36 真っ黒いスライム
ピーンと触手を伸ばして、敬礼!
こんばんワ!
ボロボロのダンボールから飛び出たのは、真っ黒いスライム。
見た目コーヒーゼリーそっくりのスライムだ。まるでゼリーのカップから飛び出たみたいに、プルンプルンである。
そのスライムは、信、カレン、ポポに敬礼をした。上官にするように、人間に挨拶するように。
敬礼した一本の触手は、ピーンと伸びて、プルプル震えている。
とてもスライがする動きではないが、とにかく敬礼をしたのだ。
「な、なにこのスライム……」
カレンはその真っ黒いスライムに一瞬警戒した。ダンジョンから彷徨い出た、危険な魔物ではないかと。
スライムは知能が低い。食べ物と思ったものは、なんでも溶かしにかかる。通常なら、人間が目の前にいたら問答無用で襲い掛かってくる。カレンはすぐに戦闘態勢をとるが、それは杞憂だった。
そのスライムは、ミミズのような触手をもう一本出すと、何やらジェスチャーを始めた。
触手で地面を指し示すと、次はバンザイをした。もう一度地面を指し示すと、またバンザイをした。
「な、なんだ? 何かを伝えたいのか?」
信は警戒しつつ、黒いスライムを観察する。
コミカルな動きで、スライムは天に向けて触手をバンザイさせる。信たちに何かを伝えたいようだ。
カレンはこのスライムを見て思った。
「もしかしてこの子、誰かの従魔なんじゃない? あと、黒いスライムは危険な種が多いよ。このままはまずいんじゃない?」
「従魔? 危険?」
カレンに言われてハッとなり、信は思い出す。ポポと初めて出会ったことを。
あの時信は、ポポがはぐれの魔物だと勝手に思っていた。寒空の下、ダンボールの中でお腹を空かせているんだと思った。拾って帰ったのは、子猫と同じ感覚。このままではかわいそうだと思ったからだ。
実際は少し違くて、ポポは自ら信に会いに来たようだった。どこから来たかは、不明だが。
「ポポ、何か知らないか?」
ポポは体を左右にひねる。ぷるぷる。
ふむ。ポポはぷるぷるであるか。
どうやら知らないようだ。
「テイマーの誰かが捨てたんじゃない? 猫みたいに、ダンボールに入れて」
「だったら、別の意味で大変ですね」
法律上、従魔の遺棄は重罪だ。懲役5年または罰金100万円もする。一般人にケガを負わせる危険があるので、それなりの罰がある。
スライムは、地面を指さしてバンザイを繰り返していたが、信たちにジェスチャーが通じないと分かったらしい。次にとった行動は、信のファクターを指さした事だった。
「え? ファクター? ファクターがどうしたんだ?」
ファクターを指して、ピョンピョン跳ねる。
「もしかしてファクターが欲しい? なに? 違う? じゃぁ、えっと、ファクターを落とした? え? これも違う? じゃぁ、ファクターを無くした? お? 合ってるのか? そうか、ファクターを探してるのか?」
信とのグダグダの会話が続き、スライムはようやく体を縦に振った。頷いたらしい。やはりこのスライム、日本語を完全に理解している。
「ファクターを探しているスライム? 少し意味が分からないな。カレンさん、どうしたらいいかな?」
「ギルドに連絡したら?」
スライムはその言葉を聞くと、ビクッと震えた。
カレンの「ギルドに連絡したら」という言葉を聞いて、思うところがあったらしい。体を伸び縮みさせると、いきなりカレンに飛び付いた。
グルグルパンチの要領で、触手をグルグル回しながら、カレンの大きなおっぱいに飛び込んだ。
「え!? きゃ!!」
突然のことで反応が遅れた。カレンも油断しすぎていた。
「な!? カレンさん!! 大丈夫、・・・え?・・・ですか?」
「ちょっとまって! あん!」
真っ黒いスライムは、カレンの胸に張り付き、おっぱいを揉みまくっている。服の上から。
「・・・・・・」
カレンは言葉もない。
「カレンさん、服や体が溶かされたりしてませんよね?」
「う、うん。大丈夫。このスライムはポポちゃんと一緒で、触っても大丈夫なやつみたい。ちょ、ちょっと君、離れなさい」
おっぱいにしがみついたスライムを引きはがそうとするが、がっしりとくっついているのか、なかなか離れない。スライムが引っ張られたことにより、張りつかれたカレンの胸もいやらしい形に伸びた。
「信君? 何見てるの?」
信はカレンの胸をガン見しまくっていた。
当然、ポポはそれを見逃さなかった。ポポは意外と嫉妬深い。信の尻めがけて、一本の触手を突き入れた。触手浣腸である。
