44 ギルドの攻防戦 1
エヴァから連絡が入り、信たちはギルドに向かった。
信はカレンの指輪型ファクターをギルドの検査機にかけるため、忘れずに持った。ギルドの検査機は最新型の大型機械だ。料金は取られるが、仕方ない。
今回、香澄は学校の為、カレンが代わりに一緒にギルドに行く。信の車に乗り、ギルドへ向けてドライブだ。
車を発進させると同時に、クロマルはせわしなく動き回る。外の景色を見たくて、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。シートの上で大人しくていることがない。
「こら! 危ないでしょ! 座りなさい!」
一緒にいるクッキーも混ざると、収拾がつかない。カレンがクロマルを捕まえようとするが、どこにでも入れるスライムに、死角はない。シートの下に潜り込んだりして、カレンから逃げ回る。クッキーに至っては、車内で飛び回りつつ、糞を飛ばすという曲芸をしている。
もはや車の中はカーニバルだ。
ポポはそんなクロマルたちをよそに、大人しく助手席に座っている。ようかんを食べながら、信の頬を撫でている。
「はぁ。いずれはクロマルもポポみたいに落ち着くだろ。慣れるまでの辛抱だな」
信は車のハンドルを握り、ギルドに向かった。
信はカレンたちとギルド支部に入ると、エヴァが総合受付で待っていた。
「よく来た。ギルド長が待ってる」
エヴァに案内され、ギルド長室へ。
エレベーターでいつものように向かい、ノックをして部屋に入る。信とカレンは俊也に挨拶をしたが、クロマルは俊也を見ると、ビクッと震えた。
俊也を知っているのだろうか? クロマルは一瞬動きを止めたが、部屋に入るとなにやら物色し始めた。置いてあるデスクやパソコンを弄り始めたのだ。クッキーも部屋の中を自由に飛び始める。
「こら! 静かにしなさい!」
カレンが怒るが、クロマルとクッキーは言うことを聞かない。まるで母親とやんちゃな子供たちである。
俊也は部屋に入ってきたクロマルを見ると、顔をひきつらせた。
「本当だったのか。その黒いスライムが、ポポ君と同じ系統のスライムなのか? 信じられん。なぜ同じ時期に二匹もスライムが……」
俊也は頭を抱えた。
「あ、あの。なんだかすみません。俊也さん」
「信君は私を過労死させたいようだね。ポポ君だけなら良かったが、もう一匹となると、もはやお手上げだ。手が回らない。今も実務は副ギルド長に頼むしかない状況だ。彼は今も方々に出向いているよ」
信は平身低頭。頭を下げた。いくら信が不可抗力と言えども、他人に迷惑をかけているのだ。これは謝るしかない。
「仕方ない。その黒いスライムや、魔力の高いインコか? エヴァから聞いているが、改めて彼らの話を聞こう」
「分かりました」
信とカレンは話し始めた。
★★★
俊也と話をして、クロマルとクッキーは病院で健康診断を受けることになった。
ポポも頭のタンポポについて再度診断を受けるという。信はポポに一人で大丈夫か聞いたところ、ポポは触手を上げてテレパシーを送った。
『一人で大丈夫よ。信。私のことは心配しないで』
ポポは喋ることは出来ないが、言葉にするとこんなことを思っている。
もちろん、ポポからのテレパシーをそのまま言葉では受け取れない。信は何となくニュアンスで感じ取る。それ対して、信もポポにテレパシーで応える。
『そうか。分かったよ、ポポ。俺も用事があるから、一人で頑張ってね』
『ええ。信もね』
ポポと信は無言で見つめ合い、脳内で会話を展開させる。言葉の最後に、必ずハートマークが飛び交っている。すべて感覚での会話だ。
信はポポを愛菜の生まれ変わりと認識している。愛菜は信の初恋の相手。今でも想いが褪せることはない。愛しているのだ。
ポポも愛菜の記憶が完全にあるわけではないが、信のことが大好きだ。
