51 光り輝く結婚指輪
遅くなりました
ギルドの戦いが終わってから、すでに二週間が経過した。
ギルドの事後処理もあらかた片付き、国からの厳重注意はあったものの、おとがめはなかったギルマス。
本来、ギルドとは国から委託された民営の自衛組織。今回の騒動で問題はあったが、死者は一人も出さなかった。けが人は大勢出したが、死者は出さずに済んだ。怪我の程度もそれほどひどくない。後遺症が出そうな民間人の慰謝料も、なんとか目途が付きそうだった。
前回のワイバーン戦よりも被害は大きいが、ギルドビルの中だけで事は済んだ。国から厳重注意で済んだのはそれが理由だ。
もちろん、俊也の管理するダンジョンはかなり危険だと再認識された。国からの措置としては、注意喚起以外にも、聖騎士の常駐も必須とされた。
俊也からすれば聖騎士は目の上のたんこぶ。動きは取りづらくなるが、国からの規制がかかるわけではない。支部が解体され、ギルド職員が路頭に迷うことはなさそうだ。
ギルドに関しては再建のめどは立っている。問題は山積みだが、自然と元の状態に戻っていくはずだ。
俊也の方は何とかなるが、何とかならない者たちもいた。
場所は信の家。
一階と二階が吹き抜けとなった、とても広いリビング。そのリビングでの出来事だ。
カレンは、ドタドタとリビングに向かって走ってきた。リビングへ入る扉を開けると、クロマルがソファで漫画雑誌を読んでいるのが見えた。
クロマルは雑誌のカラーページに載っていた、グラビアアイドルを眺めていた。ムチムチのグラビアアイドルを見てクロマルはテンションが上がっている。気分よく、体をふるわせてグラビアアイドルを見ている。
そこへカレンがリビングに来て怒鳴りこんだ。
「ちょっとクロマル!! また香奈さんのおっぱい触ったんだって!?」
突然カレンに怒鳴られ、クロマルはびっくりして飛び上がる。おっぱいを触ったことに心当たりがあったのか、クロマルは素早くグラビアのページを閉じて、逃げようとする。
「あ! 逃げるな!」
契約魔法の命令を発動させるカレン。
「そこで止まりなさい! “ジークフリート”」
クロマルはその場で直立不動になる。ビシッと、きをつけの姿勢になる。
スライムが、軍隊式の気を付け姿勢である。
「ジーク。どうしてあんたはそんなにスケベなの!? あたしで我慢しなさいよ!」
カレンの説教が始まる。クロマルはきをつけの姿勢で汗をびっしょりとかく。
ちなみに、ジークとはカレンの旦那の名前だ。クロマルの真名である。
カレンはクロマルがジークの生まれ変わりと分かってからは、すぐに従魔契約をした。どこかに逃げられては困るからだ。カレンにはクロマルにいろいろと聞きたいことがあった。
クロマルも信やエヴァ、ポポにカレンと、みんなに押さえつけられて逃げられない。クッキーはクロマルが捕まるのを傍観しており、知らないフリ。
そのまま床に押さえつけられて無理やり強制契約。クロマルは晴れてカレンの従魔になった。クッキーに至っては、カレンをグランドマスターに据えての契約だ。
契約してからは信の家でしばらく様子を見ることになり、一緒に生活しているのだが、クロマルの破天荒ぶりが日に日に激しくなっていく。もはや隠すことはないと、遠慮はしなくなったのだ。
クロマルは香奈と一緒にお風呂に入ったり、香澄が寝ているベッドに忍び込んで一緒に寝たりしていた。スキンシップも激しくなっており、セクハラまがいのこともかなりしている。
ポポのことも好きなようで、潜在的にポポが美少女だと分かっているようだ。クロマルはポポに関してもスケベ心を見せていた。恐ろしいエロスライムである。
信と幸太郎に関しては、もはやスライムのすることだと諦めた。もしも変化して人間に化けるのならその限りではないが、今はスライムだ。信と幸太郎はクロマルを大目に見ることにした。
