46 ギルドの攻防戦 3
ポポは信のいる場所を目指して、跳ねた。跳ねに跳ねた。スーパーボールなんて目じゃないくらいに跳ねた。
ギルドビルの中は阿鼻叫喚。魔物があふれて、人々は押し合いへし合いのパニック状態。ランクの高いハンターたちが対応に追われているが、逃げ惑う人の波に押されて、対応ができない。
ポポは体が小さいので、人の合間を縫ってジャンプ! スルスルと信がいる場所に向かっていく。
途中、魔狼だったり、魔虫だったりと、魔物に出会ったが、すべて無視。彼ら魔物も、ダンジョンから上ってくるアシッドスライムに逃げ惑っている。すべての魔物が人間を襲っているわけでもないので、いちいち相手にしていられない。いられないのだが。
「きゃあああ! 誰かぁああ!!」
時たま人間を食おうと襲い掛かる魔物もいるので、ポポは触手を伸ばして一撃で倒す。ポポは人間の味方だから、助けないわけにはいかない。
シュバッと触手が伸びて、ゴシャッと魔物の頭を粉砕。コミカルな擬音が多くて分かりにくいが、ポポに倒された魔物は見るも無残な肉塊になってしまう。
「うわぁーすごいー! お母さん、この子つおいー!」
ポポを指さして笑う女の子。ポポのせいでグロシーンが展開されているが、助けられた子は喜んでいる。怖くないのだろうか?
恐らく、喜んでいる子供はギルド職員の子供だろう。ギルドビルには保育園もあるので、子供たちも一緒に避難しているのだ。
子供に襲いかかろうとした低級の魔狼「グレイファング」を、ポポは一撃で倒した。見事に頭が消滅している。
「ひ!! なにこのスライム! このスライムもダンジョンから!?」
子供を連れた親はポポに恐怖する。親からすれば、ポポも魔物だ。パニック状態では、ポポが誰かの従魔など把握できない。
パニックになった大人を相手にするのはめんどくさい。喜んでいる子供にだけ触手を伸ばして「またね!」とあいさつ。子供もポポに手を振ってくれる。あとはササッとジャンプして離れる。
ポポは信を探しつつ、そう言った慈善活動を何回も繰り返した。何度もポポが助けるので、「すげぇ強いスライムがいる」とか、「優しいスライムを見たのよ」とか、情報が錯綜し始めた。
ポポが人々を助けている時、俊也はギルドビルの制御室でポポの勇姿を見ていた。制御室は監視モニターがたくさんある部屋で、オペレーターである職員が忙しそうにキーボードを叩いている。人々の避難と、ギルドビルから魔物が出て行かないように、必死になって隔壁や結界魔法を作動させている。
その制御室で指揮を取る俊也。監視カメラの映像には、人々を助けまくるポポの姿が映っている。彼はそんなポポを見て、眉間にしわを寄せた。
「あのスライム……。勝手なことをして……。あの子はあまり目立ってほしくないスライムなのだが……。しかし、被害が最小限に収まっているのも事実。仕方ない、ポポ君は放置だ。おい君! 高ランクハンターたちに連絡を取れ! 三番通路に隔壁を破壊している男がいる! この非常時に何を狙っているのか分からんが、隔壁を破壊されたら敵わん!」
「はい! 近場にいるハンターを向かわせます!」
俊也は監視モニターで、怪しいローブ姿の男を発見した。その男は降ろされた鋼鉄の隔壁を破壊しようとしている。爆弾を仕掛けて、隔壁を爆破しているのだ。
「火事場泥棒というやつか? それにしても爆弾を仕掛けるとは普通じゃないな。あの男、何者だ? もしかして、今回の首謀者じゃないだろうな?」
ワイバーンの暴走に続いて、アシッドスライムの暴走。明らかに意図的なものを感じる。しかも暴走した魔物に理性はない。ただただ、暴れている。目的が分からない。
「あのローブ姿の男を捕まえろ!」
「はい!」
俊也に命令された職員のオペレーターは、近場のハンターに連絡を取り始めた。
「しかし、このままではポポ君が危ない。ポポ君が直進する先に、画面に映っているローブの男がいるぞ。エヴァは一体どこに行った? くそ。連絡が取れん」
俊也は通信機能が麻痺したスマホを置き、苦虫を噛んだような顔をした。
そしてこれより数分後、今回の首謀者である魔族の男と、ポポが激突する。
★★★
信はその時、走っていた。
自身の魔法属性である、風の魔法に導かれるように。
ポポの魔力風を肌に感じて。
信は東海林から指輪の解析データをもらった。そこで魔物暴走の緊急放送が流れた。ギルド全体に流れた瞬間、スマホの通信が利かなくなった。一斉に通信機器が使われた為だ。基地局からの通信と、パケット通信のスカイアプリもダウン。
