50 ギルドの攻防戦 7 戦の終わり
クロマルとカレンが感動の再会シーンをしているが、信にはそれどころではない。タイムリミットまであと少しだ。実のところ、クロマルに魔力を送っている巨大インコのクッキー。彼も送れる魔力に限界がある。何分も持たない。クロマルの展開したシールドが無くなれば、押しつぶされるのは信たちの方だ。
信は気持ちを切り替えて作業に向き合う。
用意したガラス瓶の蓋を開け、信は残していたマナポーションを注ぐ。瓶がマナポーションで満たされたら、小指ほどの魔石を入れる。
その魔石の属性は「氷雪」。絶対零度を発生させる上級魔石だ。小さいが、一個数十万という値段だ。それを瓶の中に出来るだけ詰める。瓶は10個ほど用意した。それに出来るだけ入れる。
信が急いで作業をしていると、エヴァはポンと手を叩いた。信が何をしているのか気づいたのだ。
「即席の魔法爆弾」
ガラス瓶の蓋には、保存魔法の術式と、透過魔法がかかっている。術式操作のボタン式スイッチまでついている。
信がガラス瓶にマナポーションを入れたのは、ガソリンの代わりだ。彼が作っているのは、火炎瓶のような仕組みの、簡易魔法爆弾だ。
「エヴァ、ポポ。この瓶には透過魔法がかかっている。術式のスイッチを一旦切って、中に入っている魔石に魔力込めてくれ。魔石が明滅しはじめたら、スイッチオンだ。魔石が臨界状態で保存される」
作った瓶をエヴァとポポに渡し、魔石に魔力を込めさせる。途端にスカイブルーの魔石は光り輝き、限界まで魔力が込められる。
その瓶を10個ほど作ったところで用意は整った。スプリンクラーの起動まであと2分。
「信。この魔石は氷系の魔石? スライムを凍らせるのは分かったけど、これだけではあの巨大スライムは凍らない」
それは信にも分かっている。だからスプリンクラーなのだ。ギルドのスプリンクラーから出る水は、貯水槽からポンプで引き揚げているのではない。最近の高層ビルもそうだが、高級な水魔石で冷却水を生成している。
「俊也さんに頼んである。これから出るスプリンクラーの水を触媒にして、氷魔法の威力を数百倍に上げる。ギルドのスプリンクラーから出る水は、水魔石で作られている。高い魔力を含んだ冷却水だ。そこへ臨界状態の氷魔石を投下すれば、連鎖反応で大規模魔法並みの氷魔法が発生する」
「え? ……すごい。そんなことが?」
エヴァは信の言葉に感心する。
「本当はこの瓶を投下するタイミングを一個ずつつ計算しなければ、魔法の連鎖反応は起きづらいんだ。だけどこの転移門広場位なら、タイミングにかかわらず大きな魔法が発動できると思う」
「ほう。よくそんなことを思いついた。さすが信」
「いや、これは単なる推測だし、誰も試したことないよ。スプリンクラーの水で大規模魔法なんて、屋内の人間を殺すようなことだし、誰も試そうとしないよ」
「む。確かにそうだ。使った私たちも巻き込まれて死ぬ。そこはどうする?」
「クロマルの障壁があるし、俺が空気の盾を作る。それで冷気を防ぐ。あとは出来るか分からないが、ポポに魔力の壁を張ってもらうつもりだ」
実は、むちゃくちゃである。クロマルが障壁を張れなかったらどうしたのだろうか? 信はクロマルが障壁を張れることすら、今まで知らなかったはずだ。
完全な出たとこ勝負な信。考えがあると言うが、穴がありすぎる。エヴァは苦い表情をする。
「下手したら私たち死ぬけど」
「死なないさ。なんだか今はそう言う気がするんだ」
信はいつでもマイペースなポポを見て、そう思った。
彼女がいるなら大丈夫だろう。なぜだかそんな気がするんだ。
「よく分からないけど、やるだけやってみる」
エヴァも覚悟を決めた。
★★★
「時間だ」
