37 スライムに名前を付けたよ!
あれから信は大変だった。
エヴァとカレン、ポポ。黒いスライムを連れて家に帰った。
深夜に帰宅したので、すでにみんな寝静まっていた。信は合鍵を使って玄関を開けるのだが、問題はここからだ。
玄関を開けて、黒いスライムを中に入れたら、警報装置が作動した。
甲高い音を立てて、玄関の天井に設置されたパトランプがグルグル回る。高性能魔物センサーが、黒いスライムを危険な魔物と判断したらしい。ウーウー言いながら、家中に警報を鳴らしている。
「しまったぁ!」
信はすっかり忘れていた。自分の家に、魔物の警報装置が作動していることを。平和ボケしていると、こういうミスは誰にでもある。ただ、今日はタイミングが悪かった。
深夜で、しかも未発見の謎スライムを連れていたのだから。
このサイレンの音は、魔物にとって非常に嫌な音だ。ポポと黒いスライムは、壁にぶつかりながらピンボールみたいに跳ねまわっている。苦しいらしい。
「うわぁ! ごめんポポォ!」
ポポの時は出会ってすぐに信の従魔になっていた。普通はありえないが、勝手に従魔になっていたので、警報装置もスルー出来たのだ。
今回は別だ。
この黒いスライムは、誰の従魔でもない。完全に“危険な魔物”である。
寝ていた幸太郎や香奈、香澄は、魔物警報が鳴り、飛び起きた。パトランプがグルグル回って、ウーウーとサイレンが鳴っている。深夜には、とても近所迷惑な音だ。
「な、何事ですか!? 侵入者ですか!!」
寝室で寝ていた幸太郎は、車いすに乗ってすっ飛んできた。
幸太郎の首には香奈のキスマークがたくさんついていた。伝説のハンターも、事後は疲れて侵入者に気づかなかったらしい。幸太郎の探知より、防犯センサーが先に作動してしまった。
「し、信!? 防犯装置が作動していますが・・・、ええと、この団体様は一体?」
飛び跳ねるスライムたち。オロオロするカレン。むすっとしているエヴァ。土下座している信。
これはもはや修羅場と言って差し支えない。
「ご、ごめん父さん。まずはサイレンを消して欲しい。きちんとした話はあとでするから」
幸太郎に謝罪をし、防犯を解除してもらう。幸い、近所の人たちはクレームを言ってこなかった。
家族を全員集め、リビングでスライムについて説明することになる。
説明し始めたころには香奈が夜食を用意しており、なぜか深夜のティーパーティーみたいになってきた。飼っている猫たちも起きてきて、ポポと遊びだす。
★★★
「ってことは、お兄ちゃんは新しいスライムを拾ったと。ポポみたいなスライムをもう一匹」
「要約するとそうなる」
信はこれまでのことを説明した。スライムを拾った経緯を。
「ふーん。別にいいんじゃない? 私もキーラ(キラーウルフ)と一緒に暮らしたいけど、あの子はスライムとは大きさがまるで違うし。スライムの二匹くらいいいんじゃない?」
ありがたい。香澄の援護射撃だ。
「私も別に構わないわよ。ポポちゃんがすごいいい子だから、きっとこの子もいい子よね?」
香奈は黒いスライムを撫でて言った。確認もせず、いきなり撫でているあたり、さすが香奈だ。
黒いスライムは、触手を伸ばして香奈の顔や体をベタベタ触って確認している。敵か味方か判断しているようだ。
「私も構いませんよ。ただそれが深夜ではなく、警報装置を鳴らす前に言って欲しかったですね」
「ご、ごめんなさい」
「あ、あたしもすみません。こんな夜に押しかけて」
「ああ、いえいえ。カレンさんとエヴァはいいんですよ。気にしないでください」
幸太郎はそれから少しエヴァと話す。ギルド長との話を伝えているらしい。その後、今日はもう遅いので、明日また話し合うことで決着をつけた。
ただ、話が終わる前に幸太郎は言った。このスライムに名前はあるのかと。
信は名前は付けていないし、どんな種類のスライムかもわからないと答えた。
幸太郎は、多分闇属性のスライムだと推測し、仮の名前を付けることにした。
「そうですね。これから家族になるかもしれないスライムです。黒いスライムとかでは呼びづらい。ふむ・・・」
幸太郎は一瞬考えたのち、閃いた。
植木家に代々伝わる“伝家の宝刀”が、炸裂した瞬間だ。
「それでは、“クロマル”という名前はいかがですか?」
「く、くろまる?」
カレンは頭にクエスチョンマーク。悪くはないが、それはスライムにつけるような名前ではない気がする。
「クロマル? いいんじゃない?」
「ええ、かわいい名前ね!」
「まぁ、いいと思うよ」
安直なネーミングセンスは、植木家に伝わる伝家の宝刀だ。
植木家全員が納得する中、カレンはこの名前に少し違和感を感じた。
「え・・・。クロマルって黒くて丸いスライム? そのまんまじゃ・・・」
「私はロドリゲスがいい」
「・・・・・」
エヴァは論外だが、カレンは気づいたことがある。
植木家はかなり適当だということだ。
「よし、今日から君はクロマルだ!」
クロマルと名付けられた黒いスライムは、良いのか悪いのか判断がつかないようだ。じっとして動かない。
クロマルが動かないので、香奈はクロちゃんよろしくね? と言ってクロマルを抱っこした。
香奈もミノタウロスのカレンに負けない、強烈なおっぱいの持ち主。クロマルは喜んで香奈の胸にしがみついた。
ウェエエエエエイ!!