★★★
アシッドスライムとの戦闘の後、オーギュストは言った。
自分はカノープスのランクであると。本名は、「アウグスト・クライス」だと。彼は自分の力とランクを隠していたのだ。
理由はカノープスランクだと、国や企業が放っておかないからだ。売れっ子芸能人とは比べ物にならないほどのメディアにさらされる。パパラッチなども増える。オーギュストはそんなマスコミに嫌気がさして姿をくらませたらしい。
本来は活動をアメリカでしていたが、すべてを捨てて日本に来た。とあるスライム博士と一緒に。
オーギュストは魔法で顔を整形し、髪形を変えて服装を変えた。そこまでして人生の再スタートを始めたのだ。そこで出会った伝説のハンター幸太郎。彼の助けを得て、日本でのハンター活動を再開させた。
オーギュストの日本に来た理由の一つが、植木幸太郎という伝説のハンターだった。彼に憧れて、日本に渡って来たのだ。
彼は信たちに、今までのすべてを打ち明けた。ランクのことを秘密にしてくれとも言った。そうでなければ彼の生活がまたマスコミに脅かされてしまう。
信はオーギュストと固い握手を交わし、秘密を守ることを誓う。その代わり、信やポポが危険にさらされた時は、無条件で力を貸してくれる。そう言った約束をした。
最後に、オーギュストはこう言った。
「近いうちに、とある人が信君の家に行くと思います。その時は歓迎してあげてください」
信は「とある人」は誰なのか聞いたが、オーギュストは教えてくれなかった。サプライズだという。
「信君のスライムの捕獲の件。すでに済んでいます。後は小型の魔物を捕獲しますので、すべてが終わったらご連絡します。ちなみに、私のことは今まで通り、“オーギュスト・クライスト”でお願いします。では、私はこれで」
オーギュストはにこりとほほ笑むと、ダンジョンから去って行った。
電気を纏った大きなカメを、ポテポテ連れて。
★★★
信はアシッドスライムの戦闘以降、オーギュストの連絡を待ちながらカレンとクロマルの様子を見た。偽オカメインコのクッキーもついでに。
彼らは毎日植木家で元気に過ごしている。
カレンや信はギルドからの報奨金も出て、生活にはしばらく余裕が出来たようだ。ハンターの仕事も休業状態だ。
信はカレンから再度預かった、一対の指輪を見る。
カレンとクロマル(ジークフリート)の結婚指輪だ。指輪の台座には、小ぶりの魔石が乗っている。ダイヤモンドのように、綺麗にカットされた魔石だ。値段的に高い物ではないが、それなりの希少魔石だ。エメラルド色のミスリル銀である。そのミスリル銀。ガラスがひび割れたようになっている。
クロマルが来た理由ははっきりしないが、彼はカレンに会いに来た。それは間違いない。
きっと、この指輪に導かれてきたのだ。ポポと同じように。
その後修理を再開させる信。前の持ち主が復活したのならば、修理は急がなければならない。彼らの大切な品を直してあげなければならない。
信はクロマルの体液を採取し、空の魔石に魔力を溜めてもらう。疑似結晶、人工魔石を作る為だ。人工魔石は、ひび割れた魔石を直す修復材の役割を果たす。信はそれを作ったのだ。
信は作った人工魔石を細かく砕いた。それをクロマルの魔力と練り合わせ、ひび割れた隙間に埋めていく。パテや接着剤の変わりである。
埋めた後で綺麗に形を整える。
最後はカレンとクロマルが指輪を装着し、お互いに魔力を流せば修理は終わる。ひび割れた場所にうまく術式回路が形成されれば、修理は完了だ。
信は、直った指輪を持って、カレンとクロマルの元へ行った。
二人は、部屋で昔のアルバムを見ていた。クロマルの記憶状態を確かめているらしい。
