42 カレンとクロマルそしてクッキー
カレンは朝起きた時、枕元で寝ている鳥に気付いた。
半分寝ぼけていて、最初はぬいぐるみか何かだと思った。そっと触ってみると、ふわふわで温かい。本物の鳥である。
「え!? 鳥? なんで!?」
カレンは少しテンパってしまう。インコは枕元、カレンの肩口で寝ている。クロマルと一緒に。カレンの寝返る方向が違えば、最悪潰していた。
「あ、危なぁ~。なんでこんなところに鳥が?」
寝返りで潰さなくて本当によかった。
もし潰して殺したら、最悪だ。布団にもぐりこんだゴキブリを潰すくらい、最悪なことだ。
カレンはクロマルに寄り添って眠るオカメインコを見る。
昔飼っていた鳥に、非常に似ている。少し懐かしく思うが、どうしてオカメインコがここにいるのか。
考えられるのは、植木家に迷い込んだか、クロマルが捕まえて来たか。それとも、もともとここで飼っていた? 鳥を飼っているとは聞いてないけど。
カレンはうーんと唸る。朝で頭の回転が鈍い。カレンはもう一度インコを触ってみる。
指が羽毛に埋もれる。ふわっふわだ。
「おぉ~。もふもふ~」
とても柔らかい羽根に感動しつつ、指先にピリッとした魔力を感じた。
「ん? この魔力は?」
ペットのインコにしては、かなり大きい魔力だ。というか、そこらの下級モンスターよりも大きい。
なにこの魔力量? 本当にインコ?
「ピー」
カレンが触っていると、インコである「クッキー」は起きた。
カレンがすぐ目の前にいたが、クッキーはまったく驚かない。むしろカレンを見て、もっと鳴きだした。
「ピーピー」
「おお、ずいぶん人に慣れてるね。よしよし」
クッキーはカレンに頭を突き出して、撫でてもらう。すごく喜んでいる。
そんなやり取りをしていると、クロマルも起きた。鼻ちょうちんを破裂させて、ビクッと起きた。
起きてから、クロマルはカレンとクッキーを見る。カレンは何か言いたげな表情で、クロマルを見ている。クッキーも、クロマルが何か言ってくれるのを待っている。
おおっと。やべーぞ。どうしよう? すでにカレンがクッキーとじゃれついているぞ。
クロマルは触手で頭をポリポリと掻く。
「クロマル? この子どこから来たか知ってる?」
クロマルはいろいろと言い訳を考えていたが、いい案が思いつかなかった。ここは知らないふりをしてごまかそう。クロマルは触手を上げて朝の挨拶をした。
オッス! オラクロマル! 今日も天気良いね! オッスオッス!
触手を伸ばしてカレンに挨拶。インコのことなど眼中にない。
さぁ今日はなにをしようかな! 自宅警備員でもしようかな!
クロマルはインコを見ても全く驚かず、知らないふり。そのままクッキーとカレンを残して、さっさと部屋から出て行こうとする。
「ちょっとまて」
部屋から出て行こうとするクロマルを、カレンはギュッと握った。クロマルの形が激しく変形した。
「今知らないフリした? 怪しいんだけど。あんたじゃないの? この鳥持ってきたの」
カレンのジト目に、大量の汗を噴きだすクロマル。ウソが苦手なスライムのようだ。
「はぁ……。やっぱりあんたね? まぁいいわ。信君に相談しましょう」
カレンはその後、信に説明し、幸太郎に説明した。
もはや新しい家族が増えるのは慣れたもの。一家の大黒柱である幸太郎はこう言った。
「分かりました。その鳥なら、クロマルと一緒にギルドに連れて行きましょう。そろそろエヴァから連絡があるでしょうし。それにそのインコは誰かのペット……いや、従魔かもしれない。はっきりするまでうちで面倒を見ましょう。ねぇクロマル君?」
ニヤリと笑って、クロマルを見る幸太郎。何か知っているような表情だ。
ギクリとするクロマル。
まさかこの男、昨夜のことを? ウソだろ? 昨日は皆寝ていたはずだ。
「父さん、クロマルがどうかしたの? 何か知ってるの?」
「いや、ただなんとくなくですよ。えぇ、何となくね」
実は幸太郎、クロマルの行動を把握していた。ただ、騒ぎにならないように黙っていたのだ。
