35 植木家と雷光VSギルド長モンスターズwithエヴァ&バネッサ 後編
エヴァの握力は200キロ前後である。魔力の身体ブーストをかけると、握力700キロまで上がる。
それは500円玉を指で折り曲げることのできる力だ。
その力で雪玉を作れば、圧縮されて氷になる。
エヴァが投げるのは、すでに雪ではない。“氷”である。
大きな氷が一般人に当たれば、死ぬこともある。
もはや、ポポとエヴァが行うのは雪合戦ではない。
純粋な戦闘である。
エヴァは猫のようなすばっしこさで、王の間を縦横無尽に走り回る。まるで重力を無視したように、壁を蹴って走っているのだ。
走り回りながら、エヴァは雪を拾っていく。拾った雪は、握りこんで“氷”に圧縮する。圧縮した氷は、指で弾いて弾丸のように撃ちこむ。
エヴァから撃ちこまれる氷の弾丸は、まるでマシンガン。
雨あられのように、氷を撃ち込まれるポポ。
ポポは“ローバー”という魔物のように、数本の触手を出して氷を弾く。チュインチュインと、金属が弾かれるような音が王の間に木霊する。
走り回るエヴァとは対照的に、ポポは一切動いていない。不動明王の如く、余裕の対応である。
「うおわぁ! 氷が弾かれて飛んでくる!! や、やつらは何者だ!!」
雷光は、流れ弾が当たらないように防御障壁を張った。サイクロプスとコカトリスは、巻き添えを喰らわないように、すぐに外に逃げた。
動きが早すぎて、高ランクハンターですら今のポポとエヴァにはついていけない状況だ。雷光は早くも戦力外通告。
「くっ! 全然当たらない」
エヴァは苦虫を噛んだ時のような顔をしている。
氷の弾丸を撃ち込むが、ポポは触手で簡単に弾く。全方位、どこから撃ちこんでも、触手が即座に対応する。
「さすが私のライバル。まったくダメージを与えられない」
ポポは余裕で氷の弾丸を弾いている。5本の触手を伸ばして、撃ち込まれる弾丸をすべて叩き落としている。
ポポは高速で動き回るエヴァを完全に把握している。人間の目で捉えるのが困難な速度を、である。
「これならどう?」
エヴァは投げる氷に、回転を加えた。ライフル弾のように。これで威力は倍増する。
「当たれ」
エヴァは本気で撃ったが、それでもポポは一歩も動かない。飛んでくる氷の弾丸を、柳の枝のように受け流す。
チュイン!! 弾丸はポポがいる近くの壁にめり込んだ。
「受け流した? 信じられない。くそ。もう一発!」
エヴァは再度撃ちこむが、ポポはコツを掴んだらしい。弾丸の受け流す軌道を、エヴァに向けた。
端的に言うと、弾丸を“跳ね返した”のだ。
「何!? 氷を跳ね返した! う!」
エヴァは肉体を鋼のように強化しているが、跳ね返された氷の弾丸を受けて吹っ飛んだ。壁に激突して、動きが止まる。壁にめり込んだエヴァ。
「ぐ。信じられないスライム。私が本気を出せるのは、ポポだけかもしれない。ふふふふ」
エヴァは吹き飛ばされたというのに、不敵に笑った。
対してポポはというと、鼻クソをほじる仕草をしていた。余裕である。
「今回は私の負け。このゲームは雪玉が当たればアウト。ポポは魔力でガードした触手で雪を弾いていたいたから、触手に直接当たったわけではない。だから雪玉が当たった私の負け」
負け宣言をするエヴァ。
ポポは触手を引っ込めてエヴァに近寄ると、一本だけ触手を伸ばした。エヴァに握手を求めたのだ。
「さすがポポ。次は負けない」
ポポとエヴァは握手をして、仲直り? した。
嵐のような戦闘は終わったのだ。
「いったいなんだったんだよこれは」
雷光は戦争跡みたいになった、王の間を見渡した。柱は壊れ、天井は崩れている。最初の美しい状態は、見る影もない。
