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ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
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5 植木香澄

 信はポポのベッドを簡易的に作り上げた。


 某猫型ロボット的なベッドである。


 押入れの中に敷布団を敷いて、毛布を数枚かぶせた超簡単なベッドある。一応、枕代わりの低反発クッションを置き、押入れの中に電池式の照明も取り付けた。これでポポが押入れの暗闇で困ることはない。


「もっときちんと作りたかったけど、材料がないからこれで勘弁してくれ」


 信の手抜き加減が伺える一品だったが、ポポは自分だけのスペースをもらえて嬉しいらしい。部屋の中をピョンピョン跳ねて喜んでいた。


 信の部屋は10畳ほどの広さであり、一人部屋としては十分な広さがある。魔導式床暖房もあるので、寒さに困ることもない。パソコンも最新式だし、エアコンやロボット掃除機もある。さらに、地下にある信専用の工房もあり、息子への親ばかぶりがうかがえる。


 ポポは自分のベッドをもらえたことも嬉しかったが、部屋の中を自動運転するロボット掃除機が気になっていた。


 白い箱型の掃除機であり、ブラシが絶えず回転している。家具や人が近づくと自動でよけて床を掃除していた。


 ポポはその掃除機が気になり、乗っかってみる。


 乗っかられた掃除機は特に性能が落ちることなく、床を吸塵している。勝手に動いてくれるので、ポポは部屋の中を行ったり来たり。楽しくなったのか触手を出してグルグル振り回している。馬に乗っているつもりのようだ。


 ロボット掃除機はポポを乗せて掃除し続けるが、壁が近づき急にターン。ポポは遠心力に振られて掃除機から落っこちる。


 ボテッ! コロコロコロ。という、漫画のような擬音を出し、床を転がっていた。


 信はポポのそんな行動を見て一人癒される。猫とは別の癒しである。まるで幼児が遊んでいるのを見ているようだ。


 ポポが遊んでいる間、信はスライムという生物をインターネットで調べてみる。自分のファクターとパソコンを同期させ、視界にネットの映像を映し出す。


 信は視界に表示された映像をタッチで操作し、スライムについて検索する。


 調べると、たくさんのサイトが検索に引っかかる。信はウィルという百科事典サイトを開いた。


 スライムの記事を見てみると、確かに幸太郎の言っていた通りだが、全てが全て当てはまるわけではないらしい。


 スライムと意思疎通出来たり、数多く従魔契約出来たという話もある。全ては公式ではなく、大昔の情報であったり、スライムマニアの噂が大半だ。信ぴょう性はない。


 ただ調べていくと、“昔の英雄たちはスライムを使役していたらしい”という記事が見つかった。


 遥かな昔、科学や魔導科学、ファクターすら存在しない古代魔法の世界。そこには妖精や巨大な古龍たちが跋扈し、それらを従える勇者たちがいたという。


 彼らは魔王やダンジョンマスターを次々と倒し、世界に安寧をもたらした。らしい。


 その英雄たちはドラゴンはおろかスライムすら使役していたという。ウソかホントか分からないが、少なくとも古龍は使役していたという事実が認められている。


 日本は長らく鎖国していたし、西洋魔法や技術は入ってこなかった。代わりに発展したのが刀剣技術だ。日本魔導刀に関しては随一だが、魔物に関しても記録は少ない。日本の歴史は当てにならない。


 信はため息をつく。結局、歴史は歪曲しているので分からない。


 スライムと勇者の歴史は途絶えている。日本には記録がない。ポポに関しては、完全にミッシングリンクである。

 

 信は記事の最後の一文に興味が惹かれた。


 スライムは一応、強制契約は可能らしい。命令には“ほぼ”従わないようだ。この“ほぼ”というのがミソで、やはりスライムには個体差があるとのこと。強大なレベルのスライムなら簡単な命令を聞く可能性があるらしい。マニアが大金をかけて、ダンジョン奥深くに生息するダークスライムで実験したらしい。


 実験は成功したかどうか書いていない。記事が途中で終わっている。


 実験の協力者として、冒険者ランク“カノープス”であるセイントという人間がかかわっていると書いてある。


 なんだか言うことを聞いたり聞かなかったり、従魔に出来たり出来なかったりと、情報が錯綜している。スライムはよく分からない生命体らしい。


 基本は、スライムをペットにすることは無理らしい。やはりそこは幸太郎の言っていることが正しいようだ。

 