クロマルはプルプルと震えているが、幸太郎はそれ以上は追及してこなかった。
今回、インコの名前は保留となった。
誰かのペットかもしれないということで、名前も何も決められなかった。クロマルだけが「クッキー」という名前を知っているが、今は黙っておくべきだと静かにしておいた。
★★★
カレンは使っていない鳥カゴがアパートにあるということで、一旦帰ることになった。着替えも取りに行かなければならない。
要塞のようになっている植木家ならば、多少の侵入者なら撃退できるだろう。無敵生物のポポもいることだし、クロマルと鳥が増えたところで、少しくらい大丈夫だ。
植木家にクロマルとインコを任せ、カレンは一時的に帰宅した。
カレンが帰宅し、幸太郎は仕事。香澄は学校。香奈とポポは家事。
家族がそれぞれやることがある今日、信はフリー。大学の講義は行かなくても良い日だ。本当はアルバイトもいかなければならないのだが、今回はクロマルのことやインコのこともあるので、休みをもらった。
信は今日、カレンが帰ってくるまで、クロマルと新入りインコの監視だ。
信はおもむろにスマホを取ると、アプリを起動。センサーが作動し、簡易結界が張られる。
これはスマホで操作出来て、天井に設置してある魔導機械で動くタイプだ。
信はスマホを操作して結界を張ると、インコとクロマルの様子を見る。
インコは、すでに信のベッドに糞を垂れていた。鳥もマーキングするのだろうか? いきなりプリッと、糞を垂れまくっている。
「この腐れインコ……。可愛いのは見た目だけか……」
ため息をつきながら糞を処理する信。
次にクロマルを見ると、信の仕事道具を漁って、部屋中に散らかしている。おもちゃ箱を漁る子供のような感じだ。信の道具を部屋にまき散らしながら、クロマルはなにかを探している。
「こいつら……。やってくれるじゃないか」
部屋に入れた途端、ぐちゃぐちゃにされる。毎日ポポが綺麗に掃除してくれているというのに、なんということだ。
これではポポに怒られる。
毎日部屋を掃除してくれるスライムのポポに、信は恐怖した。下手に散らかすと、ポポが怒るのだ。嫁みたいにガミガミと怒るのである。
この前なんか、信の秘蔵のエロ本が焼却処分された。
紙媒体のエロ本はプレミアがついていて、今は貴重なのだ。売れば高額な値段になるのにもかかわらず、ポポは信のエロ本を庭で炭に変えた。
信に対して、エロ本の所持すら許さないのである。とんでもないスライムだ。
ポポはとっても嫉妬深く、信が他の女にうつつを抜かそうものなら、その女は即抹殺。信も一緒に抹殺という、恐ろしい結果が待っている。
「ポポがスライムじゃなくて愛菜に変化してくれるんならなぁ……。俺だって性欲くらいあるぞ。エロ本くらい許してくれ」
信は仕方ないので、ポポが触ることのできないパソコンに、大量のエロ画像とエロ動画を入れている。それで我慢だ。
信がエロについて黄昏ていると、インコと黒いスライムは暴れまくる。こいつらに良心はない。
「少し静かにしろ!! ファクターの修理をするから、静かにしていろよ!!」
★★★
カレンが帰ってくるまで、信の部屋でクロマルとクッキーを監視する。ポポは香奈のお手伝いがあるので、自由に家の中を移動している。
ポポは今日も頑張って家の掃除や猫たちの世話をしている。もうスライムというより、家政婦、いや、信の嫁みたいだ。
たまに信のガビガビパンツを見つけると喜んでいるが、それ以外はよくできたスライムである。もうこれはスライムの皮をかぶった人間だろ、と言いたくなる。
ポポはものすごく働き者だが、逆に黒いスライムは違う。クロマルは完全なニートスライムである。
まだ信の家に来て数日だから、仕方ないと言えば仕方ない。やる仕事がないのだから。とはいえ、クロマルも実は仕事をしていたりする。
クロマルは魔法が得意だ。投擲術や、刃物を扱う技術に長けているようだ。特に防御や探知魔法は大得意。クロマルが起きている時は、信の家全体に探知結界を張り巡らせている。いつでも侵入者を排除するように。
