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38 クロマルは聖水がお好き

 クロマルと一緒に暮らし始めて第一日目。


 ギルドからはまだ連絡が来ないので、カレンとクロマルはたくさんのスキンシップをとることにした。


 クロマルがどのようなスライムなのか。どんなことが好きで、どんなことを嫌がるのか。カレンもスライムと暮らしたことなど一切ない。未知の領域なので、カレンも手探りだ。


 まず、カレンはクロマルの行動を観察することにした。一日のサイクルをノートに書き記すのだ。


 クロマルは朝起きると、トイレに向かった。カレンも、クロマルが何をするのか気になったので、一緒にトイレに入る。


 トイレは全自動ウォシュレットで、臭気を一瞬で吸収する魔石が設置されている。清潔でピカピカの洋式トイレ。スライムも用を足すのかと、カレンは興味津々でクロマルを見る。


 クロマルは便座の蓋を、触手で器用に持ち上げる。


 ピョンッと便座に飛び乗ると、中を覗き込む。便器の中には、水が入っている。


 クロマルは触手を引っ込めると、ためらいもせず、便器の中に入った。


 ボチャン!


 便器の中の水に、クロマルは沈み込んだ。プールにでも飛び込む感覚だ。


「な!! 何しているの! 汚い!」


 いくら死骸や排泄物を食い漁るスライムでも、クロマルにはそれをしてもらいたくない。清潔なスライムでいてもらいたい。


「ここのトイレはすごい綺麗ですごい機能がいっぱいあるけど、それでもダメ! 出てきなさい!」


 いくら植木家のトイレが最新式トイレで、便器の中の水を飲めるレベルだとしても、精神的に汚いと感じる。


 カレンはクロマルに命令するが、便器の中の水に浸かり、出てこない。


 カレンは顔を青くして悩む。朝から信や香奈に言って、迷惑をかけたくない。ゴム手袋も今はない。仕方ないので、カレンは素手で便器に手を突っ込むことにした。嫌でもやらなければならない。


「誰か入っているのー? 次使いたいんだけどー。長いわよー。朝イチから掃除しているんじゃないでしょーねー」


 コンコンとノックされ、声をかけられる。


 長女香澄の声だ。一階にはトイレが二つあるが、香澄の部屋から一番近いのはこのトイレだ。二回にもあるが、少し遠い。


 カレンはすぐにトイレを開けて、香澄に事態を伝えようとした。こうなったら仕方ない。


「あ、香澄ちゃん、あのね? 今ちょっとスライムがね?」


 どう説明するべきか。カレンはしどろもどろになる。


「カレンさんか。トイレ終わったの? 悪いけどすぐに使わせてもらいますね~。ちょっと漏れそうだから」


 え!?


 香澄はトイレからカレンを追い出すと、足早に入って行った。


 ガチャリと鍵を内側からかけられる。


「ちょちょっとまって! 今中にはスライムが! クロマルが!!」


「えー? なにー?」


 香澄は起きたばかりで寝ぼけているのか、生返事だ。


 クロマルは香澄が入ってきた途端、体色を出来るだけ白に近づける。完全な透明になるのは属性的に無理なので、便器の白色に同化するように、魔力変換を行う。  


 香澄はあくびをしており、クロマルの存在に気付いていない。 


 その後、さっとズボンを下し、パンティを下すと、便座に座った。中にクロマルが潜んでいるとも知らずに。


「は~~」

 

 香澄はたまりにたまった聖水を、トイレに放出した。


 その後、何事もなく水を流すと、香澄はトイレから出て来た。香澄はすっきりとした顔をしている。


「香澄ちゃん。えっと、中にスライムはいなかった?」


「すらいむ? 知らないよ。見なかったよ」 


 香澄はそのままふらふらした足取りで、洗面所に行った。


 カレンは念のため、再度トイレに入る。水を流す音が聞こえたが、クロマルは流されなかっただろうか?


 恐る恐るトイレの扉を開ける。


「あ、いた」


 すました顔で、便器の蓋の上に鎮座していた。体色も白から黒に戻って、体がツヤツヤになっている。


 どうやら香澄にばれることなく、水にも流されなかったようだ。よく見ると、クロマルの体は水にも濡れていない。一体いつ体を乾かしたのか?