「何だか知らんが、あのスライムには逆らわないでおこう。異常種だ。殺される」
雷光はポポを見ると。ガタガタと身震いをした。
柔らかそうな、かわいい緑色のスライムだが、内包する魔力は想像を絶する。
エヴァも普通じゃないが、あのスライムは化け物だ……。
ちなみにサイクロプスとコカトリスはどこかに逃げた。次元が違いすぎたのだ。
★★★
バネッサと信と香澄。
彼らの雪合戦? 戦闘? も続いていた。
こちらもこちらで、エヴァと同じような状況になっている。
バネッサも並みのハンターではない為、身体的スペックが段違いだ。身体強化のブーストをかけると、もはや信と香澄では手が付けられない。防戦一方である。
「お兄ちゃん! なにか奇策はないの!? こういう時の頭脳でしょ!?」
大食堂にあるテーブルを盾にして、二人はバネッサの雪玉を防いでいる。テーブルは、ところどころヒビ割れて、今にも壊れそうだ。
「あることにはあるが……。魔石を使うんだよな。高い魔石を、いくつも……」
これはゲームである。雪合戦という、スポーツである。課金ゲームではない。なぜ高級な魔石を使わなければならないのか。
たまに魔石を持ち歩くと、すぐにこれだ。使いたくないから持ちあまり歩かないのに、どうしてこういう時に限って。
「お金はあたしが工面するから、なんとかしてよ! バネッサさん、スイッチ入って止まらないよ!」
「ハハハっハハハ!!!!」
人が変わったようになっているバネッサ。カレンとの模擬試合でも、こうはならなかったはずだ。いったいどうしたのか。
とにかく、二人は逃げるに逃げられない状況だ。一歩でもテーブルの外に出れば、バネッサが投げる雪玉の餌食だ。
信はバネッサを見て、周囲の魔力波動を解析。建物の構造や、逃げ道を探る。
信は周囲の魔力波動を解析すると、一匹の魔物が隠れている事が分かった。
隠れている場所は、信たちの足元。
地下牢エリアにいた。
「香澄。隙を作る。俺が魔法を使ったら、雪玉を全力で投げろ。多分だけど、“味方”が来てくれたみたいだ。なんとかなるかもしれない」
「は? 味方? 何を言って」
「いいから黙ってろ。それと目と耳をふさげ」
「わ、分かった」
信はファクターに魔石をセットすると、強制起動で魔法を“消費”した。
ファクターに多大な負荷をかけるが、奥の手の一つだ。
「スタンボム」
信はバネッサに向けて、光の球をポンッと投げつけた。軽いかんじで、弧を描くように。
「え?」
不意打ちに投げられた光の球は、バネッサの目の前で爆発。
180デシベルを超える爆発音と100万カンデラ以上の閃光を発した。
軍で使われる、スタングレネードの魔法版だ。まともに喰らえば、一時的な目の眩み、難聴を引き起こす。
バネッサは反撃が来ると思わず、まったくガードしていなかった。彼女はスタンボムをまともに喰らい、信たちの位置を見失う。
「今だ! 香澄、投げろ!」
信と香澄は隠れたテーブルから飛び出した。
香澄は作りこんだ雪玉をいくつも投げつける。もちろん、香澄も身体強化をしている。バネッサほどではないが、能力の加速がかかっている。
あと少しで雪玉が当たる。
勝てる。
そう思った瞬間。バネッサは床を全力で殴りつけた。
床が蜘蛛の巣状に割れ、床が階下に抜け落ちた。三人は地下牢エリアに落ちていく。
「なんだと!?」
床を拳で砕くとは、なんという膂力だ。
投げた雪玉はバネッサに当たることなく、あらぬ方向に飛んで行ってしまう。信の予想を超えるバネッサの行動だったが、それを逃さない一匹の幻獣がいた。
「甘いですよ! この程度で私が……」
「いや、チェックメイトです」
