40 オーギュスト
信の病気(魔力過多症)は劇的に改善しつつある。
魔力過多症は、遺伝子の突然変異による病気だ。親からの遺伝で発症するものではない。先天的に起こりうる病気で、多くの被害者は子供になる。
この治るはずのない病気は、ファクターという魔導機械により解決しつつある。それでも重度の魔力過多症や、魔力欠乏症といった病気は撲滅されていない。
魔力過多症の死亡率は今でこそ低くなったが、それでも1割は死ぬ。逆に魔力欠乏症は、改善策がいまだにない為、成人する前に7割から8割は死ぬ。臓器の機能低下による、多臓器不全が原因だ。
なぜ、信の病気が回復に向かったのか。ファクターや薬の恩恵なしに、生活できるようになったのか。
信は、ベッドの上でボリボリと煎餅を食べている、緑のスライムを見る。
頭の上に生えているタンポポを揺らしながら、ポポは硬い煎餅を食べていた。歯もないのにどうやって食べているのか確認したら、ポポは体の一部を硬質化していた。それで煎餅をすりつぶしながら体に取り込んでいる。
「相変わらずすごいなポポは。体の組成を変えたのか?」
信はポポの体を撫でた。女性の胸みたいに、とても柔らかい。こんなに柔らかくて、よく形を保てるものだ。
大人しくベッドに座りながら、ポポは煎餅の袋に触手を突っ込んだ。新しい煎餅を食べるらしい。
「ふふふ。いっぱい食べな? 愛菜は病気の頃はいつも言ってたもんな。ケーキやようかんが死ぬほど食べたい。お菓子がいっぱい食べたいって」
信はポポを撫でながら、愛菜を想った。
彼女は生前、病気のせいで食事制限を受けていた。臓器が弱っていたので、流動食中心だった。いっぱい食べたい育ちざかりの時に、彼女はずっと流動食だったのだ。
彼女が死ぬちょっと前。ほんの数時間前だ。
愛菜は苦しそうだが、笑って言った。
「死ぬ前に甘い物食べたい」
ベッドの上で、たくさんのチューブに繋がれた彼女。医者も最後の日になるかもしれないと、匙を投げていた。愛菜の両親は、愛する娘の最後の望みを聞いた。
とっておきの、高級をようかんを食べさせたのだ。
久しぶりの甘い食べ物に、愛菜は喜んで食べていたっけ。
かくいう俺は、何もできずに、愛菜の手と彼女が身に着けていたファクターを握る事しかできなかった。
それから数時間後、こん睡状態になって、愛菜は永遠に目を覚まさなかった。
彼女は苦しい病気から解放され、天国へと旅立っていった。愛菜が亡くなった時は冬で、雪が降っていた。
「愛菜が死んでから、なんの成果も出せずに俺は大学生か。あっという間だったな」
信は慈しむような目で、ポポを優しく撫でる。
「病院で待っている子供たちのために、早くファクターを作らないといけないが・・・」
もしかしたら、ポポのタンポポや魔力には、魔力過多症を治す力があるかもしれない。
信の体調がここまでよくなるのには、ポポとの契約以外説明できない。それかポポのタンポポを食べたことか。
少しずつポポのことは調べているが、まったく分からない。
信は今もポポと魔力が繋がっているが、安定しない。ポポとの魔力操作訓練もしているが、まだまだ練習が必要だ。ポポも信と“視界共有”したり、“思考共有”をしているみたいだが、こちらも安定しない。
「訓練が進んで、ポポのエリクサーも調べ終われば、もしかしたら変わるかもしれない。ポポが魔力欠乏症を治す、救世主になるかもしれない」
・・・・・・・・・いや、違う。
もっと、根柢のところから調べるべきだ。
スライムとの魔力共有に答えがあるのか知れない。他の魔物との契約もそうだ。
うーむ・・・。
信はいろいろと考えるが、答えは出ない。信の病気は急がなくてもよくなったが、別に急がなければならない“相手”がいる。
そうだな。
「実験体。実験体が必要だ。ポポ以外の、魔物が」
実験体というと物々しいが、実はそうではない。ポポ以外の魔物と契約したらどうなるか確かめるのだ。
それには、ポポと同じスライムが必要だ。一般テイマーが敬遠する、スライムが。
そう。野生の、スライムだ。比較するために、ネズミかコウモリか、小さい魔物も必要だ。
「ちょうどいい。電話しなければならない相手がいたんだ。彼に頼めるか聞いてみよう」
信は以前、エヴァからもらった名刺を見る。
病院で営業をしてきた、不謹慎な男だ。ようやく連絡する時が来た。
「オーギュスト・クライスト。彼にスライムを捕獲できないか聞いてみよう」