アルバムを見て懐かしむカレンを邪魔しては悪い。そう思ったが、信はすぐに指輪を渡すべきだと思った。半開きの扉をノックして、カレンに自分が来たことを伝える。
「カレンさん、大分遅くなりましたが、修理完了しました」
「え? まさか直ったの?」
信はなにも言わず、カレンとクロマルに結婚指輪を渡した。
カレンは普通に受け取ったが、クロマルはニョロッと伸ばした触手で受け取る。
「お互いに指輪を近づけて、再度、隷属契約の魔法を使ってください」
「うん。分かった」
カレンとクロマルは向かい合わせになり、指輪を近づける。水平に指輪を保ち、用意が整うと、指輪に魔法を込めた。
すると指輪に淡い光が灯る。魔力がきちんと流れている。ひび割れた個所は、見事に修復されている。
「信君! これ! 大丈夫だよね!?」
「大丈夫。ゆっくりと、そのまま魔法を継続してください。クロマルもね」
ニョロ。←クロマルの触手を伸ばした音。
「う、うん」
魔法を続けていくと、次第に光は強くなっていく。
指輪は、昔のようにキラキラと光り輝いていく。
「成功しました。修復完了です」
指輪からは、万華鏡に光を照らしたように、七色の光が放出される。色とりどりの光は、部屋を埋め尽くした。
「ふぅ。安心しましたよ。それにクロマルはやはり、カレンさんの旦那さんだったようです」
指輪が持ち主を認識したのだ。クロマルを以前の持ち主だと。
「すごい。すごいよ信君」
カレンは光り輝く指輪に感極まって、クロマルをギュッと抱きしめた。
カレンの大きな胸に押しつぶされ、クロマルの体が激しく変形した。
「ジーク!! やっぱりあんただったのね! あたしに会いに来てくれたの!? どうして今になって!!」
カレンは涙を流してクロマルを抱きしめる。
するとクロマル。いやジークは。
一瞬の光の後。
以前の人間だったころの姿を取り戻した。
カレンは人間に戻ったジークに驚き、茫然自失。
ジークはにっこりとほほ笑むと、カレンを抱きしめながら言った。
「妖精たちに頼まれてね。君や信君を守護しに来たのさ。君は次代の担い手を産む。信君は今の担い手だ。僕は君たちを守るように言われてきた。ポポちゃんは分からないけど、僕は来た。君たちを守るために。今はこれ以上言えないけど、これだけは言える」
「え? どういうこと? 分からないよ。 もっときちんと説明してよ!」
「君を幸せに出来なくてごめん。僕が死んで、悲しい思いをさせた。でも、これからは君を幸せにすると誓うよ」
「え? え?」
カレンは感極まっていて、ジークが言っていることがよく理解できない。鼻水と涙で、カレンの顔はぐしゃぐしゃだ。
「カレン。よく聞いて?」
「う、うん」
「僕は、黒いスライムになって、君を守るよ」
「え?」
「そう。黒いスライムになってね」
ジークはにっこりとほほ笑んだ。カレンの部屋に飾ってある写真のような、とてもさわやかな笑顔だった。
「あ、あんた……」
カレンは今の状態を言葉にできない。それくらい感動しているのだ。
信もジークの姿は見えており、後からやってきたポポも部屋の外から隠れて見ていた。
「これは、ポポの時と同じ現象だ。彼もまた、やはりポポと同じような種族なのか」
彼は言った。妖精に頼まれて、と。なんらかの任務を帯びているようだが、ジークは、クロマルは。
カレンを助けにやってきたのだ。
「大丈夫だよ。喋れなくとも、スライムになっていつも一緒にいるよ。カレン、愛しているよ」
ジークはカレンにキスをすると、指輪の光は収まって行った。
光が無くなると、そこにいたのは黒いスライムだった。
ニョロニョロと触手を伸ばしている、黒いスライムだった。
「ジーク。いや、クロマル。私も愛してるよ」
カレンは嬉し涙を流して、クロマルにキスをした。
その優しい光景に、信とポポは魅了されていた。