エヴァやカレンと連絡が取れなくなった。俊也にも連絡が取れない。ギルドの人間に内線電話を借りたかったが、逃げ惑う人々のせいでそれどころではない。店の外は、人が津波のように避難している。
「東海林さん、先に避難してください。俺は探さなければならないパートナーがいます」
信は解析状態が書かれている紙を東海林から受け取った。カレンの指輪についての解析状況が書かれている。どうやらカレンの旦那は“闇属性”らしい。
「信君、君も一緒に避難した方がいいぞ? パートナー? 恋人かい? その人もきっと避難している。こんな状況で、信君を探す余裕はないだろう」
東海林はもっともなことを言う。災害時に大切な人を探しに行くのは心情的に分かるが、それはあまりに自己中心的な考えだ。素人が探しに行っても二次災害が発生するだろう。ここはギルドの指示に従うべきだ。
信の探す相手が、人間ならばだが。
「そうですね。あの子は、ポポは俺の恋人みたいなものですね。彼女は多分逃げないで俺を探している」
「ふうむ。そうか。ポポちゃん? 大切な子なんだな? 大人として、本当は引き留めるべきなんだろうが」
本気の信を止めるすべは、東海林にはない。
「それと東海林さん、申し訳ないですが、この店で売っている高級魔石をもらえないですか? 料金は後で払うんで。多分、隣の魔石屋の主人は避難したでしょうし」
「魔石? 君は、何をする気だ? 馬鹿なことは止めなよ?」
「まさか。東海林さんは俺が魔法を使えないのを知っているでしょ?」
「それは知っているが、君が力を隠しているのも分かっている」
信はその言葉に、笑ってごまかす。東海林からは殆どごり押しで魔石をもらう。もらった魔石は上位の風魔石。風は信の魔法属性だ。
「ありがとうございます」
「気を付けてな。外の避難所で待っている」
東海林の言葉に頷き、そして信は走り出した。店の外で自分を探す仲間を目指して。
信は走り出した時、魔力通信に切り替えた。腕に巻いたファクターを使用しての音声通信だ。腕時計型の小型ファクターでも、魔力通信機能はある。
現在では使うものはほとんどいない。魔力通信は高い魔力制御スキルが必要になるからだ。
信はポポとの魔力合わせの訓練を思い出す。
ここ最近、ポポと訓練をしていた魔力合わせ。遠く離れていても、ポポの持つ魔力の風が、信の肌に感じる。
「どこだ? ポポ。エヴァやカレンさんも行く先で合えればいいんんだが……いや、避難してくれた方がいいな。この人混みでは探すのは難しいな」
ライブ会場のように、通路に人が集まって移動している。これでは探すのは容易ではない。
信は、人の波をかき分け、走った。
★★★
信がポポを探している時、ポポはローブの男と激突していた。
ポポが爆発音と人々の悲鳴を聞いて、信を探すのを中断。問題の場所に急行したら、隔壁を破壊している男がいた。真っ黒いローブを着た男だ。
フードを深くかぶっており、顔は見えないが、危険な雰囲気はビシバシ感じる。ポポは触手を出して身構えた。
「なんだこのスライムは。私が魔石を与えたアシッドスライムではない? てっきり奴かと思ったが、なんだこの莫大な魔力は。しかもこの魔力の感じ。このスライム、妖精種か?」
ローブの男は、現れた緑色のスライムを冷静に分析する。
「それに頭の花はなんだ?」
ローブの男はポポに近づこうとする。
ポポは魔力を集中させた触手を男に向かって発射した。近づかせてはならない。そう思った。
「スライム特有の触手攻撃か」
ローブの男は何かのファクターを起動させたらしい。ポポの攻撃が見えない壁に弾かれる。弾かれた触手は壁に深く突き刺さる。
「アシッドスライムではないが、このスライムの方が強いな。ちょうど良い。捕獲しよう」
ローブの男は懐に手を入れて、アイテムを出す仕草をする。ポポはそれに危険を感じた。近くに落ちている瓦礫を持って、男に投げつける。
「無駄だ」
投げた瓦礫が何かの障壁に弾かれる。
「私の持っているのは人間が作ったプラスティックファクターではない。神が作ったアーティファクターだ。いかに貴様の魔力が高かろうと、この障壁は破れん」
ローブの男はポポに近づいていく。
ポポはスライムに生まれて初めて、身の危険を感じた。自身の能力を超える敵が現れたのだ。今は信も、エヴァも、カレンもいない。クロマルも、クッキーもいない。仲間がいない状況は、これが初めてだった。
ポポは恐ろしくなって、プルプル震えだす。