『信……』
『ポポ……』
当人同士はいちゃいちゃラブラブしているが、はたから見ると、スライムと見つめ合った変人みたいだ。
「あの、信君? 何してるの? ポポと見つめあったまま動かないけど」
不審に思ったカレンは、信に聞いた。
「あ! えと。その。ごめんなさい。今、ポポと心の会話をしていまして」
「心の会話? 従魔の念話スキルのこと?」
「あ、それです。ハイ」
信はポポとの会話内容は伏せ、適当に相槌を打った。スライムと愛し合っている会話など、誰にも言えん。
その後、信はギルドのファクター修理屋に向かった。エヴァとカレンは、クロマルたちを伴って病院に向かったのだった。
★★★
信はカレンたちと別れ、ギルドにあるファクターの修理屋に来ている。ここは信のバイト先と繋がりのある店だ。何度か足を運んだことがある。
信はギルドに来るのはあまり好まないが、仕事ならば仕方ない。割り切っている部分がある。
ギルド内の隅っこを歩きながら、知り合いに見つからないように歩く。見つかったら面倒だ。意味もなく絡まれるかもしれない。このご時勢に野党は滅多にいないが、野党みたないカツアゲ集団はいるのだ。
今の信ならばカツアゲされるようことはない。逆に返り討ちにできるほどの技術と知識がある。それでも、昔の知り合いに合うのは気分的によくない。
コソコソとギルド内を歩き、ファクター修理専門店に到着した。ギルドビルにある、ハンター御用達の店だ。隣は理髪店と魔石屋になっている。
信は自動扉をくぐると、店主に挨拶をした。
「こんにちは。連絡をした植木です」
「お。信君じゃないか。久しぶりだなぁ。景気はどうだい?」
昔、ハンターで慣らしたガチムチの店主が迎えてくれる。ホモなので、顔が良い信は要注意だ。
「お久しぶりです。東海林さん。景気はまぁ、ボチボチですかね」
信は苦笑いで、応対する。ここの店主は嫌いではないが、苦手だ。ホモというのもあるが、何となく生理的に受け付けない。
「それで? 連絡があったファクターはどれだい?」
「これです。検査機にかけて頂けますか?」
信は可愛らしい、指輪型のファクターを渡す。カレンが大切にしているファクターだ。店長の東海林はその指輪を受け取ると、眉間にしわを寄せた。
「ムーブメントは直したようだね。さすが信君だ。でも、魔石の修理がまだだね」
「大きなクラックが入っていまして。直すのには、“契約者の魔力”が必要なんです」
「その契約者は?」
「故人です。手に入りそうもありません」
東海林は、「あちゃ~」と言った。
「信君、そりゃ無茶な依頼だよ。直せない仕事を受けてどうすんだい?」
「一応、直すための秘策はあります。魔力欠乏症のファクターを開発し続けた技術が、俺にはあるんで」
信は無駄にファクターを開発し続けたわけではない。膨大な実験には、裏打ちされた技術と経験がある。信には、その確かなスキルがあるのだ。
「それで? 検査機にかけるのは良いけど、なにを検査するんだい?」
「亡くなった持ち主の細かな魔力属性と、血液状態を知りたいです」
「血液? 信君まさか、魔石を治すための疑似結晶を作るのかい?」
疑似結晶とは、人工魔石のことだ。信は人工的に魔石を作り、ヒビが入った魔石に埋め込むつもりだ。
「疑似結晶はまだ技術が確立されていないと聞いたが……。信君、やり遂げたのか?」
「特許を出すレベルには至っていませんが、やる価値はあります」
東海林は驚いた。信の絶対の自信と、技術に。
信は確固たる信念がある。時間がかかっても、絶対にやり遂げる。最初にカレンのファクターを見たときは難しいと思ったが、この程度、今までの実験に比べれば苦でもない。
魔力欠乏症を根絶させる、ファクターを作る。それに比べれば、カレンの指輪修理は児戯に等しい。それくらいの差があるのだ。直せないはずがない。