「ぐはぁ!!」
信はケツの穴を抑えて、その場に倒れこんだ。
「し、信君!? 突然どうしたの?!」
「うぇ。い、いや、なんでも、ありましぇん」
信はエロい目でカレンの胸を見ていた。自覚があったので、ポポに浣腸されたことは、罰だと思って受け入れた。
とにかくこの真っ黒いスライム、どげんかせんといかん。
★★★
信はスライムをカレンの胸から引きはがし、車の中に連れてきた。
ポポのようにいきなり連れ帰ってもいいが、信はテイマーとなってしまっている。ギルド長とのパイプもできたので、報告・連絡・相談は必要だ。
信はギルド長室直通の回線で連絡を入れるが、電話がつながらない。次にギルドの総合窓口に電話すると、ギルド長は帰宅したとのこと。
仕方ないので、エヴァにメールを入れる。
『街の中で新しいスライムを発見しました。どうしたらいいですか?』
3分後にメールの返信が届く。
『それはポポみたいな奴?』
『多分ポポみたいな奴』
1分後にメールの返信が届く。
『どこにいるの? 今からそっちに行く』
信は場所を伝える。
カレンのアパートの駐車場に、車を仮置きしている。ここはギルドから車で20分程度の場所だ。
エヴァは準備をしてから来るということで、30分から40分程度待ってくれとのことだった。その間、捕まえたスライムは絶対に車の外に出すなとのことだ。
街には、登録された魔物以外に反応するセンサーがある。下手に動き回ると、最悪警察が動き出す。出来る限り騒ぎを大きくしない為、スライムは車内に閉じ込めた。
季節は冬だ。寒いので、エアコンをつけて車内で待つ。
信が車で待っている間、カレンは一度自宅に戻った。アパートは駐車場のすぐ目の前だし、軽食を作ってくれるという。
信はカレンが自宅に戻ってから、ポポと遊びつつ、真っ黒いスライムと一緒に待った。信とポポは、魔力合わせという遊びをやって時間を潰す。遊びというか、訓練の一つだ。
お互いの魔力を同じ量にして、触れ合う。魔力が高い方が相手を押して、逆に弱い方が後ろに押される。この訓練に負けは無く、魔力が完全に同調すると、押し合いがなくなり触れ合える。通常は互いの手と手を合わせて行うが、ポポはスライムだ。信はポポの触手と指を重ね合わせ、魔力合わせを行っていた。
プルプルしているポポとイチャイチャしつつ、カレンを待つ。
ちなみに真っ黒いスライムは車の中からカレンのアパートを見たり、外の様子をしきりに観察している。暴れるようなことは一切ない。
このスライム。見た感じ、人を襲うような魔物ではない。スライムは危険だと言われているが、この黒いスライムは大丈夫そうだ。
しばらく待っていると、カレンはラフな私服に着替え、信の車に戻ってきた。
カレンはスウェットのトレーナーとパンツを履いている。部屋着のようだ。
よく見ると、彼女の髪が少々乱れており、シャンプーと石鹸の良い香りがした。どうやらシャワーを浴びたらしい。
普段とは違うカレンの姿に、信は「おぉっ」と思った。ラフな部屋着を男に見せるということは、信のことをそれなりに信頼している証だ。
「ごめん。時間がなかったから、おにぎりで我慢してね。中身は梅干しだよ」
軽食をバスケットに入れて持ってきてくれたようで、中にはおにぎりが8個くらいあった。短い時間で、シャワーを浴びておにぎりを作るとは、かなりの早業だ。
信はカレンの手で握られたおにぎりを、一口一口、味わって食べる。シンプルな味だが、非常にうまかった。
ポポはここに来る前に、ギルドのバイキングでたらふく食べたが、まだ足りないらしい。カレンのおにぎりも食べていた。
黒いスライムの方も、カレンのおにぎりをガツガツと食べている。こちらは単純に腹が減っていたようだ。
あっという間におにぎりは無くなり、信が二個目を食べることは出来なかった。
信ががっかりしていると、エヴァが到着した。
車の窓をコンコンと叩き、挨拶するエヴァ。
「信。待たせた」
エヴァは登山にでも行くような格好で、背中には巨大なリュックが背負われていた。
「あ、ああ。ありがとう。こんな夜に呼び出してすまない。見つけた黒いスライムなんだけど、あの子だよ。どうすればいいかな? 警察に通報すると殺される可能性があるから、まずはギルドに連絡入れたんだけど、俊也さんがいなくてさ」
「わかっている。俊也とはこっちで連絡をつけた。セーフフロアの管理も、バネッサと雷光に任せた」
雷光? 確か高ランクハンターだったよな?
