43 カレン
『次、止まります』
カレンはバスの降車ボタンを押した。
時間はお昼前。ピンポンと音が鳴って、『止まります』と女性のアナウンスが響く。客はカレンしか乗っておらず、閑古鳥のバスに寂しく響いた。
ふと視線を移すと、窓の外は見慣れた街の、見慣れた風景。カレンは自宅近くのバス停で降りる。バスの運転手も、何度も乗っている為、顔見知りだ。
バスから降りる時、運転士に笑顔で会釈し、カレンは降りていく。降りると、そこはアパートなどが立ち並ぶ住宅街。古い建物ばかりが目立つ。
この辺は裕福な者たちが住む場所ではない。下級層の市民が住む、安アパートが立ち並ぶ場所だ。生活保護の市民や、亜人たちが多く暮らしている。治安は悪くないが、貧困者が多い場所だ。
カレンはこの場所が嫌いではないが、死ぬまで住みたいかというと、そうではない。
いつか、ここではないどこか。
南の島に家でも買って、たくさんの動物たちに囲まれ、悠々自適に暮らしたい。
それに、果たさなければいけない“想い”や、託された“夢”もある。
いつまでも、ここにいるわけにはいかない。
近道はではないが、ハンターで大成するのがカレンに残された唯一の道。頑張らなければならない。そう言った思いを胸に、アパートを目指す。
しばらく歩き、自宅アパートに到着する。
部屋に入る前に、集合ポストを見に行く。自分の部屋番号の郵便受けを見ると、手紙が何通か入っていた。
手に取ってみると、水道代の支払いやクレジットカード会社からの手紙だった。その中に混じって、カレンの両親から手紙が来ていた。
「はぁ。またか」
カレンは両親からの手紙を見ると、深いため息。
「どうせ帰って来いって手紙でしょ。見なくても分かるよ」
両親からの電話やメールは、拒否しているカレン。引っ越ししても、どうやってか住所を探して手紙を送ってくる。
直接会いに来ることもあるが、居留守を使ったりしている。
「あの家には、もうもどるつもりはない」
鍵を開けて自宅に入ると、両親の手紙はごみ箱に捨てた。肉親ではあるが、彼女は両親を他人だと思っている。戸籍もすでに外れている。すでに絶縁したのだ。
今まで着ていた服や下着は洗濯機に放り込み、洗濯をする。その間に着替えなどをキャリーバッグに詰め込む。ついでに冷蔵庫に入っている賞味期限近い食材も料理し、植木家の土産にする。
料理は、野菜炒めや、ゆで卵を大量に作る。ゆで卵はクロマルやポポのおやつにでもいいだろう。野菜炒めは植木家の夕食にでも持っていくつもりだ。
料理が終わると、洗濯が終了した。ドラム式の洗濯機なので、乾燥まで行ってくれる。シワを伸ばして綺麗に折りたたむ。服をタンスにしまうと、カレンは押入れから鳥かごを引っ張り出す。
埃をかぶっているが、保存状態は悪くない。かなり大きめの鳥かごだ。
以前、旦那が使っていた鳥かごだ。ダンジョンから拾ってきたと言われる“卵”を孵化させて、飼い始めた鳥。その飼っていた鳥だ。
カレンの旦那が死んでからは忽然と姿を消した。契約していた主が死んだから、新しい主を探しに行ったのかもしれない。行方は、かなり前に分からなくなっていた。
「まさかまた使う時が来るとはね」
カレンは鳥かごを見て、壁に貼ってある写真を見た。カレンの旦那が写っていた。
鳥かごは入れる袋がないので、裸で持っていくしかない。バスに乗るときは恥ずかしいが、まぁいいだろう。
カレンは料理をタッパーに包んでバッグに入れると、最後に壁にかかった武器類を見た。
旦那の位牌はない。カレンは仏教ではないし、カトリックでもない。流転をつかさどる、妖精神を信仰している。
カレンがいつも見て、思い出すのは、旦那が使っていた武器やファクター。壁に飾っているのは旦那を忘れない為。夢を忘れない為。
一番使い古された、二本の手斧。旦那の愛斧。壁にかかっているその手斧を撫でると、「行ってくるね」と言って、アパートを出た。
「さぁて! クロマルやインコは大丈夫かな!」
カレンは気合を入れて植木家に向かったが、クロマルやクッキーは信の部屋で暴れに暴れていた。