 カレンが近づくと、便器の蓋の上で、準備体操を始める。


 おいっちにー、おいっちにー。


 体を伸び縮みさせて、捻る運動をしている。すごく元気そうだ。

 

「クロマル? ちょっと、あんた。いったい何を・・・」


 カレンは理解できなかったが、実はこのクロマル。香澄の聖水、おしっこを体に取り込んだようだ。


 人間の尿には、スライムが好きな魔力や成分が入っている。ポポも実は信の聖水が好きだ。信の精液が好きなように。


 スライムは体外から魔力を取り込める力を持っている。しかも大量に。


 クロマルに至っては、聖水をもらう相手をきちんと選んでいる。美人で魔力の強い女性を選んでいるのだ。カレンでもいいが、カレンは警戒心が強い。トイレに潜んでいたら、すぐにばれてしまう。


 クロマルがターゲットにしたのは、香澄。美人な香澄が出した聖水。頂かないわけにはいかない。なぜ香澄が次にトイレを使うと分かったのかはしらないが、このスライムは香澄の聖水が欲しかったのだ。


「飲み水が欲しかったの? いったいどういうこと? ちょっと来なさい!! 体を洗うよ! クロマル! トイレの水は飲み物じゃない!!」


 どうやらカレンは勘違いしたようだった。

  

 クロマルをむんずと鷲掴みすると、風呂場に直行した。




 余談だが、この一部始終を見ていた緑色のスライムがいた。ポポだ。


 ポポはクロマルの行動を見ていて、「その手があったか」と感心した。信のおしっこを隠れて頂くことが出来るからだ。


 ポポは嬉々としてトイレに入るが、どうしても便器に満たされた水の中に入ることが出来ない。


 汚いというイメージがポポの中にあったのだ。クロマルは合理的で、目的の為なら手段は選ばないが、ポポはそこまで割り切れない。


 ポポは信に好かれたい、乙女の心を持っている。便所の汚い水に浸かって、信が好いてくれるわけもない。


 ポポは渋々トイレ戦法は諦めた。


 やはり、信には“尿瓶”しかない。


 ポポはどうにかして信のおしっこを手に入れられないか、考え始めた。


 ん? いや待てよ? おしっこでなく、精子なら信も気持ちよく・・・・・!?



★★★



 カレンは信に言って、使っていない型落ちのタブレットを貸してもらった。スライムを調べる為、インターネットをするからだ。


 信の家ではインターネット契約をしているので、無線でどの部屋でもネットができる。魔晄無線という、インターネットに繋がる超高速の魔波が、家の中を飛んでいる。これにより、電波でインターネットをするよりも、はるかに安定して高速なネットを楽しめる。


 カレンは使っていない型落ちのタブレットを借りて、ネットに接続。


 スライムのことを調べた。


 まずは誰もが知っていることだ。


 スライムは火に弱い。体の属性にもよるが、基本的には暑さに弱いのだ。


 スライムの性質は酸性である。酸を使い、生物を捕食する。


 スライムには、打撃無効という、恐るべき能力がある。通常の打撃ではダメージは与えられない。


 基本的なことはすぐにわかったが、スライムの突っ込んだ生態は誰もわからない。日本には魔物を研究する研究所が多くある。もちろんスライムの研究所もたくさんある。


 日本の研究所で働くスライム博士がいるのだが、その人はこんなものを書いている。

 

「スライムマニアの手記」


 という、ブログがある。スライムマニアが高レベルのスライムを従魔にするまで、その過程を記したブログだ。


 ブログでは、カノープスクラスのハンターを雇い、ダンジョンでスライムを捕まえるというのが、主な内容だ。


 魔力が高い、魔王級のスライムも中にはいる。マニアには堪らないスライムだ。その化け物的なスライムを捕まえれば、研究が進歩するという考えがある。


『スライムには実は知性がある。本来なら頭がいいはずだが、彼らは人間のいうことを理解しない。捕食対象としか見ていない。彼らが頭の悪い理由、それは恐らく魔力が低いからである。スライムは人間の脳みそみたいなもので、使われていない細胞がいくつもある。魔力が高ければ、細胞も活性化し、スライムは知性を得るはずだ。私は今まで様々な実験を行ったが、スライムに大魔力を与えることは出来ていない。誰か情報があれば教えてほしい』


 他にも、博士はあの手この手でスライムを捕まえると、いろいろ書いてある。書いてはあるが、


「強いスライムを捕まえたかどうかまでは書いてないな。結局、スライムに関しては分からないね」


 カレンはブログを見て回るが、めぼしい物はない。ただ一つ、気になったことがある。


 この博士、アメリカ人だけど、日本の施設で研究してる。どこで働いてるまでは書いていないけど。


 実は、信は早々にこのブログを見つけていたが、博士の居場所までは特定できていない。


「この人に会ってみたいな」 


 この博士なら、もしかしたらクロマルやポポのことが分かるかもしれない。どこからポポたちが来たのか。なぜスライムなのにこんなに頭がいいのか。


 このスライム博士。リスクはかなりあるが、ポポたちに何かあった時、助けてくれるかもしれない。


 現状、ポポやクロマルが病気や呪いにかかったら、手の打ちようがない。魔物病院も、スライムは診察対象外だ。


 こんなにもポポやクロマルと仲良くなってしまったら、いざという時になんとかしてあげなければならない。それが主としての役目だ。


 カレンは少しずつでもいいから、スライム博士のことを調べることにした。


 

 







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