47 ギルドの攻防戦 4
シリカゲルという乾燥剤をご存じだろうか?
あの、つぶつぶのビーズみたいなものだ。
相対湿度90%の条件で30%程度の吸水量を持っている。一般人が聞いたら、なんだそりゃと聞き返す言葉だろう。
要は、シリカゲルとはお菓子などに入っているビーズのような物である。空気中の水分を吸収してくれる、大変優秀な商品だ。
さぁそこで皆様、お立合い。
魔力は、空気中に存在している。空気と溶け合うように、「風」とともに世界を循環している。
窒素と同程度の重さであると考えられている魔力。あらゆる物質と溶け合う性質を持っていて、人間の体にも、血液とともに流れている。
空気中の魔力を吸収するには、シリカゲルでは不可能だ。シリカゲルは水分を吸収する。では、魔力を吸収する物質や製品はないのか。
答えは、ある。至極当然として、この世界には存在している。
ファクターである。
正確には、ファクターの魔術制御と電子回路、核となる「吸魔石」となる。
植木信、最大の切り札。
空気を真空にすれば、魔力は存在できない。
魔力過多症である信。彼はより効率的に、魔力を吸い出すファクターを作ってきた。行く度も、実験と検証を繰り返し、人工魔石すら作り上げた。
彼の作ったファクターは、最大稼働時半径3メートルほどの空間を、真空にできる。極端だが、シリカゲルで水を吸い込むように、だ。
当然、真空に魔力はないのだから、魔法は使えなくなる。魔族の張った魔力障壁は、数秒ほどだが強度を失うだろう。
信は、ポポを追い詰めた魔族と思われる男を見た。
真っ黒いローブを着た、悪の親玉みたいな奴だ。
奴は少し前に言っていた。
『私の持っているのは人間の作ったプラスティックファクターではない。神の作ったアーティファクターだ』と。
魔族が手に持っているファクターは小さな指輪型のファクターだ。大きな宝石が指輪の台座に乗っている。
アーティファクターは聖遺物だ。その力は神の領域と聞く。今、魔族が手に持っているファクターがアーティファクターなら、その力は絶大。信が対抗できるものではないが、それでも信には必勝のルーティーンがある。
「神だろうとなんだろうと、この世界は物質世界だ。燃料がなくなれば動かなくなる。あんたはその燃費の悪いファクターを、あんただけの魔力で、どこまで維持できる?」
「はぁ? 何を言っている? 貴様が何をしようと無駄だ」
絶対の自信があるのか、魔族は回避行動を取るそぶりも見せない。
信は、震える足を叩いた。
やるぞ。
ポポや、このギルドにいるすべての人のために。なんだか分からないが、こいつが魔物暴走を起こした犯人と思われる。そんな気がする。見るからに怪しいし。ここで俺がやらないと、みんなが死ぬ。
普段気弱な信だが、優しいスライムが見ている。信がこれから活躍する姿を期待して、ポポが見ている。
信は、自分が作ったファクターの能力を解放させた。大事なファクターが一発でお釈迦になるが、仕方ない。
「ポポ! 合図したら触手で奴を全力攻撃だ!!」
ポポはシュバッと触手を上げて、了解の合図をする。
「はぁ。無駄な抵抗はするな。面倒になる」
魔族はため息をつくが、余裕のその表情はすぐに崩れることになる。
信がファクターの出力を全開にした瞬間。大気の気圧が急速に下がる。魔族のいる場所、半径3メートル付近が真空に近い状態となったのだ。魔力が風と共に信のいる方向に吸い出されていく。
能力解放して間もなく、信の腕に巻いたファクターが砕け散った。負荷に耐えきれなくなったようだ。
「誰かが考えたもしれないけど、誰もやらなかったろ!! こんなバカげたこと! 高価なファクターと魔石を使い捨てにするんだからな!」
「こ、これは!?」
魔族は初めて焦りの表情を浮かべた。
ほんの一秒から二秒程度の為、人体にそれほど影響はない。真空にしたからと言って魔族にダメージはない。問題は、魔族が展開している障壁に穴が開いたこと。莫大な魔力で障壁を展開しているのだから、魔力がなくなればどうなるか想像がつく。
