48 ギルドの攻防戦 5
クロマルとエヴァは、すでにダンジョンで戦っていた。
アシッドスライムが、ダンジョン入口である転移門広場に来ていたのだ。
すべてを溶かし、飲み込むアシッドスライム。中層から覚醒したこのスライムは、地上を目指して上へ上へと上ってきた。その際にたくさんの魔物たちを飲み込み、自身の体積を増やし続けた。今やアシッドスライムの大きさは、ギルドビルですら一飲みに出来るほど巨大になっていた。
中から高ランクのハンターたちは、現状なす術がない。100人200人集まったところで、どうにもできない大きさに進化してしまったからだ。戦術核レベルの大規模魔法でないと、ハンターたちは戦いようがない。まさに自然災害に立ち向かうような物だ。
すでにギルドマスターの指示でハンターたちは避難をした。バネッサや雷光は現在外回りでこの支部にはいない。今回ばかりは、国に依頼して英雄と呼ばれるハンターか、軍隊を招集するしかなさそうだ。
ダンジョンの制御管理室で、ギルドマスターの俊也は苦々しい表情を浮かべた。
「エヴァがいないと思ったらすでにダンジョンに行ってくれたか。単独で向かってくれたのはいいが、もう彼女だけではどうにもならん。クロマルとかいうスライムががんばってくれているが、時間の問題か。幸太郎も今は足が悪い。国には依頼したくないが……」
国に連絡をすると、精鋭揃いの軍隊が派遣される。下手をすれば日本国皇帝の直属騎士団も出張ってくる。彼らが動けばギルドの騒動は収まるが、その後が問題だ。民営のギルドが、国の管理下に置かれる可能性が高い。そうなると、俊也の行ってきたことが無駄になる。魔物たちの保護が、無駄になる。
「どうにかならないか……」
転移門広場は広い。ハンターが1000人は入れるスペースがある。円形の広場で、その中心にはアーチ状の巨大な転移門がある。国が管理する禁制ファクターだ。
その転移門を守るように、たった一人と一匹で、アシッドスライムに応戦していた。ここを抜ければ地上だからだ。
津波のように押し寄せるスライムを、エヴァは拳から繰り出す魔力で打ち払う。一発一発が大砲並みの威力で、押し寄せるアシッドスライムに触れると、形も残らず消滅させる。それでも溶岩のようなドロドロのスライムにはあまり効果がない。一部を消し飛ばすだけで、全体を吹き飛ばすなど全くできていない。
実は、ここで頑張っているのはクロマルだ。転移門を中心に、地上へつながる入口すべてを結界で覆っている。
魔法が得意なクロマルは半円状の巨大シールドを張って、アシッドスライムが侵入するのを防いでいた。何重にもシールドを張って、壊れては張り直し、壊れては張り直しを繰り返している。
クロマルのプルプル具合が半端じゃない。全開で魔力を解放しているが、じりじりとシールドごと押されている。相手は怪獣並みの重さだ。重量は数千トンに及ぶだろう。例え一部がシールドに覆いかぶさっただけでも、数百トンはあるはずだ。小さなクロマルでは支えきるのは無理がある。エヴァの攻撃もほとんど役に立っていないので、焼け石に水だ。
「クロマル! 頑張って!!」
エヴァが声援を送るが、クロマルの脳みそはショート寸前だ。プルプルを通り越して、電動マッサージ機のようにブルルルルルッと小刻みに震えている。
もはやクロマルでは処理の限界を超えている。ドロドロのアシッドスライムは、ゆっくりとクロマルの張った半円球のシールドを押しつぶし始める。
「このままじゃまずい。セーフティフロアにいる魔物たちも避難させないと……」
戦闘用ホムンクルスがあと数体でもいれば別だったろう。今はエヴァ一人しかいない。大規模魔法は一人では使えない。
クロマルは必死になって魔法シールドを張り続けるが、限界が近い。せめて闇属性のシールドではなく、酸を中和するアルカリ性のシールドを張れれば良かった。アシッドスライムは酸性のスライムだ。アルカリ性のシールドなら、アシッドスライムが触れれば中和状態を起こす。
クロマルの闇属性は物理耐性と闇無効のシールドだ。アシッドスライムを物理的に足止めするのが限界である。
エヴァは諦めずに、シールドの内側から攻撃を繰り返す。
「くっ!! なんという質量!! これでは埒が明かない! 大火力が必要!! 信、ポポ! 早く来て!」