定刻通り、スプリンクラーから水が散水される。天井にいくつも設置された散水用のヘッドからは、水が勢いよく放出される。俊也がやってくれたようだ。
シールドの中にいる信たちは水で濡れることはない。外にいるアシッドスライムは水でびしょびしょに濡れている。今も体積を増やし、信たちを押しつぶそうと、入り口から外に出ようとしている。これ以上大きくなられると、分厚いコンクリートの天井すら壊して、外に出て行きそうだ。
信は風の上級魔石をファクターにセットすると、空気の層を作る。熱や冷気を遮断する、エアシールドだ。そのシールドは転移門を含んだエリア全てを包み込む。
「クロマル! シールドに穴を開けてくれ! 氷爆弾を投げる!」
クロマルはカレンに抱かれたまま、体を折ってうなづいた。
「ポポ、エヴァ! 穴が開いたらそこに爆弾を投げ込め! 蓋のスイッチはオフだ! 保存魔法を切るんだ! ガラス瓶が割れれば魔法が発動するようになっている!! やってくれ!!!」
「了解!!」
シュバッ! ←ポポが触手を上げた音。
信の指示通り、クロマルのシールドに小さな穴が開いた。アシッドスライムが覆いかぶさっていない小さな隙間だ。その穴めがけてポポとエヴァが氷爆弾を投げつける。
「クロマル! 爆弾が外に出た! すぐにシールドを閉じるんだ!」
信の指示で、すぐにシールドは閉じる。
「いけぇ!!」
高く投げられた氷爆弾が天井にぶつかって割れる。すると中に入っていたマナポーションがガソリンの役目をはたして、魔石に込められた氷魔法が勢いよく発動する。
火炎瓶の炎が周囲にまき散らされるように、氷の魔法がスプリンクラーの水を触媒にして、周囲を一気に凍らせる。
過冷却されたフローズンコーラを注いだように、連鎖的に巨大な氷柱が出来上がっていく。猛吹雪のように、氷の嵐が炸裂する。
「よし! 成功だ! クロマル、シールドを小さくして密度を高めてくれ! 氷を防ぐために強度を上げるんだ!」
クロマルはすぐに理解し、シールドを縮小させて強度を上げる。
クロマルのシールドは氷を防ぎ、なんとか状態を保つ。だが冷気までは防げないようで、一気に転移門広場の温度はマイナス50℃まで下がる。信はその温度の変化を、空気の盾で防ぐ。冷気から全員を守るためだ。
それでも足りない分は、ポポが植物属性の反魔力をまき散らして冷気を防ぐ。
転移門広場には大規模魔法に匹敵する氷魔法が発動し、一瞬にして氷の世界が出来上がった。オーロラが広がるのではないかというくらいの、銀世界が出来上がったのだ。
カレンはその氷の世界を見た。次に完全に活動を停止したアシッドスライムを見て、言った。
「すごい……。こんな魔法、見たことない」
戦争で使用するレベルの戦術魔法だ。一般のハンターなどお目にかかれないはずだ。
「信の理論は正しかった。信は天才。認めざるを得ない」
エヴァも素直に賞賛を浴びせる。
「まだだ!」
信は気を緩めない。絶対零度の氷魔法を喰らったアシッドスライム。それでもまだ核は凍っていない。時間が経てば溶けて動き始める。
「クロマル、シールドを消すんだ! 凍っている今なら、押しつぶされない! みんな、避難するぞ! あとは軍隊に任せるんだ!」
時間稼ぎは十分だ。アシッドスライムの活動再開まではかなりの時間を稼げる。
「そうね! 今のうちに避難しよう!」
カレンがそう言ったところで、アーチ形の転移門が光り始める。
誰かが転移門を使って、この広場に転移してくる。
「なんだ!? エヴァ、まだ避難していない人が残っていたのか!?」
「分からない。多分、深層にいたハンターが今頃やってきたのかもしれない。もしくは、新しい敵か」