彼はフリーランスのテイマーだ。魔物捕獲も、通常のハンターとは比較にならない知識があるはずだ。頼むなら、テイマーが良い。仕事ができる、テイマーが。
信はスマホを手に取った。スマホは信の魔力に反応し、反射起動する。ホログラムは投影せず、画面をタップしてそのまま操作した。
信は名刺を見ながら電話番号を打つと、オーギュストに連絡をかけた。
★★★
駅近くのファミレスで待ち合わせ、信とポポはオーギュストと会った。
オーギュストはスーツの上に、革製のクロークを纏っていた。品のある、ハンサムな外国人男性だ。イギリス系か? そして彼の横には、大型犬並みの亀がいた。
ライトニングタートルだ。
別名、発電ガメ。小型発電所と呼ばれるほどの発電力を持っている。過疎地帯の村に一匹いれば、それだけで生活家電の電力は心配ない。比較すると、高ランクハンター雷光よりも、電力レベルは上だ。希少種で、レアな亀なのである。
亀の甲羅には、リボンが巻かれている。メスらしい。
「いやいや、ご連絡お待ちしていましたよ。さぁ、ファミレスに入りましょう。ここは私の行きつけでして、従魔入店も可能な、良質な店です」
なにやら、向こうは信のことが分かっている様子。少し不審に思ったが、信はオーギュストに案内されてファミレスに入った。ちなみにポポは、信が胸に抱いている。
店員に案内され、席に座る。窓際の席で、禁煙席。平日の昼過ぎの為か、客はまばらだ。信とオーギュストはコーヒーを頼み、ポポにはホットケーキを頼んだ。ライトニングタートルは草食なのか、山盛りのサラダだった。
料理が運ばれてくるまで間、軽く自己紹介をする信。ポポと亀(名前はヒカリ)はちゃんと覚えていたようで、目くばせして互いの主人を確認している。
料理が運ばれてきてからは、ポポとヒカリは静かになった。食べ物に夢中になっているのだ。
「あはは、うちのヒカリはたくさん食べまして。話し合う雰囲気でなくて、すみません」
「あぁ。いえいえ。うちのポポも同じですよ。ほら、ホットケーキをいっぱい食べてますよね」
二匹は飯にがっついている。
「そうですか。気を使って頂いてすみません。では、改めまして、私はこういうものです」
オーギュストは、改めて信に名刺を渡した。一度受け取っているが、確認のために渡してきた。
「ああ、私は植木信と申します。私の名刺も一応ありますんで、よければ確認ください」
信も名刺を渡す。俺とは言わず、私と言った。仕事モードだ。カード入れから、バイト先で使っている名刺も渡す。
信も一応、肩書がある。ファクターの修理屋としての、肩書が。
「ほう。魔装具一級整備士の資格をお持ちですか。しかも第三種だ」
「ええ。その資格がないと、個人でのファクター改造や、仕事ができませんからね」
信は国家資格を持っている。伊達にファクターを改造しているわけではない。ファクターの改造も、資格がなければできないし、改造したらきちんと申請も必要だ。
信はオーギュストに仕事の依頼をする前に、一応探りを入れた。どういった人物なのか、どういった能力を持っているのか。
質問をオーギュストにぶつけるが、帰ってくる答えは無難に尽きる。経歴も悪くない。高学歴で、一度名のあるテイマーに師事を受けたとも言った。
ただ、彼は貧乏らしい。言っている割には、着ているスーツが高そうだ。靴も高級そうだし。
依頼料を聞いてみると、カバンからパンフレットを渡される。料金表が書かれている。分かりやすく、かなり用意がいい。
信はパンフレットを眺めながら、ポポのことを聞いてみた。
「私は魔物に関して詳しくないのですが、スライムをテイムするのは滅多にないことだと聞きました。オーギュストさんから見て、このスライム、ポポのことをどう思いますか?」
「ふむ。ポポちゃんのことですか? 確かに珍しいですが、私の知り合いにスライム狂いの老人がいましてね。郊外に住んでいるのですが、彼もスライムをテイムしているんですよ。ですから、私的には対して驚きません」
「え?」
信は驚く。スライム使いがこの街に住んでいるのか? 日本全国でも、スライム使いは相当珍しいはずだ。魔物保険も聞かないし、医療も受けられない。まず懐かないと聞くし、スライムはテイムするメリットがなさすぎる。
「よければ、今度その老人を紹介しますか? きっと信さんの力になってくれますよ?」
「本当ですか? 紹介して頂けると助かります」
「分かりました。それで、信さんの私に対する依頼というのは、なんでしょうか?」
オーギュストはコーヒーをすすった後、カップを置いて言った。