「信君の技術、誰かに盗まれないようにしなよ? 君の技術は10年、いや20年以上先の技術だ」
「それは買いかぶりすぎです。エジソンは言っていたじゃないですか。私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。って」
東海林は信の達観した言葉に、感心した。若い上に、考えがしっかりしている。ことファクターにおいては、素晴らしい技術者になるだろう。
「君の将来が楽しみだな」
東海林は受け取ったファクターを検査機にかけた。
「検査が出るのは1時間はかかる。少しギルド内を見て回ったらいい」
「いえ、店の中で待ちます」
無闇に歩き回りたくない。
「そうかい。なら茶でも飲んでいてくれ」
「ありがとうございます」
信は言って、備え付けの椅子に腰かけた。ファクターのこととなると真面目になる信。
ポポといちゃついている時とは別人であった。
★★★
場面は変わり、信がファクターの修理屋に行っている間のこと。
カレンやエヴァは、クロマルとクッキーを連れて病院に来ていた。以前、ポポの健康診断を受けた場所だ。
ポポはエヴァたちと途中で別れ、病院の別フロアに行った。同じ院内だが、ポポの行った場所には大型の検査機があるらしい。そこでポポは別検査だ。
「ポポはおとなしいし、大丈夫。問題はこの黒いスライム」
クロマルは美人の看護婦を見ると、足に飛びつこうとしている。スケベ心丸出しで、看護婦や女医を見ている。
クッキーは小さな木箱に入れているので逃げ出すことはないが、クロマルはいつどこに行ってもおかしくない状況だ。エヴァがなんとかクロマルを抑えているが、本気になったら逃げられるだろう。
待合室の長いすで座っていると、アナウンスで呼ばれた。
『スライムのクロマル様。三番診察室までお越しください』
順番が回ってきたようだ。エヴァはクロマルが逃げないようにしっかり抱きかかえ、診察しに行くことにした。
「カレンはクッキーをお願い。私はクロマルをどうにかする」
戦地に赴くような表情をしているエヴァ。クロマルはエヴァから逃げようと必死で抵抗している。体をひねらせて、逃げようともがいている。
「痛いのは注射だけ。逃げるな」
クロマルは触手を振り回しているが、エヴァの怪力の前には逃げられない。クロマルはポポほどの膂力はない。
「エヴァさん、がんばってね」
「カレン。私のことはエヴァでいい。気を使う必要はない」
「そう? ありがとうねエヴァちゃん」
「むぅ。エヴァでいいのに」
カレンはニコニコしてエヴァを送り出した。クロマルは逃げようと必死だが、やはり無理なようだった。
診察室に消えると、次に呼ばれたのはカレンだった。
『ミノタウロスのカレン様、従魔と一緒に6番診察室までおこし下さい』
カレンは呼ばれたので、木箱に入ったクッキーを持って立ち上がる。相変わらずカレンの大きな胸がプルンと揺れる。
「それじゃいくよ? 暴れないでね」
クッキーは木箱の中で眠っているのか、静かにしていた。
六番診察室に入ると、医者と看護師が一人ずついて、獣医のような印象を受けた。実際獣医なんだろう。人間用の医者ではない。
カレンはクッキーを手渡すと、椅子に座って待機。暴れたらすぐにカレンが取り押さえに行く手はずだ。
医者はベテランで、40代の男性だった。かなりの魔物を見てきた実績があるようで、クッキーを見ても対して驚かなかった。
ただし、一言だけ発した。
「幻獣だね」
カレンはびっくりした。 は? という感じだ。
インコのクッキーは、ただの鳥ではない。動物のオカメインコではなかったのだ。
「幻獣ってどういうことですか?」
「いや、そのままだよ。この鳥、インコじゃないよ。幻獣だよ」
「…………」
カレンは絶句して言葉が出てこない。クロマルがどこからか持ってきた鳥は、幻獣だった!
