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49 ギルドの攻防戦 6

「ええ。行きましょうか、カレンさん」


「え!?」


 カレンが振り向くと、そこには息を切らせた信がいた。頭に緑色のスライムを乗せて。


「信君、ポポ……」


 信は走って来たのか、肩で息をしている。しっとりと、額に汗も掻いている。


 にっこりと信はカレンに笑いかけ、遅くなってすみませんと言った。


 カレンは信が来てくれたことに驚いた。


 まさか彼がここに? どうして? 


 カレンは信のことを忘れていたわけではないが、頭の良い信のことだ。きっと無事でいると思っていた。それが自分のことを探して走り回っているとは思わなかったのだ。


 驚きの表情を浮かべるカレン。そんなカレンを見て、ポポは我が物顔でふんぞり返る。しかも信の頭の上で。ついでに腹が減ったのか、途中で拾ったコンビニのおにぎりを食べ始める。


 勢いよく食べたからか、米粒が信の頭に落ちた。


「…………」


 カレンはポポのマイペースさに言葉が出ない。信のかっこいい登場シーンなのだろうが、ポポの所為で台無しである。


『信君か!? 魔族を倒したのは監視カメラでさきほど確認した! すごい魔法だったが、転移門広場にいるのは、巨大なアシッドスライムだ! クロマルとエヴァも避難させる! 君たちも避難しなさい! ここはもう無理だ! すでに国に打診している! すぐに精鋭の軍隊を派遣するという連絡があるだろう!』


 ギルド長の俊也は、スピーカーで信に話しかけた。もはや叫びに近いほどの声の大きさだ。それほど焦っているのだろう。


「軍隊が来るまで持ちますか? 時間稼ぎをします」


 信は至って冷静に言った。その言葉にはかなりの自信が含まれていた。信には、時間稼ぎをするための準備があったのだ。東海林の店で魔石をもらったのは、計画があったのだ。


『時間稼ぎだと? 馬鹿を言うな! 死ぬぞ!』


「15分後に転移門広場のスプリンクラーを起動させてください。災害用ですし、まだ起動できますよね? 壊れてないか確認してください。俺に少し考えがありますので」


『スプリンクラー!? このタイミングでなぜそんなものを』


 俊也は信の言っていることが理解できない。


「お願いします。15分後です。俺たちもエヴァとクロマルを連れて脱出しますので」


 信の瞳には信念が宿っていた。大切な人を死なせない。そう言った信念の炎が。


『信君……。本当に君はあの信君なのか? 別人のようだぞ』


 俊也は、信がハンターとして落ちこぼれなのを知っている。昔から戦いには向かない子だった。それはギルド主催の林間学校などで分かっていた。信が子供の頃から争いや戦いには不向きなことを、俊也は知っている。


 彼は病気を撲滅するファクターを作るのに、人生を捧げている男の子だ。研究者向きの子供だったのだ。


 それが今や自信に満ちた目で、アシッドスライムをどうにかすると言う。オドオドした昔の信はどこに行ったのか。俊也はそれが信じられなかった。


「お願いします」


 天井に設置されている監視モニターに向かって、信は頭を下げた。信の頭からポポがずり落ちそうになるが、髪の毛につかまって必死に落ちないように踏ん張った。


『……いいだろう。15分後にスプリンクラーを動かす。君たちも15分後に避難をしなさい。それ以上は認められん』


「ありがとうございます」


 自信に満ちた信の顔。そして声。


 本当は足がすくんで動かないはずだが、愛する愛菜の生まれ変わり、ポポが頭の上にいる。小心者の信だが、なぜか彼は負ける気がしなかった。それはポポがいるからなのか、調子づいたからかは分からない。ただ、信はここで死ぬイメージが湧かなかった。


 自信たっぷりの信に安心したのか、ポポはもう一個おにぎりを食べ始める。信の頭の上で。


 おにぎりを包んだビニールを剥くと、ポポはもきゅもきゅとおにぎりを食べる。張りつめた緊張感があるはずなのに、ポポが癒しオーラを出しまくる。


「信君……。言っちゃ悪いけど、ポポの所為ですべて台無しだね……。でも、かっこいいよ」


 その一連の話を横で聞いていたカレンとクッキー。クッキーは相変わらずドタドタと暴れているが、カレンは自信に満ちた信の言葉に少しトキメいてしまった。ポポの所為で空気感がかなりおかしいが。


「行きましょうか、ポポ、カレンさん。一応、そこのでかい鳥もね」


 シュバッ! ←ポポが触手を上げた音。


「ええ!」


「クエ!!」


 クッキーは狭い通路を通れないので、再び小型化した。信たちはダンジョンに向かう避難通路に入って行った。     



★★★



 信たちが転移門広場に到着した時は、絶句する光景が広がっていた。


 転移門広場はかなり広い場所だ。円形の広場で、天井も高い。ビル三階分はあるだろう。そんな広い場所に、津波のようなスライムが押し寄せている。


 形容するのなら、巨大なアメーバが薄いガラスに覆いかぶさっている。薄いガラスは、クロマルが張っている魔法障壁で、覆いかぶさるのはアシッドスライムだ。


「すごいな。想像以上だ。しかもクロマルが障壁を張っているだなんて。やっぱり普通のスライムじゃなかったか」


 エヴァは必死に攻撃を繰り返しているが、何の役にも立っていない。持ってきたマナポーションも、すべてクロマルに与えた。もう、クロマルは限界だ。


「クロマル!!」


 カレンが溶けそうなクロマルを抱き上げる。


 クロマルは喋れないが、こう思った。


 どうしてここに来た! 早く逃げろ! 俺は何のために頑張っているか分からないだろう!