 信はロボット掃除機と戯れるポポを見る。


 掃除機にごみクズを吸わせ、喜んでいるポポ。信は思った。


 ポポは希少価値の高い魔物だ。下手をしたら研究所に送られる。守る必要があるな、と。



★★★



 信はポポを伴って、階下へ降りる。すると、香澄が起きていた。


 コップに牛乳を注ぎ、ソファーに座ってテレビを見ながら飲んでいた。


 猫たちが香澄にすり寄っており、香澄はあくびをしながら猫たちを撫でていた。


 猫たちの名前は安直である。黒ネコのクロと三毛猫のミケである。ネーミングセンスが無いのは植木家の伝統で、名づけたのは香澄である。


 香澄は見事な金髪に染めており、ゆるかなウェーブがかかっている。肌は焼いていないため、白ギャルとでも言うべきか。

 

 香澄の体はボンッキュッボン。母親の遺伝子を見事に受け継いだらしい。兄である信が見ても、見事なプロポーションである。


 香澄はリビングに来た信に気づいたのか、いきなり罵声を浴びせた。


「おはよう。変態」


 朝からキツイ言葉である。香澄は口が悪い。乱暴ではないが、口は悪い。


「お兄ちゃんに向かって変態はないだろう、変態は」


「時々あたしの体見てるじゃん」


「俺は妹に欲情しているから見ているんじゃない。目の前におっぱいがあったら見てしまう。男の本能として仕方ないのだ。見たくて妹の乳を見たわけじゃない」


 人間の男は悲しきサガを持っている。胸やお尻、女性の気になる部分に目が行ってしまう。親類縁者にも目が言ってしまうのはどうかと思うが、香澄は高校生にしてグラビアモデルのようなプロポーションだ。


「それが変態だって言ってんだよ」


 ぐぅ! と、信はたじろぐが、踏みとどまる。変態という単語は、思いのほかダメージがある。それが妹から言われるとなおさらだ。


「それよりさ、冷蔵庫の中に入れてたあたしのプリンがないんだけど」


 そ、それは。多分ポポが食ってしまったと思われる。


「知らんぞ」


 表情を変えず、ウソをつく。内心、冷や汗モノだ。


「ふーん……。んじゃ母さんは?」


「弁当を買いにコンビニに行った。もう少しで帰ってくるだろ」


「そう。んじゃ父さんは地下の工房かな?」


「多分な」


「あっそ」


 会話はそれで終了する。香澄はテレビに向き直った。


 兄弟の仲が悪いわけではない。いつもこのような感じなのである。


 信はポポを抱き上げると、意を決して香澄に話しかける。


「香澄に話しておくことがある。突然だが、この家に新しい家族が増えることになった。確定じゃないが、俺は一緒に暮らすつもりだ」


「あ? 何の話?」


 信は香澄の前に来てソファーに座ると、ポポをテーブルに置いた。


 何も言わず、まずはこれを見ろ!


 デン! という感じで、テーブルに置いてやる。ポポは微動だにして動かない。


「タンポポ……? 何このクッション?」


 香澄はスライムをクッションだと勘違い。さすがのダンジョンハンターでも、ポポのようなスライムは知らなかったようだ。


「香澄、この子はな……」


「へぇ~。お兄ちゃんがあたしにプレゼント? ずいぶん可愛いね」


 香澄は信が説明する前にポポを抱き上げる。


「あ! 待て! それは!」


 ひょいっと、ポポを持っていく香澄。


「重っ! これクッションじゃないの!? 材質は何よ?」 


 バスケットボールほどの大きさのポポ。重さはバスケットボールの600グラム程度を大きく超える。


 ポポの体重は2キロもあるのだ。


「ちょっとまて! それはクッションじゃない!」


 信は香澄を止めるが、構わずポポを抱きしめる香澄。


「でも抱き心地は最高だね。すべすべしてて、ぷにぷにしてる。しかもなに? このタンポポ、本物?」


 タンポポをさわさわと触る香澄。


 彼女は自身の大きな胸にすっぽりとポポを収める。ポポもやわらかいおっぱいに包まれてご満悦の様子だ。


「香澄、今すぐ下ろせ。それはクッションじゃない。スライムだ!」 


 スライムという言葉に目が点になる香澄。理解が追い付かないらしい。


「は?」


 抱きしめたポポを見る香澄。


 ポポは初めて香奈に会った時と同じように、触手を伸ばして挨拶をする。


 こんちゃ! 