テイマーに所属したばかりの、低ランクである信に助けを呼ぶのはお門違い。
それでも助けを呼べるのは信とポポくらいだ。この支部に代表するハンターはバネッサや雷光以外にもいるが、今はいない。バネッサは他の支部への外回り。雷光はセーフティフロアの守護。実は他にもタイミングが悪いことが重なっていて、東京にあるダンジョン攻略が近い。完全なダンジョン攻略は世界でも稀だ。優秀なハンターは大体がそこに招集されていた。
今。
すぐに来れるのは信とポポくらいしかいなかった。
底知れない強さを持つポポと、状況を打開する策を練ってくれる植木信しか、いなかった。
★★★
エヴァはダンジョンに来る前に、クロマルを医師団に預けようとした。クロマルはカレンや信から預かっていた魔物だ。危険にさらすわけにはいかない。そう思って医師たちに預けようとしたが、クロマルがエヴァの髪の毛に引っ付いて断固拒否した。がっちりとエヴァの頭に取りついたのだ。
「むぅ。なんというスライムか。私の頭にもくっつくとは。恐るべきスライム」
エヴァの髪の毛に絡みつくクロマル。エヴァは閉口さざるを得ない。
以前、クロマルは信の頭にくっついて拒否の姿勢を見せたことがある。その時にエヴァは髪の毛を刈り取って丸坊主にすればクロマルを引き剥がせると思っていた。実際、信にはそうしようと思っていたが、いざ自分が丸坊主になるとそれは許容できない。
さすがのエヴァも丸坊主になってまで戦う気にはなれない。丸坊主スタイルが悪いわけではないが、エヴァには似合わないスタイルだ。戦う前に、彼女は戦意喪失だ。
結局一緒にダンジョンに行くことを許すと、エヴァの髪の毛からスルリと離れた。
「仕方ない。一緒にダンジョンに行く。足手まといならすぐに逃がす」
エヴァに言われて、クロマルは丸い体を二つに折って頷いた。あんこを包んだ桜餅みたいになった。グニョォッと二つ折りのスライムが出来上がった。
クロマルはダンジョンの魔物暴走で思うところがあった。今、自分が戦わなければ愛する人が死んでしまう。それだけではない。ギルドにいるすべての大切な誰かが、死んでしまう。
もう、過ちは繰り返さない。クロマルは一人になっても魔物暴走を止める覚悟があった。ここに従魔のクッキーがいないことが悔やまれるが、一人でも戦ってやる覚悟だ。
そうしてクロマルはエヴァにくっついてダンジョンまで来て、戦い続けている。獅子奮迅の活躍だ。カレンはきっと信やポポを探し回るだろうが、地上にいればここより被害は少ない。死ぬことはないだろう。
クロマルは覚悟を決めてアシッドスライムと対峙したが、今は逃げたい気分になっていた。
もはやクロマルの体を維持する魔力が限界だ。こんな巨大な粘体生物、クロマルだけのマジックシールドでは防ぎきれない。クロマルの予想をはるか大きく上回っていた。
アシッドスライムの一部が、クロマルのシールドに覆いかぶさる。ドロドロの溶岩が薄いガラスに覆いかぶさるように、クロマルの展開したシールドに覆いかぶさってくる。
あまりの重さに、クロマルはふやけてなくなりそうなほど魔力が喪失していた。
へっへふー。へっへふー。クロマルはラマーズ法の呼吸でシールドを頑張って維持した。プリッとクロマルから何かが生まれそうだ。
「クロマル! 頑張って!!」
エヴァの声援もあるが、クロマルにはもはや聞こえていなかった。
一応言っておくが、彼らは大ピンチなのだ。決してお笑いを見せたいわけではない。ギルドのみならず、この地区に住んでいるすべての人にとって、大ピンチなのだ。
ただ、クロマルの姿がコミカルすぎて、ピンチ具合が伝わらないだけだ。
★★★
カレンとクッキーは必至になってエヴァとクロマルを探した。しかし、見つからなかった。エヴァとクロマルがすぐに行動を起こし、ダンジョンに向かったからだ。クロマルの予想は的中しており、カレンはギルド内でクロマルを探していた。
すでに避難が済んで誰もいない病院を走り回る。ハンターたちが地上にあふれた魔物たちを処理する中、カレンはクロマルを探して走り回る。
「おいあんた! その恰好と武器、首に下げたドッグタグはハンターだろ!? 今は猫の手も借りたいんだ! 市民の避難を手伝うか、魔物の後始末をしてくれ!」