「今は眠っているようだね。あとは大丈夫ですよ。カレンさんはそこで待っていてください」
医者はそういうと、クッキーを持って奥の部屋に消えて行った。
「安心してください。先生はこの道20年以上のプロです」
看護師もカレンに声をかけてくれた。カレンは呆けたまま、椅子に座って待ち続けた。
30分ほど経過しただろうか。診察室横の椅子で待ち続けるカレンに、先ほどの女性看護師が声をかけてきた。
「カレンさん。少しお話があります。先生が診察室でお待ちですので、中にお入りください」
カレンはハイと言って、診察室に入る。中に入ると、クッキーは先生の頭に乗ってピーチクパーチク騒いでいる。
言ってはなんだが、先生の頭は禿げ散らかっている。クッキーがその禿げている頭で騒ぐと、先生の頭はさらに禿げていくのではないか。
「な、なにしてるの!」
カレンは先生の頭からクッキーを捕まえようとする。
「ああ大丈夫ですよカレンさん。気にしないでください」
「え? でも」
「それよりもカレンさん。問題が少しあるんですよ。あなた、以前にこの鳥飼っていましたか?」
医者はカレンに脈絡のないことを言ってくる。
「は? 何を言ってるんですか?」
「いやね? 調べたらすごいことが分かりまして。当病院で登録した従魔と出たんですよ。それもかなり昔に。従魔契約末梢の手続きが、ギルドからされていましてね? カレンさんが行ったと思うんですが」
確かに、カレンは以前に鳥のヒナを飼っていた。旦那が孵化させた謎の卵だ。しばらく飼っていたが、旦那が死んで、さらに飼っていた鳥が行方不明になった。
カレンは仕方ないので、ギルドに旦那の死亡届けと、従魔契約末梢の手続きを行った。それが数年前の話だ。
「この子、以前にあなたが飼っていた鳥じゃないですか? 従魔契約がされてますよ。あなたの旦那さんと」
「え? ちょちょ、ちょっと待ってください。意味が分かりません」
「いや、だからね? この鳥はあなたのペットです。しかも、従魔契約は“再契約”されてます。魔力紋の波長から、あなたの旦那さんと分かっています」
飼っていた鳥が戻ってきた? しかも旦那と再契約? 医者の言っている意味が理解できない。
百歩譲って、昔飼っていた鳥の「クッキー」が帰ってきた。それはいい。偶然ならありえるかもしれない。
それは分かるが、旦那と再契約とはどういうことだ。旦那はすでに死んでいる。この世にいないのだ。新しく契約し直すなど、出来るはずがない。
「クッキーという名前でうちの登録名簿にありました。どうやって帰ってきたか分かりますか?」
どうやって帰って来ただと?
それは、クロマルが……。
え?
クロマル?
カレンはありえないことだと否定したが、信のことを思い出した。
信には、スライムのポポがいる。信じられないような、奇跡のスライム、ポポがいる。
信はポポについて多くを語らないが、非常に大切に、家族のように扱っている。彼にとって大切な存在なのは間違いない。
まさかとは思うが、ポポという前例がある。
「ウソでしょ……」
「逃げ出した従魔が帰ってくるということは、たまにあります。契約した旦那さんは今どちらに?」
旦那? この病院では分からないのか? カレンの夫は死んでいる。
「先生はまだ調べていないのですか? あたしの旦那はもうこの世には……」
カレンが医者に話そうとすると、突然病院内にサイレンが鳴り響いた。
突然、パトランプが回って鳴り響いたのだ。
『緊急警報発令。緊急警報発令。ダンジョンで第二級クラスの魔物暴走が発生しました。職員、並びにハンターは、速やかに避難してください。繰り返します……』
「なに!? 魔物暴走!?」
「先生! 今電話で連絡がありました! アシッドスライムがダンジョンで異常増殖しているらしいです! 早めに非難を!」
地震や洪水ではない。魔物暴走が発生したらしい。カレンにとっては最悪のタイミングと言える。
避難警報が「ウーウー」鳴る中、カレンの脳みそはフリーズして動かない。
クッキーが帰って来た。それにはクロマルが関わっている。しかも死んでいるはずの旦那が、生きている? クッキーと再契約した? カレンの脳みそは目まぐるしく動く。
もう、意味が分からない。
「カレンさん! クッキーちゃんを木箱に入れて! 避難しますよ!」
医者に言われて、ようやくハッとなるカレン。
そうだ。エヴァとクロマル。そして信もいる。ギルド長は大丈夫だろう。彼ならなんとかするはずだ。
まずは一番近い場所にいる、クロマルと合流すべきだ。聞きたいことがある。
カレンは医者の制止も聞かず、クッキーを木箱に押し込めると、三番診察室に走った。