この場で新しい敵は最悪だ。全員疲弊しており、戦う力などない。魔族の仲間がまだいたとしたら、信たちに勝ち目はない。
絶望ムードに包まれながらも、信とエヴァが戦闘態勢を取ったところで、転移門から人が現れる。それは見知った顔だった。
「おや? まさかアシッドスライムを倒したのですか? しかも凍っている? こりゃすごい。まるで氷の彫刻だ」
見上げるほど巨大なスライム。それがすべて凍っているのだ。絶景である。彼は驚きつつも、すたすたと歩く。マイナス50℃の空気をものともしない。
ライトニングタートルを引き連れて現れたのは、フリーランスのハンター。男の名は、オーギュストと言った。
「な! オーギュストさん!? どうしてここに!?」
「おや? 信君にエヴァさんじゃないですか。ポポまでいる。あなたたちがこれをやったのですか? すごいなぁ。やはりあなたは只者じゃない。っと、その前にとどめを刺しますか。また動き出されたらたまらない」
「え? とどめ?」
オーギュストは言うや否や、どこからか巨大な剣を取り出した。ドラゴンでも一振りで倒せそうな、巨大な剣だ。気づくとオーギュストの手に握られており、突然剣が現れたように見えた。
「な!? なんだ!? どこからその剣を!」
「まずい。あの剣、並じゃない。信、離れた方がいい」
エヴァはオーギュストの剣を見て後ずさる。
「え? 離れる?」
信がエヴァに問いかけたところで、オーギュスト剣を振り上げる。
「消し飛べ」
オーギュストは剣を地に振り下ろすと、極太のレーザービームを切っ先から放射する。
そのままビームは枝分かれして、アシッドスライムに降り注ぐ。隣にいたライトニングタートルの「ヒカリ」も、一緒になって魔法を発動する。
高ランクハンター雷光よりも強力な稲妻を、大きなカメが発動する。とてつもない巨大な雷撃。光の柱が何本もアシッドスライムに落ちた。
彼らの攻撃は凍りついたアシッドスライムにはひとたまりもない。ガラス像が砕けるように、粉々に砕け散っていく。
「な、なんだこの威力は。桁が、違うぞ」
オーギュストが使った魔法は伝説級の魔法だ。ライトニングタートルのヒカリも、信じられない威力の雷を出している。たった一人でこれだけの魔法を使うとは、信じられない男である。
「オ、オーギュストさん、あなたは一体?」
信やエヴァ、ポポにカレン。クッキーとクロマルは、粉々に砕けていくアシッドスライムに茫然とする。
今まで自分たちがやっていたことはなんだったのだ。オーギュストとこのカメがいればすぐに終わっただろう。どこで何をしていたんだこの男は。
それにオーギュストはハンターランクがそれほど高くないはずだ。それなのにこの強さはなんだ? この男は一体。
「信君、すみません。実は私の名前はオーギュストじゃないんです。だましていて申し訳ないが、私はカノープスクラスのハンター、アウグストと言います」
信はその言葉に目が点になる。
は? こいつ今なんて言った?
カノープスだと? ハーフオークのバネッサは三等級のリギルだ。カノープスとなると、二等級となる。それは英雄の領域。ハンター数千人に対して、一人いるかいないか。
伝説のハンター植木幸太郎は、元一等級のシリウスだが、それは比べてはいけない神の領域だ。それでも、カノープスクラスは常人では到達できない領域にある。
限られた者にしかなりえない、勇者である。
「すみませんね。有名になると、身分を偽らないと動きが取れなくなるんですよ。ははは」
オーギュストは笑うが、崩壊していくアシッドスライムを見て、信たちは茫然と立ち尽くすのだった。
第一章の時より伏線を張っていましたが分かりましたでしょうか? オーギュストは、カノープスクラスのハンターでした。