どの程度のランクかは分からないが、通路に湧いて出た魔物を倒すハンターがいた。人間の若い男だったが、カレンは彼を無視してクロマルを探す。
「おい! 聞いてるのか!」
「今はそれどころじゃない! 悪いけど他を当たって!」
「なんだと!? おいちょっと待て! そっちには誰もいないぞ!!」
カレンは彼の言うことを気にせず走り続ける。
幾度もハンターたちに呼び止められるが、カレンは無視した。本来ならカレンも避難活動に従事するべきなのだが、それどころではないのだ。
カレンは思った。クロマルは、死んだ旦那の従魔かも知れない。昔飼っていたクッキーを連れてこれたのは、多分そのような理由だと思った。まさかクロマル自体が、死んだ旦那のはずはない。そう思うようにしていた。
「どこに行ったんだ!! 近くの診察室だったのに!!」
ギルド病院の通路を走り回るカレン。
偽オカメインコのクッキーが、飛びながらカレンの後ろをついていく。クッキーはピーチクバーチク喋るのだが、カレンには意味が分からない。
『そっちじゃない! そっちに行っても、我が主はいない! こっちだ!!』
クッキーはピーピー騒ぐが、カレンはクッキーの言葉など分からない。クロマルがいなくなってただ鳴いているのかと思っていた。
カレンがあまりにもアレなので、クッキーはたまらず巨大化。カレンの行く手を遮った。
「え!? 巨大化した!?」
比較的大きい通路だったが、クッキーの巨体にはかなり狭かったようだ。モフモフの鳥が通路いっぱいに広がる。
「クエ!!」(こっちだ!!)
クッキーはカレンの襟をくちばしで咥えると、狭い通路を走り出した。
ドタッ! ドタッ! ドタッ! クッキーは病院の通路を猛牛の如く走り出す。
「うわわわわあああ!!!」
突然大きくなったクッキーに咥えられ、カレンは半狂乱。
「なになに!? なんなの!?」
まさか手のひらサイズの小鳥が、自分より大きくなるとは思わなかったんだろう。カレンはジタバタ暴れるが、クッキーに咥えられて何もできない。
そのままクッキーはギルドの本館に走っていき、一階の総合受付まで走った。
ダンジョンへの鉄扉まで来ると、「クエ!」と鳴いて、カレンを床に下した。人々は大体避難したのか、受付前は閑散としている。魔物の姿もない。
ここだよ! この扉の向こうにいるよ!!
クッキーはトサカのある頭で、カレンの背中を押した。
「え? ちょっとまって? この向こう側にいるの? この向こう側ってダンジョンでしょ。シャッターが下りてるけど」
そうなのである。今は隔壁が降りている。だが、エヴァとクロマルや避難が遅れたハンターたちの為、横に小さな通路があった。そこから移動できるようだ。潜水艦のようなハンドル式のハッチだ。
「あ。ここから移動できる?」
カレンがハッチに近づこうとしたら、館内放送のスピーカーから声がした。
『そこにいるのはカレン君か!? 隣にいる巨大な鳥はなんだ!?』
俊也の声だ。どうやら監視モニターでカレンの姿を見つけたらしい。
「あ? 誰?」
『ギルド長の俊也だ!』
「ギルド長? あぁ。不味いなこれは。うーん。えっと、この鳥はクッキーというインコみたいな鳥でして。私のペット? なのかな?」
カレンはしどろもどろ。巨大化したクッキーについて説明などできない。ここにいることも本来はよくない。避難するかしないと、怒られる。
『カレン君の従魔か? とにかくそこは危険だ! 早く非難しなさい! そこからなら避難用シェルターが近い。そこに行きなさい!』
カレンはその言葉に首を振る。ダンジョンでクロマルたちが戦っているなら、無理やりにでも行かなければならない。ここでクロマルを殺させるわけにはいかない。
『君が行っても無駄だ! 相手は化け物だ!』
「でも、私は……」
カレンが言いよどむ。確かに行っても足手まといになるだけで、逆にクロマルやエヴァに迷惑がかかるかもしれない。それでも今は行かなければならない気がした。
カレンが悩んでいると、クッキーが隣でギャァギャァ騒ぐ。
何してんだ! 行こう! 主人がピンチなんだ!
クッキーはドタドタと暴れている。
「確かに、役に立たないかもしれない。それでも、私は…………」
「ええ。行きましょうか、カレンさん」
「え!?」
カレンが振り向くと、そこには息を切らせた信がいた。頭に緑色のスライムを乗せて。