 こんちわを超えて、よりフランクに触手を伸ばした。


「…………」


 スライムを抱きしめたまま、動かない香澄。


 すわ香奈の再来か! と信は叫ばれるのを覚悟する。


「ス、スライム?」


「いいか、叫ぶなよ。それに投げるんじゃないぞ! そのスライムは極めて優しいスライムだ。わるいスライムじゃない! いいスライムだ! ゆっくりテーブルに下ろすんだ」


 信は香澄に落ち着くように言ったが、香澄は至って冷静だった。悲鳴も上げずに、ポポをテーブルにそっと下ろした。


 そのままポポをじーっと見つめだす香澄。ポポは見つめられて、体をくねらせた。ポポの体が雑巾を絞った感じに、見事にスパイラルする。どうやらスライムにとって、美しいポーズらしい。


「スライムって、あのスライム?」


「どのスライムか分からないが、多分、一般的なスライムに分類されると思う」


 もっと驚くかと思ったが、まったく驚かない香澄。そういえば香澄は一流の魔法学園に通っているのだった。信は香澄の学園での授業を聞いたことがある。


 魔法の実習として、よく魔物と戦うことがあるらしい。というよりも、前述にある通り、香澄はプロのハンターだ。魔物のことは信よりも詳しい。


 へぇ~、ふ~ん。と言って、興味深そうにポポを見る香澄。


「怖がらないなら、それでいい。ポポはこれからこの家で暮らして……」


「お兄ちゃん、これ、あたしにちょーだい」


 え?


 信は一瞬フリーズする。ポポもフリーズする。


「あたしさ、従魔いないんだよね。スライムが従魔ならあたしに箔が作っていうか? この子めちゃ可愛いし、みんなから羨ましがられると思うんだよね。それにあたしタンポポ大好きだしさ。いいでしょ?」


「ダメに決まっているだろう。ふざけるな」


 信は即答する。


「はぁ? いいじゃん。お兄ちゃんに魔法の才能は無いんだから」


 グサッと来る一言を浴びせられ、信は黙ってしまう。信は魔力はあるが、操るスキルは皆無である。ファクターで無理やり魔法を発動することは出来るが、信自体は魔法を使えない。


「ねぇねぇちょーだいよ」


 ポポは香澄に言い寄られるが、無視した。ぴょんっとジャンプすると、信の頭に乗っかった。頭の上で触手を二本を伸ばすと、「えっへん」とでも言いたげに、腰に手を当てる。いや、スライムに腰は無いので、体に手を当てる。


「え? なに?」


 ポポは触手で信を指し示し、次に自分を指し示す。最後にまた「えっへん」のポーズを取る。


 香澄は意味が分からない。


「なに? どういうこと?」


 香澄には分からなかったが、信には分かった。ポポは信を主だと認めてくれている。


「お前の従魔にはならないってさ」


「え? なんでんなこと分かんのよ」


「さぁな。何となくだ」


 香澄はポポに手を伸ばすが、ポポはペシッと香澄の手を払う。そしてまた「えっへん」のポーズ。


「ふーん。随分なついてんのね。スライムってなつかないんじゃなかったっけ? それにしてもどうして兄ちゃんになつくんだろ? あとさ、このスライムどこで拾ってきたわけ? 警察には届けてんの?」 


「届けるか! 届けたら殺されるわ!」


 そりゃそうかと言って、香澄は納得する。香澄は電柱の下から拾ってきたことなどを聞かされ、半信半疑。


「当たり前だけど、香澄は魔物に驚かないんだな」


「当然でしょ? あたしの通ってる学校忘れた? 討伐専門じゃないけど、一応は魔法学校だからね。魔物には詳しいわよ。もしかして高校の小娘だからって馬鹿にしてる?」


「天才の香澄をばかにするわけ無いだろう。香澄は俺とは違って、出来が良いからな。それよりも、魔物は学校にいっぱいいるのか?」


「学校では教育として魔物を飼ってるからね。普通の人とは感覚が違うよ」


 そうだったのか。信は妹が改めて優秀だったことを思い知らされる。餅は餅屋ということだ。


 脅威とされる魔物だが、街の中にあらわれることは滅多にない。時化と呼ばれる何十年に一度の魔物の暴走も、今ではほとんど起こらない。起こるのは一部の地域である。それだけ専門の業者が駆除しているからである。


 例にあげれば、ゴキブリを一生見ないで死ぬ日本人もいるだろう。ドブネズミを見たこともない大人もいるかもしれない。魔物も似たようなもので、家畜化した魔物や学校で教わる以外は、一般人にはなじみのないものなのだ。


「まぁいいや。従魔が無理だってんなら、あとでいっぱい撫でさせてよね。そのスライム、最高の抱き心地だったし」


 香澄はポポを見てにこっと笑った。ポポも撫でられるのはいいのか、プルプル震えて応えた。


 信と香澄とポポはそんなやりとりをしていると、母親の香奈が帰ってきた。両手に大量の弁当を抱えている。


「ご飯にしましょ。もう、朝食って時間じゃないけどね」


 香奈はそう言って、いつもの笑顔を家族に振りまいた。

 



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