「雷光は最近、俊也の直属の部下になった。だからセーフフロアを任せた」
「へぇ。そうなのか。で、どうする?」
エヴァは腰に巻いたポーチから、とあるドッグタグを取り出した。
「これ。仮の従魔許可証。スライムの為に無理やり発行した。一応、これで魔物センサーを通れる」
「そうか。それで時間がかかったのか。わざわざ済まない」
エヴァは信にドッグタグを見せると、背中の巨大リュックを地面に下した。
「信。スライムをこのリュックに入れて。私がギルドのセーフフロアまで連れて行くから」
「おお。そうか。そのためのリュックだったんだな」
信はエヴァと話した後、黒いスライムを見る。
件のスライムは、カレンのおにぎりを食べて腹をさすっていた。どうやら満足したらしい。動きはポポに似ているが、少々このスライムの方がコミカルに動く。性格だろうか。
信はスライムに近寄り、その体を持ち上げた。ポポよりも大分重い。体組織の比重が違うのか、黒いスライムの方が重い。
信はスライムを抱き上げると、エヴァのリュックに入れようとした。すると黒いスライムは、そんなものに入れられてたまるかと、信の腕から逃げ出した。
「あ!」
ピョンッと信の腕からジャンプ!
カレンの大きな胸に、ビタッと張り付いた。
「あん!!」
カレンのイヤラシイ喘ぎ声が、静かな駐車場に木霊する。近所に聞かれたんではなかろうか。
スライムの破天荒な行動に、ムッとなるエヴァ。少しやんちゃなスライムと判断した。
エヴァはカレンに近づくと、スライムを無理やり引きはがそうとする。
グニョーッとスライムとカレンの胸が伸びる。力任せに引っ張るが、スライムはカレンから離れようとしない。
「なにこの変態スライム」
エヴァは眉間にしわを寄せる。拘束系の魔法を唱えるため、エヴァは詠唱し始める。すると、今度はカレンの胸から信の頭にジャンプした。
信の頭に張り付いて、髪の毛をがっちりと掴む。
「うお! いてて! やめてくれ! 毛が抜ける! 禿る!!」
信はスライムを引きはがそうとするが、毛も引っ張られてしまう。
信は黒いヘルメットをかぶったみたいになっている。かなりシュールだ。
もし無理やり引きはがそうとすれば、信の頭は、素晴らしい砂漠地帯と化すだろう。それどころか、頭皮まるごとはがれてしまう可能性だってある。
「このスライム。かなり頭がいい。髪の毛に巻きつかれると、引きはがせない。信。悪いけど髪の毛がなくなる。我慢して」
「なんだと! そんなこと我慢できるか!! ダメだ!!」
「むぅ。めんどくさい」
エヴァはどうしようか悩む。このままではギルドに連れていけない。
信と一緒にスライムをギルドに連れて行く事は出来る。連れていけるが、結局はスライムを引き剥がす必要がある。信の頭をつるっぱげにしなければならない。結果は今やってもギルドでやっても同じだ。
エヴァはまさかの事態に、頭を悩ませた。このスライム、ギルドに行くことを嫌がっているようだ。
信の毛を刈り取れば、最悪はスライムを連れていけるが、どうしたものか。
エヴァは明日、仕事がある。お偉い方がダンジョンの視察に来るので、その護衛をしなければならない。このスライムだけに構っている時間はない。
貴重なスライムかもしれないが、エヴァにもエヴァの生活があるのだ。
「信、仕方ないから家に連れ帰って。ドッグタグは預けるから。それとカレン。あなたは信の家に一緒に行って、スライムを監視して」
「「え」」
信とカレンの声が重なった。
「ちょっと待ってくれ。俺の家に連れて行くのか? 猫じゃないんだぞ。すでにポポがいるし、新しいスライムは家族の了承がだな・・・」
「あたしは明日ギルドで依頼があるんだけど」
信とカレンは言い訳するが、エヴァはバッサリと切り捨てる。
「信は我慢して。カレンの依頼は私が他のハンターに回す。カレンの報酬はギルドから補てんする。これで問題ない」
「「・・・・・・」」
信はまだいい。最悪、スライムが一匹増えるだけだ。問題はカレンだ。依頼を別の人に回すと評価が落ちる。その上スライムの監視など、どうしたら良いのか分からない。
今度は信とカレンが頭を悩ませているが、ここにも一匹、納得していないスライムがいた。
ポポだ。
カレンが信の家に来ると、信はカレンにデレデレする。それは目に見えて分かっている。
ポポとしては、カレンを信の家に上がらせたくない。
エヴァに触手を振り回して抗議するが、まったく聞き入れてもらえない。
時間も深夜なので、これ以上の問答は明日に響くと判断した。
話し合いの結果、信の家で黒いスライムをかくまうことになった。カレンになついていることから、落ち着くまでカレンも一緒に信の家に行くことになった。
エヴァはカレンまで信の家に行かせるのは余計かと思ったが、少し思うところがあった。とりあえず、カレンはスライムの護衛役として、信の家に行かせることにした。
みんなが渋々了承する中、ポポだけは納得せず、悲しく触手を振り回していた。