やっと会えたのに、ここで離れ離れなんて絶対にいやだ。
ポポは近くに落ちている物を手当たり次第に投げつける。一発一発の威力が必殺レベルの投擲だ。それでも、見えない壁がローブの男を守る。
「無駄だというのが分からないのか。学習しないのはどのスライムも同じみたいだな。馬鹿なのはスライムの特徴だな」
男は懐からガラスの試験管を取りだし、をポポに向ける。試験管には何かの術式が描かれている。封印系魔導具のようだ。
「俺のところに来てもらおうか。アシッドスライムもじきにここへ到着する。貴様も我々の糧になれ」
ポポは、負けるわけにはいかなかった。絶対に信の元に行かなければならない。彼女は、全力の魔力を触手に一点集中した。それは、神の槍とも呼べるような、必殺の触手突き。
「なんだこの魔力の高まりは。本当に妖精種なのか? 貴様は一体?」
ポポは一本の触手を槍に見立て、ローブの男に全力攻撃。光の速さで触手が飛んだ。
触手は男の展開する障壁に激突。黒板をひっかくような耳障りな音が響き、障壁にヒビが入る。何もない空間に、ガラスの割れたようなヒビが見えた。
「な! 馬鹿な!! ヒビが入った? アーティファクターの展開する結界を壊そうというのか!?」
男はポポの攻撃に驚愕と恐怖を感じた。今までに破られたことのない障壁だったのだろう。ポポの異常な魔力と攻撃力に、さすがのアーティファクターも限界を超えたようだ。
「貴様……。ただのスライムではないな。必ず捕まえて解剖してやるぞ」
ポポは男の言葉に震え上がる。ここは一旦引くべきだ。逃げなければならないが、逃げられるような状況にない。背を見せれば、ローブの男が捕まえに来る。隙を見せたら一発で捕まる。
ポポはダラダラと汗を流し始める。不味い状況だ。これは予想していなかった。この男からは殆ど魔力を感じないのに、なぜこんなに強いファクターを使用できるのか。不気味すぎる。
「逃げられると思うなよ。緑のスライム」
ポポは焦りに焦った、全力の攻撃が利かない。しかも今ヒビを入れたところが完全にふさがった。時間とともに修復するらしい。ポポの攻撃にはタメが必要だ。そう何度も繰り出せる攻撃ではない。全力の魔力を込めているのだ。
これ以上はどうしたらいいか分からない。ポポの思考は単純だ。力押しでダメなら逃げるしか出来ない。難しい攻撃を繰り出すことは今のポポには出来ない。
初めて、ポポは信に助けを求めた。いつもは助けるばかりだったが、今初めて主に助けを求めた。
怖いよ! 怖いよ! 信、助けて!!
ポポはブルブル震えて、何もできない。
ローブの男が近づいてくるが、何も手立てはない。ポポはクロマルのように魔法が得意ではない。ろくな魔法は使えない。
「観念したか? 安心しろ。貴様は魔族の礎となるのだ。滅びかけた帝国を復活する礎にな」
ポポは信との優しい日常を思い出した。ポポは、こんな戦いに身を置くようなスライムではない。戦っても、圧勝するのがポポだ。これは、ポポの領分ではない。
ポポは、信に叫んだ。
助けて!
ポポの叫びに応じたのか、風の上級魔法がさく裂した。すべてを吹き飛ばすような暴風が。通路に満たされた。
ギルドの建物は風の衝撃波で次々に破壊され、壁や柱のコンクリートが粉砕し鉄骨がむき出しになっていく。すさまじい威力の風魔法だが、障壁を張った男にはダメージがない。
ドーム型の障壁らしく、男の半径二メートル付近は、風の衝撃が届いていない。ローブの男に傷はないが、足を止めることには成功した。
「なんだ? 風の上級魔法?」
ローブの男は魔法が発生した方向を見ると、ひとりの青年が立っているのが見えた。両手首に、二本のファクターを巻いた、一人の青年だ。
「ポポ、ごめん遅くなった。本当はここでかっこいいことを言うのがヒーローってやつだけど、俺はそういうのガラじゃないんだ。許してくれ」
信は頭を掻いて恥ずかしそうにしていた。
ポポは信を見つけると、すぐにジャンプして移動。涙を流しながら信の胸に飛び込んだ。
「うわっとと!」
信は飛び込んできたポポをキャッチ。
ポポは主が来て安心したのか、ポカポカと信の胸を叩いた。
「一人にしてごめんな」
信は、ポポを追い詰めたローブの男を睨みつける。
「一応、こんな弱い俺でも、策は練れるし、使える。お前の攻略法、すでに思いついたよ」
信はローブの男を見てにやりと笑った。ローブの男は、言った。
「貴様がスライムの主人か? 面白い。貴様も捕まえて解剖してくれる」