「カレンさん。クロマルにこれを。俺の手持ちのマナポーションと、通常のポーションです」


 信は携帯していた腰袋から、マナポーションとポーションを取り出す。


 カレンは信から受け取ると、すぐにクロマルにポーションを飲ませる。クロマルがポーションを飲む間も、クロマルは障壁を張り続けている。魔力の回復が遅い。障壁の消費魔力が多すぎるのだ。


 そこで巨大化したクッキーが現れ、クロマルに自分の魔力を供給し始めた。従魔としての役目を果たす時が来た。


「クエ!!」


 クッキーは翼を広げてクロマルに魔力を送りまくる。


 抱き上げられたクロマルは次第に元気を取り戻し始めていく。


「クロマル! 死なないで! あんたには聞きたいことが山ほどあるんだから!」


 カレンがクロマルを抱きしめて叫ぶ。


 クロマルは思った。


 まさか気づいたのか? この俺に? ははは。さすがカレンだなぁ。


 クロマルは力なく触手を上げた。



★★★



 シールドの中から透過魔力だけを打ち出して、攻撃を繰り返していたエヴァ。彼女は攻撃の手を止め、信たちのもとにやってくる。


「やっと来た。遅い」


「あはは。ごめんね」


 信はポポを頭の上からそっと降ろすと、スマホで時間を確認する。

 

 スプリンクラー起動まであと10分を切っていた。


「クロマル。もう少し我慢してくれ。俺とポポが何とかしてみる。エヴァも協力してくれ。カレンさんはそのままクロマルと一緒にいてください。そこのインコはそのまま頑張ってくれ」


 信の言葉にみんなが頷く。


 信は腰袋を外して床に置くと、もらってきた魔石を取り出す。魔石の色は、色鮮やかなスカイブルー。他にも小さなガラス瓶を取り出す。ガラス瓶は親指サイズの小型の瓶で、中身は何も入っていない。瓶のふたを見ると、ボタン式のスイッチがある。なにやら魔法術式も描かれている。


 信が腰袋の中から必要なものを取り出していると、光り輝く指輪が見えた。それは魔族が指ごと落とした指輪ではない。


「ん? これは?」


 腰袋の中には、カレンから預かった指輪も入っていた。東海林の店で解析機にかけてもらうために持ってきたからだ。壊れて動かないはずのカレンの指輪が、なぜか今になって光っている。クラックが入って割れている魔石の部分が、少しだけ光っている。


 信は急いでいて時間が無かったが、確かめずにはいられなかった。クロマルを抱いたカレンに、指輪を預けてみることにしたのだ。


「カレンさん。これを。解析機にかけるためにギルドに持ってきたんですが、なぜか今光り出したんです。一応装着してもらえませんか?」


 壊れてまったく動かなかった、カレンの結婚指輪型ファクター。それがなぜか今光っている。驚きつつも、カレンはその指輪を渡されて、指にはめてみる。すると抱いているクロマルの魔力に呼応して、さらに光り輝く。


「これは……」


 クロマルとカレン、そして指輪の反応を見た。この指輪の輝き方、反応の仕方は、信も思うところがあった。この光り方は、信が手首に装着している愛菜のファクターと同じ光り方だ。ポポが現れた時と同じ反応の仕方だった。


「どうやら、クロマルの正体が何だかわかったようです」


 信はフッと笑うと、すぐに作業に戻る。信にはすぐに分かったのだ。ポポという前例がいたから。


 カレンは抱いたクロマルと、光り輝く指輪を見つめ、涙を流す。


「ウソでしょ……。クッキーのことも、やっぱりあんたなの? 死んだ、あんたなの?」


 クロマルはカレンにそういわれ、触手をニョロッと伸ばす。伸ばした触手は、優しくカレンの頬を撫でた。涙を拭うように。そのままクロマルは触手を数本伸ばして、カレンを抱きしめた。


「クロマル……。あんた……」


 カレンはクロマルの行動にびっくりするも、昔と変わらないことを思い出した。


「やっぱり、あんたはスケベだね」


 クロマルは伸ばした触手でカレンのおっぱいを揉んでいた。この期に及んでも、クロマルのスタンスは変わらない。


「昔からスケベだったよね。スライムになってもそれは変わらないんだな。ははは」


 カレンは涙を流しながら、クロマルに笑いかけた。




切りが悪いので分けました。一時間後に予約投稿しています。

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