信や香奈は気づいていないが、実はクロマルは優秀な警備員でもある。そこらの警備会社など目ではない、そのことに幸太郎は気づいているようだが、黙って何も言っていない。
さて、働き者のポポだが、ここ最近魔力が高まっている。信とのスキンシップが激しいのかは分からないが、ポポのレベルが右肩上がりだ。
それは信との魔力共有がどんどん進んでいるからだ。信の壊れた魔力神経が再構築されているのだ。生まれてから死ぬまで、治るはずのない、神経が。
ポポはすこぶる調子がいい。頭のタンポポの花が、次々に生え変わる。花弁が家中に散ってしまうが、信と幸太郎が頑張って回収する。外に出たらドエライことになるからだ。
ポポは今日もタンポポを揺らして、家事にいそしむ。クロマルが来てからは、なにやらクロマルと会話しているようではある。ポポがクロマルから魔法を教わっているようなそぶりを見せている。
以前、信がポポに、クロマルのことについて聞いたことがある。信がポポと一緒にお風呂に入っている時だ。一緒に湯船につかりながら、信がポポを抱きしめている時である。
「なぁポポ。クロマルがなんなのか分からないか? スライムどうし、分かることがあれば教えてくれ。それにあいつ、ウチに閉じ込めてるのに、まったく出て行こうとしないよな? なんでだろ?」
ポポは抱きしめられながら、信の胸にピトッと寄り添う。そこで思考を信に伝達させる。
「うん? これはテレパシーか? すげぇな。最近はこんなことまで出来るように。……えっと、なんだって? 私もクロマルは分からない?」
信にはポポの声は聞こえない。何となく、以心伝心という感じで、思考が伝わる。
「そうか、知らないか。クロマルはポポみたいな感じじゃないだろ? この家にとどまる理由がないと思うんだ。俺は愛菜以外に誰かを亡くしたとかないし」
クロマルがこの家にいる理由。信以外の誰かがカギだ。香澄かも知れない。
「いや、それはないか。クロマルは香澄の胸や尻しか見てないし。母さんも同じだな。とすると父さんかカレンさんなんだが……」
信とポポもクロマルは知らない。
あとはギルドで誰が従魔契約しているか確かめてもらう以外にない。
信とポポはエヴァから連絡を来るのを静かに待つことにした。
★★★
カレンが帰ってくるまで、信はクロマルを監視している。ファクターの修理をしながら。
クロマルはインコのクッキーと遊んでいるが、クロマルもクロマルで信のことをチラチラ見ている。信の修理しているファクターを気にしているようだ。
今回の修理は、カレンから依頼された品。指輪型のファクターだ。
話を聞くと、数時間だけの結婚指輪という、美しくも悲しい指輪だ。カレンの旦那が、死の間際に渡した、結婚指輪とのことだ。信はその指輪型ファクターを修理している。
机に設置された魔導拡大鏡を使い、修理個所を入念にチェックする。小さな指輪で回路も非常に細かい。信は秘策でもある、アラクネの銀糸を使う事にした。
この銀糸は魔力が通りやすい糸で、半田ごてで溶けてくれる。信はアラクネの銀糸を壊れた回路に押し付け、半田ごてで埋めて直す。これで魔力の通り道が一つ直る。回路は、数えると100を超える。信は一つ一つ確実にチェックしていく。すさまじく単調で、地道な作業だ。
魔力回路も大変だが、魔石のヒビもどうにかしないといけない。隷属契約の印を残したまま、魔石を治すなど不可能に近い。信の一番の悩みの種は魔石だ。しかも魔力を刻んだ主が死んでいる。修復する魔力がない状態での修理。まさに不可能。
それでも信は、何か手はないかと考え、作業し続ける。
この指輪は、大切な人から預かった大切な品だ。初めての専属契約を結んだハンターがカレンなのだ。友達のファクターをタダで直すのとは、訳が違う。信は責任を持って修理する。
信が頑張って修理していると、クロマルは信の修理しているファクターが気になった。
非常に気になったが、触ることは諦めた。なんとなく、クロマルには“無理”な気がして。
そう、クロマルには“資格”がない気がして。




