロマルとポポを発見。驚愕の表情を浮かべる。
「こ、こんなところに希少種が!? す、すごいぞ!」
スライム博士のユージーンは、クロマルを見ると玄関の中に土足で入り込み、スマホで写真を取り始める。
「おお!! 素晴らしいぞ! こんなところにスライムが! スライムが!!」
ユージーンは一心不乱にクロマルの写真を取っている。今までの紳士ぶりが嘘のような態度だ。ものすごい興奮して、クロマルの周りをグルグル回る。
「研究者としての血が騒ぐぞ! このスライムは新しい種か!?」
スライム博士のユージーンが興奮していると、大きな水色のスライムがゆっくりと近寄ってきて、ユージーンの後ろ頭を思いっきり叩いた。
ドガン!!!
巨大なハンマーで叩いたような音がして、ユージーンは玄関の床にヘッドスライディング。
「ぐほぉぉお!!」
叩かれて、彼はギャグシーンのように吹っ飛んでいく。
「何してるの! 人の家に土足で上がりこんで! そんなことしちゃダメでしょ! め!」
水色のスライムは可愛い女の子の声でしゃべった。
どうやったのか不明だが、喋ったのだ。日本語で。
ユージーンは勢いよく床に突っ込み、そのまま数メートルスライディング。鼻から血を出して動かなくなる。香奈はびっくりして、スライディングしてくるユージーンを華麗に避ける。
ユージーンがくたばったところで、水色の巨大スライムは触手を上げた。
「こんにちは!! ボクはマスタースライムのティアだよ! よろしくね!」
ボヨン! ←ティアがジャンプした音。
「「「「…………」」」」
一同は絶句し無言となり、ヘッドスライディングをかましたユージーンはぴくぴくと痙攣している。
そこへ、引っ越し作業をしていた二人が帰って来た。
「なんじゃこりゃああ!! デカいスライムがいるぅう!! 新しい敵か!?」
「な! 何怯えてるのクロマル!! 戦闘態勢!!!!」
信とカレンは玄関前で大声で叫び、近所迷惑になるのだった。
第二章 黒いスライム 完