「な、なに!! 障壁に穴が!!」
「今だポポ!! 触手を撃ちこめぇ!!!」
ポポは溜めこんでいた魔力を触手にすべて込め、魔族に撃ちこんだ。今度は当たる。展開されている障壁に穴が開いているし、全体的に薄くなっているのだから。
「しまった!」
触手はまっすぐ飛んでいき、魔族の左胸を貫いた。そのまま壁を突き破り、次の部屋に吹き飛んでいく。
「がはっぁああ!」
「ポポ! すぐに触手を引込めろ! 展開される障壁で切断される!」
信に言われ、高速で触手を体内に戻す。うまくいったようで、ポポにダメージはないようだ。
ふぅふぅ。
信は呼吸を荒げた。
こんなことは一生に一度でも体験したくない。命のやり取りなど心臓に悪い。
ポポがいなければ頑張れなかった。一人では逃げていた。誰かに任せて逃げていただろう。
「ありがとうポポ。助かったよ」
信に言われ、ポポは気づいたようにふんぞり返った。腰に手を当てて、「やったのよ!」と言わんばかりにふんぞり返った。
「ははは。相変わらずだねポポは。さて、奴はどうなった?」
ポポに左胸を貫かれ、コンクリートの壁を突き破って吹き飛んだ。普通なら即死だが、奴は魔族。とてもそれだけでは死なない。きっと瀕死の重傷だろう。
信は吹き飛んで行った方向に行くが、瓦礫があるだけで魔族の姿がない。おびただしい青色の血痕があるが、どこにも奴の姿がない。
「ウソだろ? 逃げた? どうやって?」
床に広がった血痕は、一か所にとどまっている。歩いて逃げたのなら、血が逃げた方向に落ちているはずだ。それがどこにもない。まるで神隠しにでもあったかのように、魔族の死体が消えている。
転移系の魔法は失われている。アーティファクターと奴は言っていたが、転移系のファクターも持っていたのか? 逃がすとは大誤算だ。
信は思案するが、ポポが何かを拾ってきた。
「これは、奴が身に着けていたファクター? うげ。しかも指ごとかよ」
ポポに攻撃された時に指がもげたらしい。ファクターと一緒に落ちていたようだ。
ぴょんぴょん跳ねて、魔族の指を渡そうとする。
「いや、気持ち悪いからやめて? ポポもそんなばっちぃ物早く捨てなさい」
信は言うが、ポポは証拠品だと言わんばかりだ。窓のカーテンを引きちぎり、指とファクターをくるんだ。
「マジか。さすがだよポポさん……」
信が感心していると、連絡を受けたハンターたちが走ってきた。高ランクのハンターたちなのだろうが、すべて終わった後に来られても困る。もっと早く来いと思った。
「おーい!! 大丈夫か君ぃ!!」
手を振って、ハンターたちが走ってくる。
「遅いよあんたら……」
信は通路にあったベンチを見つけ、そこに腰を下ろした。魔族を逃がしたのは痛手だが、信は戦闘が終わって安心した。
「はぁぁぁぁ。疲れたぁぁぁあ」
信は砕け散った自慢のファクターを見るが、心は晴れやかだ。自分の研究は役に立った。無駄ではなかった。
「みんな、無事かな?」
まだ魔物暴走は収まっていない。警報がどこかで鳴っている。
「エヴァは大丈夫だろうけど、カレンさんが心配だ。休んでいられない。行くぞポポ」
予備のファクターを腰袋から取り出して、腕に巻く。巻いたのを確認して、ポポはピョンッと信の頭に飛び乗った。
「う。重いぞポポ」
ポポは重いと言われて信の頭をポカポカ叩く。スライムになっても体重は気にしているらしい。
「わかった分かった。行こうポポ」
「おいちょっと待て君!! 説明しなさい!」
「そんな時間はない。頼むポポ。カレンさんの魔力を探ってくれ」
ポポは触手でカレンのいる方向を指さした。
「よし。行くぞ」
「聞いているのか君! 待ちなさい!」
到着したハンターたちが呼び止めるが、信は気にしない。魔族の指とファクターを腰袋にしまうと走り出す。
「無事でいてくれよ!」
信の言葉に、ポポはブルブル震えて無事を祈った。