「スライム狂いの老人ではないのですが、私も一匹、スライムが欲しいのです。ダンジョンにいる、野生のスライムを。種族は問いません。ただ、素手で触れるような種類が好ましいです」
ポポはホットケーキを食べながら、ドキッとした。信の“新しいスライムが欲しい”という言葉だ。自分にはもう飽きてしまったのかと思った。
「ほう。スライムを一匹。用途はなんでしょうか? ギルドから持ち出すとき、説明が必要ですよ?」
「実験、ですね。契約に関する、魔力共有の実験です。ひどいことはしませんよ」
信はウソをついても仕方ないので、オーギュストを信頼して話す。仕事を依頼する相手には、信頼が第一だ。
ポポも、信の「実験につかう」という言葉を聞いて安心した。別に自分がいらなくなったわけではない。
「ふむ。分かりました。では、魔物の持ち出し許可証をギルドからもらってきましょう。それに必要事項を記入してもらいます。用紙には私の記入も必要なので、後で郵送しましょう」
「すみません。それで、スライムの捕獲料金なのですが」
パンフレットには、スライムの捕獲料金までは書いていなかった。一番簡単な、グレイラットと呼ばれる大型のネズミは、一匹2万円だった。捕獲が簡単らしい。
信が考えるに、スライムは高そうだ。専用の罠や、檻とかも必要だろう。エサはなんでもいいが、スライムには高い魔石を使うのが無難か。
「一匹8万円くらいになります。本当はもっとするんですが、今回は初回特典ということで、お安くしますよ」
「え? いいんですか? 20万以上は覚悟していたんですが」
スライムは酸を吐く。倒すのは火の魔法さえ使えれば簡単だが、捕まえるのは容易ではない。鉄が溶かされるのだから。
「実は私、スライムの群生地を知っているんです。捕まえやすいスライムも知っています。だから、機材さえ用意できれば、あとは簡単なんです。むしろダンジョンまでいく労働力ですね。8万円は。私はライトニングタートルのヒカリがいるんで、荷物持ちは雇いません。安く済むのはその為でもあります」
どうやら、ポーターは雇わないらしい。亀が荷物を運ぶようだ。
「私は他にも従魔がいます。その子がいれば、捕獲は簡単なんですよ。むしろ、ギルドでの持ち出し許可の申請が大変ですね。きちんとした理由を考えていてください」
「わかりました。それと大変申し訳ないのですが、ついでにグレイラットも捕まえて頂けませんか? お金は払いますので」
「追加で? これも同じ実験ですか? 別にかまいませんね。小型ですし。料金は2万円で、合計10万円になりますよ?」
「お願いします」
他にも信はオーギュストと話し、依頼内容を詰めていく。依頼が決定したところで、前金として半分の5万円を支払う。成功したら、残りの5万円を払う。
「確かに頂きました。10日から2週間前後で、ご希望の魔物をお届けします。あぁそれと・・・」
最後にオーギュストは、ポポを触らせて欲しいと言ってきた。なぜかは分からない。
素手でさわりたいらしいので、ポポに聞いてみる。
「ポポ、オーギュストさんが触りたいって、いいかい?」
シュバッ!!
ポポは触手を上げて、了解の意を示した。大丈夫らしい。
「触っていいそうです」
「本当ですか? はぁよかったよかった。ポポちゃんの柔らかさは、本当に癖になる柔らかさでして」
オーギュストはテーブルに乗っているポポを、ムニムニと撫でる。
「非常に気持ちいい感触です」
オーギュストは幸せそうだ。
信は思った。オーギュストは巨乳派だな。
そこでライトニングタートルのヒカリが、オーギュストの足を小突いた。嫉妬したらしい。
「おぉすまんヒカリ。別に浮気したわけじゃないよ」
オーギュストは、温厚そうな亀の頭を撫でる。
ヒカリも、目をつぶってウットリと撫でられる。
「では、本日は有意義な取引をさせて頂き、ありがとうございました。またご連絡しますので、よろしくお願いします」
信とオーギュストは席から立ち上がり、硬い握手を結んだ。
詐欺師っぽくないし、従魔も大切にしている。優しそうな人だ。きっと信頼できる。信はそう思ったが。
「あ、信さん。すいませんが、お会計は別で。私は貧乏なんで」
どうしても貧乏キャラを押し通したいらしい。友達でもないのに、会計別なのは当たり前だろう。
「え、ええ。それはあたりまえですよ」
「そうですか。よかったよかった」
捉えどころのない男だな。信はオーギュストを見てそう思った。