信はスライムから、聞こえないはずの歓喜の声が聞こえた気がした。
このスライム、野放しには出来ん。女性の被害者が出る可能性が・・・。
★★★
夜食パーティーはつつがなく終わった。20分程度の簡単な話で終わった。エヴァはこれ以上は明日に響くということで、すぐに帰って行った。
恐怖の家族会議が終わり、信からすればひと段落だ。
夜食だが、クッキーやらチーズを挟んだサンドイッチであった。ポポは相変わらず豪快に食べているが、クロマルはあまり食事には手を付けていなかった。食べないのではなく、小食らしい。無限の胃袋を持つ、スライムらしくない個体だ。
むしろこやつは、カレン、香奈、香澄の胸や尻、足ばかり狙っていた。鈍感な信と幸太郎も、クロマルの露骨な動きに気付いた。
「信、何かこのスライム、怪しくないですか?」
「うん。俺もそう思うよ」
男二人組は、クロマルに危険なオーラを感じとった。
クロマルとは対照的に、ポポは食事ばかりに興味を示している。みんなが残したサンドイッチやクッキーを貪っていたのだ。食べ物が無くなると、今度は信に甘える。ピョンッと膝に飛び乗って、体をこすり付ける。
最近は幸太郎にも甘えるようになっており、ポポは植木家男性陣の癒しだ。ポポも最初でこそ、幸太郎のスキルか何かでびくびくしていたが、今ではそれが無かったように甘えている。
信と似て、幸太郎もイケメンだ。ポポは信と同じように幸太郎の膝に乗ると、車いすのレバーを操作して遊んでいる。幸太郎も幸太郎で、ポポを孫のように可愛がっている。
ポポは思った。
このクロマル。使える!!
奴にカレンをあてがえば、信は独り占めできる。幸い、クロマルは女性陣に好評のようだ。胸を揉んだり足に縋り付いても、スライムのすることだ。笑って許されている。
クロマルも外見は可愛い。ごま饅頭、もしくはコーヒーゼリーみたいな感じだ。触り心地はポポよりも柔らかく、そして高級感のある滑らかさだ。女性陣は別に悪い気はしなかった。
ポポはクロマルが来て、イケメンの二人を独占できる。こいつは使えるかもしれん。ポポに顔はないが、心の中でニヤリとほくそ笑んだ。
★★★
使っていない部屋があるということで、カレンはそこを使うことになった。6畳ほどの和室だ。使っていない布団も一個あったので、それを使わせてもらう。
多分一週間、多くても二週間程度だろうが、カレンは家事のお手伝いをすることで、植木家に住まわせてもらうことになった。生活費はギルドから依頼という形で、補てんされる。
久しぶりに、誰かの家にお泊り。カレンは年甲斐もなく興奮していた。子供の頃に帰ったように、楽しい。
スライムを見つけたのは、逆に良かったのかもしれない。あとはあのクロマルが問題を起こさないように見張るだけだ。
クロマルだが、カレンと一緒の部屋に住むことになった。ギルドでの正式な許可が下りるまで短い間だ。基本的にクロマルの面倒はカレンが見ることになる。
カレンはベッドに横になると、クロマルもベッドに飛び乗ってきた。ピョンピョンッと跳ねて、カレンの腹に乗っかる。
クロマルは濡れているようにテカテカだ。ピカピカの泥団子みたいな奴である。クロマルの表面はさらさらしているので布団を汚さない素晴らしいスライムだ。抱き枕としてもちょうどいい。
カレンは柔らかいクロマルを撫でると、クロマルは次第に眠くなっていった。ポポと同じように、鼻ちょうちんをブクーッと膨らませて、寝始めた。
ベッドに横になりながら、カレンは今日のこと、今までのことを思い出した。
「まさかこんなことになるとはね。今までずっと一人だったけど、家族ってこんなにあったかいんだ」
カレンは信に出会い、信の家族に出会い、ポポと出会った。ギルドの上の人たちとも、一気に仲良くなれた。みんな優しく、親切だ。こんなにも家族というものは温かいのか。
今までの独りぼっだった自分とは雲泥の差だ。
「信君にも感謝だけど、ここに泊まれたのは、クロマルのおかげだな」
カレンはクロマルに毛布を掛け、部屋に簡易的な結界魔方陣を張った。何かあってもすぐに分かるように。
「おやすみ」
カレンは久しぶりに心が幸せで満たされ、満足に眠った。