あらぬ方向に飛んで行った雪玉。その飛んで行った雪玉の先には、もふもふの狼がいた。真っ白い、毛玉みたいな狼だ。
キラーウルフのキーラである。香澄の仮契約中の従魔だ。
「わん」
魔の抜けたような鳴き声を出して、キーラは魔法を発動させる。
キーラは雪玉を瞬間転移させ、バネッサの頭上に落とした。
「な!? しまった!」
キーラは香澄の仲間。どうやら植木家チームらしい。
頭上に落とされた雪玉は、バネッサの態勢的に防げない。床は抜け落ちて、踏ん張りがきかない。バネッサは雪玉をもろに頭から喰らった。
「しまったぁぁぁ!!」
勝者、信と香澄、キーラ。
敗者、激剣のバネッサ。
★★★
幸太郎と香奈は、地下牢エリアを抜けて、王の間に到着した。
そこにはエヴァとポポがいて、激戦があったことが分かった。なにせ、天井は崩れて壁は穴だらけだからだ。
「あ! 香奈さんと幸太郎さん!」
雷光は二人に駆け寄った。
「聞いてくださいよ! あのスライムとホムンクルスがですね!!」
かくかくしかじか。
雷光は幸太郎と香奈に説明した。
「そうでしたか。さすがポポですね。戦闘用のホムンクルスを圧倒するとは」
ポポはえっへんと、威張る。
「すごいわね。この惨状は」
瓦礫の山だ。今にも崩れ落ちそうな感じだが、魔力で固めらているのか、雪の城は崩れない。
香奈と幸太郎が王の間を見ていると、エヴァが声をかけてきた。
「こんにちは。幸太郎」
「ん? ああこんにちは。会うのは久しぶりかな? エヴァ」
「うん。久しぶり。幸太郎も元気そう」
どうやら二人は面識があるようだ。
「俊也に何かされた?」
「俊也に? ああ、そういえばここに来るまでに、何匹か魔物をけしかけられましたね。あとは落とし穴とか、巨大な雪玉に追いかけられるとか。まぁ、全て返り討ちにしましたが」
「そう。私もポポと遊んだし、もう十分。俊也の居場所は教えるから、さっさと倒して帰ろう」
エヴァは俊也を裏切った。
「え? いいのですか?」
「なにが? 私はポポと遊びたかっただけ。次は勝つ」
エヴァはポポを見て握り拳。ポポも飛び跳ねてやる気を見せる。
「そうですか。エヴァがそういうならもういいでしょう。俊也を倒しましょう」
「ん」
エヴァは飽きたのか、ギルドに帰りたいようだ。俊也は簡単に裏切られた。というよりも、すでに俊也チームは敗北している。エヴァが負けてバネッサも負けた。何匹か分からないが、魔物も負けたようだ。
「では、案内お願いします」
★★★
その後は割愛する。
エヴァに裏切られた俊也は、居場所が幸太郎にバレた。ゲームマスターの部屋は、王の寝室となる部屋にあった。隠し部屋みたいな場所だ。
俊也は皆に見つかってからいろいろと言い訳をしていたが、問答無用で雪玉を投げつけられる。
全員で雪玉をぶつけられ、ボコボコにされた。
俊也はポポの触手でグルグル巻きにされ、セーフフロアから脱出することを要求された。
「はぁ。せっかくの休日が」
幸太郎はため息をついていたが、香奈はそうではなかった。
「あら、私は楽しかったわよ。あなたと雪の城でデート出来て」
「で、デート? あれがですか?」
「うん。久しぶりに二人きりだったしね」
香奈はニコニコと喜んでいた。
★★★
かくして、意味不明な雪合戦は終わった。
このセーフフロアは、まだまだ未完成で、不安定だ。そのため、一時凍結された。
一応、夏には整備して一般開放する予定らしい。
もちろん、俊也はフロアマスターから外されている。ギルド本部のお偉方が管理することになった。
俊也は嘆いたが、めげなかった。
新たなセーフフロアの探しの旅に旅立った。




